早起き鳥 

【未明混沌】今日もきっと良いことあるような…!

その恐怖がトラウマとなって...!

2017年05月31日 04時06分08秒 | 読書




・・・哲人

私の記憶にあるのは、

父から殴られた時の映像です。

具体的に何をして

そうなったのかは覚えていません。

ただ私は父から逃れようと机の下に隠れ、

父に引きずり出され、強く殴られました。

しかも一発ではなく、何発も。


・・・青年

その恐怖がトラウマとなって・・・



・・・哲人

アドラー心理学に出会うまでは、

そう理解していたのだと思います。

父は無口で気難しい人でしたから、

しかし、「あの時殴られたから関係が悪くなった」

と考えるのはフロイト的な原因論的発想です。

つまり、わたしは

「父との関係を良くしたくないために、

殴られた記憶を持ち出していた」のです。

わたしにとっては、

父の関係を修復しない方が都合が良かった。

自分の人生がうまくいっていないのは、

あの父親のせいなのだと言い訳することができた。



  嫌われる勇気

          岸見 一郎、古賀 史賀 著



     








 恐ろしい経験がトラウマとなって

以後の人生に大きな影響を与える

それが人間関係ならとても不幸なこと

虐待などという痛ましい事例の当事者には

本当にお気の毒としか言いようがない


でもアドラーは厳しい指摘で痛快に指摘している

そんなことを言えば

アドラー自身が多くの人から

嫌われるのではないだろうか・・・

虐待にあった人に

「あなたの人生は虐待にあった人に影響されない、

影響するというのは自分の責任転嫁だ!」

と言われようものなら憎しみを誘うようなもの

アドラーの言葉そのものが

虐待と言われてしまいそいうである


とは言ってもそのアドラーの考え方こそが

生き方の真髄があるのかもしれない

自分を変えることが人生の目的

自分が変わるという進化を遂げ、

虐待を受けた人を受け入れ、

その人がどうなろうと決して恨まず、

その人が変わることも期待せず

自分自身が進化し続ける、

とアドラーは言っているだろうか・・・!



       早起き鳥




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自由とは他者から嫌われること!

2017年05月30日 05時58分13秒 | 読書




・・・哲人

アドラー心理学では

「すべての悩みは、対人関係の悩みである」

と考えます。

つまりわれわれは、

対人関係から解放されることを求め、

対人関係からの自由を求めている。

しかし、宇宙にただ一人で

生きることなど、絶対にできない。

ここまで考えれば、

「自由とは何か?」

の結論は見えたも同然でしょう。


・・・青年

なんですか?


・・・哲人

すなわち

「自由とは他者から嫌われることである」と。


・・・青年

な、なんですって!?

い、いや、しかし・・・


・・・哲人

確かに嫌われることは苦しい。

できれば誰からも嫌われずに生きていたい。

承認欲求を満たしたい。

でも、すべての人から

嫌われないように立ち回る生き方は、

不自由きわまりない生き方であり、

同時に不可能なことです。


他者の評価を気にせず、

他者から嫌われることを恐れず、

承認されないかもしれない

というコストを支払わないかぎり、

自分の生き方を貫くことはできない。

つまり自由になれないのです。



  嫌われる勇気

          岸見 一郎、古賀 史賀 著



     








 「嫌われる勇気」

この本の一番重要なところに

差し掛かったようである

自由に生きるということは

嫌われるかもしれないけど気にしないで生きること

とアドラーは言っているのかもしれない

決して嫌われるようなことをしろ!

と言っているのではないと思う


僕自身も現役の頃には誰からも嫌われることなく

敵を作ることなく

もっと進んで多くの人から好かれる生き方を・・・

そう思って自分を殺して

大きなストレスを抱えて生きてきた

でも結果はたくさんの敵を作ってしまった


多くの人から好かれはしたものの

そのコストは自分の体を蝕むほどの

代償を払ってしまった

こんなことなら最初から人から嫌われてもいい、

人様から好かれなくてもいい

と自由に自分らしく生きた方が

結果は良かったのかもしれない


誰からも嫌われることなく、

誰からも好かれる生き方などそもそも不可能に近い

でも多少は人から嫌われようと

自分らしく生きることの方がどれだけ幸せかしれない

十人十色というが個人の個性を生かして

自分らしく生きることの方が好ましいのでは・・・



       早起き鳥




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誰の課題・・・?

2017年05月29日 05時09分04秒 | 読書




・・・哲人

われわれはみな、対人関係に苦しんでいます。

それはご両親やお兄さんとの関係かもしれませんし、

職場での対人関係かもしれません。

そしてあなたはもっと具体的な方策が欲しいと。


私の提案は、こうです。

まずは「これは誰の課題なのか?」を

考えましょう。

そして課題の分離をしましょう。

どこまでが自分の課題で、

どこからが他者の課題なのか、

冷静に線引きをするのです。


そして他者の課題には介入せず、

自分の課題には誰一人として介入させない。

これは具体的で、

なおかつ対人関係の悩みを一変させる可能性を秘めた

アドラー心理学ならではの画期的な視点になります。



  嫌われる勇気

          岸見 一郎、古賀 史賀 著



     








 対人関係!

と聞けば本当に億劫になってしまう

職場の人間関係から解放された今の暮らし

40年間も耐えてきたといえば語弊があるが

その開放感というものは口には言い表せない


今になってそれを顧みれば

いろいろあって懐かしくさえ思う

自分の思い通りに動いてくれない

上司であり、部下

結局のところ自分の思いを封印して

上司や部下の思いに追随し自分が決裁した

だからその消化不良的とフラストレーションは

とても大きなストレスだった


でも今思えば、

とても懐かしい職場での人間関係だった


自分の考えとしては

一つの課題に対しての対処方法は

いくつかの選択肢があるが

どの選択肢を決断しようと

結果は全て正解だという思いがあって

それなら、最終的決断と

以後の説明責任は自分がとるから

その対処方法は部下に考えさせた

これが良かったのか良くなかったのか・・・?



       早起き鳥




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親をどれだけ悲しませようと・・・!

2017年05月28日 04時11分27秒 | 読書




・・・哲人

あなたの就職先に関して、

ご両親が猛反対している場面を

想定しましょう。

実際のところ、反対されたわけですよね?


・・・青年

ええ正面きっての猛反対

というほどではありませんが、

言葉の端々に嫌味が込められていました。


・・・哲人

ではわかりやすく、

それ以上の猛反対だったとします。

父親は感情的に怒鳴り散らし、

母親は涙を流して反対していた。

図書館司書なんて絶対に認めない、

お兄さんと一緒に家業を継がないのなら

親子の縁を切るとまで迫られたと。

ここでの「認めない」

という感情にどう折り合いをつけるかは、

あなたの課題ではなくご両親の課題なのです。

あなたが気にする問題ではありません


・・・青年

つまり先生は

「親をどれだけ悲しませようと関係ない」

とおっしゃるのですか?


・・・哲人

関係ありません。

自分の信じる最善の道を選ぶこと

それだけです。

一方で、その選択について

他者がどのような評価を下すのか、

これは他者の課題であって、

あなたにはどうすることもできない話です。



  嫌われる勇気

          岸見 一郎、古賀 史賀 著



     








 親をどれだけ悲しませようと・・・!

この言葉は胸にグサッと突き刺さる

親孝行を生きる最大の課題におく自分には

親の悲しむ顔は見たくないし、想像したくない


親の考える息子の就職、

そして息子が考える就職

そんなものが折り合いをつけられる

道理はないだろうが

親の理想を追随してしまう事例が多い


でも僕の場合は

自分自身の就職が

親の想像を超える以上のものだったから

親の口出しはなかったし

口出ししようがなかった

僕が就職活動をしたのは昭和49年

オイルショック後の異常なまでの就職難

大学を出たけれど就職がない

そんな時代、新卒者のほとんどが公務員を目指した

僕もそんな一人だった


公務員就職などということが

実現するとも思えず

試験だけは受けたものの、

自信などまるでなかった

こんな時に親は見守るしかなかったようである


でも家業が農業であったり、

散髪屋さんだったり・・・

親として子供にどう接するのか

アドラーから指摘を受けるまでもなく

本人の自己責任ということになりそうだ


その決断に至るまでには

親として子供としてお互いに十分を話をして

子供が決断すべきもの・・・

親に進路を決めてもらっても

一般的に親は20年近く早く死んでしまうのであるから・・・



       早起き鳥




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勉強しない子供・・・!

2017年05月27日 04時30分41秒 | 読書




・・・哲人

たとえば、なかなか勉強しない子供がいる。

授業は聞かず、宿題もやらず、

教科書すらも学校に置いてくる。

さて、もしもあなたが親だったら

どうされますか?


・・・青年

もちろんあらゆる手を尽くして勉強させますよ。

それが親としても責務というものでしょう。


・・・哲人

そうした強権的な手法で勉強させられた結果、

あなたは勉強が好きになりましたか?


・・・青年

残念ながら好きにはなれませんでした。


・・・哲人

わかりました。

それではアドラー心理学の

基本的スタンスからお話しししておきます。

たとえば目の前に

「勉強する」という課題があった時、

アドラー心理学では

「これは誰の課題なのか?」

という観点から考えを進めていきます。

子供が勉強するのかしないのか。

あるいは友達と遊びに行くのか行かないのか。

本来これは「子供の課題」

であって親の課題ではありません。



  嫌われる勇気

          岸見 一郎、古賀 史賀 著



     








 勉強しない子供、

そして親としての責務

この二つの中で揺れ動く葛藤、難しい課題である

でも勉強することは子供の課題であって

親の課題ではないことは事実

とはいえ、子供の課題だからといって、

放置しておくのもこれまた親の課題だと思う

アドラーは課題の位置が違うからといって

放置、放任を説いているのでは決してないと思う


ついつい、過剰に子供の土俵に

土足で入り込むことを慎むべきと

言っているような気がする

子供が今日は勉強しようかなと

自分で思っていたとして、

そんな時に、親から頭ごなしに

「勉強しなさい!」などと言われると、

カチンとくるだろうし

「そんなこと言われるから

勉強したくなくなるんだよ・・・」

と子供に言われそうである


これ、親と子供の関係に限らず、

夫婦、友達、上司部下、近所づきあい

どんな場合にあっても同じことが言えそうである

放ったらかしで無関心ということでなく、

よく状況を熟知した上で、見守ること

頼まれもしないのに

あれこれ口出しないことなんじゃないだろうか



       早起き鳥




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