馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

飼主は馬の肥満を意識しづらい

2021-11-30 | 馬内科学

20歳の繁殖雌馬が突然死した、ということで剖検。

両前の蹄葉炎で、装蹄管理されていた。

口粘膜は白くなっていた。

しかし、腹腔内に出血はない。

胸腔を開けると、心嚢が血で膨れ上がっていた。心タンポナーゼだ。

大動脈基始部が破裂していた。

高齢馬に多い事故だが、生活習慣病でもある。

この馬の心臓には驚くほど脂肪がついていた。

冠状溝の脂肪がつかめるのだ。

この馬、受胎しているということだったが、胎仔は子宮の中で死んで変性していた。珍しいことだが排泄されず子宮の中に残っていた。

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Equine Veterinary Journal に英国の乗馬の肥満を馬主が認識しているか?という調査研究成績が載っている。

Exploring horse owners' understanding of obese body condition and weight management in UK leisure horses

UKのレジャーホースにおける病的肥満と体重管理についてのオーナーの理解についての調査

Abstract

Background 背景: 

馬の病的肥満はUKのレジャーホースにおいて最も深刻なウェルフェア上の懸念の一つであると考えられる。

馬の飼主が馬の体重を健康問題の一部としてどのように考えているか、あるいは体重管理をどのように計画し実践しているか、まだほとんどわかっていない。

Objectives 目的: 

この研究は、レジャーホースの飼主の馬の健康についての意識、および過度の脂肪の認識について、われわれが理解を深めることを目的とし、そのことで、馬の体重管理を成功させるための戦略の理解を明確にすることである。

Study design 研究のデザイン: 

この研究は、質的調査の方法論を用いて行われた。

Methods 方法: 

データは、オンラインのUKの馬討論フォーラムからの16のスレッド、レジャーホースの飼主への個別の聞き取り28件、獣医師と栄養管理士のような馬の専門家への聞き取り19件、別な21人の馬の飼主2グループである。データは匿名化され 、grouded theory approach (*社会的な質的調査方法; 訳者注)によって分析された。

Results 結果: 

過度の脂肪を認識することは複雑な課題である。

畜主が馬が”そうあるべき”と考える体形と馬の病的肥満を見分けるのは難しい。

とくに馬が在来のポニーやcobのような太り易い種類であった場合には。

飼主は脂肪に必ずしも”気づく”、あるいは”気にしない” 、しかし代わりに馬の体脂肪は馬体の重要な部分として形成される。

たとえば、飼主は自分の馬が理想的な体重だと考えていると言うかもしれない。彼らの馬を全体から見た体形が”Thelwellみたい”であっても。

*Thelwell; 太ったポニーのキャラクター。以下の図を参照 

飼主が脂肪を馬体の変化させうる部分として考えるようになったとき、そして/あるいは、健康上の危険であると気づいたとき、脂肪の存在は、強い意志を持った敵として明確になる。

そして、体重管理は、”闘い”あるいは”戦争”として考えられるようになる。

飼主は体重管理が難しいことに気づく。なぜなら、彼らはそれが馬にとってすぐにウェルフェアに反する事柄を含んでいると考えているからであり、それゆえに彼らが好む飼い方、そして馬と人の関係を阻害すると考えるからである。

Main limitations 主な制限: 

聞き取りデータは自己申告であり、人は彼らがやっていると言うことをいつもしているとは限らない。

Conclusions 結論: 

この研究は、飼主が体重と体重管理をいかにして概念化するかについての価値ある洞察を提供し、

体重、体重管理方法を仕立て、そして良好なウェルフェアを前進させることについて、飼主と話し合う上での重要な情報を産み出す。

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これは、UK イギリスでの乗馬についての調査成績。

以前にはアイルランドの乗馬の肥満についての調査報告を紹介したこともある。

私は、おおくの馬の腹を切り、腹の中を見てきた。

生きた馬も、死んだ馬も。

そして、太りすぎの馬がかなりいることを知っている。

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何よりも、飼主がまず、馬の肥満について認識し、馬の肥満が健康上の脅威だということを理解することから始めなければならない。

というのが、上の調査成績の結果だ。

そして、体重をコントロールしようとし始めても、なかなかそれは難しい。

馬はいつも食べたい動物で、自分の乗馬を可愛がる飼主は餌を与えたいからだ。

サラブレッドの飼主はどうだ?

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だいたい、UKにしたって、アイルランドにしたって、馬の飼主にしたって、獣医師にしたって、自身の体重管理も難しい。

ねっ?

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最近のドライビングソング。

私の通勤時間にちょうど良い。

”栄光に満ちた孤独のヒーロー ♫

夢追う人たちの詩 ♫”

オリンピックの歌も良かったし、

他の曲も桑田さんの歌いぶりが優しい。

 

 


流産の難産は

2021-11-29 | 繁殖学・産科学

1月中旬に分娩予定の馬が、その朝から流産だが、肢が4本産道へ入ってきて、頭は触らず難産だとのこと。

流産が難産になることはあるが、妊娠月齢が早いと胎仔が小さいので、月満ちた分娩より容易であることが多い。

「こんなの持ってきちゃって・・・・」

と担当の獣医さんの弁。

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枠場に入れて、リトドリンを投与して、産道潤滑剤を入れて、

うちのアラフォーの獣医さんが手を入れるが、彼はギックリ腰の療養中。

力が入らないみたいで交代。

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別の獣医さんが手を入れる。

牧場で、後肢を牽引しながら、前肢を押し込もうとしてきたらしい。

だから、もう後肢を牽引して、尾位にして出すしかないのかもしれない。

しかし、枠場でやってみても怒責が強くて前肢を押し込めない。

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それで、私に交代。

中の様子を把握して、

後肢の産科チェーンを強引に引張ってもらう。

途中でバキッと音がしたが、胎仔が出てきた。

まだ、小さい。

胎仔は最後の1ヶ月あまりで急速に大きくなる。

難産は胎位、胎勢、胎向を修正しないと出てこないが、胎仔が小さいなら別だ。

胎仔と胎盤は検査のために家畜保健衛生所へ届けてもらう。採血も忘れずに。

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今シーズンはじめての難産症例だった。

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近年は、1年中昼夜放牧されている若馬も多い。

跛行してないか、怪我してないか、風邪ひいてないか、元気は良いか、観察してやることもだいじ。

 


ひどい結腸左背側変位は胃にもひっかかる

2021-11-26 | 急性腹症

朝から疝痛を見せた当歳馬が、一旦は落ち着いたが今度はひどく痛い、ということで昼過ぎに来院。

外傷と重なったのだが、開腹手術適応なのは間違いないので、覚醒室で倒馬して開腹手術開始。

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盲腸をガス抜き。

結腸基部を触ると、背側奥でどこかへ入り込んでいる感触。

横隔膜の孔に吸い込まれたか?

ところが別な方向、腹腔内頭よりに結腸骨盤曲らしきものが触った。

それを引っ張り出す。

結腸捻転か?

結腸壁の肥厚はひどくないが、縞模様になり、結腸動脈近くには膠様浸潤がある。

切開しても腹腔を汚さないくらい引張り出せたので、骨盤曲を切開して内容を出した。

すっかり空にして腹腔内へ戻すが、ひどく脾臓が大きい。しかも、硬い。

脾臓の表面には1mmほどの血豆が密発している。

結腸を押し戻すしていくと・・・その脾臓の背側尾側から出てきている。

結腸左背側変位だ。

結腸が脾臓にひっかかって居るのを外そうとするが、簡単には外れない。

当歳馬の結腸壁は薄い。ひっぱってはいけない。脾臓を腹腔正中へ押すようにして外すのだが・・・・

塩酸フェニレフリンを点滴してもらう。それで脾臓が縮む。

心拍がおかしくなることがあるので、気をつけて。

結腸が脾臓だけでなく、胃にもひっかかっているので、結腸基部を触ると胃の奥、背中側へ入り込んでいるように感じたのだ。

脾臓は締め付けられ、腫れあがり、硬くなり、出血点ができた。

なんとか結腸を整復できた。

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これほどひどく胃と脾臓に巻きついていた結腸左背側変位は初めてだ。

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向こうの山が白くなったです

えっへん、オラの季節です

 

 

 

 

 


鎮静剤もうてない馬に ポールシリンジ

2021-11-22 | technique

昂奮してしまって、獣医師が近づけないとか、どうしても首を触らせないとか、という馬も居る。

ほとんどは1歳馬だが、たまに繁殖雌馬でも。

ポールシリンジ、というのが本に紹介されている。

長い棒の先に工夫したシリンジを付ける。だからポールシリンジ。

要は50ccのシリンジを切って作った筒の中に、10ccのシリンジが入っている。

これで馬の大きな筋肉を刺せば、薬液が筋肉注射される。

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海外では市販されている製品もある。 

Pole Syringe

小動物でもキバを剥いて、ケージから出せないヤツが居るんだろうな。

エキゾチック(一般的なニャンコ・ワンコじゃないペット)も扱うかもしれないし。

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馬だと、注射液は、デトミジン+ブトルファノールが良いようだ。

幸いにして、Pole Syringe を用意しておこうというほど、うちでは必要な場面に遭遇しない;笑

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手製のポールシリンジの写真は、Handbook of Equine Emergencies から。

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きのうの朝、オオワシが飛んでいった。

 

           

 

 


初産牛の帝王切開

2021-11-21 | 牛、ウシ、丑

初産牛が分娩予定日の翌日午後2時に破水し、

生まれないので4時半に手を入れてみて、もう袋はかぶっていないのに(二次破水しているのに)出ないので、獣医さんに診てもらったら、

頭は触れるけど遅れていて、過大仔のようなので、帝王切開して欲しい、と5時前に連絡があった。

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6時半に着いたら、牛はトラックの中で立たない。

両前肢にロープをかけてトラクターで引っ張り出した。

そこで牛が立ち上がった。

枠場へ入れて、帝王切開を始める。

北米大動物外科専門医の指導のもと、新人獣医さんに執刀してもらう。

子宮を切開して引っ張り出した子牛は死んでいた。

心拍を感じた気がしたのだが、呼吸はしないし、臍からも出血しないし、角膜は濁ってはないが瞳孔は開いていた。

子宮を縫っているときに牛は寝てしまった。

帝王切開ではしばしば子牛を引っ張り出したあとに母牛が寝てしまう。

予想していたので、右後肢にロープを着けて、倒れこむときに左肩の方へ引張ってもらった。

左を上にして寝てくれるとなんとか手術を続けられる。

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枠場の横棒は邪魔になるので、このあと外した。

なにかと時間はかかったが、1時間半ほどで帝王切開は終わった。

牛はすぐに立って帰って行った。

北米大動物外科専門医の手術指導を受けられるのは日本でうちだけ;笑

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大谷くんのMVP受賞はすばらしい。

すごいことだ。

チャレンジし、あきらめずにひたすら努力すること、その過程を楽しむこと。

それを支えた周囲の人たちも素晴らしい。

怪我をしないように気をつけてもらいたい。

仕事柄それだけが気にかかる。