おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

カラーパープル

2022-05-15 08:28:25 | 映画
「カラーパープル」 1985年 アメリカ


監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演 ウーピー・ゴールドバーグ
   マーガレット・エイヴリー
   ダニー・グローヴァー
   オプラ・ウィンフリー
   アドルフ・シーザー
   ウィラード・ピュー

ストーリー
1909年、南部ジョージアの小さな町。そのはずれに住む黒人の一家。
自分もまだ子供にすぎないセリーが子供を生んだ。
父親は彼女がとうさんと呼んでいた男だ。
とうさんは生まれた子供をセリーの乳房からもぎとってどこかに連れていってしまった。
セリーの心の支えは綺麗だし頭もいい妹のネッティだけだ。
やがてセリーは4人の子持ちのミスターに嫁いだ。
最初、彼はネッティを望んだがとうさんが断わり、代わりにセリーがやられたのだった。
やがてとうさんとミスターのみだらな手が、賢くやさしいネッティへと向けられたことを知ったセリーは、ネッティを家から逃げるように説得、ネッティは牧師夫妻に助けられてアフリカヘ渡っていった。
ある日、ミスターは歌手のシャグを家に連れて来た。
セリーがシャグの面倒をみているうちに、2人の間に奇妙な友情が芽生えた。
セリーの忍従の人生に驚くシャグと、夫の愛人ではあるが美しい心と自立の精神を持つシャグに、セリーの魂は目覚め、自分も人間であること、真っ暗だった未来に道が開けているかもしれないことに気づくのだった。


寸評
白人社会から差別される黒人たちというよく描かれる図式ではない。
黒人社会とその社会に属する黒人たちの生き様を写し撮る映画だが、はたして黒人の心を描き切れていたのかと疑問に思えてくる。
登場人物は市長夫妻などを除いてすべて黒人である。
差別する白人の代表として市長夫妻が登場し、ソフィアに保安官ともどもひどい仕打ちを行い、ミリー夫人のわがままぶりと馬鹿さ加減が挿入されているが、それは差別を受ける黒人を著す一つのエピソードにすぎない。
描かれているのは黒人社会における主人公セリーの悲惨で過酷な人生である。
アメリカ合衆国で黒人たちが歩んできた歴史を僕は知らない。
それらはほとんどすべてと言っていいくらい映画から得た知識である。
ここで描かれた黒人社会は、得ていた印象とは全く違う世界で、正直僕はとまどいを隠せなかった。
冒頭から主人公の悲惨な世界が描かれるが、それは道徳もなにもあったものではない。
セリーはまだ少女だが、とうさんと呼ぶ男に妊娠させられるが、かあさんはそのこと知らない。
そして生まれた子供をすぐさま誰かに譲ってしまう。
一人目の女の子も、二人目の男の子もである。
セリーはいわば性奴隷のような存在で、自分の意志とは関係なくミスターの嫁に出されてしまう。
彼等の社会は家長が絶対で、超がつくほどの男尊女卑なのだとわかるが、描かれた関係は江戸時代における封建社会の貧農の間でも行われなかっただろうと思わせるもので、僕はまったく理解できなかった。
セリーの悲惨な状況を見せられても、「かわいそうに」という気持ちすら湧いてこない異次元の話に感じてしまう。

兎に角、男の大人たちがひどくて、黒人社会ってこんなだったのかと反感を抱いてしまう。
ミスターの家は豪邸ではないがあばら家でもない。
それなりの収入もありそうなのだが、妻であるセリーにたいする扱いは奴隷のようなものである。
セリーは殺意を抱く瞬間もあるが、なかなか実行に移せない。
そんなセリーに影響を与えるのが、ソフィア、とシャグという女性である。
両人ともセリーにはない自分の確固たる意志を持ち合わせていて、それは彼女たちの自己主張でもあるのだが、だからといって強い女で居続けられるわけではない。
ソフィアは彼女のバイタリティ以上の力によって過酷な人生を背負わされてしまう。
話がここまで進んでも、救われるような所が全くないので、僕はますます憂鬱になってしまう。
シャグはミスターがセリーに行っている仕打ちを知っているはずだが、それでいて何もせず共に涙を流すような支離滅裂女性に映った。
シャグはいい人なんだろうけど、この人格を僕は素直に肯定できなかった。
すごく暗い映画で、落ち込んでしまいそうな映画だが、クインシー・ジョーンズが担当するブラックミュージックがその気持ちを癒してくれ、まるでミュージカル映画のような歌声が雰囲気をガラリと換える。
その異様さと、セリーがいないと何もできないミスターの戸惑う姿がちょっとした魅力と感じた。
最後は一応ハッピーエンドなのだろうけれど、僕は全体的にどこか溶け込めなかった。
スピルバーグの気負いのようなものを感じた作品だったなあ。


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