◎スペインよ、君もABCD包囲陣に加担するのか
この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前（一九四五年）の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』（ニュース社、一九四六）、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』（光人社、一九九二）である。
本日は、『原爆投下は予告されていた』から、四月一〇日から一二日までの日誌（八一～八四ページ）を紹介する。なお、『永田町一番地』は、四月九日のあと、四月二八日まで、日誌が飛んでいる。
四月十日 （火） 雨
午前八時、勤務に上番する。今日も雨が降りつづく。四月は雨期なのだろうか。田中候補生より申し送りを聞く。
「前任者田原候補生よりの申し送りでありますが、昨夜午後七時のNHKのニュースによれば、首相兼任と発表されていた外務大臣兼大東亜大臣に東郷茂徳氏が、鈴木貫太郎氏の後任枢密院議長は平沼騏一郎〈キイチロウ〉氏にそれぞれ決まったと、発表があったそうであります」【中略】
十二時前ごろ、当番兵がぐっしょりに雨に濡れて食事を運んで来てくれた。多謝多謝だ。
午後一時、ニューディリー放送が流れてくる。
――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によれば、米軍は沖縄嘉手納〈カデナ〉の中飛行場を昨日十日までに完全修復し、本日午前より使用を開始しました。繰り返し申しあげます。…………。――
きちんとメモして放送時間、放送局名、内容を隊長の机の上におく。
この戦いはどうなるのだろうか。もし沖縄でかりに負けるとなればどうなるのだろうか。どうやら制海権はなく、制空権もないに近い状態のような気がするが、制海権、制空権ともになしとするならば、国は焦土に化しても戦うのが本筋だろうか。
この間〈アイダ〉のニューディリー放送での沖縄県の渡嘉敷〈トカシキ〉島、座間味〈ザマミ〉島での住民の大量の集団自決が随所に見られた、という放送が、先日から頭の中にこびりついている。国全体がそうなる前に、なんとか起死回生の方法は取れないものだろうか。少なくとも万世一系の天皇を中心とする皇室と国民を守るために平和に持ってゆくという手段はないものか。
こんな考え方をして勤務している貴様は国賊だと罵られそう。飛行機もろとも砲弾を抱いて敵艦に体当たりする特攻を思うと、何もいえない。しかし、情報室という環境の中で、情報の一つ一つを聞いていると本当に大丈夫かと思う。【後略】
四月十一日 （水） 曇後雨
二日つづいた雨も、朝起きたころはやんでいたが、出勤時間前ごろからまた雨が降り出した。三日連続の雨だ。【中略】
午後四時、下番する。田原候補生が上番し勤務を申し送る。今日は昨日にくらべてやや肌寒さを感じるので洗濯はできず、水を汲んで来て体を拭き洗う。雨は相変わらず強い。建物の側溝〈ソッコウ〉はあるものの、山からの雨水は床下を流れ、靴も全部床の上にあげる。
四月十二日 （木） 晴
午前八時、上番する。今日はやっと晴れた。下番者田中候補生も、「まったく異常ありませんでした」と報告する。晴れて来ると、今日は久しぶりに重慶軍の敵航空部隊が出て来ることだろうと待機する。
午前九時、思いも寄らずニューディリー放送が流れる。
――こちらはニューディリーでございます。信ぜられるところの情報によりますと、昨四月十一日、スペイン政府は日本に対して国交断絶を発表しました。繰り返し申しあげます。…………。――
スペインよ、踊りを忘れて君もABCD包囲陣に加担するのか、といいたい。
情報を整理してみると、四月六日、菊水一号作戦と名づけられて以来、菊水二号、菊水三号とつぎつぎと特攻機が敵艦に体当たりして多くの青年が死んでいる。われわれと同じ年代の者だ。
中学時代に同級生で中学二年か三年から、〝七つボタンは桜に錨(いかり)〟の海軍予科練習生に何名か行ったが、おそらく突っ込んだであろう。海兵にも数名、陸士には十数名と同級生は行ったが、それぞれ兵学校、士官学校から、さらに空軍専門の本科程に進んだ者も多いだろう。その課程に進んだ者の中にも突っ込んだ者はいるのではないだろうか。
われわれ中学時代の同級生は、専門学校は全部繰りあげ卒業し、大学も文化系は銃を持って戦線に出ているので、陸軍、海軍と分かれてもみんな軍隊生活だろう。なかんずく沖縄作戦の特攻のニュースは、自分自身、情報室で耳にすると、居ても立ってもおれない気持となる。【後略】
