礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

私のシカバネを踏み越えて起て(鈴木貫太郎)

2016-04-07 02:14:56 | コラムと名言

◎私のシカバネを踏み越えて起て(鈴木貫太郎)

 この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前(一九四五年)の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』(ニュース社、一九四六)、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)である。
 本日は、『永田町一番地』の四月七日の日誌(一九七~一九九ページ)、そして『原爆投下は予告されていた』の同日の日誌を紹介する(七六~七八ページ)。

『永田町一番地』
 四月七日
 午後九時三十分、鈴木内閣閣僚(註)の親任式が行はれた。親任式後、鈴木首柑は、………帝国の自存のためにする今次の戦争は今や如何なる楽観も許さぬ重大なる情勢に立至りました………今は国民一億の総てが既往の拘泥を一掃して尽く光栄ある国体防禦の御盾〈ミタテ〉たるべき時であります。私は固より〈モトヨリ〉老駆を国民諸君の最前列に埋める覚悟で国政の処理に当ります。諸君も亦、私の屍〈シカバネ〉を踏み越えて起つの勇猛心を以て新たなる戦力を発揚し偏に〈ヒトエニ〉宸禁を安じ奉らむことを希求して止みませぬ、との談話を発表した。
 鈴木首柑の死を賭して難局に立つの気慨が惻々として胸を打つ。
【一行アキ】
(註)
内閣総理大臣
兼外務大臣   鈴木貫太郎
兼大東亜大臣
内務大臣  安部源基〈アベ・ゲンキ〉
大蔵大臣  廣瀬豊作
陸軍大臣  阿南惟幾〈アナミ・コレチカ〉
海軍大臣  米内光政〈ヨナイ・ミツマサ〉(留任)
司法大臣  松阪広政(留任)
文部大臣  太田耕造
厚生大臣  石黒忠篤
軍需大臣
兼運輸大臣  豊田貞次郎
国務大臣  桜井兵五郎
国務大臣  左近司政三〈サコンジ・セイゾウ〉
国務大臣  
兼情報局総裁 下村 宏
書記官長   迫水久常〈サコミズ・ヒサツネ〉
法制局長官兼
綜合計画局長官 村瀬直養〈ムラセ・ナオカイ〉

『原爆投下は予告されていた』
 四月七日 (土) 晴
 昨夜寝つきが遅かったせいか、目がさめたのは午前十時すぎ、しかも空襲警報のサイレンで目がさめる。【中略】
 午後四時、服装を正して上番する。下番者田中候補生の説明によると、「本日の空襲は横石【ホンシー】から赤泥【チーニー】堀の東を通って真っすぐ南下して広東を攻撃し、四機、四機の二隊に分かれて白雲飛行場および天河飛行場を攻撃、さらに南下して広東の海の玄関口黄埔の艦船を攻撃し、今度は真東に向きを転じて東莞から恵州、さらに河源【ホーゲン】と珠江の支流の東江沿いに河南省の方に脱去致しました」と報告してくれた。御苦労様といってやりたい。
 午後七時、NHKの放送が流れだした。
 ――本日、鈴木内閣の初閣議が行なわれましたが、その後、新総理は次のごとき談話を発表されました。一億のすべてが既往の拘泥【こうでい】を一掃してことごとく光栄ある国土防衛の御盾たるべき時であります。ジージージー(雑音)、諸君もまた、自分の屍を踏み越えて起つの勇猛心をもって新たなる戦力を発揚されんことを期待するものでありますと。つぎに新内閣の閣僚を発表致します。
総理=鈴木貫太郎(79) 外務・大東亜兼任 前枢密院議長、元侍従長
内務=安部源基(52) 前警視総監
大蔵=広瀬豊作(55) 前蔵相
陸軍=阿南惟幾(59) 前航空総監
海軍=米内光政(66) 留任、元総理大臣
司法=松阪広政(62) 前検事総長……貴
文部=太田耕造(57) 留任、元書記官長……貴
厚生=岡田忠彦(68) 前衆議院議長……衆
農商=石黒忠篤(62) 元農林大臣……衆
軍需=豊田貞次郎(61) 前日鉄社長元商工・外務大臣
運輸通信=小日山直登 (60) 前満鉄総裁
国務=桜井兵五郎(66) 前陸軍顧問……衆
国務=左近司政三(66) 元商工大臣……貴
国務=下村宏(71) 情報局総裁兼任 前日本放送協会会長……貴
国務=安井藤治(61) 陸軍中将
書記官長=追水久常(44) 前大蔵省局長……貴
法制局長官=村瀬直養(56) 総合計画局長兼任 元法制局長官
 以上が新閣僚名簿であります――
 名簿を読まれるつど走り書きし、後であらためて清書して隊長の机の上におく。字が説明されるが、間違っているのもあるかも知れない。それにしても、迫水書記官長を除いて本当におじいさんばっかりやなぁと思う。
 午後十時、ニューディリー放送が流れる。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によりますと、本日、米軍B29とP51の戦爆連合二百七十機は二手に分かれ、東京および名古屋を空襲し銃爆撃致しました。繰り返し申しあげます。…………。――
 二手に分かれたといっても、百三十五機ずつ、半分は超低空で狙い撃ちではないが、つぎつぎと目に移る〔ママ〕ものを、半数はつぎつぎと二つの大都会を雲霞のように覆いつくして銃爆撃されてはたまったものではないだろう。本当に内地の皆様方にお見舞いを申し上げなければならない。
 午後十二時下番。田原候補生と交替する。

 前者と後者で、閣僚名簿に違いがある。これは、いずれも、若干の誤りをおかしているのである。前者で、「厚生大臣 石黒忠篤」とあるところは、「厚生大臣 岡田忠彦/農商大臣 石黒忠篤」の誤りである。一方、後者で「軍需=豊田貞次郎(61) 前日鉄社長元商工・外務大臣/運輸通信=小日山直登 (60) 前満鉄総裁」とあるところは、「軍需=豊田貞次郎(61)  運輸通信兼任 前日鉄社長元商工・外務大臣」としなければならない。なぜなら、小日山直登〈コビヤマ・ナオト〉が運輸通信大臣となったのは、四月九日であって、四月七日から九日までの三日間は、豊田貞次郎が運輸通信大臣を兼任していたからである。
 前者の誤りは、おそらく、誤記あるいは誤植であり、後者の誤りは、本書発表時に正確を期そうとして、同年四月九日以降の資料にあたったことに由来するのであろう。

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