馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

Salmonella

2020-07-31 | 感染症

子馬が水様性下痢をして脱水が進行するので診てくれないか、との依頼。

数日前からで発熱もある、とのこと。

腸炎は伝染するかもしれないので入院させたくない。

輸液バッグを貸すから地元で治療したら、と提案した。

細菌検査もしていて結果待ち、とのこと。

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あとで、”Salmonella と結果が来た” と連絡が入った。

うちから?

診療で忙しく確認する暇もない。

家畜保健衛生所に連絡した方が良い。

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Salmonella 属は腸内細菌の一属で、強い病原性を示すことがあるので警戒が必要。

ほとんどはSalmonella enterica subsp. enterica が菌名になる。

菌種 enterica 亜種 enterica だ。

(そういう分類法、命名法になったのは1985年だから、私が大学卒業後だ;笑)

しかし、病原性と関係する抗原性、血清型により固有名が付けられている。

チフス菌は、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi だし、

動物からよく採れるネズミチフス菌は、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhimurium となる。

菌名、菌種名はイタリック(斜体)で表記することになっているが、血清型は菌・菌種ではないので斜体にしないのだそうだ

(ややこしいんだよっ!)。

・・・・ブログの記事タイトルにはイタリックにする機能がないみたい

Salmonella属の細菌学上の分類や命名が整理されたのは2002年で、

現行の方法になったのは2015年だというから、ごく最近だし、これからも変更されるかもしれない;笑

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時間が空いて、細菌検査ブースを覗いて、例の検体の培地を観たら、コロニーが真っ黒。

硫化水素産生する細菌ではこうなる。

硫化水素産生する菌は、Proteus spp.など他にもあるが、この黒さは激しい。

うちにもSalmonella を確定するための凝集反応用の抗血清が置いてあるが、凝集反応をしたかどうか、担当者が不在でわからない。

シャーレをそのまま家畜保健衛生所へ送って、同定と防疫措置をしてもらうことになった。

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発症子馬は翌日には死んでしまったそうだ。

必要なら家畜保健衛生所で同居馬の検査もしてくれる。

サルモネラ感染症は古典的な伝染病なのだが、近年は発症事例は多くなく、あまり警戒されていないのかもしれない。

子牛や子馬が下痢をしても細菌検査をしないこともあるが、Salmonella などのような強い病原性と伝染力を示す病原体は、きちんと病原体を把握して対処しないと感染動物も助からないし、伝染して続発しかねない。

Salmonella 感染を疑ったら、ただいつものように検体を送るのではなく、検査施設に「かもしれない」と連絡してもらいたい。

それで、迅速な検査ができるし、菌量が多くない同居畜などでは選択培地の使用なども必要だ。

コクシジウム症を疑ったりして、ウンコだらけのビニル袋で送ってこられたりすると、検査で手や周囲を汚染させないように特別な注意も必要だ。

そして、発生牧場では防疫措置も必要になるので、Salmonella が分離されたら家畜保健衛生所の力を借りた方が良い。

血清型によっては家畜届出伝染病に指定されているので、獣医師には届出義務がある。

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あとは逸話と思い出話。

学生時代、研究室でホルスタイン雄子牛の牧場でゲンタマイシン経口薬の治験を手伝った。

当時、ゲンタマイシンは子牛の下痢によく効いた。

しかし、Salmonella が入っている牧場ではダメだった。

Salmonella は腸内だけでなく全身に侵入し敗血症を起こすので、ゲンタマイシンの経口薬で腸内のSalmonella を叩くだけでは効果が期待しにくい。

Salmonellaは細胞内寄生菌なので、脂溶性がないアミノグリコシド(ゲンタマイシンも含まれる抗生物質の分類)は細胞内に入りにくいので効果が期待しにくい。

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この地域では、水害のあとにSalmonellaが続発することがある。

堆肥場などの汚染部からSalmonellaが流れ出て、弱い子牛や子馬に感染するのだろう。

数年前の台風による水害の後にも牛農場と馬牧場でSalmonella症が発生した。

人の食中毒でも1-3割をSalmonella症が占めているとされている。

保菌や排菌している個体が居ると、感染を防ぐための注意はたいへんな作業になる。

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死亡畜焼却場に下痢で死亡した子馬が運び込まれていて、解剖を頼まれていたわけでもないのに死骸の脱水のひどさに直腸便を検査して、Salmonellaを確認したこともある。

「チフスなんだよ」

本当のチフスはSalmonella Typhi (こういう表記も認められている。Salmonella は斜体、Typhi は菌種ではないので斜体にしない)の感染症だけだが、類似の病態も起こりうると考えた方が良い。

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USAの獣医科大学獣医教育病院でもSalmonella は特別な注意をしている所が多い。

私が訪れた頃(28年前!)は入院馬は全頭SalmonellaをPCRで検査していて、陽性だと隔離厩舎に入れていた。

のちに、PCRのみ陽性で、培養が陰性で、症状がないなら隔離する必要まではないのではないか、という学術報告も出ていたと記憶している。

獣医教育病院が汚染されて院内感染が起こると病院を閉鎖して消毒と検査を繰り返すことになる。

あの有名なNew Bolton Centerも閉鎖されたことがあったはずだ。

よくあるのはFood Animal Section へ牛がSalmonella を持ち込み、それがEquine やSmall Animal のSectionへ広がる。

One Floor でつながった構造の病院が多く、多くの人が行き来するので厄介だ。

消毒用マットや踏込み消毒槽は効果が疑問視されている。

やるとしたら、靴を履き替えないとダメだ。

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現代のイージス艦の兵器が、太平洋戦争時の海軍にどれだけの戦闘能力を発揮するか?

それは日米戦争の流れを変えることになるか? 

しかし、そもそも歴史を変えるようなことをしても良いのか?

タイムスリップ戦争ものとして物語は進みかけるが、太平洋戦争の最中に未来を知ってしまった帝国海軍参謀は単独で暴走を始める。

打ちつくせば補給できず、壊れれば修理できない近代兵器より、未来を知ってしまうことの方が大きなことなのかもしれない。

そして・・・・

 

 

 

         

 

 

 

 

 


連日の疝痛 横隔膜ヘルニア、夜中の空振り、大結腸亜全摘

2020-07-28 | 急性腹症

夏の結腸捻転ラッシュは減ったと思っているのだが、

以前に比べれば、とか、

最近は春がとても多いので、とか、

結腸捻転だけにかぎると、のせいかもしれない。

疝痛馬は連日、来院している。

            ー

21歳の繁殖雌馬。

今年分娩し、受胎もしている。

しかし、21歳にしては体つきが衰えていない・・・・

結腸捻転だろう、と思っていたら、小腸閉塞で、

網嚢孔ヘルニアのようだ、と手術は進んだが、途中で横隔膜ヘルニアだということが触知された。

なんとか、入り込んでいた空腸も抜けて、切除せずに手術終了。

年齢は牧場の一覧表が間違えていて、本当は11歳だった。

年齢は微妙に予後判断に影響をあたえる。

まあ、よかった。

            ー

夜、9時半に繁殖雌馬の疝痛の連絡。

「はたちなんですけど」

ひどく腹囲膨満していて、フルニキシン無効なので送り込みたい、とのこと。

鎮静剤は投与しておらず、直腸検査も超音波検査もしていない。

担当獣医師はついても来ないので”連れて行く”とはならない。

来院したらトラックの中で倒れていた。

PCV52%、乳酸値4.0mmol/l。

これは結腸捻転、と思ったが、痛くないので枠場に入れて超音波検査して・・・・

膨満した大結腸や、肥厚した結腸壁は見えない。

空虚な小腸と、さかんに蠕動している小腸が見えた。

直腸検査しても、腹腔内の圧は高くなく、膨満した結腸に触ることもない。

輸液をしていると、4リットルほど入れたところで馬の目つきが変り、活力が出てきた。

「帰りましょう。今晩は絶食して。」

            ー

翌日は、朝の手術馬が30分ほど遅れてきた。

手術も順調に行かず時間がかかっていた。

そこへ繁殖雌馬の疝痛の依頼。

疝痛ひどく、フルニキシン、鎮静剤無効。

当歳馬の寛跛行は私ひとりで対応した。

疝痛馬は来院したが立って居られない。

PCV59%、乳酸2.7mmol/l。

すぐやりましょう。

内容を捨てて、完全に捻転を整復したら、色調はかなり回復した。

しかし、背側結腸の横隔曲あたりは筋層にも損傷があるのがわかる。

結腸動脈の拍動はあるが、出血様。

骨盤曲切開部の粘膜損傷は最悪ではないが、かなりひどい。

盲腸結腸ヒダのところで大結腸切除して、背側結腸と腹側結腸を吻合することにした。

切除部分でも粘膜はかなり鬱血と虚血性損傷があった。

           ー

終わって、1時半。

大結腸切除・吻合しても2時間はかかっていない。

そのまま片付けして、入院厩舎に輸液を準備して・・・・

次は予定していた3歳馬の去勢。

その後、1歳馬の腰痿のX線撮影。

終わって4時。

昼ごはん・・・・・食べないで、カルテ書いて帰るか・・・・

          /////////////

 

雨で何もできない日が続き、図書館で見かけて借りてきた。

自衛隊イージス艦が、太平洋戦争最中へタイムスリップする話。

自衛隊という特異な軍隊の、自衛官という軍人ではない若者たちがどう行動するのか興味があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


嵌頓性臍ヘルニア

2020-07-26 | 急性腹症

朝、当歳馬が疝痛し、臍が腫れている、との連絡。

嵌頓性(嵌;はまる、頓は訓読みは??)臍ヘルニアだ。

見つけてすぐなら押し込めるかやってみるべきかもしれないが、

もう時間が経っているので、押し込もうとして腸管が破れたら腹腔を汚染することになりかねない。

腸管手術になることを覚悟して、吸入麻酔して手術台に乗せる。

はまり込んでいた小腸は壊死していないようだ。

しかし、空腸閉塞を起こしていたので、上位がかなり膨満している。

切除・吻合せずに済むなら予後は悪くないだろう。

しばらく入院厩舎でようすを観てから帰って行った。

                   /////////////////

ドンっ!と音がしたので、ウッドデッキに出てみると鳥が失神していた。

すぐカラスが近くに来たので、カラスに追われて窓ガラスに激突したのだろう。

手で抱え上げて、カラスを追い払って・・・即死ではなかったようだ。

なんとか立てる。でも目が開かない。

2-30分で意識が戻ってきた。

1時間ほどで歩けるようになり、そばの林へ飛んで入った。

タヒバリ・・・?

 

 

 


連夜の結腸捻転・変位

2020-07-23 | 急性腹症

夜、9時過ぎに電話。

繁殖雌馬の疝痛を運びたいとのこと。

10時半すぎに来院。

超音波検査では右側腹部で結腸動脈が見え、浮腫を起こしている。

血液はPCV30台。ぜんぜん悪くない。

疝痛ははっきりしない。

入院厩舎に入れて様子を観ることにした。

が、すぐに横臥し、仰向けにもなった、とのこと。

「やりましょう」

結腸骨盤曲が頭方向へ向いていた。

盲腸に巻き付くように変位したわけではないが、結腸右背側変位のひとつのパターンだろう。

再発防止のためにcolopexyした。

手術後はなかなか起立しなかった。

やっと立たせて、歩かせて覚醒室から出したが、暴れてアスファルトの上で転倒した。

片付け終わって、午前2時半。

術後は持続点滴もなし。

翌朝の状態は良好で、退院していった。

           ー

翌日の夜、10時過ぎに呼ばれる。

繁殖雌馬が疝痛で来院しているとのこと。

立っていられないので、検査もそこそこに開腹することになった。

結腸の色調はひどくなかったが、捻転の仕方が普通と違う。

大結腸の途中でねじれ、背中側へ入り込んでいて引っ張り出しにくかった。

頭側へ行っていた骨盤曲から引っ張り出したが、まだ色調は回復しない。

骨盤曲を閉じて、一旦腹腔内へ結腸を戻し、また盲腸から引っ張り出して、大結腸を後ろ回りに回す。

重労働だ。

やっと捻転が整復できて結腸の色調は正常に戻った。

colopexyして閉腹するが、腹部膨満し、腹圧が高く、腹壁の縫合がたいへんだった。

麻酔覚醒・起立は早かった。

私は午前1時半で引き上げた。

翌朝、馬は活力があり、排便もあり、腹部膨満もましになっていた。

            ーーー

夏の結腸捻転は昔に比べると減ったと思っているのだが、連夜急患が来ている。

春の忙しさがひどいので、楽になったと感じるだけで、十分激務の7月だ。

             ー

繁殖雌馬の結腸捻転・変位も、ランダムに起きているのではなく、特定の牧場で多い。

何か要因があるのだが、その解明と解決は難しい。

           ///////////

本州の梅雨明けもまだなのに、北海道も雨が続いている。

梅雨前線が北上してきたら、さらに雨が続くだろう。

ヤマアジサイ。

雨の中、きれいに咲いている。

青がきついのは酸性土壌なんだろうな。

 

 


副手根骨骨折の骨片摘出

2020-07-21 | 整形外科

半年前に副手根骨を骨折した有名種雄馬16歳。

種付け時期が迫っていたので、手術しないで種付け業務を頑張ってきた。

しかし、ときどき痛みがひどくなり、鎮痛剤を投与しなければならなかった。

腕節の外側はひどく腫れてしまった。

腕節は完全には曲がらないみたい。

私は今まで副手根骨骨折をscrew固定したことが何度かあるし、

副手根骨の橈骨との関節腔か関節鏡で骨片を摘出したこともある

この馬の副手根骨の割れ方はひどくて、

頭側に大きな骨片があるが、それはscrew固定はできない大きさ。

そして、骨折箇所の近位に骨片がある。

掌側関節腔の外側に大きな結合織の塊ができていて関節鏡を入れるのにも邪魔になる。

針を目印にして狙っておいて、関節鏡を刺入したが、関節腔内は見えなかった。

もう周りが分厚くなって関節腔が狭いのだろう。

結局、切皮して、まず結合織の塊を切り取り、傷を広げた。

関節腔の中に骨起子を入れると、骨片に触る。

rongeur で骨片を掴み出したが、狙っていた全体ではない。

さらにその奥の骨片を取り出した。

大きい!

来年の種付けシーズンまでに、跛行せず、痛み止めも必要ないようになれば良いのだが。

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そのへんにいっぱい咲いているこれは、

ウツギ、でよいのだろうか? あるいはナントかアジサイ??