馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

子馬の細菌性心嚢炎

2022-04-30 | 馬内科学

子馬はいろいろな部位に感染を起こしやすい。

臍とその周辺(臍静脈、臍動脈、尿膜管)、肺、腸、関節、骨(骨髄、成長板)、リンパ節、筋肉、脳脊髄腔、etc.

ありとあらゆる部位が細菌にやられることがある、と言っていい。

(意外に、腱鞘とか心内膜の感染は新生子馬では少ないのはなぜだろう?)

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空気の入り口(肺)、飲み物食べ物が通るところ(腸)は外界からの感染にさらされる。

リンパ節は免疫機関で、細菌との戦いに負けると砦が落ちるように化膿する。

関節腔は、血流に乗って細菌が流れてくると、袋状になっていて液があるので免疫が働きにくく、そこで細菌が増殖してしまうのだろう。

しかし・・・・・

これもまた袋である心嚢の感染は珍しい。

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1ヶ月齢の子馬。発熱の経過があり、呼吸が思わしくないということで来院し、肺炎、の診断を受けていた。

数日後、跛行する、ということで再来院した。

ひどい跛行ではないが、39~40℃の発熱が続いている。

抗生剤治療に反応していない。

超音波診断装置で、肺を見て、

心臓を見て・・・

心嚢に液が増えている。

心拍が速く、静止画は鮮明さに欠ける。

結構な量の液が溜まっている。

索状になったフィブリンもある。

キラキラ写る凝集物はないし、心膜表面にゆらゆらと揺れるフィブリンの付着もない、ように見えた。

心嚢液を抜いてやれば心拍は楽になるかもしれない。

心嚢内に液がある程度溜まると、心タンポナーデになりかねない。

すでに心臓は圧迫を受けていると思われる。

そして、抜いた液の性状を確かめるのと、おそらく細菌性だろうから抗生剤を入れる。

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心嚢穿刺はめったにやることがない。

心嚢内では心臓が動いているので針先で傷つけたくない。

それと、冠動脈があるので刺してはいけない。

濁った液が採れた。

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この子馬はあきらめることになった。

(つづく)

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ムスカリが庭に咲きだした。

この群落は、私が植えたものじゃないんだけど。

勝手に増えてくれるならそれは嬉しい。

 

 

 

 

 

 


Rhodococcus equiによる子馬の疝痛

2022-04-25 | 新生児学・小児科

2月はじめ生まれの子馬(2.5ヶ月齢)が、2日前から発熱し、きのうからは疝痛を示している、と夕方の相談。

発熱に対応して、腸炎を起こすことがある抗生剤を投与し始めていたので、「腸炎?」と訊いたが、

「超音波で、腸炎を疑う所見はない」、とのこと。

そして、「右腹部で血腫様の塊が見える」。

内科的に対応すべき症例ではないか、ということで様子を観てもらうことになった。

           ー

結局、その後も疝痛は強くなり、深夜になって来院した。

開腹したら・・・

腹腔の右背側にある盲腸底に柔らかい塊がある。

それに続く固い部分も感じる。

盲腸底の内側、盲腸結腸の動脈の根元側が固い塊になっている。

そして、回腸も巻き込まれている。

(写真、左上から伸びているのが盲腸背側紐;その先に回盲部がある)

切除もできないし、切開もできない。

このままでは、回腸の不完全な閉塞、盲腸から結腸への不完全な閉塞、が解除されない。その方法もない。

あきらめることにした。

解剖したら、盲腸底の塊は水腫を起こした腸壁で、

結腸動脈、盲腸動脈の周囲が膿瘍を取り囲むように肉芽腫になっていた。

右肺後葉の内部にも径3cmの化膿部があった。

           ー

この子馬、1ヶ月あまりのときに肢軸異常のsingle screw手術をしていた。

その後、数日は抗生剤投与を受けているが、Rhodococcus equiには有効ではなかったのだろう。

30-45日齢の子馬の発熱を静観してはいけない。

Rhodococcus equiが蔓延することになる。

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シデコブシが咲いた。

雨が降らない4月だ。

 

 

 

 


2歳馬の第一趾骨骨折のscrew固定で考えたこと

2022-04-24 | 整形外科

2歳馬の調教もスピードが上がっている。

速めの調教をした馬が、厩舎に帰ってから強い跛行を示し、X線撮影で後ろ肢の基節骨(第一趾骨)が確認された、との連絡。

午後も別な手術の予定が入っている・・・・・

「4時に連れて来るよう言って」

            ー

第一指/趾骨の骨折は、骨体のほとんどが割れたり、骨折線があちこちに伸びていると、危ない

screw4本で内固定した。

縦骨折だったのだが、骨折線は正中を進まず、内側へ伸びていたので、3本は内側から入れた。

近位の1本は外側から入れた。

lag screw はscrewの先の部分とscrew headで引っ張り合いをするのだが、ネジ山側とscrew head側で働く力は多少差があるのではないかと考えている。

だから、例えばきれいに正中で割れていても、内外どちら側からもscrewを入れることにメリットがあるのではないか?と思ったりするのだがどうだろう。

もう一つは、screwの先端とscrew head の影響だ。

内外に分散しておくことにアドバンテージがあるのではないか?と考えた。

            ー

骨折線は遠位部で内側へカーヴしていたので、一番遠位のscrewは遠位へ向けて入れた。

そのことで骨折面に垂直に近くなる、でしょ。

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相棒の四十九日だった。

まだそこに居るような気がしている。

 

 


縫合した舌裂傷の治り方

2022-04-20 | 歯科・口腔外科

3週間ほど前に、舌裂傷を縫合した2歳馬。

飛節にOCDが見つかり、関節鏡手術に来院した。

手術台に乗せてから、

ステントを使った縫合をしたし、抜糸の必要があるかと舌を引っ張り出して観察した。

背側は裂けていたところがへこんでいる。

上皮が欠損している部分もある。

しかし、全体には良好。

とても奥で切れていて、縫いづらかった症例。

忙しい日で、ほとんど私ひとりで対応した。

鎮静し、下顎神経ブロックし、傷の奥で包帯で縛って引っ張り出し、

ステントを使った垂直マットレスでしっかり縫合し、

辺縁は十字縫合した。

裏側も裂けていて、縫合した。

全体にとても良好に治癒した。

これならなんの問題も残らないだろう。

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この馬、転倒して球節も削れるように裂傷していた。

傷は肉芽が増勢しつつあった。

過剰な肉芽を切除し、

上皮化が加速することを期待して、皮膚の辺縁にPRPを注入した。

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舌はだいじだよね~

キミはハミはつけられないけど、体温を下げるのにつかってたんだよね~


子馬の食道弛緩症

2022-04-15 | 新生児学・小児科

生まれて1ヶ月の子馬が、生後から乳が鼻から出てくる、との相談だった。

軟口蓋裂を疑う必要があるので来院してもらって内視鏡検査。

しかし、軟口蓋は大丈夫。

食道に内視鏡を入れると、食道が弛緩し、乳が食道内に溜まっている。

頚部と胸部で食道を追うようにX線撮影してみた。

食道は内容がないと、X線画像には腔としては写らないのだが、ところどころ液が溜まっているのが写る。

・・・・右の大動脈弓の遺残か??

自分で症例で確かめたことはないが、右大動脈弓が遺残すると食道が締め付けられて通過障害が起こることがある、らしい・・・

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その後も症状は改善されない。肺炎症状も出てきた。

とのことで、あらためて食道の造影撮影をするために来院してもらった。

頚の付け根。

経鼻カテーテルの先が写っている。

胸部ではちょうど心嚢の背側を通るあたりから造影剤が途切れている。

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右大動脈弓の遺残では手術した症例が報告されている。

最新の報告。

Computed tomography assistede surgical correction of persistent right aortic arch in a neonate foal

Equine Veterinary Education, Feb, 2006, 40-44

Wisconsin-Madison大学からの報告。

2日齢のアラブの雄子馬が呼吸困難と、乳が鼻から逆流する、という症状で入院。

肺炎の治療を数日行った後、開胸手術して、肺動脈と右大動脈を結んでいたligamentum arteriosium を切除した。

症状は消失し、この子馬は順調に見えたが、

3ヶ月後、離乳の翌日に死亡しているのが発見された。

剖検したが、死因はわからなかった。

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馬では予後は良くないとされている。

飼い主さんも、われわれも逡巡した。

日を改めて手術してみるか、と考えたが、結局あきらめることになった。

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犬では25症例の回顧的調査で92%で、とても良好な長期経過が報告されている(Muldoon,MM, 1997)。ただし、13頭では巨大食道症が認められている。

馬では、5症例の右大動脈弓遺残が報告されている。

3症例で手術が行われていて、1例は3ヶ月以上生存し、10ヶ月後も良好だった。

1例は手術後すぐに化膿性肺炎で死亡した。

犬では、巨大食道症の管理方法がある

食道を食べ物が流れていきやすいように、人みたいに椅子に座らせて食事させる。そして、しばらく座らせておく。

馬は・・・・そうはいかないよね。

            ー

今回の子馬は剖検してみた。

しかし、心嚢を開いても心臓血管は正常で、右大動脈弓の遺残ではなかった。

誤嚥による右肺後葉下垂部を中心とした化膿性肺炎が始まっていた。

肺付属リンパ節も腫れあがっていた。

胸腔の縦隔にあるリンパ組織が大きくて食道を持ち上げているようだった。

別な要因による食道機能不全も、馬にはあるらしい。

Yoshi先生が文献を見つけてくれた。

Megaesophagus in the horse. A short review of the literature and 18 own cases

Veterinary Quarterly; 24:4, 199-202

オランダからの報告。

18症例のうちの1症例だけが右大動脈弓遺残だった。

予後は、poor。

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私は、1歳馬で食道弛緩症を診せられたことがある。

どうしようもないでしょう、と言うしかなかった。

それは間違ってはいなかったのだが、胸焼け、モヤモヤが残る。

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ときどき青草を食べていたのは、胸焼けだったんだろうかね。