早起き鳥 

【未明混沌】今日もきっと良いことあるような…!

キリスト教は地動説を認めなかった

2017年08月31日 05時43分18秒 | 読書




 世の中の人々が

天動説から地動説への

すんなり考えを変えたわけではありません。

キリスト教が支配していた社会では、

地球が宇宙の中心であるという天動説が

教会公認の考え方でした。

したがって天動説に異を唱えるとことは、

キリスト教を批判することに他なりません。


近代以前のヨーロッパでは

キリスト教の権威は圧倒的だったので、

地動説を発表することは

命がけのものでもあったのです。

実際、コペルニクスは

自分の著作を生前には発表せずに

死後に発表されるようにしていました。

ガリレオもキリスト教の教義に

反するとして宗教裁判にかけられ、

地動説を捨てるように命じられます。



   おとなの教養  池上 彰 著



     








 キリスト教は地動説を認めなかったということ

多分それは想像できることだが

宗教を取り巻く社会組織は

封建的でなくてはならないだろうから

新しい考え方とか法則というものなど

全く受け入れられなかったのだろう


凝り固まった古い考え方を打ち破るのは

それはそれは大きなエネルギーが必要で

我が身を犠牲にすることもあると思う

それも天動説から地動説

それは神の冒涜と誹りを受けるようなもの

コペルニクスもガリレオも

命をかけた戦いであったことだろう

今でいえば、ノーベル賞もの!

いやもっとすごいことかもしれない

宗教から科学の進歩による新しい法則の発見

こんなすごい発見が

これからもあるのかもしれない


例えば子供の頃に運動中には

水を飲むなと厳しい指導を受けて来たが

今でいえば自殺行為、

でも本当に暑い日に水を飲むと腹を壊すから

禁止行為の第1位だったことを思い出す

地動説、天動説などからすれば

取るに足らないことだが・・・


これから先にも宇宙論、人体の神秘

こういう分野で新しい法則の発見を待ち望みたい・・・



       早起き鳥




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天動説と地動説

2017年08月30日 05時25分05秒 | 読書




 天動説という言葉があります。

これは「天が動く」説ですから、

地球は宇宙の中心で止まっていて、

そのまわりをあらゆる天体が

回転しているという説です。


ところが1609年ガリレオ・ガリレイが

手製の天体望遠鏡を作って宇宙を見ると

なんと木星の周囲に4つの惑星がありました。

その4つ惑星が木星の周りをぐるぐる回っている。

地球もどこかの軌道を

回っているのかもしれないということに

ガリレオははたと気付くわけです。


   おとなの教養  池上 彰 著



     








 天動説から地動説

学生時代にとても興味のあった宇宙への憧れ

望遠鏡で星々の観察をするというのは

学生時代のロマンの一つ

僕もその気持ちは同じで

よく天を眺め惑星や星座を追っかけていた


僕の両親の故郷は山陰、

子供の頃、毎年お盆は山陰で過ごす

昔、田舎で見る星はそれはそれはもう

降るようにという言葉がふさわしい満天の星空

手でつかめそうな気がした

星達は僕の目の位置を中心にして

少しずつ東から西に動いている

なんとロマンチックな光景だろうと

感じていた頃が懐かしい


ガリレオよりも前に

この地動説に気がついた人物はコペルニクス

コペルニクスは様々な天体を見ていて、

地球が太陽の周りを回っていることに気づいた

その気づきの理由はなんだったのだろう

と学生時代から謎だった

誰もが信じている

不動の天動説をくつがえすのだから、

社会からははなりしれない嫌がらせがあったに違いない


でもガリレオが望遠鏡での木星観測から

惑星の存在を発見し惑星の公転軌道を発見する

そしてそのことが天動説を

くつがえす根拠としたということ

これは今回、初めて勉強したこと、

意外や意外、でもガッテンした

人の夢を実現させるために

今の環境でできる限りのことをして考える

新しい発想、コペルニクス的転回という

言葉の意味の深さを痛感


       早起き鳥




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結局、人間は弱い存在...!

2017年08月29日 04時38分01秒 | 読書




 現代の私たちは、

宗教というものを

どのように考えればいいでしょうか。

もともとは

「この世界に人間の力が及ばない存在がある。

それはなんであろうか」

というところから、宗教は生まれました。

科学が発展した現代の目から見ると、

宗教の様々な教えには

ちょっと無理なところも出てきました。

しかし、いくら科学文明が発展しても、

私たちには

思い悩むことがいくらでもあります。


普段、神様や仏様のことなど

何も考えていなくても、

突然、崖から転落しそうになったりすれば、

「神様、仏様、助けてください」と祈る。

あるいは入学試験の直前には、

突然、神社にお参りに行く。

そういうことがいくらでもあります。


結局、人間は弱い存在です。

どうしても人間だけで全てのことはできません。

だから、人間の力を超える超自然的なものに

頼ってしまうということは

どんなに科学が進歩したとしても

起こりうることでしょう。



   おとなの教養  池上 彰 著



     







 結局、人間は弱い存在・・・

だから人間の力の超える

超自然的なものに頼ってしまうわけで

それもこれも人間個人の意思があり、

感情があり、己の心が存在する

これは生きとし生けるものの

最高峰である人間の宿命


でも神様の領域に到達するということが

己を捨てて無になるということなら

心を捨てて

人間以外の生きとし生けるもののようになる

ということかもしれない

虫けらたちは生まれた時の定めを

死ぬまで生き抜く

この虫たちに輪廻転生があるなら

また生まれてくるときはまた同じ虫

だとしてもそれはそれ、

虫たちは何も思わないのだからそれで良し


でも人間とは厄介である

心という領域は人の数だけあり、

その数だけ領域の広さの違いは計り知れない

これすなわち、大宇宙の星々のようである

この世に生を受けた人間の数だけ、宇宙があり

その宇宙こそ、神の領域、

僕には僕の大宇宙があり、無限の広がりがある

他人という別の宇宙とのコンタクトを上手にして

人生という短いような長いような一生を

どう生きようなどとは全く無意味

生きているだけで十分、それが全て


自分という小さな宇宙も

この小さな宇宙を包み込む

偉大な大宇宙も存在するわけで

大いなる神でありサムシング、グレイト

と称すべき偉大な力が感じられる


       早起き鳥




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解脱して涅槃に入る・・・

2017年08月28日 04時23分20秒 | 読書




 仏教の「輪廻」は

決して明るい考え方ではありません。

仏教は、生きていることは

苦しいことだと考えます。


輪廻を繰り返すこと、

つまり何度も生まれ変わることで、

苦しみがいつまでも続くことになります。

この輪廻から抜け出すことが

「悟り」を開くこと、すなわち「解脱」です。

悟りを開くとは

輪廻の輪の外に出るということです。


ゴータマ・シッダールタは

35歳の時に菩提寺の下で悟りを開いたので、

もう二度とこの世に

生まれることはありません。

二度と生まれ変わらずに、

一切の苦しみから解放された境地に至る。

これを「涅槃に入る」といいます。

解脱して涅槃に入ることが仏教の理想なのです。


これは「良い状態に生まれ変わること」

を求めているのではなく、

二度とこのように

生を受けることがないのが理想の姿。

こういう考え方が本来の仏教です。

他の地域の宗教とは大きく異なるものなのです。



   おとなの教養  池上 彰 著



     







 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と

世界を創造した唯一絶対の神に対して

仏教は解脱して涅槃に入る

仏教には唯一絶対の神が存在しない

すなわち神が存在しないというブッダの教え

所謂、ブッタの哲学が仏教だと


今ままで浅はかな僕には

ブッダが唯一絶対の神だと思っていたけど

そうではないとのこと、

僕にはこのことは大きな衝撃である


とはいえ、輪廻転生、解脱して涅槃に入る

などという言葉は知っていても

その本質を全く理解していなかったようだ

単にアジアの国だから、ブッダの教えを通して

ブッダというお釈迦様にすがって

お釈迦様を信じてきたのは間違っていたようである


悟りを開き輪廻の輪から抜け出ること

それは今の自分ではない自分に進化して

ブレイクスルーすること

できないことではない気がするし、

あえて輪廻転生など知りたくない

という浅はかな気持ちもこれあって

仏教もなかなか奥深く

理解するのは骨が折れる

と何やら脈絡のない今日のお話となりました。

お許しを・・・・


       早起き鳥




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仏教とヒンズー教

2017年08月27日 04時31分16秒 | 読書




 仏教は「仏の教え」であり、

「仏」とはブッダを指します。

ブッダのことを「お釈迦様」とも言います。


古代インドにはバラモン教という宗教があり、

ブッダも、もともとはバラモン教徒でした。

このバラモン教から

仏教とヒンズー教が生まれます。

だから仏教とヒンズー教は

実は親戚のような関係です。


仏教の基本的な考え方である

「輪廻」の思想もバラモン教の影響を受けているし

ヒンズー教にも輪廻の思想は存在します。

輪廻とは死んでもふたたび生まれ変わり

いつまでもそれを繰り返すサイクルのことです。

ただしヒンズー教の場合はカースト制度という

非常に厳しい身分制度があって、

生まれ変わっても同じ身分で

生まれてくるという考え方です。

だからヒンズー教はインドだけの宗教になり

世界宗教にはなりませんでした。



   おとなの教養  池上 彰 著



     







 ゴッドの世界から次は

ブッダの世界へ話は飛んでいく

インドをベースに広まったアジアの宗教

日本も仏教国、ブッダというお釈迦様のことは

誰の心にも宿っている

基本的なことは何も知らないけど

仏様に手を合わせるということは

物心ついた時から何とはなしに

お寺に参った時には手を合わせていた


それから先祖代々の亡くなった

自分の血筋の仏様にも

同時に手を合わせているのだが、

ブッダに対してなのか

先祖代々に対してなのか

いまいちよくわからない

なにぶん宗教心に乏しく、

仏教のことなど

十分理解しているともいえない無教養


さてインドにのみ留まったヒンズー教と

日本にまで広まっていった仏教

誰でも善行を積んで生まれ変わるときは

高いステージで

生まれることができるということだろう

前世がどうだったなどと考えたこともないが

苦しい身の上で暮らしている人々には

素晴らしい救いの教えだったことだろう


       早起き鳥




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