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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

帝王切開後の生存率と受胎率

2010-04-22 | 学問

昨年のAAEPでの発表から。

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         Survival and Fertility Rates After Cesarean Section

            帝王切開後の生存率と受胎率

Kimberly K. Abernathy, Michelle M. LeBlanc, Rolf M. Embertson, Scott W. Pierce, and Arnold Stromberg

緒言

帝王切開は難産で馬病院に来院する繁殖雌馬の15%以内ないし25%以内に行われている。

内科的あるいは外科的に問題がある繁殖雌馬に行われることもあり、あるいは予定して行うこともあるかもしれない。

帝王切開後の分娩率の成績は限られている。

材料および方法

1986年から2000年の間にRood and Riddle 馬病院で帝王切開した97頭の繁殖雌馬について調査した。

繁殖雌馬の年齢、尿膜破水から娩出までの時間、母馬の生存と子馬の退院、帝王切開前と帝王切開後3年間の累積分娩率を調べた。

結果および考察

帝王切開前の累積分娩率は79%、一方、帝王切開後の分娩率は、1年目が40.5%、2年目が61.3%、3年目が58.5%であった。

尿膜破水から子馬の娩出までの時間が90分以内であった母馬では帝王切開後の平均分娩率は73%であったのと比較して、90分を超えると51%であった。

16歳を超えていた母馬の帝王切開後の分娩率は30%であった。

帝王切開後の子馬の生存率は、難産した母馬では26%、予定された帝王切開では83%(5/6)、内科あるいは外科疾患があった繁殖雌馬では50%(10/20)であった。

難産の時間と繁殖雌馬の年齢はその後の分娩率を減少させていた。

胎盤停滞が最もよく起こる併発症であった(45/97;46%)。

分娩が長引かず、繁殖雌馬が16歳未満であれば、帝王切開後の繁殖雌馬においても満足のいく分娩率が達成しうる。

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満足のいく分娩率 acceptable foaling rate 。

acceptable; ジーニアス英和辞典によれば、(特にすぐれてはいないが)受諾しうる、(一応)満足できる・・・ とある。

世界で1,2を争う馬病院であるRood and Riddleの規模は大雑把には私がいるセンターの10倍だろうと考えている。

診療・手術頭数も、施設も、収入も。

そのRood and Riddleで15年間に約100頭なので、それほど多くはない。

ただ、難産で来院する馬の15-25%に帝王切開している病院があるなら私達と比較して非常に多い。

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「内科的あるいは外科的に問題がある繁殖雌馬で」とあるのは、繁殖雌馬が内科疾患や、あるいは骨折や蹄葉炎で帝王切開を選択したということだろう。

分娩兆候が現れていない馬の帝王切開で子馬が助かる率は良くない。

「予定された帝王切開」とは、難産で子馬を駄目にしたことがある繁殖雌馬で、分娩が始まったら帝王切開して娩出させようと入院していた馬だろう。

これはRood and Riddleでも6頭と多くないが、1頭を除いて子馬も生存している。

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尿膜破水から娩出までの時間が90分をひとつの境目にしている。

破水からの時間なので、牧場で難産で、往診獣医師を呼んで、難産介助してみて、それから手術できる施設へ運んで帝王切開していたのでは、間違いなく90分を超える。

帝王切開で母馬も子馬も助け、その後の分娩率も期待するなら、人のようにお産は病院でするようにしなければならないだろう。

Photo

              


8 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
この辺りの重輓馬では、難産のために来院するので... (豆作)
2010-04-23 06:48:22
この辺りの重輓馬では、難産のために来院するのではなく
帝王切開をするために、やむなく来院、です・・・
苦しい環境の下でも、7~8年前に調べた記憶では
子馬の生存率は3割以上はあったと思います。
大暴れしない温順な重輓馬は
鎮静のみでも切れたので(いまはしないですけど)
子馬のダメージは少ないようです。

ただ、切って出した子は育てるのに大変苦労します。
四肢等の形態異常の率がかなり高いんじゃないでしょうか?

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>豆作先生 (hig)
2010-04-23 20:25:47
>豆作先生
 大きさゆえに、失位となるとどうしようもないのでしょうか。私も重輓馬の難産で「降参」したことがあります。
 子馬の生存率3割は立派です。迅速な判断が不可欠ですよね。

 鎮静剤、ケタミン、低濃度の吸入麻酔だと、全身麻酔が胎児に与える影響は少ないと思います。子馬を助けるなら、帝王切開するまでの時間が問題でしょうね。
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馬の品種別は如何でしょうか? (maimai2)
2010-04-23 21:12:27
馬の品種別は如何でしょうか?
うちでは、今年の分娩も何事も無く終わったのですが、やはりどきどきするシーズンです。
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>maimai2さん (hig)
2010-04-23 21:24:54
>maimai2さん
 ケンタッキーの成績はかなりの部分がサラブレッド、スタンダードブレッドだと思います。それにクウォーターホースでしょうか。

 ミニチュアポニーの難産はやっかいですが、基本的には大きな馬の方が大変だと思います。重輓馬で手の届かない失位があると、絶望感に打ちのめされます。身長が2mあればなんとかなるのかもしれませんが・・・
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この結果、私の印象よりかなり高かったので驚きま... (nichol)
2010-04-24 04:14:01
この結果、私の印象よりかなり高かったので驚きましたが、Rood and Riddleということで納得です。
この病院は他のほとんどの病院にくらべ立地条件(?)が非常に恵まれていてほとんどの患畜が近距離にあるのでこの結果は一概に一般化する事は難しいと思います。
疝痛手術の結果もかなり良いらしいですがこれも距離が大きな要因になっていると思います。
また、ほとんどが競走馬で費用をケチらず何でも出来る事もきっと他と異なる点だと思います。

この病院やJRAからの報告はすばらしい結果のものがあっても残念ながら特殊条件下という事を外さずに検討しなければならないといつも感じます。

数時間かけて来院、しかもお金がない、という症例を今まで多く見てきた私にとっては羨ましい限りです。
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>nicholさん (hig)
2010-04-24 07:23:04
>nicholさん
 たしかに、サラブレッド生産地の真ん中にある馬病院は条件的に恵まれているのでしょう。(うちもそうです!;笑)
 USAでは数日かけて大学病院へたどり着く馬もいると聞いています。それでは、難産も、疝痛も、骨折も厳しいですよね。

 私は逆にそのRood and Riddleでさえ、15年間に100頭というのは、多くないと思うのです。よほどのことなら帝王切開するが、よほどのことがないと帝王切開しない。ということではないかと。
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 現在、午前2時。助産から戻りブログを拝見いたし... (WFKY)
2010-04-25 20:40:14
 現在、午前2時。助産から戻りブログを拝見いたしました。私の牧場はHagyard(HDM)とR & Rまで10分以内と恵まれた場所にあります。現在年間50頭生産で難産は1年に1回あるか無いかという割合です。私は以前HDMの外科病棟に半年住み込みで研修し、夜間難産や疝痛があった場合、叩き起こしてもらい治療に加わっていました。その際、外科医が「あと10分早く運んでくれたら」と嘆くのを何度も聞きました。生産者としての立場では勿論、費用についても考えなければならず出来れば牧場で介助したいという気持もあり迷うところですが、前年に受胎してからの約11ヵ月の時間と費用を思い直すと失位があり、胎子が産道内で自発呼吸を始める前に助ける自信が無ければ、(以前よりも少し早い段階で)思い切って診療所へ運ぶことにしました。必要があればすぐ全身麻酔をかけ母馬をチェーンで吊り下げて失位の整復も出来ますし、それがだめなら即帝王切開に踏み切れます。新生子が仮死状態で生まれた場合は蘇生処置もより迅速に安全に行えます。母子とも無事な場合は娩出後すぐに牧場へ輸送するので、獣医事費用もそれほど掛かりません。診療所に近いから出来るという面もありますが、「近くにあっても判断が遅い人が結構いるんだ」というのが診療所の意見でした。この不況、当州の馬産界も同様で高度治療に畜主が同意したのにも拘らず、費用が払えないという事例が少なくなく診療所も一般開業医もキャッシュフローはかなり悪化しています。各馬に与えられた予算を確認したうえで最高の治療指針を立てる努力を獣医師も私達預託牧場経営者も求められています。では、難産が無いこと祈りつつ朝まで仮眠します。6月に日本へ出張いたします。寄らせていただいても宜しいでしょうか。繁殖シーズン中の先生や診療所の皆さんのご健康をお祈りします。

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>WFKYさん (hig)
2010-04-25 21:51:23
>WFKYさん
 助産お疲れ様でした。HDMとR&Rまで10分というのはすごい立地です。大切な馬を預ける先としては最高ですね。

 しかし、USA経済の浮き沈みの激しさも聞いています。先進巨大馬病院にも厳しい時代かもしれませんね。

 出張の際にはどうぞお立ち寄り下さい。
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