馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

White先生余話 経腸電解質液の組成

2013-12-31 | 急性腹症

さて結腸便秘治療に使う経腸等張電解質液のつくり方だが、

The equine acute abdomen にも載っているし、前回紹介した文献にも表示されている。

NaCl 5.27g

KCl   0.37g

NaHCO3  3.78g    を1?の水に溶かす。

大量に飲まさなければならないので、20?のバケツなどに作ってしまうのが良いのだろう。

塩類の量はさほど正確である必要はない。

White先生も食卓塩やライトソルト(カリウムが入った塩)とベーキングパウダー(ご存知膨らし粉は重曹で炭酸ナトリウム)をスプーンで計って作る方法も紹介しておられる。

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Pc315520去年から抱えていた書き物にひきつづき悪戦苦闘した今年。

それも終わりが見えてきた。

症例発表と講習会の準備に気を使った秋でもあった。

年が明ければ、また実習の準備と症例発表の準備。

すぐまた出産シーズンも始まるだろう。

それでは皆さん、良い年を!!

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White先生余話 結腸便秘馬の経腸電解質液治療

2013-12-30 | 学問

結腸便秘の症例が経腸水投与で治った?

では、本当に問題が無いのか、塩類下剤投与や等張電解質液投与、あるいは静脈輸液と比べてどうなのか実験してみましょ。

という結果が2004年のAJVRに報告されている。

右背側結腸に人工採材口を着けた実験馬7頭を使った大規模な研究で、論文も10pに及ぶ大論文だ。

Effects of enteral and intravenous fluid therapy, magnesium sulfate, and sodium sulfate on colonic contents and feces in horses

経腸・静脈輸液治療、硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウムの馬の結腸内容と便への効果

AJVR 65,5,695-704 (2004)

目的-静脈輸液治療あるいは経腸の硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、水、あるいは電解質液で治療した馬の、全身性の脱水補正、血漿中の電解質濃度、結腸内容と便の水分増加、消化管通過の変化を評価すること。

 

動物-右背側結腸にフィステル(腸内容を取り出せすための人工口)を着けた7頭の馬。

 

手法-交差法により、実験馬は交互に6種のうちのひとつの治療をうけた;無処置(対称群);乳酸化リンゲルによる静脈輸液治療;あるいは経鼻胃管を通しての硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、あるいは電解質液投与。

一般診察を行い、血液、右背側結腸内容、便を48時間の観察期間中6時間ごとに集めた。

馬は最初の24時間口カゴをしたが、水は自由に飲ませた。

最後の24時間は乾草、塩、水も自由にさせた。

結果-電解質液の経腸投与とNa2SO4の経腸投与が右背側結腸の内容の水分増加の点では最も良い治療であり、次いで水の経腸投与であった。

便の水分量増加の点では硫酸ナトリウムが最も良い治療であり、次いでMgSO4と電解質液であった。

硫酸ナトリウムは低カルシウム血症と高ナトリウム血症を引き起こし、水は低ナトリウム血症を引き起こした。

結論と臨床的関連-電解質液の経腸投与は右背側結腸の内容の水分量増加を促進し、大結腸便秘の馬に用いうるかもしれない。

Na2SO4あるいは水の経腸投与は右背側結腸の内容の水分量増加を促進するかもしれないが、重度の電解質バランスの狂いにつながる可能性がある。

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この研究で確認しておかなければいけないのは、使われた馬は実験馬で結腸便秘発症馬ではないこと。

結腸便秘発症馬は腸閉塞状態にあるだろうし、腸の蠕動も本来のものではないかもしれないので、この研究の結果がそのまま症例馬に適応できるかどうかはわからない。

研究が大規模なので目的がわかりにくいが、著者らが証明したかった仮説は、

「電解質液の経腸投与がPCVや電解質や血清蛋白値の変化を最小限に右背側結腸内容の水分量を増やす。」

ということだった。

そして、また

「静脈内輸液治療、水、下剤(硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム)の経腸投与は右背側結腸と便の水分量を増加させる点で効果に乏しい。」

ということであった。

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この試験ではMgSO4・7H2Oは1g/kgBWを1?に溶かせて使われた(めちゃくちゃ濃い!)。

Na2SO4は1g/kgBWを3?に溶かせて投与された(めっちゃ濃い!)。

塩類下剤は、水で薄めて投与した方が早く効く。

濃いまま投与すると、腸管内に水をひっぱってから効果を現すからだし、

血管から水をひっぱるので脱水が起こる。

診療でこんなに濃い塩類下剤を使っている獣医師はいないと思う。

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この試験での水の投与は水道水を使い、最初の12時間は1時間に5?(合計で60?)投与した。

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電解質液はNa135mmol/l、Kmmol/l、Cl95mmol/lのものを最初の12時間は1時間に5?投与した。

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静脈内輸液は乳酸化リンゲル液を最初の12時間は1時間に5?投与した。

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で、結果は上の要約のとおり。

等張の電解質液を経腸投与するのが、いちばん体の恒常性を狂わせずに、速く結腸内容と便の水分含量を増やした。

水ばかり飲ませたり、塩類下剤を投与すると、血清の電解質濃度が狂う。

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さて、日本の便秘治療も変わるだろうか?

この経腸電解質液の投与は相当な量になるので、器具を用意しなければならないし、

胃拡張や小腸閉塞を併発していないか注意する必要がある。

まず何より便秘だと確定診断することから始めるのが基本だ。

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Pc305506朝は除雪。

終わったと思ったら、午前中は吹雪模様でこの冬一番の積雪。

凍り付いてテカテカになってしまった。

今日で仕事納め。

とりあえず、正月中の診療予定はない。


結腸便秘を水だけで治療する、と・・・

2013-12-29 | 急性腹症

1999年のAAEP年次大会で、White先生がおられるMarion duPont Scott Medical CenterのMarco Lopesらが、

Treatment of Large Colon Impaction with Enteral Fluid Therapy

大結腸便秘の経腸輸液治療

という発表をしている。

経腸輸液治療は大結腸便秘の馬で用いうる。

脱水を補正し、結腸の蠕動を刺激し、便秘塊を潤し、静脈輸液治療より安価である。

便秘馬に経腸で用いる液の理想的な組成と浸透圧を求めるためのさらなる研究が必要である。

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この研究では温かい(35℃くらいの)水道水が使われた。

外径1.6cmの経鼻胃管を使って、自由落下で水を投与した。

1回の量は最大10?までで、少なくとも30分は間隔を空けた。

必要ならフルニキシンなどの鎮痛剤を用いた。

対象は馬12頭と騾馬2頭、年齢は2-20歳で平均7.4歳。

体重は254-530kgで平均349.6kg(私たちが扱う馬より小さいことに注意)。

6頭は疝痛が始まった日に来院し、5頭は最初の症状の翌日来院し、1頭は3日後、1頭は4日後、1頭は6日後来院した。

これらの馬に経腸輸液治療を行い、総投与量は60-223?で平均119?、1日の投与量は33-65?で平均48?、体重当たりだと1日当たり85-208ml/kgで平均142ml/kg/日。

全頭、頻回排尿し、徐々に腹囲減少し、便は柔らかくなり、脱水症状は治まった。

治療期間は1-6日で平均2.57日であった。

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たしかに水だけで結腸便秘が治療できるなら、

静脈輸液より安くすむ。カテーテル留置に伴う静脈炎などのリスクもない。

しかし、120?(総投与量平均120?)の水を経腸投与するのは簡単ではない。

体重あたりの平均投与量は500kgだとすると1日当たり約70?。

それに水ばかりこんなに飲ませて内科的問題が引き起こされないか?という研究はまた今度。

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この報告はMarion duPont Scott Medical Center から行われながらWhite先生は共同研究者に名前を連ねていない・・・・・

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Pc295504
オラ、ちゃんと手でもって食べれるゾ

食べる前と後には水のむゾ

 


White先生余話 各種下剤の害

2013-12-28 | 急性腹症

White先生のThe Equine Aqute Abdomen には下剤について書かれた章がある。Pc285488

White先生自らの記述ではなく、共同監修者のTimothy Mair先生が執筆されている章だ。

疝痛の内科的治療の章で、各種下剤について説明し、それぞれについての副作用についても書かれている。

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海外ではMineral oil と呼ばれる流動パラフィンがもっとも良く使われている。Pc285491

消化管から吸収されない油なので、消化管内容を増やし、流動性を高めて排泄を促す。

しかし、流動パラフィンは下剤効果がマイルドな緩下剤だ。

海外の馬獣医師がメールに書いていたことがあるが、硬い便をビーカーに入れて水につけておくと翌日にはボロボロにくずれている。

しかし、流動パラフィンに漬けて置いても便はそのままだったそうだ。

結腸便秘でよく経験することなのだが、流動パラフィンを投与して便に油が出ても、直腸検査で便秘塊は硬いまま残る。

                              -Pc285492

Mair先生はその他の油として、ヒマシ油Castor oil についても書いておられる。

is not recommended for use in horses.

馬に使うことは推奨できない!(!は私の独断;笑)

粘膜に刺激があり腸炎を起こす。

新生子馬には使うな、ではなく、子馬には使うな、でもなく(すべての)馬に使うな。

研究目的で馬に腸炎を起こさせるのに使う”毒物”なのだ。Pc285493_2

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日本では馬には硫酸ナトリウムが塩類下剤として使われることが多い。

海外では馬にも硫酸マグネシウムが使われることが多いようだ。

硫酸塩はナトリウムもマグネシウムも腸から吸収されにくいとかつての獣医学書では説明されていた。

しかし、実際には硫酸ナトリウムも硫酸マグネシウムも、それぞれ高ナトリウム血症や高マグネシウム血症を引き起こす

そうならないように腎臓が一生懸命働くのだが、便秘の馬で脱水があったりすると腎機能が低下していて、高ナトリウムや高マグネシウムは致命的なリスクになりうる。

重症の便秘の馬が脱水を起こしていることはよくあることだ。

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だから、私たちは結腸便秘馬では、Pc285494

直腸検査で確定診断と便秘の程度をモニターし、

体表からの超音波検査で他の問題がないのを確認し、

血液検査で脱水の程度を把握して静脈内輸液で脱水を改善して腎機能を回復させ、

絶食管理し、

痛みをコントロールし、

痛みがコントロールできるようなら、胃カテーテルを入れて胃拡張がないのを確認し、

緩下剤である流動パラフィン5-10ml/kgBWを経鼻投与し、

下剤効果が充分ではないようなら脱水が改善しているのを条件に硫酸ナトリウム0.5-1g/kgBWを水10-15?に溶かせて投与してきた。

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ほとんどの結腸便秘馬は1-3日で良化する。

が、多かれ少なかれ血清中電解質は狂うし、手間がかかるし、けっこうな治療費になる。

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そんなことをしないで水だけどんどん投与しても便秘は治るんじゃないかという報告と、

その問題はまた今度。

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え~っと、忘年会、年越し、お屠蘇におせちと、ヒトも飲みすぎ食べ過ぎに注意しましょう;笑
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Pc135430ラ、留守番だった

この瞳に映る憤り・・・


輸送熱は胸膜肺炎

2013-12-27 | 馬内科学

今年も何頭か輸送後の胸膜肺炎を診た。

セリ会場で発熱し、その後胸膜肺炎に悪化した1歳馬がいた。

南関東から帰ってきて、数日の発熱のあと胸膜肺炎を確認したあがり馬もいた。

輸送歴はないのに胸膜肺炎を起こしていた当歳馬もいた。

診てはいないが胸膜炎を起こしていると相談されたあがり馬もいた。

どの症例でも話すことは、

「ひどい胸膜炎を起こしている以上、胸腔に異常が残ります。

肺の表面が硬くなり、肺と胸壁が癒着している馬が競走馬になれるとは思えません。

ひどい胸膜炎を起こしている以上、有効な治療をしてもどんどん良くなるとは思えず、

治療は数週間単位になり、治療費がかさみます。

一度治ったように見えても、胸腔が膿瘍化しているために再発する馬もいます。」

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今までの経験でいくと、当歳馬や1歳馬の方が生き延びやすい。

どうしてだかはわからない。

若さのゆえなのか、体重が少ないので積極的抗生物質治療しやすいからか・・・

あがり馬(繁殖供用されるために生産地へ戻ってきた牝馬)や休養馬の場合は、治療に保険が効かないこともマイナス要因になる。

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そして、初期治療と早期診断の失敗がしばしば見られるのは残念なことだ。

輸送熱は胸膜肺炎の初期だと考えたほうが良い。

熱があるだけでほかの症状はない。からと言って、1日1回のペニシリンと解熱剤投与で経過を観てしまい、胸膜肺炎を起こしてしまうと治療と経過は先に書いたようなことになる。

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左写真は右胸腔の後下の隅。

胸水が増量し、フィブリンが揺れている。

肺の辺縁は潰れて尻尾のように見える。

胸膜には横隔膜側も肺側もフィブリンが付着して厚く見える。

肺のまだ膨らんでいる部分も空気が少なくて、完全な無気肺部がコメットテールを作っている。

こうなっていると胸腔穿刺をするとオレンジ色に濁った胸水が何リットルも抜ける。

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輸送熱をあまく見てはいけない。

 

できるだけ早く(1時間でも!)有効な治療を始める必要がある

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生産地では多くの獣医さんがポータブル超音波画像診断装置を持ち歩いている。

肺の表面のスキャンと胸水の有無の確認は牧場でも可能だ。