「天城越え」 1983年 日本

監督 三村晴彦
出演 渡瀬恒彦 田中裕子 平幹二朗 伊藤洋一
吉行和子 金子研三 小倉一郎 石橋蓮司
樹木希林 坂上二郎 柄本明 北林谷栄
佐藤允 山谷初男 伊藤克信 加藤剛
ストーリー
凄腕の刑事だった田島松之丞が過去の捜査資料の印刷を依頼するため、港印刷所を訪ねてきた。
同じ頃港印刷所の社長小野寺建造は医師の診察を受けていたが、詳しい検査が必要だと知って漠然とした不安に襲われていた。
会社へ戻ってきた建造は田島が置いていったという資料を見て愕然とする。
天城山の土工殺し事件と記載された資料は彼に少年期の悲しき思い出を呼び起こさせた。
戦時中の昭和15年のこと、14歳だった建造は下田で鍛冶屋を営む生家を飛びだして静岡を目指していた。
彼が家出をした本当の理由は、母と叔父の情交を目にすることが耐えられなくなったからなのだ。
天城トンネルの近くの山中で男の衣類や鞄、傘などの遺留品が散乱した状態で発見され警察が動き出した。
刑事の田島と山田は遺留品の持主を捜しだそうと聞き込みをしているうちに、土工風の男が天城峠に向かっていたという情報を得た。
捜査を進めるうちに天城峠付近で男が若い女と一緒だったこと、さらにその女が少年とも一緒に歩いていたところが目撃されていた。
田島はその少年が建造であることを突き止めると、事情を聞こうと下田の鍛冶屋へやってきた。
建造少年は湯ヶ島でハナという女と出会ったものの、天城トンネルの近くで別れたことを田島に話し始める。
やがて天城トンネルから少し離れた川の中から腐乱した男の死体が発見された。
腕の刺青から土工風の男の遺体と断定され、ハナは警察から事情聴取を受けた。
事件現場の近くにある製氷所にはハナのものと思われる九文半ほどの足跡が残されていたことから、男を殺害した後に製氷所で一夜を明かそうとしたのではないかと田島達はハナを追及していく。
さらに酌婦として働いていた店を飛び出したハナが金に困窮していたことから、金銭目当てで男を殺したのではないかと疑いがかけられていった。
寸評
この映画は田中裕子の登場シーンに尽きる。
「美しすぎる!」としか言いようがない。
小野寺少年が彼女の魅力に取りつかれてしまうのも納得だし、観客である我々を小野寺少年と一瞬にして同化させてしまうのである。
彼女は周りの風景とは異質な程のあでやかな衣装をまとっている。
白い肌が煽情的で、色気だけでなく可愛らしさもある。
崩れた女性ではなく、気位の高さも感じさせる。
おそらく彼女が醸し出す雰囲気は、少年にとって母にはない真の女性を思わせたのだろう。
思春期の少年は女に思慕の情を抱き始める。
少年が坂上二郎に春画を一瞬だけ見せられてドキッとしていたことが伏線となっている。
少年はハナに足の治療をしてもらいながら、「たくましい・・・」「意気地なし・・・」などと言われるが彼女に襲い掛かるようなことはしない。
彼にとってハナは、女神であり観音様であり憧れの女性なのだ。
そのハナを汚す男を許すことが出来ず殺意を抱くが、少年が潜在的に殺意を秘めていたのは叔父だったと思うし、土工には叔父の姿が乗り移っていたのではないかと思う。
殺人事件が発生し、死体探しと犯人探しが始まりサスペンス性が出てくるが、サスペンスとしての重厚感はない。
山谷初男の刑事や、伊藤克信の巡査に狂言回し的な役割を負わせていることが理由かもしれない。
渡瀬恒彦の田島刑事も若さを出すためか、オーバーアクション気味の演技をしていることもある。
冤罪事件はこの様にして起きると思わせる取り調べ状況である。
老人となった田島刑事が漏らすように、足跡、一円札などの状況証拠による思い込みがそうさせた。
犯罪のストーリーを組み立て、そのストーリーに沿って自白を強要していく結果であろう。
ハナの声で自供内容が読み上げられるが、実にうまくできたストーリーとなっている。
裁判で犯行を否認したとしても、あの自供内容を覆すだけのものがあったのだろうか。
また、裁判において小野寺少年が証人として呼ばれることはなかったのだろうか。
その時の方が、ハナが雨の中を連れていかれる時や、警察の取り調べ時に再会した時よりも劇的な対面となっただろうと想像するが、裁判劇は描かれてはいない。
老人となった田島刑事は事件記録の印刷を頼みに来るが、何のために300部も必要だったのだろう。
田島老人は社長の小野寺があの時の少年だと知っていたのだろうか。
知っていて、罪に時効はないと言ったのだろうと思う。
そうだとすれば、印刷依頼は小野寺社長に読ませる為だったのかもしれない。
小野寺の手術に田島老人が立ち合っているところを見ると、小野寺は結婚もせずに一人で生きてきたのだろう。
マッチが示すように、小野寺少年にとってハナがこの世で唯一の女性だったのだろう。
ただ、渡瀬恒彦の老人には平幹二朗との年齢比較において違和感があった。
平幹二朗より10歳ぐらい上の筈だが、そうは見えなかった。
役者を変えても良かったのではないか。
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