おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

日本沈没

2025-02-16 09:19:33 | 映画
「日本沈没」 1973年 日本


監督 森谷司郎
出演 藤岡弘 いしだあゆみ 小林桂樹 滝田裕介
   二谷英明 中丸忠雄 村井国夫 夏八木勲
   丹波哲郎 伊東光一 松下達雄 河村弘二
   山本武 森幹太 鈴木瑞穂 垂水悟郎
   細川俊夫 加藤和夫 中村伸郎 島田正吾

ストーリー
海底開発KKに勤める深海潜水艇の操艇者・小野寺俊夫(藤岡弘)は、小笠原諸島北方の島が一夜にして消えた原因を突きとめようと、海底火山の権威、田所博士(小林桂樹)、幸長助教授(滝田裕介)らとともに日本海溝にもぐった。
潜水艇“わだつみ”が八千メートルの海底にもぐった時、彼等は異様な海底異変を発見した。
東京に帰った小野寺は、自由奔放に生きる伊豆の名家の令嬢・阿部玲子(いしだあゆみ)と会った。
そして、湘南の海岸で二人が激しく抱擁中、突如、伊豆の天城山が爆発し、それを追うように、三原山と大室山が噴火を始めた。
小野寺と幸長助教授は、ふたたび田所博士に呼び出された。
田所はなぜか、日本海溝の徹底した調査を急いでいた。
内閣では、山本総理(丹波哲郎)を中心に、極秘のうちに地震問題に関する学者と閣僚との懇談会が開かれた。
出席した学者たちは楽天的な観測をしたが、一人、田所博士だけが列島の異常を警告した。
しかし、この意見は他の学者に一笑に付されてしまった。
懇談会から十日ほどたったある日、田所博士は渡(島田正吾)という高齢の老人に会った。
渡は政財界の黒幕として君臨し、今もなお政治の中枢になんらかの影響力を持つという人物だった。
それから一週間後、内閣調査室の邦枝(中丸忠雄)という男が田所博士を訪れ、列島の異変への調査を依頼してきた。
田所博士は、幸長、小野田、邦枝、そして、情報科学専門の中田(二谷英明)らを加えてプロジェクト・チームを結成し、D計画を設置して、異変調査の“D1計画”を秘密裡に始動させた。
全員は、フランスより購入した高性能の深海潜水艇“ケルマディック号”に乗り、連日、日本海溝の海底調査に没頭、調査が終了して得た結論は、日本列島の大部分は海底に沈むだった。
その時、“第二次関東大震災”の勃発が知らされた。
電車の脱線、追突、車の衝突が続発し、地下鉄・地下街は一瞬にして停電、処によっては泥水が流れ込み、首都圏は想像を絶するパニック状態に陥り、まさに地獄と化した。
そんなある日、田所博士が、テレビに出演し、日本は沈没すると発表してしまう。
その頃、山本と渡との間で秘かに、一億国民の国外大移住“D2計画”の話し合いが行なわれていた。
母の急死により大阪に帰っていた小野寺は兄と別れた後、意外にも玲子と再会した。
一年半前から玲子は小野寺を捜し求めていたのだった。
その夜、二人は空港ホテルの一室で結ばれる。
一方、D計画本部では遂に恐るべき事実が判明した。
日本列島は後10ヵ月後に急激な沈下が始まるというのである。
翌日、総理官邸では、緊急臨時閣議が開かれ、日本国民の海外移住について、審議された。
小野寺は玲子とともにスイスへ移住することを決意した。
小野寺の出発する日、山本総理は、宇宙衛星を通じて全世界に向けて、列島沈没を報道した。
時を同じくして、富士山が本格的な噴火、爆発を始め、箱根、御殿場での避難が始まったという連絡が入った。
その時、小田原近くで富士山の大噴火のために立往生してしまった玲子から小野寺に電話が入った。
必死になって声をはり上げる玲子の声にかぶさるようにゴーッという山鳴りのような響きが聞こえ電話が切れた。
小野寺は気狂いのように受話器を叩きつけ部屋を突び出した。
この日から日本各地で火山が爆発を開始、日本列島はズタズタに引き裂かれ、急速に沈下を始めた。
この間にも“D2計画”は急ピッチで進められ、世界各国に特使が飛び、日本国民の避難交渉が進められた。
アメリカ、ソ連、中国から救助の手がさしのべられ、続々と国民は沈没していく列島から避難していった。
やがて、四国が、東北が、北海道が次々と裂けていき、やがて、日本列島はその姿を海中に没した……。


寸評
光文社カッパ・ノベルスから出た小松左京の原作が大ベストセラーとなり、僕も上下2巻を買って読んだのだが非常に面白かった。
本作はその映画化である。
VFX技術が進んだ現在ではもっとリアルな特撮が可能だろうが、当時としてはよくできていたと思うのに、映画は小説ほどのヒット作とはならなかった。
ジャンルとしては空想科学映画の部類に入ると思うが、地震大国に住む日本人である僕は絵空事と思えないものを感じてしまう。
当時もそうだったが、現実に阪神淡路大震災や東日本大震災が起き、熊本地震や能登地震も起きているからなおさらだ。
東南海地震の発生確率も上がっているのだが、まあ自分の生きている間は大丈夫だろうとの甘い気持ちがないわけではない。
さすがに列島がずたずたに分断されて海中の没してしまうことはないだろうが、いつ自分の家が倒壊するか分からないのが日本国土である。
地震学者の予想など当てにならないと思っている。
それでも自分に都合の悪いことは起きないと思ってしまうのが人の常なのかもしれない。

海底開発会社の深海潜水艇の操縦者である藤岡弘が物語前半の主人公である。
後半は富士山の噴火など列島の異常事態が占めるようになり、集団群像劇の様相を見せてくる。
しかしどこか中途半端で乗り切れないものがある。
自分勝手なイメージを想像できる小説ほどの緊迫感を僕は感じ取れなかった。
小野寺と玲子の関係も消化不良だった。
田所博士がテレビで日本は沈没すると発言するのは、それとなく国民に事態を知らせるための芝居だったなどというのは、この国の政府がじっさいにやりそうなことだ。
各国に日本人を受け入れてもらうように働きかえるが、難民の受け入れに厳しい日本は勝手すぎないかという皮肉を感じる。

陸軍中野学校

2025-02-14 11:40:57 | 映画
「陸軍中野学校」 1966年 日本


監督 増村保造
出演 市川雷蔵 小川真由美 待田京介 
   E・H・エリック 加東大介 村瀬幸子
   早川雄三 仁木多鶴子 南堂正樹 三夏伸
   仲村隆 井上大吾 森矢雄二 九段吾郎
   喜多大八 ピーター・ウィリアムス

ストーリー
1938年10月、草薙中佐(加東大介)の極秘命令で三好次郎陸軍少尉(市川雷蔵)以下18名の陸軍少尉が東京・九段の靖国神社近くのバラックに集められた。
三好は母・菊乃(村瀬幸子)と婚約者・雪子(小川真由美)には出張と偽り家を出てきた。
背広姿で彼らの前に現れた草薙は、優秀なスパイを養成すべく陸軍予備士官学校出身者を集めたことを明かした。
三好らは変名を与えられ、軍服の着用および、軍隊用語の使用を禁じるよう申し渡される。
訓練は柔道から飛行機の操縦までわたり、政治、経済、外交問題については大学教授の講義を受けた。
18人は九段から中野電信隊跡の空き建物に移動し、「中野学校」が正式に開校した。
三好らはさらに変装、ダンス、更に女の肉体を喜ばせる方法までの訓練を受けた。
だが、スパイになり切れず落伍する者もいたし、気の弱い中西(南堂正樹)は自殺し、手塚(三夏伸)は女に貢ぐ金を得るため窃盗を働らき、強引に自殺させられた。
一方、音信不通となった三好を探す雪子は彼を探す手がかりを求め、外資系の貿易会社をやめて参謀本部の暗号班にタイピストとして勤めはじめた。
ある日、雪子は前の職場のイギリス人社長・ベントリイ(ピーター・ウィリアムス)に呼び出された。
ベントリイは「三好は理不尽な理由で軍法会議にかけられ、銃殺刑となった」と嘘を告げ、「日本陸軍の暴走を止めるために力を貸してくれ」と、雪子に参謀本部内の機密情報の持ち出しを依頼した。
三好の死を信じ込んだ雪子はそれに応じた。
三好は、杉本(仲村隆)と久保田(森矢雄二)と共に、卒業試験として英国外交電報の暗号コードブックを英国領事館から盗んだ。
しかし参謀本部暗号班の前田大尉(待田京介)にコードブックが渡った直後、暗号の内容はすぐに変更されてしまった。
前田は草薙のもとに乗り込み、作戦に失敗した中野学校の存在に苦言を呈する。
三好らは「暗号班から情報が漏れたのではないか」と不審に感じ、参謀本部を訪れて手がかりを探る。
三好はそこで勤務中の雪子の姿を認めて尾行すると、雪子がベントリイに紙片を手渡すところを目撃した。
引ったくりを装って雪子からカバンを奪った三好は、彼女が記した手帳の内容から真相を理解し、イギリス側にコードブックの変更をさせた張本人が雪子とベントリイであることを確信した。
中野学校生の報告を受け、憲兵隊がベントリイの自宅に踏み込むが、彼は自殺を図っていた。
三好は雪子を憲兵隊に連絡することなく自分の手で殺した。
中国潜入の司令が下った三好は、雪子のスパイ行為の証拠品である手帳を焼き捨て、黙って汽車に乗り込んだ。
ちょうど欧州では第二次大戦か始まっていた。


寸評
陸軍中野学校は戦前から戦中にかけて実在した大日本帝国陸軍のスパイ養成機関だが、組織の性格上秘密のベールに包まれていたと思うし、活動内容が描かれたようなものだったのかどうか、戦後生まれの僕はその実態を知らない。
市川雷蔵は時代劇が中心のスターだったが、この頃から「若親分シリーズ」や「陸軍中野学校シリーズ」「ある殺し屋シリーズ」など、時代劇以外でも活躍を見せていた。
1960年の「ぼんち」でも放蕩を重ねる船場商家の跡取りを軽妙ながらも存在感をだす演技を見せていたから、現代劇の素養は早くから見出されていたのだろう。
その魅力が引き出されたのがこの「陸軍中野学校」だったと思う。
「ある殺し屋」にも引き継がれるクールさは雪子の小川真由美を殺害する場面だ。
再会が出来て喜ぶ雪子を食事に誘いワインで乾杯するのだが、雪子のワイングラスには毒が塗ってある。
雪子の筆跡を真似て遺書を書き自殺に見せかけて去っていく。
私情に流されないクールな男で、時代劇なら眠狂四郎か大菩薩峠の机龍之介だ。
映画のヒットを受け、「陸運中野学校シリーズ」はその後、森一生、田中徳三、井上昭へと引き継がれていったが、イメージを作ったことも有り、この増村保造による第一作がいちばんよい。

大映では勝新太郎と市川雷蔵が二枚看板だった。
僕が近年太秦を訪れた時、彼らの名前をもじった「カツライス」というカツカレーがメニューとして残っていたし、大映はなくなってしまったけれど大映通りも残っていた。
「悪名」「座頭市」の勝新太郎もよかったけれど、僕は雷蔵派であった。
早逝したのは惜しい!

四万十川

2025-02-13 10:58:37 | 映画
「四万十川」 1991年 日本


監督 恩地日出夫
出演 樋口可南子 小林薫 山田哲平 高橋かおり
   石橋蓮司 菅井きん 佐野史郎 小島幸子
   ベンガル 絵沢萠子 中島葵 奥村公延 芹明香

ストーリー
四万十川流域に小さな食料品店を営む山本家。
一家の主、秀男は出稼ぎに出ており、妻のスミが店を切り盛りしていた。
ある日、秀男が出稼ぎ先で大怪我をして宇和島の病院へ入院することになり、長女の朝子が集団就職をやめて家へ残ることになる。
五人兄弟の次男で小学校三年生の篤義は、クラスのいじめられっ子だったが、くじけず元気に成長していた。
夏休みも近いころ、篤義の学校で鉛筆削り紛失の事件が起こった。
その犯人に、やはりクラスのいじめられっ子である千代子が祭り上げられ、そんな彼女をかばって自分が盗んだと名乗りあげる篤義。
だが実は心の中で千代子を疑っていたことを悟った篤義は言いようのない嫌悪感に襲われた。
夏休みが過ぎ、二学期が始まった。
教員室に呼ばれた篤義は、井戸に小便を仕込んだと覚えのない濡れ衣をかぶる。
実は学校で「いらん子」といじめられた友達の太一が、相手の家の井戸に小便をしたのだった。
その気持ちが痛いほどわかった篤義は太一と一緒に処罰を受ける。
数日後、秀男が退院して家に帰って来た。
それと同時に朝子は町に働きに出ることになり、皆が朝子を見送る中、ひとり四万十川を見下ろす山頂に登った篤義は、朝子の乗った列車を見つめながら泣いた。
それからしばらくして、四万十川流域に台風が直撃。
篤義たちは危うく難を逃れたが、家も店もつぶれてしまう。
さらに何日か経ち、秀男は再び出稼ぎに出る。


寸評
清流「四万十川」に滅した貧しい家庭の少年物語である。
僕が育った村はこれ程の田舎ではなかったが、それでも似たような所があった。
家の前には川が流れていて、そこで釣った鮒やモロコは食材にすることが出来た。
数は少なかったがウナギも居て、夜に仕掛けをしていけば翌朝に獲れた。
大きな池があり、農業用の小川も流れていた。
小川の土手には柳が植えられていて、まっすぐな枝を切って皮をはぐと真っ白な枝となり、絶好の刀になった。
遊び場所はいっぱいあるというのが田舎の風景だった。
篤義たちが四万十川で鰻を獲ったり、魚を捕まえたりしている姿は、僕には郷愁をそそる行為である。
台風が来て前の川が増水すると、たちまち床下浸水であった。
台風が去ると役所の人が来て床下を消毒してまわる。
昭和30年代だとまだまだ日本国中が、都会を除けばそんなだったのだと思う。

石橋蓮司の先生はひどい教師だ。
目を付けられている篤義は何かにつけて犯人扱いされ、石橋蓮司は弁明の機会も与えない。
疑わしい子のランドセルをいきなりひっくり返して中の物をぶちまけている。
この先生の下では生徒は育たないのではないかと思ってしまう。
ダメな大人の代表者のようだ。
今見ればそう感じるが、当時はそんな先生も大勢いたような気がする。
先生の仕打ちに文句を言ってくる親もいなかった。
もしかすると、親たちもそれどころではなかったのかもしれない。

篤義は勉強が出来ないようだが義理人情にはあつい。
共犯者としてでっちあげられても、篤義なら一緒に叱られてくれると思ってと言われると責める気もしない。
小便を井戸に入れた家は金持ちの家だったのだろう。
たぶんガキ大将はその家の子だ。
篤義は金持ちの家の子なら何をやってもいいのかとくってかかる。
最後に篤義が言う「金が魔物になったとはどういうことなのか」に通ずる。
人力でやっていた作業は機械化されていく。
篤義の友達は故郷を棄てて出て行かざるを得ない。
清流「四万十川」に面した村は近代化の波に流されていく。
ここにあった自然と人々の人情は守っていかねばならない。
逆に言えば、制作された頃はそれを失いつつある時代だったのだと思う。
母親は村の為に店を続けるのだが、村人は台風で荒れた家を総出で修理してくれると言う。
それでも父親は出稼ぎに出て行かねばならない。
長女も働くために都市へ出ていく。
家族はバラバラになってしまうが、篤義はその現実を感じながら大人になっていくのだろう。

ボディガード

2025-02-12 15:21:06 | 映画
「ボディガード」 1992年 アメリカ


監督 ミック・ジャクソン
出演 ケヴィン・コスナー ホイットニー・ヒューストン
   ビル・コッブス ゲイリー・ケンプ
   ミシェル・ラマー・リチャード マイク・スター
   トマス・アラナ クリストファー・バート ラルフ・ウェイト

ストーリー
ある日、フランクの元に今を時めくスーパースターである人気歌手で女優のレイチェル・マロンのマネージャーであるビル・デヴァニーが訪れ、数か月前から彼女のもとに脅迫状が送りつけられ、自宅が荒らされるなどの被害が相次いだことからレイチェルの身辺警護を依頼してきた。
フランクが早速レイチェルの豪邸を訪れたところ、わがままな性格のレイチェルをはじめスタッフのあまりの危機感のなさにしびれを切らした彼は依頼を断ろうとした。
ビルの懇願により結局警護を引き受けることになったフランクは警備体制を強化する。
フランクへの反発を募らせたレイチェルはフランクの目をかすめてライヴハウスでコンサートを行い、舞台に上がった男から客席につき落とされるが、駆けつけたフランクに助けられた。
錯乱状態になった彼女を心から介護するフランクを見て、それまで彼をただの邪魔者としか考えていなかったレイチェルは、初めて心を開いた。
レイチェルはフランクをデートに誘い、すっかり惹かれ合う仲となった二人はそのままフランクの自宅で一線を超えてしまった。
翌朝、依頼人に手を出してしまったことに深く後悔したフランクはあえてレイチェルを突き放す態度を取ってしまい、誤解したレイチェルは当てつけのようにフランクの元同僚だったグレッグ・ポートマンを誘い、無断で外出するなどの問題行動を繰り返す。
もうこれ以上レイチェルの警護は無理だと判断したフランクはビルに辞めると告げたが、その直後にレイチェルの一人息子フレッチャーを騙った犯人からの脅迫電話があり、強いショックを受けたレイチェルは全てのスケジュールをキャンセル、フランクと運転手を除くスタッフ全員に休暇を出した。
結局警護を続行することにしたフランクはレイチェルとフレッチャー、そしてレイチェルの姉ニッキーを連れてオレゴン州の田舎にある自身の父ハーブの家にかくまった。
しかし、安心したのも束の間、フレッチャーが一人で乗ったボートが危うく爆破されそうになり、危険を感じたフランクは直ちにここから脱出するよう促した。
ニッキーはフランクに事の真相を打ち明けた。
かつて歌手を目指していたニッキーだったがレイチェルの方がブレイクしてしまい、嫉妬心から偶然酒場で出会った見知らぬ男にレイチェル殺害を依頼してしまっていたのだ。
自責の念に駆られたニッキーは依頼を取り消そうとするも男の連絡先も知らなかった。
その直後、ニッキーは何者かに暗殺され、フランクはその手口からプロの犯行だと睨み、アカデミー賞受賞式に出席するというレイチェルを止めるが、最優秀主題歌賞にノミネートされている彼女は舞台に立つことを決心する。
受賞式当日、客席にある映画スターのボディガードとして入場したはずの昔の同僚ポートマンの姿を見つけ、彼が犯人だと直感する。
見事に主演女優賞を受賞したレイチェルがステージに上がったその時、カメラマンに変装していたポートマンはレイチェルに向けて発砲したが、フランクは自ら銃弾を受けてレイチェルを守り、ポートマンを射殺して事件を解決した。
全てを終えたフランクはレイチェルたちと飛行場で別れの挨拶を交わした。
別れを惜しむ2人だが、ショービジネスと政治家の警備というそれぞれの世界に帰っていくのだった。


寸評
作品自体は平凡なものだが、主題歌「オールウェイズ・ラヴ・ユー」が良くて、僕はCDアルバムの「ボディガード:オリジナル・サウンドトラック・アルバム」を買った。
僕には、主題歌があってこの映画が存在している。
レイチェルが狙われているのは姉のニッキーの嫉妬に原因があるのだが、姉妹の確執が焦点にならずケヴィン・コスナーとホイットニー・ヒューストンのラブロマンスに重心が置かれていて、サスペンス作品としては軽い。

ホイットニー・ヒューストンは浴槽の中に倒れ48歳の若さで急死したが、遺体からコカインが検出されていることから、入浴中にコカインの影響で心臓発作が起こり浴槽に沈んだらしく、遺体はコカイン中毒の為かボロボロだったらしい。
しかし、その事でアルバムの色があせるわけではない。
僕は映画「ボディガード」より、アルバム「ボディガード」を断然評価している。
アルバムを聞くたびに映画を思い出す逆パターンである。

終着駅

2025-02-11 12:33:30 | 映画
2019/1/1より始めておりますので10日ごとに記録を辿ってみます。
興味のある方はバックナンバーからご覧下さい。

2020/8/11は「私が棄てた女」で、以下「私の男」「わたしは、ダニエル・ブレイク」「笑う蛙」「悪い奴ほどよく眠る」「われに撃つ用意あり READY TO SHOOT」「あゝ結婚」「愛がなんだ」「愛されるために、ここにいる」「愛情物語」と続きました。

「終着駅」 1953年 アメリカ / イタリア


監督 ヴィットリオ・デ・シーカ
出演 ジェニファー・ジョーンズ モンゴメリー・クリフト
   リチャード・ベイマー ジーノ・チェルヴィ パオロ・ストッパ

ストーリー
米国人の若い人妻メアリー・フォーブスは、断ち切りがたい想いを残してローマの中央駅にやって来た。
彼女は妹の家に身を寄せて、数日間ローマ見物をしたのだが、その間に1人の青年と知り合い、烈しく愛し合うようになってしまった。
青年はジョヴァンニ・ドナーティという米伊混血の英語教師で、彼の激しい情熱にメアリーは米国に残してきた夫や娘のことを忘れてしまうほどだったが、やはり帰国する以外になすすべもなかった。
妹に電話で荷物を持って来るよう頼み、午後7時に出発するミラノ行の列車にメアリーは席をとった。
発車数分前、ジョヴァンニが駆けつけた。
彼はメアリーの妹から出発のことを聞いたのだ。
彼の熱心なひきとめにあって、メアリーの心は動揺した。
彼女はその汽車をやりすごし、ジョヴァンニと駅のレストランへ行った。
ジョヴァンニの一途な説得に、メアリーは彼のアパートへ行くことを承知したかに見えたが、丁度出会った彼女の甥のポール少年にことよせて、彼女は身をかわした。
ジョヴァンニはメアリーを殴りつけて立ち去った。
メアリーとポールは3等待合室に入って、次の8時半発パリ行を待つことにした。
そこでメアリーは妊娠の衰弱で苦しんでいる婦人の世話をし、心の落ち着きを取り戻した。
ジョヴァンニは強く後悔して、メアリーを求めて駅の中を歩きまわった。
プラットホームの端に、ポールを帰して1人たたずむメアリーの姿があった。
彼は夢中になって線路を横切り、彼女のそばに駆け寄ろうとした。
そのとき列車が轟然と入ってきた。
一瞬早くジョヴァンニは汽車の前をよぎり、メアリーを抱きしめた。
2人は駅のはずれに1台切り離されている暗い客車の中に入っていった。
しばらく2人だけの世界に入って別れを惜しむのも束の間、2人は公安委員に発見され、風紀上の現行犯として駅の警察に連行された。
8時半の発車時刻も間近かに迫り、署長の好意ある計らいで2人は釈放された。
いまこそメアリーは帰国の決意を固めて列車に乗った。
ジョヴァンニは車上で彼女との別れを惜しむあまり、列車が動き出したのも気づかないほどだった。
慌てて列車を飛び降りた彼はホームの上に叩きつけられた。
メアリーを乗せた列車は闇の中に走り去っていった。


寸評
この映画は、ローマ中央駅の雑踏を背景に旅のアメリカ夫人とローマの青年との恋と、数日の情事のあとの別れを描いたものだ。
作品の進行と上映時間が一致しているのは「真昼の決闘」などと同じだが、オール・ロケーションであることで生々しく思えるし、映像は活気に満ち溢れている。
イタリアの青年をモンゴメリー・クリフトが演じているが、イタリア男性は女性に超積極的だというのは知られたことで、ジョヴァンニの執拗なまでの引き留めにメアリーが予定列車を延ばしてしまうのも納得である。
平凡な主婦であるメアリーだったが、情熱的な愛撫に動揺し理性を失ってしまい男の胸にしがみついてしまう。
たぶんメアリーは家庭的な主婦で、夫と子供の為だけに生きてきた女性だったのだろう。
長い間の夫婦生活では、恋だの愛だのの燃えるような感情は失われていく。
刺激はないが不満のない平和で幸せな生活だ。
忘れていた情熱をジョヴァンニによって呼び起こされたのだろう。
忘れていた青春が蘇ったに違いない。
立場が逆だったら僕だって動揺する。
粋な駅長さんが「子供さんの所へお帰りなさい、奥さん」と言われメアリーはアメリカへ帰っていく。
男女のかりそめの出会いと別れのはかなさを描いているのはヴィットリオ・デ・シーカらしいと思うし、「ひまわり」に通じるものを感じる。

明治天皇と日露大戦争

2025-02-10 17:48:05 | 映画
「明治天皇と日露大戦争」 1957年 日本


監督 渡辺邦男
出演 嵐寛寿郎 阿部九州男 高田稔 武村新
   藤田進 岬洋二 江川宇礼雄 広瀬恒美
   原文雄 倉橋宏明 沼田曜一 田崎潤
   天城竜太郎 小笠原竜三郎 宇津井健
   高島忠夫 中山昭二 若山富三郎
   芝田新 丹波哲郎 天知茂

ストーリー
明治37年、ロシアの極東侵略政策に脅威を感じた日本は、日露交渉によって事態を収めようとしたが、ロシア側の誠意のない態度に国内は自衛のためロシアを討つべしとの声が高まり、それまで開戦の国民生活に与える影響を考え慎重だった明治天皇(嵐寛寿郎)もついに開戦のご英断を下された。
かくて連合艦隊に護送された日本陸軍は仁川に上陸を敢行し、一路満洲へと進撃を開始した。
一方海軍は、旅順港にある敵艦隊を封鎖し日本海の制海権を握らんとして決死隊を編成、第一次、第二次と相次ぐ閉塞決行し遂に成功したが広瀬少佐(宇津井健)、杉野兵曹長(有馬新二)はじめ多くの勇士が壮烈な戦死をとげた。
次いで黄海大海戦でも勝利を得た。
この海軍の目覚しい活躍と同様、陸軍数十万の将兵は大陸の奥深く敵を蹴散らしていたが、敵将ステッセル(サベル・ジャミール)の守る旅順要塞は、攻撃司令官乃木大将(林寛)以下必死の攻撃にもかかわらず噂通り難攻不落を誇っていて、乃木大将の長男もここで戦死した。
第一回の総攻撃は、新兵器機関銃の出現に15,000名の犠牲者を出して失敗に終った。
一方、大山元帥(信夫英一)が率いる他の軍団は遼陽総攻撃を行い、関谷連隊長(大谷友彦)、橘少佐(若山富三郎)を失うが、これを占領した。
この間、旅順要塞への攻撃は休みなく続けられ、ことに11月3日天長節を迎えて乃木第三軍は要衝203高地攻撃を決行、一時は奪取したが後続部隊が続かず、遂に乃木将軍の二男保典(高島忠夫)をはじめ全員戦死した。
だが激闘幾度、38年1月遂に203高地は陥落し、ステッセルは旅順を開け渡した。
続く奉天の大会戦に露軍も30万の兵を動員したが、日本軍必死の猛攻で3月10日遂に奉天入城を果たした。
一方、バルチック艦隊と、東郷司令長官(田崎潤)率いる連合艦隊は対馬海峡で接触、海戦史上初の180度転回作戦によって敵艦隊を全滅させた。
勝利を祝う提灯行列と万歳の声を陛下は何時までも飽かずに見守っておられた。


寸評
かつてアラカンと呼ばれた役者がいた。
嵐寛寿郎を親しみを込めてアラカンと呼んでいた。
名前を縮めて呼んだのは、アラカン以外では坂東妻三郎のバンツマ、勝新太郎のカツシンぐらいではなかったろうか。
僕にとってのアラカンは鞍馬天狗と本作における明治天皇である。
後年に任侠映画で渋い親分の役などをやっていたが、印象に残るのはやはり鞍馬天狗と明治天皇だ。
本作は嵐寛寿郎が堂々たる明治天皇を演じている超・愛国映画だ。
明治天皇の英明さ、慈悲深さ、思慮深さを徹底的に描き、天皇はカリスマとして存在している。
まるで戦前の国威高揚映画のようだ。
明治天皇の威光によって兵たちが一命を投げ打ちロシアに勝利し、ロシアの侵略から日本は守られたという内容なのだ。
反戦色は全くなく、映画は大ヒットしたと言う。
第二次世界大戦における敗戦国となった日本だが、かつては大国ロシアに勝利したことがあるのだと、民族のプライドを呼び起こすような内容が受けたのだろう。
時代劇のスターだった嵐寛寿郎はこの作品における明治天皇があまりにもハマっていたので、この後時代劇に出るとケシカランと言われたという笑い話がついている。
群衆シーンなど迫力もある作品で、新東宝が社運を賭けただけのことはある作品ではある。

火垂るの墓

2025-02-09 09:19:19 | 映画
「火垂るの墓」 1988年 日本


監督 高畑勲
声の出演 辰己努 白石綾乃 志乃原良子
     山口朱美 酒井雅代

ストーリー
終戦近い神戸は連日、B29の空襲に見舞われていた。
幼い兄妹・清太と節子は混乱のさなか、母と別れ別れになった。
清太が非常時の集合場所である国民学校へ駆けつけると、母はすでに危篤状態で間もなく息絶えてしまった。
家を焼け出された兄妹は遠縁に当たるおばさん宅に身を寄せた。
しかし、うまくいっていた共同生活も生活が苦しくなると、おばさんは二人に対して不満をぶつけるようになった。
清太は息苦しい毎日の生活が嫌になり、ある日節子を連れて未亡人の家を出た。
そして、二人はわずかの家財道具をリヤカーに積み、川辺の横穴豪へ住みついた。
兄妹は水入らずで、貧しくとも楽しい生活を送ることになった。
食糧は川で取れるタニシやフナ、電気もないので明りには蛍を集めて瓶に入れていた。
しかし、楽しい生活も束の間、やがて食糧も尽き、清太は畑泥棒までやるようになった。
ある晩、清太は畑に忍び込んだところを見つかり、農夫にさんざん殴られたあげく、警察につき出されてしまった。
すぐに釈放されたものの、幼い節子の体は栄養失調のため日に日に弱っていった。
清太は空襲に紛れて盗んだ野菜でスープを作って節子に飲ませたが、あまり効果はなかった。
ある日、川辺でぐったりしていた節子を清太は医者に診せたが、「薬では治らない。滋養をつけなさい」と言われただけだった。
昭和20年の夏、日本はようやく終戦を迎えたが、清太らの父が生還する望みは薄かった。
清太は銀行からおろした金で食糧を買い、節子におかゆとスイカを食べさせるが、もはや口にする力も失くしていた。
節子は静かに息をひき取り、清太は一人になってしまった。
彼もまた駅で浮浪者とともにやがてくる死を待つだけだった。


寸評
僕は滅多にアニメ作品を見ないのだが、このアニメだけは何度見ても泣ける。
野坂昭如の原作を読んで泣き、このアニメを見て泣いた。
先ず、幼い清太と節子の絆が強く描かれており、その兄弟愛の健気なさに涙してしまう。
白石綾乃さんの節子の声がたまらない。
戦時中だと、おばさんの言う事は当たり前だったのかもしれない。
それでも二人は貧しいながらも戦時下で楽しそうに暮らしている。
ままごと遊びの延長のような生活は微笑ましい。
それ故に、迎える結末がとてつもなく悲しい。
彼らに食料を与えたい、病院にいれたい。
しかし僕たちには彼らを救うことは出来ない。
終活の一環で原作本も処分してしまったが、たしか「焼土層」なる短編も収められていたはずだ。
こちらは清太の後日談のような話で、浮浪者が意識朦朧となって排泄物をまさぐりながら死んでいくと言った内容だったように思う。
僕にはこのような話を想像することもできない。
その時代を生きた人にしか分からないものではないかと思う。
ウクライナ、ガザ、シリアなどの状況を見ると、やはり戦争は良くない!
文章を書いていて作品の場面が思い浮かび、自然と涙が湧いてきた。

騙し絵の牙

2025-02-08 12:43:11 | 映画
「騙し絵の牙」 2020年 日本


監督 吉田大八
出演 大泉洋 松岡茉優 佐藤浩市 佐野史郎
   宮沢氷魚 池田エライザ 斎藤工 中村倫也
   坪倉由幸 國村隼 木村佳乃 小林聡美
   リリー・フランキー 塚本晋也 

ストーリー
出版不況の煽りを受ける大手出版社「薫風社」では、創業一族の社長が急逝したことにより、次期社長の座を巡る権力争いが勃発。
専務の東松が進める大改革で、変わり者の速水が編集長を務めるカルチャー誌「トリニティ」は、廃刊のピンチに陥ってしまう。
「トリニティ」を率いる速水は、カルチャー誌の存続に奔走していく。
嘘、裏切り、リークなどクセモノぞろいの上層部、作家、同僚たちの陰謀が入り乱れるなか、雑誌存続のために奔走する速水は、薫風社の看板雑誌“小説薫風”から迎えた新人編集者・高野恵とともに新人作家を大抜擢するなど、次々と目玉企画を打ち出していくのだが・・・。


寸評
騙し絵には一つの絵が見る人によって違うものに見えるといったものや、錯視を利用して実際にはありえない立体物を平面に描いたものなどがある。
後者の代表的な作家はマウリッツ・エッシャーだろう。
雑誌「トリニティ」の編集長である速水はトリックアートのように変幻自在な手法で「トリニティ」の発行部数を増やしていく。
スーパーマン的な行動力を見せるが、それは彼の最終目的にたどり着くまでの手段だったのだ。
速水はこの映画におけるエッシャーだ。
彼の描く絵に隠されたもう一つの見方に気付かずに薫風社の役員たちは翻弄される。
作品は出版社の内幕物でもあるのだが、セクショナリズムはどこにでも存在している。
新聞社なら政治部と社会部、会社なら開発部門と営業部門などだろうが、この出版社では小説部門と雑誌部門が対立している。
今、再見するとタレントのスキャンダルに端を発した某テレビ局問題がダブる。
この映画の製作に協力している文芸春秋社における文芸春秋と週刊文春を連想してしまう。
薫風社の前社長は伊庭喜之助で、息子の名前が伊庭惟高で、ネームプレートはどちらもK・IBA となり、続ければKIBAである。
東松は巨大なKIBA会館建設を目論んでいるのだが、僕は球形を持ったテレビ局ビルを連想してしまった。
社長を追い出すための増資資金集めの道具だったあの建物だ。
KIBAは牙であり、速水の牙は二階堂、城島咲、矢代聖に向かい、小説部門を牛耳る宮藤に向かい、東松にも向かう。
物語として速水は立派過ぎるが、新人編集者の高野は面白いキャラクターとして描かれていて、演じている松岡茉優も魅力的だ。
新人編集者でもあれほど作家に対して書き直しを提言できるものなのだろうか。
高野の転身は書物への賛歌であり、ミニ書店への激励でもある。
速水が悔しさで紙コップを投げつけるシーンは痛快であった。

カラオケ行こ!

2025-02-07 17:29:00 | 映画
「カラオケ行こ!」 2023年 日本


監督 山下敦弘
出演 綾野剛 齋藤潤 芳根京子 後聖人 橋本じゅん
   やべきょうすけ 吉永秀平 チャンス大城
   RED RICE 米村亮太朗 岡部ひろき
   坂井真紀 宮崎吐夢 ヒコロヒー 井澤徹
   加藤雅也 北村一輝

ストーリー
合唱コンクールを終えた森丘中学校の合唱部。
3位になったことで部長の聡実はトロフィーをもらいに行くと、見知らぬ男から「カラオケ行こ」と言われた。
気迫のある男の誘いを断れず、聡実は「カラオケ天国」へ。
男は名刺を出して狂児だと名乗ったが、聡実は彼がヤクザであるとわかって萎縮した。
狂児は組のカラオケ大会で最下位になった者には恐怖の罰ゲームとして親分から刺青をされるので、それを回避するため上手くなりたいという。
狂児から歌を聞いてもらってアドバイスをして欲しいと頼まれ、聡実は渋々ながら狂児の『紅』の歌を聞き、手を上げて唄うのはまずいと助言をして帰ることができた。
次の日、合唱祭の練習が始まる中、なんと校門に聡実が忘れた傘を届けに来た狂児の姿があった。
聡実は狂児に歌の助言も欲しいと言われ、合唱部用の練習冊子を渡して帰らせた。
再びカラオケに呼ばれた聡実は、狂児が冊子を元に真面目に練習していたことに驚いた。
聡実は同じパートの和田からサボっていると非難されながらも、映画部に顔を出す回数が増えていった。
そうして狂児の歌に付き合う回数も増え、聡実は彼の音域にあった 曲を何曲か提案した。
聡実は『紅』の英語パートを関西弁で和訳し、狂児はしみじみと歌詞を読み上げた。
歌詞の意味を知って感慨深そうにする狂児に、聡実は狂児の女性への影を感じた。
日は変わり、聡実の評判を聞いた狂児の仲間たちがカラオケに押しかけ、ヤクザたち十人ほどが彼を「先生」と呼びつつアドバイスをもらうために何人かが歌った。
聡実はハッキリと歌の評価をし、「カス」呼ばわりされて激怒する者もでたが、狂児のとりなしでみんなが御礼の頭を下げることになった。
合唱祭当日、聡実は会場に向かう途中で狂児らしき男が救急車に運ばれるのを見て動揺する。


寸評
山下敦弘は多作家でジャンルも広い。
今回はコメディである。
ヤクザが中学生にカラオケの指導を受けるという設定自体が滑稽なのだが、クスリと笑ってしまう小ネタが満載。合唱部顧問代理の森本先生が合唱に対する愛を説き、愛は与えるものだと言った後で岡家の食事シーンとなる。
そこで母親は焼き鮭の皮を綺麗に取って父親のご飯の上に乗せるのだが、それは母親の父親への愛の受け渡しだと言った具合だ。
聡実の使っている傘のエピソードや、合唱コンクールへのお守りのエピソードなど、所々に出てくるギャグに笑わされる。
聡実と狂児の会話はまるで掛け合い漫才のようで、ハイテンションな狂児と大人しすぎる聡実の対比が面白い。
綾野剛の熱烈な歌唱もインパクトが強い。
これはコメディだが、同時に聡実の成長物語でもある。
聡実は合唱部の部長だが後輩の和田に責められっぱなしだし、女性部員で副部長の中川が仕切っているところもある。
それは声変わりでソプラノの音域が出せなくなってきていることにもよるのだが、もともと自己主張が強い方ではないのだろう。
カメの傘を鶴の傘に代えられると、不満ながらも鶴の傘を受け入れてしまう性格だ。
その彼が狂児に中川、和田との三角関係をを冷やかされるとブチギレル。
初めて聡実が大声を上げる場面だ。
狂児の死を聞いて、呑気にカラオケをやっているヤクザたちに大声を上げて憤る。
彼への鎮魂歌として「紅」を熱唱する。
聡実が初めて歌声を披露する場面だで、ジーンとくるシーンとなっている。
エンドクレジットが終わってもう1シーンあるのだが、このシーンはなかなかいい。
内容的に軽い作品だが、僕は結構楽しめた。

暗くなるまでこの恋を

2025-02-06 08:14:47 | 映画
「暗くなるまでこの恋を」 1969年 フランス


監督 フランソワ・トリュフォー
出演 ジャン=ポール・ベルモンド カトリーヌ・ドヌーヴ
   ミシェル・ブーケ ネリー・ボルゴー マルセル・ベルベール

ストーリー
フランス領リユニヨン島の煙草栽培で財を成したルイは、新聞広告で交際相手を募集。
それに応じた女性と文通の末、結婚することになった。
まだ会ったことがないので会おうということになって、ルイは島へ来る彼女を港で待つことに。
予定通りにユリーという女性が降り立ったが、送られてきた写真とは別人で遥かに美人だった。
戸惑うルイに、送ったのは友人の写真だと答えるユリー。
彼女の美貌や優しさに目がくらみ、ルイは事情も調べずにあっさりと結婚を決めた。
彼女との新婚生活は喧嘩もなく穏やかな日々が続き、ルイもこの結婚にしごく満足した。
すっかり彼女を信頼したルイは、自分の銀行預金を妻も利用できるように契約を変更したところ、ユリーが預金のほとんどを引き出した末に姿を消してしまった。
さらにユリーから連絡がないことを心配して姉のベルトが島へやってきた。
ルイが結婚式の写真を見せると、ベルトは驚き「これはユリーではない」と断言した。
どうやら詐欺どころか、人の生死に関わる事件の様相を呈してきた。
彼らは私立探偵のコモリを雇って調査を開始する。
ルイも自分で事件を探ろうとニースへ。
やがて努力の甲斐あって、リビエラでユリーを詐称した女を見つけ出した。
彼女の本名はマリオン・ベルガノ。
孤児として苦労して育ち、いつの間にか悪事に手を染めるようになっていたのだ。
この詐欺ではギャングの男と手を組み、本物のユリーを殺した上で彼女に化けていたのだ。
しかし結局金はギャングが取り、マリオンは貧しいままだった。
彼女を恨むより、その境遇に同情したルイはそのまま彼女と再び暮らし始めた。
ルイが雇ったコモリが真相を嗅ぎつけたが、ルイは彼を殺してしまい、2人はリヨンに逃亡。
金が乏しくなりはじめ、マリオンはそれが縁の切れ目とばかりルイに冷たく当たり始めた。
警察が彼らを追い始め、2人はさらにスイスへ。
そこでマリオンはルイに毒入りコーヒーを飲ませようとした。
これまでの事件を彼1人に押し付ける気だった。
ルイはあえて死ぬつもりだったが、マリオンは彼の愛に打たれ、コーヒーを棄てた。
そして本当の愛に結ばれた2人は国境へ向かう。


寸評
これはサスペンス映画なのか、恋愛映画なのか?
内容からすればサスペンス映画で、ヒッチコックを敬愛するトリュフォーらしいのだが、描かれているのが男女のいびつな愛で、これまたトリュフォーらしい。
トリュフォーはこれより前にジャンヌ・モロー主演で「黒衣の花嫁」を撮っている。
この作品でもそうなのだが、美しくて魅力的な女性は男にとって危険な存在でもあると暗に言っているようだ。
従順な女性よりも悪魔的な女性の方が魅力的だとの認識は、トリュフォー自身にもあるのかもしれない。

観客はこの結婚が破綻をきたすことを当初から分かっているので、どのような形で破局を迎えるのだろかと興味を持たせる。
しかし小細工なしに、いとも簡単に破局を迎える。
サスペンスとしてはなら、もう少し工夫があっても良さそうなものだ。
ルイは騙された女を探し出そうとするが、そうするのは彼女への報復もあるが、同時に美しいユリーの面影が忘れられないからである。
ここが男の弱いところである。
愛してしまうと、相手が善人であろうが悪人であろうが関係なくなってしまうものなのだろう。
ユリーの名前を語ったマリオンの告白など、どうでもよくなってしまっている。
ルイはリユニヨン島の煙草工場の権利を売り払いマリオンとの愛に生きようとする。
毒殺されようとしても、それさえ受け入れようとする。
その純粋さに打たれたマリオンはルイと共に白い雪の中をよろめきながら国境を目指す。
トリュフォーってロマンチストなのだなあと感じさせるエンディングである。
この甘ったるさが、どちらかと言えば失敗作と言えるものにしてしまっていると思う。
僕がカトリーヌ・ドヌーヴよりジャンヌ・モローの方を女優として評価し、なお且つ好きなことも一因ではあるのだが。

博奕打ち いのち札

2025-02-05 08:56:24 | 映画
「博奕打ち いのち札」 1971年 日本


監督 山下耕作
出演 鶴田浩二 若山富三郎 安田道代 水島道太郎
   若山富三郎 渡瀬恒彦 遠藤辰雄 林彰太郎
   野口貴史 正司照江 天本英世 内田朝雄
   天津敏 八名信夫 川谷拓三

ストーリー
相川清次郎(鶴田浩二)は、東京大森を縄張りとする関東桜田組一家の若衆頭であった。
彼は、賭場開帳による警察の追及を一時避けるための旅先、越後直江津で静枝(安田道代)と知りあった。
静枝は、旅の女剣劇一座の座長中村権之助の養女であり、一座の花形であった。
二人はお互の恋を激しく燃焼させ求め合った。
だが、間もなく清次郎は東京へ帰らなければならなくなり、二人は一年後の再会を固く約束して別れた。
大森では天野良平(天津敏)がひきいる愚連隊新地会がのさばりはじめ、清次郎は新地会とのいさかいで数人を傷つけ、五年の刑に服すことになった。
それから数年後、権之助一座は大森に在った。
権之助は病で倒れ、一座は解散寸前に追いこまれていたが、そうした一座に救いの手をのべたのが岩井一家の組長東五郎(水島道太郎)だった。
東五郎は静枝を妻にと望み、清次郎を探す望みを捨てていた静枝はこれを受けた。
東五郎は刑務所に清次郎を訪ね結婚を告げた。
昭和八年、岩井一家は大森海岸の埋立工事を一手に請け負ったが、この利権に目をつけた岩井一家の本家・桜田一家総長大竹(内田朝雄)は新地会をあやつり、岩井一家と対立させる一方、殺し屋・金原(天本英世)に東五郎の暗殺を命じていた。
清次郎が出所する前日、東五郎は射殺された。
親分を失った岩井一家に、大竹の露骨な魔手が迫った。
一家は静枝をたて、清次郎と彼の弟分で代貸の勘次(若山富三郎)が力を合わせていかなければならなかった。
大竹の策略により清次郎は一家を追われて勘次が総領に坐ったが、やがて東五郎殺しが大竹の手によるものだと知った勘次は殺された。
この報に接した清次郎は日本刀を羽織でくるみ、大竹が仕切る岩井一家へと向った。


寸評
博奕打ちシリーズは小沢茂弘監督によって始められたが、圧倒的に山下耕作監督作品が面白い。
申しわけないが、小沢茂弘の力量不足だと思う。
シリーズの中では第4作の「博奕打ち 総長賭博」がピカイチである。
第9作となる本作も上出来の部類に入る。
このころ東映の任侠映画は絶好調で高倉健、鶴田浩二、藤純子、若山富三郎などが週替わりで登場していた。
僕はこの映画を今はなくなってしまったが梅田新道の角にあった東映会館で見た。
洋画館として東映パラスが会館内にあったが、圧倒的に邦画館の梅田東映が賑わっていた。
オールナイトも行われていて、今と違って入れ替え無しだったので夕刻から入った僕などは夜明けまで滞在し、同じ映画を一晩を通じて2~3回は見た。
北新地が近かったので、深夜になると新地のお姉さんたちが立ち見をしているほどの賑わいだった。
スクリーンと客席が一体化し、主人公が危なくなると「鶴田、後だ!」と声が飛ぶ。
学生運動も激しかった時代で、高倉が「死んでもらうぜ」と言うと、「異議な~し!」と学生らしい客から声が飛んだ。
藤純子がヒロインになることも多かったが、ここでは大楠道代と改名する前の安田道代である。
安田道代は山本富士子の再来と期待された大映の女優であったが、大映が倒産したのでこの頃はフリーだったと思う。
共演した城健三朗(後の若山富三郎)と恋仲になったので、安田の実家が僕の友人宅近くだったため、友人は若山が時々訪ねてくるのを目撃したと言っていた。
両雄の一人である高倉健には色気があったが、一方の鶴田浩二には悲壮感が漂っていた。
山下作品では鶴田浩二から滲み出す板挟みの辛さが最大限引き出されていたと思う。
高倉健と違って、鶴田浩二はスーツを着た現代ヤクザも似合った。
「組長シリーズ」も良かった。
懐かしいなあ~、あの熱気。

シン・ウルトラマン

2025-02-04 07:40:10 | 映画
「シン・ウルトラマン」 2022年 日本


監督 樋口真嗣
出演 斎藤工 長澤まさみ 西島秀俊 有岡大貴 早見あかり
   嶋田久作 岩松了 堀内正美 山崎一 益岡徹 小林勝也
   利重剛 本耕史 竹野内豊 田中哲司

ストーリー
巨大不明生物“禍威獣(カイジュウ)”が次々と現れ、その存在が日常となった日本。
通常兵器がまったく役に立たず、限界を迎えた日本政府は、非粒子物理学者や汎用生物学者など、禍威獣対策に関するエキスパートを集めた禍威獣特設対策室(通称“禍特対”)を設立する。
禍威獣の脅威が迫るなか、銀色の巨人が大気圏外より突如出現。
それを機に、禍特対には巨人対策のための分析官である浅見が新たに配属され、作戦立案担当の神永とタッグを組むことになる。

寸評
「シン・ゴジラ」あっての「シン・ウルトラマン」だ。
実際、「シン・ゴジラ」のタイトルを破って「シン・ウルトラマン」のタイトルが出てくる。
さらに怪獣映画に対するリスペクトも感じられる。
ネロンガが電気を喰ってエネルギーとしているのは「ガメラ」でもあったように思うし、「ゴジラVSビオランテ」を連想したシーンもあった。
怪獣とのバトルが見どころとなっているが、ストーリーに深みはない。
多分、斎藤工の神永新二と長澤まさみの浅見弘子の関係に対する描き方が希薄だったためだと思う。
単なる相棒としての関係だったのか、浅見の神永に対する愛はあったのかがはっきりしていない。
メッセージ性も感じられるが声高ではなかったこともある。
ゾーフィが人類は危険な存在として殲滅されることを告げるのは、紛争を起こし続けている人類への警鐘なのだろう。
人間は善の心と悪の心を共存させていると思うが、神永の見せた自己犠牲の精神に期待を寄せている。
山本耕史の外星人メフィラスはベーターシステムを活用した人類の巨大化による敵性外星人からの自衛を提案し、日本政府にベーターシステムを供与する代わりに自らを人類の上位存在として認めさせるという密約を交わす。
メフィラスはまるでアメリカだ。
自国防衛をアメリカに依存してアメリカの影響下にある日本をさしているのだと思う。
好き嫌いがはっきりする映画だと思うが、僕は乗り切れなかった。
この後に「ゴジラ-1.0」が出るが、内容とヒーロー性においてウルトラマンはゴジラに勝てないと思う。

ハンター

2025-02-03 11:01:20 | 映画
「ハンター」 1980年 アメリカ


監督 バズ・キューリック
出演 スティーヴ・マックィーン イーライ・ウォラック
   ベン・ジョンソン キャスリン・ハロルド
   レヴァー・バートン リチャード・ヴェンチャー
   トレイシー・ウォルター テディ・ウィルソン
   レイ・ビッケル ボビー・バス トム・ロザレス

ストーリー
ラルフ・ソーソンは賞金稼ぎだ。
通称パパと呼ばれる彼は、逃亡者卜ミー・プライスを追っている。
警察の手におえないプライスのような犯罪者をも彼は独力で捕えるのだ。
ブライスをロス警察に引き渡す前に、彼は別件のおたずね者も捕えようとしていた。
パパは地元の保安官ジョンに協力を求めるが、悪い事にジョンはそのおたずね者の伯父に当り、逆にパパは45口径のコルトで脅され街を出て行くように言い渡される。
しかし、執念に燃えるパパは結局独力でこのおたずね者を捕え、1度に2人もロス警察に引き渡した。
パパには8年前から同棲しているドティーという恋人がいる。
学校の教師を勤める彼女は目下妊娠中だったが、パパは職業を思うと自分が親になる自信がなかった。
翌日、例の2人を捕えた件の賞金の支払いを受けとりに保釈金保証人のリッチーを訪ねたパパは、計算高いリッチーに難題をたたきつけられる。
その結果、金を受け取る前にもう一仕事するはめになったパパの元にロッコという男から電話が入った。
刑期を終え出所した彼は、かつて自分を捕えたパパに復讐するというのだ。
その夜からパパは追われる身になった。
約束の仕事を終えてロスの家に戻った翌日、ドティーは子供の誕生を喜ばないような男とは暮らせないと荷物をまとめて家を出て行った。
シカゴでの大仕事を終えた彼は、その夜自宅がロッコに荒らされているのに驚いた。
さらにロッコはドティーを誘拐し、学校にたてこもった。
必死の思いでロッコを倒すと、パパは陣痛のはじまったドティーを車に乗せ病院へと向かう。
彼の頭の中には、愛するドティーと生まれてくる子供のことしかなかった。


寸評
僕はこの映画を当時の事で会社の海外研修を兼ねたロス・ハワイ旅行に行った時にハリウッドのチャイニーズ・シアターで見た。
映画館は星形のプレートにスターの名前が刻まれて手形が埋め込まれたものが連なっているハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに面していた。
中国らしい外観が特徴的な劇場だったが、特に豪華な劇場という感じではなかった。
行く前からそこで映画を見ると決めていた僕は、ツアーコンダクターに断って単独行動を起こしたのだ。
上映作品は何でも良かったのだが、たまたま上映されていたのが「ハンター」だったのだ。
観客はまばらだった。
英語が理解できない僕は会話の内容は分からないのだが、ストーリーの雰囲気だけは感じ取れた。
パパはてっきり刑事かと思っていたが、後日そうではないことが分かった。
字幕版はテレビ放映された時に見たのだと思う。
これがスティーヴ・マックィーンの遺作となったことを思うと米国本土で見ただけに灌漑深いものがある。
作品的には褒められたものではないが、これまでスティーヴ・マックィーンが演じてきた颯爽としたスパーヒーローでなく、どこかうらぶれた感のある男を演じていたことがかえって良かったような気がする。
それともすでに体調がよくなかったのだろうか。
米国で見た時は、列車の上を走るスティーヴ・マックィーンの姿だけが印象に残った。

西鶴一代女

2025-02-02 09:37:04 | 映画
「西鶴一代女」 1952年 日本


監督 溝口健二
出演 田中絹代 三船敏郎 山根寿子 宇野重吉 菅井一郎
   進藤英太郎 大泉滉 清水将夫 加東大介
   小川虎之助 柳永二郎 浜田百合子 市川春代
   原駒子 毛利菊枝 沢村貞子 近衛敏明 荒木忍

ストーリー
奈良の街外れの荒寺に老醜を厚化粧で隠した娼婦のお春(田中絹代)がいた。
羅漢堂に入ったお春はさまざまな仏像を見ていくうちに、今までに関わってきた男たちの顔を思い出すのだった。
御所に勤めていた十代のお春は、以前からお春に想いを寄せていた公卿の若党、勝之介(三船敏郎)に宿に連れ込まれたところを役人に見つかってしまう。
お春は両親(菅井一郎、松浦築枝)ともども洛外追放となり、勝之介は斬首となった。
都を追われ、両親とともに息をひそめるように生きていたお春だが、いまだ世継ぎのない主君の側室を探していた松平家の家中に見出され、同家に輿入れすることになる。
殿様(近衛敏明)との間にめでたく嗣子をもうけたお春だが、奥方(山根寿子)の妬みにあい、用済みとばかりに実家へ返されてしまった。
お春は金策に詰まった父親に島原の郭に売られ、太夫となる。
ある日、郭で金をばら撒いていた田舎大尽(柳永二郎)が彼女を見初め、身請けしたいと言い出した。
自分を思ってくれるならと心を決めかけたお春だが、実は彼は贋金作りで、踏み込んできた役人に捕らえられてしまう。
廓を出て笹屋嘉兵衛(進藤英太郎)の住み込み女中となったお春だが、今度は笹屋の客の菱屋太三郎(加東大介)によって彼女の前身が分かったことから、嘉兵衛の妻のお和佐(沢村貞子)に嫉妬され、追い出されてしまう。
実家に戻ったお春は、善良で働き者である扇屋の弥吉(宇野重吉)のもとへ嫁入りし、やっとささやかだが幸福な暮らしを手に入れたかにみえたが、外出先で弥吉が物盗りに襲われて殺され、無一物で店を出ることになる。
世をはかなみ、老尼の妙海(毛利菊枝)の世話になることにしたお春は、借金の取り立てに来た笹屋の大番頭治平(志賀廼家辨慶)に犯されそうになったところを妙海に見られてしまい、寺を追い出されてしまった。
嘉兵衛の番頭だった文吉(大泉滉)と出会ったお春は、彼と行動を共にするが、文吉はお春のために店の品を盗んだことが分かり、桑名で捕らえられてしまう。
そうしていつしかお春は三味線を弾きながら物乞いをする女になっていた。
空腹の余り倒れたところを介抱してくれた二人の夜鷹に誘われ、ついにお春は街娼にまで身を落すことになるが、長年の過労がたたって倒れてしまう。
そこへお春を探していた母のともが現れ、松平家の殿が亡くなり若殿が後を継ぐので、共に暮らせることになったと知らせるが、その喜びもつかの間だった。
お春が娼婦に身を落していたことを問題視した重役たちは、お春には息子である若殿の顔を遠くから一目見ることしか許さず、そのまま彼女を幽閉しようとする。
隙をみて逃げ出したお春はただ一人、孤独な巡礼の旅に出るのだった。


寸評
田中絹代が扮するお春がお経を読む声にひかれて羅漢堂に入っていくファーストシーンからラストシーンまで、ワンシーン、ワンカットと言ってもいいようなカメラの移動とパンによって物語を緩やかに紡いでいっているのが特徴となっている。
僕は溝口健二の作品としては「雨月物語」が一番好きなのだが、この「西鶴一代女」をベストとしている人も多い。
映画の内容はお春の男性遍歴である。
三船敏郎の若党が「お春さま、真実にいきなされ!」と言って打ち首になる。
お春は男運が悪く、関係した男たちに翻ろうされながら最後には娼婦にまで身を落とすが、それも彼女が真実に生きた末の一生なのだろう。
とにかく、お春はついていない女である。
殿さまの側室になるが、子供が生まれると用済みとなって追い出される。
島原の遊女となって身請けされそうになるが、相手はニセ金作りで逮捕されてしまう。
商人の家の女中になると主人に色目を使われ、奥さんの嫉妬で追い出されてしまう。
真面目な商人と所帯を持った時だけは幸せだったのだろうが、商人は殺されてしまう。
尼寺に行けば男の色欲行為で追い出され、連れ立った男はお春の為に盗みを働き捕まってしまう。
お春は色好みには見えないのだが、男性本位の社会で自己主張が出来ない女性である。
制作された頃は、まだまだ男性社会が当たり前だったのかもしれない。
男女雇用均等が叫ばれ、女性の社会進出がまだまだだったころの作品で、封建社会に対する批判が込められた作品だったように思う。
田中絹代は頑張っている。

お春には厳しい一生だったと思うが、大抵の人は良かったり悪かったりの繰り返しなのではないか。
私は人生は終始トントンになるものだと思っている。
羽振りの良かった人が落ちぶれている例を知っているし、色々あった私はささやかな幸せを今は感じている。
最後までこのままでいたい。

マドモアゼル

2025-02-01 09:03:50 | 映画
2019/1/1より始めておりますので10日ごとに記録を辿ってみます。
興味のある方はバックナンバーからご覧下さい。

2020/8/1は「6才のボクが、大人になるまで。」で、以下「64-ロクヨン-前編」「ロシュフォールの恋人たち」「ロッキー」「ロミオとジュリエット」「ワイルドバンチ」「ワイルド・レンジ 最後の銃撃」「わが命つきるとも」「わが青春に悔なし」「わが母の記」と続きました。

「マドモアゼル」 1966年 イギリス / フランス


監督 トニー・リチャードソン
出演 ジャンヌ・モロー エットレ・マンニ
   ウンベルト・オルシーニ キース・スキナー
   ジョルジュ・オーベール ジェラール・ダリュー
   ジャック・モノー

ストーリー
マドモアゼルと呼ばれて村で教師をしている女が人知れず村の上流にある水門を開け放っていた。
村ではこの3週間に2件の放火に今回の水害という事件が発生しているが、警察は犯人逮捕に至っていなかった。
マドモアゼルの視線の先には、村人に交じって危険をものともせず、懸命に家畜の救出作業にあたっていた一人の男の姿があった。
その男マヌーは、友人アントニオ、息子ブルーノとともに、毎年イタリアから材木の伐採のために村にやってくるイタリア人だった。
野性的で魅力的なマヌーは村の女たちを惹きつけ、そんな彼を苦々しく思う村の男たちは、最近村に起こった事件の犯人はよそ者であるマヌーらの仕業だと疑っていた。
その晩もマドモアゼルは、着飾った姿にマッチと火種にするためノートを破った紙片を手に出かけると、とある家の納屋に火をつける。
たちまち家は燃え上がり、駆けつけたマヌーは燃え盛る家中から家財道具を運び出す。
その現場のすぐ近くで、ブルーノが燃えている紙片を拾い上げる。
その紙片から放火の犯人がマドモアゼルであることを知るが、ブルーノは彼女への想いから、それを口にすることができなかった。
マドモアゼルはかつて、森でマヌーらが伐採作業をしているところを何度か盗み見ていたが、オールドミスである彼女はそのたくましい体に惹きつけられながらも、ただ自制するしかなかった。
息子の存在を知った彼女は、ブルーノに学校へ来るように言い、読み書きのできない彼につきっきりで勉強を教え、ブルーノはそんなマドモアゼルに淡い恋心を抱く。
しかし彼女はマヌーが村の女たちと軽々しく興じる姿を目にすると、彼へのいら立ちをぶつけるようにブルーノに冷たく当たるようになる。
そして次にマドモアゼルは家畜の水飲み場に毒薬を入れると、森へ行きマヌーに会う。
たがが外れたマドモアゼルはマヌーが求めるままに体を預け、2人は一晩中森で互いをむさぼっていた。
その頃、水飲み場の水によって家畜が全滅した村では、マヌーの犯行と決めつけて男たちの怒りの矛先がマヌーに向けられる。
一夜が明け、マヌーはマドモアゼルに「明日村を出る」と告げると、彼女は彼から離れて一人村に戻る。
乱れた姿のマドモアゼルに驚いた村人たちは、彼女からマヌーに暴行されたのだと聞くと森へ向かい、そこでマヌーは男たちによって撲殺される。
マヌーの姿が消えたまま、アントニオはブルーノを連れて村を出ることにする。
マドモアゼルもまた村を去ろうとしていた。
荷物を手にしたブルーノは迎えの車に乗り込んだマドモアゼルと目が合うと、腹立たしげに唾を吐きかけるが、マドモアゼルは彼をちらっと見ると村を後にするのだった。


寸評
主人公は村人から「マドモアゼル」と呼ばれているから未婚なのだが、口をへの字に結んで無表情な彼女は禁欲的な雰囲気を漂わせている。
村では不審な事件が続いていて人々に動揺が広がっている。
実は彼女こそその犯人なのだが、まじめな教師としてしか見られていない彼女を誰も疑わない。
疑いの目は、出稼ぎにきているイタリア人に向けられる。
村人たちは何の証拠もないのに家宅捜索をし、証拠が出てこなくても執拗に彼を犯人だと疑う。
ところが禁欲的と思われたマドモアゼルはこのイタリア人に魅かれていく。
マドモアゼルの抑圧された心と反比例するかのように悪事をエスカレートさせていくヒロインの描き方が強烈だ。
男と関係するところも生々しい。
マドモアゼルは村を去る時でも村人から信頼されている。
彼女の真の姿を知っているのはブルーノだけだが、彼は唾を吐き捨てるだけだ。
そんな彼をマドマゼルは気にしない。
セレブを装う女性も一皮むいた裏の顔は分からないと言う事だろう。
もともと女性は恐ろしい動物の一面を持っているのだと思うが、それは僕の偏見かも。
映画は残酷でもあるがモノクロ映像の為か、美しさを感じるものがある。
ジャンヌ・モローはすごい!