「インサイダー」 1999年 アメリカ
監督 マイケル・マン
出演 アル・パチーノ ラッセル・クロウ クリストファー・プラマー
ダイアン・ヴェノーラ フィリップ・ベイカー・ホール
リンゼイ・クローズ デビ・メイザー ジーナ・ガーション
ハリー・ケイト・アイゼンバーグ ブルース・マッギル
ストーリー
CBSの人気報道番組『60ミニッツ』のプロデューサー、ローウェル・バーグマンはタバコ産業の極秘資料を入手し、この資料に対して調査する価値があると考える。
彼は全米第3位の企業ブラウン&ウィリアム(B&W)社の元研究開発部門副社長ジェフリー・ワイガンドと接触を果たす。
彼はB&W社が利潤追求のために、タバコに不正な手段で人体に有害な物質を加えているという秘密を握っていたが、病気の娘の医療手当をはじめ家族の生活を守るため、B&W社の終身守秘契約に同意していた。
彼は以前働いていた誠実な会社であるヘルスケア会社と現在のタバコ会社を比較し、秘密をどうにかしようとするも、家族のことを思うと決断ができずにいた。
彼がマスコミと接触したことを知ったB&W社は、陰日向に彼とその家族に圧力と脅迫を加える。
ヴィンガードはこの件を連邦捜査局に通報したが、捜査担当者は彼に敵対的な態度をとった。
信念と生活への不安の板挟みでワイガンドは苦悩するが、ついに『60ミニッツ』のインタビューに応じ、法廷で宣誓証言することを決意。
番組の看板ジャーナリスト、マイク・ウォレスのインタビュー収録も終わったが、ここで問題が発生。
CBS上層部はタバコ産業との訴訟沙汰を恐れ、番組ではワイガンドのインタビューをカットして放映する決定を下したのだ。
さらにタバコ産業はワイガンドの旧悪を暴露するネガティブ・キャンペーンを展開。
バーグマンも『60ミニッツ』を降板させられた。
だが、彼は事件の真実を『ウォールストリート・ジャーナル』にリーク、全てを表ざたにして、ついに番組の放映を実現させるのだった。
寸評
日本において実話をモデルにしている作品では仮名を使うことを常としているが、アメリカ映画では実名で描かれることがほとんどである。
ここで描かれているB&W社はブラウン・アンド・ウィリアムソンというノースカロライナ州に拠点を置いていたタバコの製造販売会社で、現在のブリティッシュ・アメリカン・タバコの前身でもある。
ニコチンの害を知っていた証拠となる内部文書を曝露されたことでも知られているが、本作はその事件をモデルにして描いている。
内部告発を行うのはラッセル・クロウが演じるジェフリー・ワイガンド博士であるが、彼は退職金や喘息を患っている娘の医療保険の継続の為に守秘義務契約を結んでいる。
家族の生活を守るために苦悩する彼の姿が痛ましい。
ニュース番組のプロデューサーであるアル・パチーノ演じるローウェルは「家族を養うために金を稼ぐことのどこが悪い」とジェフの行為を擁護する。
サラリーマンなら誰しもが思うことで、家族を守る為に所得が減るようなことはしたくないし、身分や所得が守られるなら会社の要求を飲むのが普通の感情だと思う。
一方で、不都合な内部告発を表ざたにしたくない潜在的な気持ちはどの会社にもあるだろう。
匿名を維持する内部告発の窓口を設けておきながら、実際に内部告発が寄せられると事実確認と共に告発者を推測しだしたりするもので、告発者がむしろ会社側から白い目で見られたりすることも有る。
B&M者には法務部門があり、有能な法律事務所も抱えており資金力もある。
内部告発をしようものなら、彼らは退職金のカット、保険の停止、ネガティブ・キャンペーンを張って告発者の証言を疑わしいものとするイメージ作戦もやるし、法に触れない範囲での脅迫行為も行う。
ジェフは妻にクビになったことは伝えているが、自身の置かれている立場を言いそびれている。
ニューヨークに行った時の夫婦間の気まずい雰囲気は身につまされる。
夫婦と言えども言いにくいことはあるものだ。
ジェフは完璧な人間ではなく妻を殴ったこともあるし、怒りっぽい性格もあるようだ。
ごく普通の人間だと思うが、そのジェフリー・ワイガンドという男をラッセル・クロウが見事に演じている。
一方のアル・パチーノは情報源は必ず守るということを信条としているジャーナリストだ。
その信条の為にかれは会社を辞める決意をするので、ローウェルもまた葛藤しながら仕事をしていたのだ。
情報源を守るために人脈を使ってリークしていく様子は、ジャーナリズムの凄さを見る思いがする。
テレビという映像メディアのプロデューサーである彼が、ニューヨーク・タイムスなどの紙ベースのメディアを頼るのが面白いが、現実にもそうだったのだから持ちつ持たれつの所があるのかもしれない。
彼の活躍によってインタビューは放送されて人々の関心を買い、ジェフの名誉も回復されたようだが、奥さんとはどうなったのだろう。
彼の言う「名声はすぐに忘れ去られるが、汚名は長く忘れられない」は含蓄のある言葉である。
名声は忘れ去られても、個人にとってそれは誇りであり生きてきた証でもある。
人は死して名を遺す・・・彼らが名声を得たのは当然だ。
しかし、昨今のマスコミの劣化が気になっております。
「ヒート」、「コラテラル」のマイケル・マン監督が放つ、男同士の死闘をクールに描いた骨太の社会派ドラマですね。
静けさの中にもほとばしる熱気、マイケル・マン監督の抑制された演出が、男達の生きざまを輝かせます。
自分を信じ、自分を貫こうとする男の美学が、我々観る者の心を激しく揺さぶります。
アメリカのCBSの人気報道番組「60ミニッツ」の舞台裏で実際に起きた事件を描いた、実録社会派ドラマで、「60ミニッツ」の敏腕プロデューサー、ローウェル・バーグマン(アル・パチーノ)とタバコ会社の不正を内部告発した、ジェフリー・ワイガンド(ラッセル・クロウ)という二人の実在する男達の熱い戦いを実録タッチで描いています。
2時間38分と長い上映時間ですが、マイケル・マン監督の工夫を凝らした演出が、ピリピリするような緊張感を持続させてくれます。
まず、実話に基づいている事もあって、手持ち撮影によるドキュメンタリー・タッチが実に効果を上げていると思います。
更に、クローズ・アップやスローモーションで画面にメリハリをつけ、バーグマンのジャーナリストとしての信念と、ワイガンドの迷える複雑な心情を鮮やかに映し出していると思います。
このワイガンドが内部告発をする段になって、様々な圧力がかかり、身の危険や家族崩壊の危機にさらされる事になります。
凄まじいまでの葛藤と戦い、ワイガンドは強固な正義心を貫こうとします。
現実問題として、このような過酷な試練にさらされた時、人間は理想というものを貫き通せるものであろうか?
人間は本来は、もっともっと弱いはずだし、このワイガンドの勇気を我々は現実のものとして、受け止められるであろうか?----と、自問自答せざるを得ません。
様々な脅迫に耐えられず、夫から離れていったワイガンドの妻は、現実的な人間らしさを象徴するキャラクターでもあります。
ただ、残念ながら、この女性は丁寧に描かれていたとは言い難く、このドラマの枠外へと追いやられてしまっています。
こう考えてくると、結局のところ、ワイガンドの正義心を前へと突き動かしているのは、"男と男の信頼関係"だったのだと思います。
バーグマンの信念、それは、自分の情報源になってくれる人間を守ってやる事。
これがジャーナリストの鉄則だと信じているのです。
CBSがタバコ会社の圧力に負けて放送が中止になれば、新聞社へ情報を流し、あらゆる手段を使ってでも、この内部告発を世間に伝えようとするのです。
ワイガンドの勇気に報いるために、バーグマンもまた、組織の中での自分の立場を顧みる事などしないのです。
この二人の男の稀有な勇気と信頼が、長く険しい道のりの果て、真実の公開へとたどり着かせるのです。
我々が日頃、享受している「言論の自由」や「報道の自由」は、これら多くの犠牲や努力の上に成り立っているのだと、あらためて痛感させられます。
バーグマンとワイガンドが命を懸けて示してくれた大きな理想。
これは、紛れもなく、れっきとした事実なのです。
なお、この映画は1999年度のLA批評家協会の最優秀作品賞、最優秀主演男優賞(ラッセル・クロウ)、最優秀助演男優賞(クリストファー・プラマー)、最優秀撮影賞を受賞し、また、同年の全米批評家協会の最優秀主演男優賞(ラッセル・クロウ)、最優秀助演男優賞(クリストファー・プラマー)を受賞しています。