宗教というものは、
人間が絶望することから
始まるものである。
自分に誇らしげな者に
宗教は無用である。
無宗教の人は
自分以外に頼るものを持たず、
ただ「自分」だけが
最後の拠り所と信じているから、
自己について謙虚であるわけがない。
人間存在には可能性として
「絶望」が潜んでいるのである。
いわば人間は
絶望することができる存在であり
それが人間の本質だというわけである。
「生き方。死に方。」 著 西村 惠信
どんな宗教でも
人々は死を恐れて助けをもとめ
何かにすがりつきたくなる
死という避けて通れない忌まわしきもの
その恐怖におののく絶望感
悲惨としか言いようがない
でも誰でもが通る道、早いか遅いか
それぞれ各人の個性
それを絶望と感じるのもまた滑稽
といえば身も蓋もない
死を恐れぬと言えば、
ひんしゅくをかうが、
いつか死ぬ時が来れば、
それに従うだけ
自ら命を断つ不幸だけは
ごめんこうむりたい
でも、事故に遇う
重い病に倒れる、
それは避けようのないこと
受け入れなくてはなるまい
それが絶望とは思いたくない
早起き鳥
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