ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

配電線からの電力復旧 新たに電柱270本設置 田辺市木守地区

2011年10月30日 02時11分01秒 | 障害者の自立

 台風12号により大きな被害が出た和歌山県田辺市熊野(いや)地区の奥部、木守地区に約50日ぶりに配電線からの電力が復旧した。熊野地区にあった配電設備が壊滅したため経路を変更し、新たに電柱270本を設置してつないだ。木守ではその間電源車が稼働し、住民や大所帯の福祉施設の生活を支えた。

 熊野地区の東に隣接する旧大塔村の最奥部。15世帯32人のほか、知的障害者入所施設「あすなろ木守の郷」と二つのケアホームに利用者60人以上が生活している。

 土石流が熊野地区を襲い、木守地区の住民も生活道としていた市道、それに沿う配電線が寸断された。木守で人的被害はなく、国道371号を利用した五味地区経由の迂回(うかい)路で孤立化は免れたが、7日間停電が続いた。

 電源車が9月10日、中国電力岡山営業所から到着。住民全員が普段通り生活できるようになった。地区の避難所にも指定されているあすなろ木守の郷の職員大谷啓司さん(40)は「停電の1週間は生活が一変した。電源車の到着で、電気のありがたみを思い知った」と語る。

 新しい配電経路は、赤土森山(871メートル)を縦断する林道沿いに整備。熊野地区の手前の面川地区井の谷―木守の入り口板立峠の12キロに、電柱を約40メートル間隔で設置した。管轄する関西電力田辺営業所によると、作業員を通常の3倍に増やして急ピッチで整備したという。

 今月21日午後4時ごろ、配電線からの電気が復旧。配電線とともに、台風で途切れたテレビを視聴するための光ファイバーケーブルも、近く電柱に沿わせて整備し、11月中につながる見込み。

 石谷昌英区長(51)は「電源車の存在で、不便を感じず過ごすことができ、ありがたかった」と話している。

(2011年10月29日更新) 紀伊民報

母子保健奨励賞:明石市・渋谷さんに 障害児支援など評価 /兵庫

2011年10月30日 02時06分24秒 | 障害者の自立
 ◇「社会全体で親子に関わる」

 保健師で、神戸市職員の渋谷光代さん=明石市・「第33回母子保健奨励賞」を受賞した。阪神大震災(95年)での保健活動や、発達障害児支援の取り組みなどが評価された。

 渋谷さんは、81年から市職員になり、ダウン症児を持つ家庭への訪問指導や、発達障害児の親から専門家が悩みを聞くカウンセリングを実施。阪神大震災時は妊婦や高齢者らの安否確認に奔走し、避難所や仮設住宅で被災者の健康管理に従事した。今年3月末からは約1週間、仙台市に派遣され、避難所で東日本大震災の被災者の悩みを聞いて回った。

 現在は、兵庫区役所で児童虐待対策に力を入れる。小学6年生を対象に、母親の出産体験を聞いたり赤ちゃんと触れあって命の大切さを学んでもらう命の感動体験事業を進めている。「関わった家族から手紙が届いたり、子どもの成長をみるのがうれしい」と笑顔を見せる一方で、「今は人間関係が希薄で、親を支える人がいない。社会全体で親と子どもたちに関わっていく仕組み作りを進めたい」と目標を定めている。

〔神戸版] 毎日新聞 2011年10月29日 地方版


「熱いレースになる」 車いすマラソン 

2011年10月30日 02時00分22秒 | 障害者の自立
 第31回大分国際車いすマラソン大会(30日、大分市)に出場する国内外のトップ選手と、車いす陸上の第一人者で昨年まで20回連続出場していた廣道純選手(37)=大分市=が28日、中津市のメイプル耶馬サイクリングロードで最終トレーニングを実施した。

 廣道選手は今回、同じ日に開催される第1回大阪マラソン・車いす種目へ出場するため、「大分国際」は欠場する。連続出場が途切れたことを悔しがりながらも「日本人選手はロンドンパラリンピックへの出場権が懸かっており、おもしろい大会になる」と大分国際の盛り上がりに期待している。
 廣道選手は大分国際の日程が決まる前に、大阪マラソンへの出場を決めていたため、大分国際の出場を断念した。堺市出身という理由だけではなく、健常者と一緒に走る大会で車いすランナーの走りをアピールしたかったという。
 廣道選手は日頃から、海外、国内にかかわらず選手間の交流を大切にしている。同サイクリングロードを昨年から練習の場として活用しており、この日は中津耶馬渓観光協会が最終調整の場として提供。廣道選手が大分国際の出場選手に声を掛けた。
 参加したのは、ハーフに出場する松永仁志選手(39)=岡山、リチャード・コールマン選手(26)=オーストラリア、フルに出場するナサニエル・アークリー選手(17)=同=の3人。小雨が降る中、適度にアップダウンのある往復23キロのコースを4人で走行。一緒に汗を流し、健闘を誓い合った。
 廣道選手は「今回の大分国際は勝負の駆け引きが面白くなる。速いだけではなく、勝つ走りが必要になる」とレース展開を分析。
 交流のある別府重度障害者センターの川谷功(52)、河室隆一(38)、豆塚エリ(18)の3選手の結果も気になる。「男子2人は初出場でフルマラソン。初めてのフルは、30キロからびっくりするほど腕が重くなる」と気遣う。「3人とも完走を目指してほしい。そして、1回で満足せずに競技を続けて出会いをプラスにしてほしい」とエールを送った。

選手が子どもらと交流 本番へ「元気もらった」

 第31回大分国際車いすマラソン大会(30日・大分市)に出場する選手が28日、大分市内の幼稚園や中学校を訪れ、生徒、児童、園児と交流した。
 同市野田の「のだ山幼稚園」には、ポルトガルやメキシコ、スペインなど6カ国の選手10人が訪問。296人の園児は大きな歓声と拍手で選手を出迎え、「ようこそ、のだ山幼稚園へ。会えてうれしいです」と英語であいさつ。手作りの金メダルをプレゼントした。
 交流会では、園児はグラウンドで元気いっぱいにダンスを披露。選手と一緒に玉入れや大玉送りなどをした。イアン・ゲイニー選手(59)=オーストラリア=は「子どもたちに勇気をもらって本番も頑張ります」と話した。
 碩田中学校では、日本人と外国人の選手計9人と、同中1年、荷揚町小5・6年、中島小5年、住吉小5年の計約260人が交流した。児童たちは、英語で大分の食べ物などについて紹介し、歌や群読、鼓笛などでエールを送った。
 中島小5年の吉武志穂さん(11)と山本朱乃さん(10)は「選手は強そうでかっこいい。頑張ってほしい」。カルロス・オリベイラ選手(51)=ブラジル=は「お互いの文化に触れて楽しかった。温かい声援がとてもうれしい」と話した。


国内外のトップ選手と最終調整をする廣道純選手(手前)=28日、中津市

[2011年10月29日 10:09] 大分合同新聞


(5)孤塁/慢性期病院、置き去り 第5部=震災

2011年10月30日 01時52分53秒 | 障害者の自立
 「水面が普段より2メートルぐらい低く見えた。これはただごとではないと思った」

 石巻港湾病院(石巻市)のマネージングディレクター間山文博さん(51)は、病院の前を流れる北上川を見下ろし、7カ月前の緊迫した日々を思い起こしていた。
 北上川の河口からわずか1キロ。本震の約30分後、5階建ての病院に大津波が押し寄せた。


<津波の犠牲なし>

 私たちが震災後、この病院を訪ねたのは理由がある。昨年末、遷延性意識障害者の実態調査を行った際、病院は患者を「26人」と回答していた。自分で動けない人たちをどのように避難させたのか、知りたかった。
 当日の入院者数は132人。2階の療養病棟に入院していた46人は、ほとんどがたんの吸引など医療的ケアが必要な患者で、意思疎通ができるのは4、5人だった。
 病院の判断は早かった。本震が収まると、すぐに上階への避難が始まった。看護、介護、事務スタッフ約80人が、担架、マットレスに患者を乗せて階段を駆け上がった。間山さんはとにかくスタッフを急がせた。
 「停電でエレベーターは使えないし、患者は全介助が必要な高齢者ばかり。このままでは間に合わないと思い、シーツや毛布に乗せて避難するよう指示した」
 2階からの避難が終わるのとほぼ同じころ、津波が到達した。最終的に水位は1階天井まで達したが、津波による犠牲者は出さずに済んだ。
 5階の食堂に避難した患者は51人。ほとんどが療養病棟から運ばれた寝たきりの高齢者だった。窓の外は吹雪。暖房器具はない。マットレスを敷いた床に患者を横並びに寝かせ、ありったけの毛布を掛けた。
 「点滴、おむつ、食料、水。全て不足していた」。看護部長の庄司正枝さん(44)が振り返る。
 深刻だったのは、停電でたんの吸引器が使えなかったことだ。庄司さんらスタッフは機転を利かし、注射器とカテーテルを代用してたんを吸い取った。しかし、寒さと水分不足でたんが次第に硬くなる。吸引が思うようにできない。
 病院は震災翌日から市役所や消防、警察などに窮状を訴えたが、「われわれも孤立している」「自立してほしい」とまともに応対してもらえなかった。公的機関は機能不全に陥っていた。
 日を追うごとに蓄えは減る。孤立感が増した。「うちの病院が医療を続けていることすら知られていないのではないか」。院長の石田秀一さん(67)は不安を打ち消しながら、体調を崩す患者たちの治療を続けた。

<死者通常の3倍>

 3月14日、最初の支援物資が届いた。東京と北海道の系列病院からだった。市内の災害支援拠点から初めて物資が届いたのは、震災8日後の19日だった。
 多くの寝たきりの高齢者が入院していた慢性期病院は震災直後、公的支援から置き去りにされた。石田さんは今、そんな思いを捨てきれない。
 「報道を見ても分かるように、世の中の関心は規模の大きい救急病院に向いていた」
 石巻港湾病院では3月、20人が亡くなった。通常の月の3倍近かった。

(2011/10/29) 河北新報


「どこに相談すれば」の声に応え まちなか保健室が浜松・紺屋町で1日に再開

2011年10月30日 01時48分37秒 | 障害者の自立
 いじめや虐待、性同一性障害など心と体の悩みを抱える子どもを中心に相談を受け付ける「まちなか保健室」が11月1日、浜松市中区紺屋町に場所を移してオープンする。同区田町のゆりの木通りで5月まで開いていた施設を再開。スタッフらは「少しでも多くの若者が笑顔を取り戻してくれたら」と準備に張り切っている。 (木村春毅)

 障害者支援などを続けるNPO法人「魅惑的(エキゾチック)倶楽部(クラブ)」が運営する。公共施設のビルでなく、若者が気軽に立ち寄れる街なかの建物の1階で、学校の保健室のように利用してもらおうという趣向。財政的な理由で5月末に閉鎖を余儀なくされたところ「これからどこに相談に行けばいいのか。またやってほしい」などと復活を求める声が多く、移転再開が決まった。



 場所は、洋服店だった空き店舗を借りた。「公立、私立の中学や高校が近いから、利用者も増えるのでは」と同NPOの鈴木恵子代表。前回も中高生から性障害の悩みが多く、進路への不安も相談があったという。

 市の緊急雇用対策事業の一環で、前回と同じ介護施設の元職員ら4人をスタッフとして採用。気軽に接してもらうため本名を告げず、ニックネームで呼び合う。スタッフの1人Riku(リク)さん(26)は「慣れたところで終わってしまった前回以上に、少しでも多くの人に笑顔になってもらえるよう自分たちも学んでいきたい」と意気込む。

 年末年始以外無休で、月曜から土曜日は午後1時から10時まで、日曜・祝日は午前10時から午後7時まで開く。問い合わせは、まちなか保健室=電053(454)2839=へ。 

「まちなか保健室」の開所に向けて準備をすすめるスタッフら=浜松市中区紺屋町で

2011年10月29日 中日新聞