馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

胃潰瘍講習会

2009-06-30 | 急性腹症

P6290714  胃潰瘍治療薬オメプラゾールの馬用ペースト剤ガストロガードが発売されるので、馬の胃潰瘍についての講習会があった。

講師はペンシルバニア大 New Bolton Center の准教授 Dr.James A. Orsini。

学会の役員をされていたり、教科書を編修されていたりする「大物」だ。

馬外科医なのだが、専門は整形外科、小児外科、胃潰瘍、蹄葉炎、etc.のようだ。

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 夜、会食があり、Dr.Orsini と話す機会があった。P6290718

きさくな先生だった。

今回が初めての来日だが、あちらには日本食レストランがあり、「週1回は行く」とおっしゃっていた。

さて、備忘録として聞いた話をかいつまんで要点だけ書き留めておく。

・USAでは胃潰瘍の診断キットが発売されているが?

   「検出率が低いのであてにならない。やはり、胃内視鏡検査が一番だ。」

・機能的な胃からの流出障害にどんな薬物治療をするか?

 「蠕動亢進剤を使うことはある。リドカインも。」

・十二指腸の狭窄が起こってしまった仔馬にどんな外科手術をするか?

 「胆管開口部より上位か下位か?十二指腸球部に単側吻合する。手で縫える。」

・結腸捻転の腸切開では骨盤曲そのものを切開しないのか?

 「骨盤曲から狭くなるので、左側結腸よりを切る。」

・蹄葉炎、骨折手術後などの鎮痛は?

 日本でモルヒネが使えないなら・・・・デトミジンを点滴する。後肢なら硬膜外投与も使える。キシラジン、デトミジン、おそらくブトルファノールも投与できるだろう。後肢の麻痺には気をつけなければいけない。

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 もっといろいろ話して聞きたかったが・・・・英語で会話するとエネルギーが切れる(笑)。

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P6290720公営競馬獣医師協会の物江会長も大活躍。

ガストロガードは公営競馬獣医師協会が治験を引き受けて承認が取れた。

このおじさんの positive thinking のおかげで、日本の馬医師も合法的にガストロガードを手に入れられるようになったわけだ。

公営競馬獣医師協会の入会のお誘いをし、さっそく入会者があったそうだ。

現役競走馬を治療する機会が増えているので、生産地の獣医師も禁止薬や入厩についての知識が必要だ。

公獣協に入ると、最新文献などの情報も送られてくる。

国内・国外の研修事業にも参加できる。

競馬関係者だけでなく、乗馬などあらゆる馬に関わる馬医師の連携ができる。

入会申し込みはこちら


小腸の生存性の臨床的評価

2009-06-27 | 急性腹症

POIにつながらないようにするには、開腹手術中に腸管のviability生存性を正しく評価することが大切。

しかし、これがなかなか難しい。

2001年のAAEPでかのDr.Freemanが発表している。

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A Clinical Grading System for Inraoperative Assessment of Small Intestinal Viability in the Horse

  馬での小腸の生存性の術中評価のための臨床的グレーディングシステム

    David E. Freeman, David J. Schaeffer, and Gordon J. Baker

消化管の生存性のための新しい臨床的なグレーディングシステムの術中使用は、小腸の絞扼の症例馬において、短期と長期の予後に基づいて的確であると判明した。そして、多くの馬で小腸切除の必要をなくした。

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この調査で用いられているグレーディングシステムは

GradeⅠ 

病巣の整復後、15分以内に改善され、健康な隣接する腸管と同様になる。しかし、わずかに暗いピンクで、軽度の水腫があるが、斑状出血はほとんどない。自発的な蠕動があるか、腸壁を指ではじくと動く。

     (Ecchymoses ; 斑状出血。  Petechia ; 点状出血。)

GradeⅡ

病変の整復後15分以内に改善される。明らかな水腫がある。広範囲の点状出血があり、暗いピンクをバックグラウンドとして、広がった赤い斑点になるまで癒合している。しかし、絞扼部の外周の緊縮はない。

GradeⅢ

GradeⅡと同様だが、腸壁に外周の緊縮があり、そして/あるいは赤いバックグラウンドに黒い斑や線がある。

GradeⅣ

病変の整復後15分以内にはわずかしか改善されないか、まったく改善されない。主に暗赤色、青、あるいは紫で、腸壁の厚さは薄かったり厚かったりで、しまりがなく、黒い溝があることもあるし、ないこともある。壊死の臭いがし、あるいは絞扼部は緊縮している。

GradeⅤ

腸壁は広範に灰色、黒、あるいは緑色で、壊死臭がする。

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イリノイ大学からの報告だが、7年間で小腸病変を手術して麻酔から覚醒した馬が88頭だから、わが診療センターとさして変らない。

88頭のうち75頭(85%)が退院している。これは素晴らしい。

端端吻合した馬の短期の生存率は92%(23/25)。これも素晴らしい。

切除しなかった馬の短期の生存率は94%(30/32)は、空腸盲腸吻合した馬の生存率77%(24/31)より有意に優れていた。

                                            (25+32+31=88)

(ただしこの調査では麻酔から覚醒した馬だけについて調べているので、術前術中に諦めた症例は含まれていない。小腸閉塞の馬が85~94%助かったということではない。)

切除しなかった馬のうち2頭が入院中に死亡した。1頭はGradeⅠの病変で、術後イレウスで死亡した。もう1頭はGradeⅠの病変で癒着による疝痛で安楽死された。

長期の生存率は68頭の馬で追跡することができ、74%(50/68)が生存していた。

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さて、ここからがこの調査の主題なのだが、

腸管は生存すると判断され切除されなかった32頭のうち、

8頭はGradeⅠ、19頭はGradeⅡ、5頭はGradeⅢであった。

「腸管手術では疑わしきは切除する」というのがセオリーになっている。

術後に禍根を残さないためには、損傷していて生存性が疑われる部分は切除すべきだとされている。

しかしこの調査では、32頭中24頭はGradeⅡあるいはⅢの病変がありながら、小腸を温存したほとんどの馬が助かっている。                                        

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Dsc_0328 左は私の症例。

小腸の腸間膜の孔を小腸がくぐり抜けて小腸閉塞を起こしていた。

腸間膜の孔から引き抜いたところ。

Dsc_0335 小腸の損傷は軽度だと判断した。

Freeman先生の基準でもGradeⅠだろう。

しかし、術後イレウスを起こした。

Dsc_0337 結局、剖検したときの小腸の状態はこうだった(左)。

手術のとき虚血性損傷が粘膜面で進行していることは察知できた。

しかし、漿膜側からは正確には判断できなかった。

空腸全体が損傷していたので、全長を切除するわけにはいかなかった。

切除しなかったが、術後徐々に再灌流障害として進行し、術後イレウスを起こし、ついには壊死と呼ぶような状態に至ったと思われる。

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結腸捻転の虚血性損傷でもそうなのだが、粘膜・粘膜下織・筋層・漿膜といつも同じ比率で損傷するわけではない。

漿膜面の様子はひどくないのに、粘膜はひどく損傷を受けていることもあるし、漿膜面の様子はかなりひどいのに粘膜や粘膜下織はそれほどでもないこともある。

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切り取るべきか、切り取らざるべきか。

結局・・・・・・・・難しい。


レポジトリー用検査

2009-06-26 | 日常

P6260702 手術室の向こうにも馬。

セリのレポジトリー検査をおこなっているので、

こちらで手術、あちらでx線撮影。

あちらの馬は別な部屋で喉の内視鏡画像の録画もしなければいけない。

                          -P6260705

馴致状況は・・・まあまあかな(笑)。

馬運車に乗らなくて遅れてきた馬。

鼻捻子を取るのに苦労する馬。

鎮静剤を注射させない馬。

x線撮影で蹴る馬。

は、多くはありません(笑)。

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初夏の

2009-06-25 | 日常

Dsc_0071 突然、夏がやって来たようだ。

牧草作業も始まっている。

種付けももうお終いか?

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今日は・・・Dsc_0073_2

早朝来た結腸捻転馬はすでに破裂していたそうだ。

管外から1歳馬の飛節の関節鏡手術。

黒毛和牛の帝王切開。子宮捻転だったそうだ。

レポジトリーの内視鏡検査とx線撮影が4頭。

仔馬の胃十二指腸潰瘍の内視鏡検査。

1歳馬の外傷による骨柩。

診断のみ。

手術は後日。

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Dsc_0080_4                                         -

  夕方、セミがうるさいほど鳴いているのに気がついた。

短い夏の始まりだ。

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「初夏の風」

かぜとなりたや

はつなつのかぜとなりたや

かのひとのまへにはだかり

かのひとのうしろよりふく

はつなつの はつなつの

かぜとなりたや

                  川上澄生

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川上澄生は版画家で、この詩を書き込んだ「初夏の風」は代表作のひとつ。

棟方志功はこの版画を見て版画家になる決意をしたと言われている。

苫小牧中学(現・苫小牧東高)の先生をしていたこともあるそうだ。

・・・って、解説しちゃうとつまらんね。

Dsc_0068


ピロプラズマ症

2009-06-24 | labo work

P6220695 この時期に頼まれることが増える検査のひとつに牛のピロプラズマの検査がある。

血液塗沫標本(左)を作って、ギムザ染色する。

これは普通に白血球の百分比を数えるための作業と同じ。

P6220696 ゴミやら、血小板やら、ジョリー小体(赤血球の核の遺残物)と紛らわしかったりするが、

倍率を上げるだけでなく、コンデンサーと呼ばれる集光器をスライドグラスに近づけ、光も絞らないで観察するのがコツ。

赤血球の中に空胞のようなものが見え、

P6220697片方の端が濃く染まっていたら、

それがピロプラズマだ。

赤血球に寄生する原虫で、多数寄生すると牛は貧血してしまう。

ダニが媒介するので、共同牧野などで濃厚感染し、せっかく放牧した牛が成長しないばかりか、ひどい場合は死んでしまったりする。

かつては、このピロプラズマ症のために閉鎖しなければならない牧野もあったほどだったが、今はコントロールできるようになったようだ。

結局、一番効果を挙げたのは殺ダニ剤によるダニ対策だったようだ。

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馬にもピロプラズマ症はあるが、今のところ海外にしかない。

ピロプラズマと言っても、牛と同じ原虫に感染するわけではなく、別な科(Babesia)の原虫に感染する。

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今日は、

2歳馬の球節の関節鏡手術。

1歳馬の副鼻腔蓄膿。

休養馬の輸送性肺炎の気管支肺胞洗浄。

セリ用のレポジトリー4頭。

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10日ぶりくらいの晴天だった。

やっぱり晴れは気持ちいいね!