Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<雪・幼少時>祖母の記憶

2015-06-20 01:00:00 | 雪・幼少時


暗闇の中で、声が聞こえていた。

あれはまだ涙を流すことが出来ていた頃の、幼き自分の泣き声ー‥。




「うぁああん!うぁあああん!」



小さな雪は、声を上げて泣いていた。

しかし泣いているのは雪だけでなく、隣で更に小さな蓮が泣いている。

「雪!あんたがちゃんと見てないから、蓮が怪我しちまったじゃないか!」



膝を擦りむいた蓮を庇いながら、祖母は雪を責め立てた。

雪は嗚咽を漏らしながら、シクシクと涙を流している。

「雪お腹が痛かったの‥お腹痛いんだもん‥」



そう言ってメソメソと言い訳する雪に、祖母からきつい喝が飛ぶ。

「泣くんじゃない!悪い子め!何を偉そうに泣いてるんだい!」



その大きな声に、雪はビクッと身を竦める。

「ご‥ごめんなさい‥」「お義母さん、もう止めて下さいな」「まったくもう‥」



この頃の祖母は、雪に対して厳しかった。

けれどその厳しさを差し引いても、雪はこの祖母が大好きなのであった。


「あたしゃ老人会へ行ってくるよ」

「雪も行く!」



雪は、出て行こうとする祖母の後を追いかけて靴を履く。

「子供が来る所じゃないよ。老人会に行くんだよ。スーパーに行くんじゃないんだ」

「雪も行く!行くの!行くったら!」



迷惑そうにする祖母を押し切って、雪は祖母に付いて行った。

母はそんな娘を見て、不思議そうに一人呟く。

「あの子ったら‥さっきあれだけ叱られたのに、

どうしてあんなに付いて行きたがるのかしら?」









ゆっくりと歩く祖母の後ろを、雪は心底嬉しそうにしながら付いて行った。

ニコニコと自分を見上げる雪を見て、祖母は若干居心地の悪そうな表情を浮かべていた。



「まったく‥どうしてわざわざ老人会なんかについてくるのかね」



そう呟く祖母の隣を、雪はワクワクしながら歩くのだった。

おばあちゃんステキな靴履いてる。かっこいいなぁ!



叱られても、蓮の方が優遇されても、それでも雪はおばあちゃんのことが大好きだった。

あの頃は、夜寝る前に読む絵本だって、強いおばあちゃんが活躍する絵本だった。

 

それは絵本の中のスーパーおばあちゃんが、怖い虎から子供達を守るお話で、

最後、子供達を抱き締めるおばあちゃんの絵を見るたびに、雪も同じように抱っこされているような気になった。

 

絵本の中のおばあちゃんを眺めながら、雪は大好きな自分のおばあちゃんを思い出す。

どのおばあちゃんもみんな優しいなぁ。でもうちのおばあちゃんは、ゴムの靴なんて履かないんだよ。

ステキな靴を履いてるの。おしゃれなんだから!




雪は祖母のことが誇らしく、大好きだった。まるで自身の一部のように、祖母を大切に思っていた。

だから祖母と離れる時が、この世のどんなことより嫌だったのだ。



「それじゃそろそろアンタの兄さんのとこに行こうかね」

「あぁ、そうしようか」



祖母のことは、雪の父の家と雪の父の兄‥つまり雪の伯父の家で、代わる代わる面倒を見ていた。

そして今日は、雪の家から雪の伯父の家へと移動する日なのである。

祖母と父の会話を聞いてしまった雪は血相を変え、祖母の元に駆け寄る。

「行っちゃうの?!」



目を見開いてそう聞いてくる雪に、大人達は何も言えずに押し黙った。

しん‥。



雪は青い顔をしながら、強い力で祖母の手を握る。

「おばあちゃん行っちゃうの?!ねぇ!」



今にも泣きそうな雪。すると横に居た雪の母は穏やかな口調で、娘に優しい嘘を吐いた。

「ううん~おばあちゃんはスーパーに行くだけよ~」

「おばあちゃん、伯父ちゃんのところに行っちゃうんでしょ?」「違うぞ、ほら‥」



しかし大人達の言葉では雪を欺くことは出来ず、雪は祖母が居なくなることが嫌で、涙を溜めて歯を食い縛った。

そしてある作戦を思いついた雪は、玄関まで行くと祖母の靴を手に取ったのだった。



そしてそれを持って部屋に戻ると、ガチャンと音を立てて鍵を締める。



「うわあああああああ!!」



溜めに溜めた、雪の絶叫が響き渡った‥。

「おばあちゃん行かないでー!行っちゃダメー!うわあああ!」



父は「もう行かないと」と言って退室し、祖母は溜息を吐いた。

母は雪の部屋をノックしながら、優しい嘘を続ける。

「雪~おばあちゃんはスーパーでお菓子を買ってくるだけよ~。

靴隠したら行けなくなっちゃうでしょ~?」




その嘘に祖母も乗る。

「そうだよ。おばあちゃんとスーパーに行ってお菓子を買おうか」



母が言っても聞かなかった雪だが、祖母から直接そう言われると心が揺らいだ。

結果、部屋のドアは開き、そこから涙を流しながら靴を抱えた雪が出て来た。



「ほんと?」



母は笑顔で頷くと、雪の手から靴を取り上げる。

「うん、ほんとほんと」



見上げると、そこで祖母が笑っていた。

まったく‥と言いながら息を吐く祖母は、いつものおばあちゃんだ。雪の顔にパッと笑顔が浮かぶ。

 

「それじゃあみんなでスーパーに行こっか!」

「ねぇなんでおばあちゃん大きな鞄持ってるの?」

「お菓子をいっぱい買うためだよ」



祖母は雪達と共に、大きな鞄を持って外へ出た。

そして外で待っていた伯父の車に乗ると、笑顔で手を振ったのだった。



「うわあああん!おばーちゃーん!!」



雪は地面にひっくり返って泣いた。雪の父が手を焼き、母は笑ってそれを見ている。

祖母が伯父の家に行くときは、毎回一苦労だった‥。





季節が一つ流れ、再び祖母が雪の家にやって来た。

祖母はお菓子を食べる雪の頭を撫でてやっている。それに蓮が文句を言った。

「おばあちゃん!俺のお菓子は?!」

「お姉ちゃんが先に食べる日があってもいいじゃないか」



その光景を見ながら、雪の叔父に雪の母がこう説明する。

「あの靴の一件があってから、おばあちゃんてば雪に甘くなっちゃって‥」

「わはは!そりゃー面白いとこ見逃したなぁ」



家父長的な祖母が変わったことに、皆不思議な思いを抱きながらも、微笑ましく見守っていた。

雪は心から笑顔を浮かべ、甘い甘いお菓子を頬張る。



雪の胸の中にある、甘く温かな祖母との思い出。

しかしその記憶を辿れば辿るほど、だんだんと暗い影が落ちて行く‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪・幼少時>祖母の記憶 でした。

小さな雪ちゃんかわいい‥ 

本当におばあちゃんのことが大好きだったんですね。

そして絵本の中のおばあちゃんの辺りで出てきた「ゴム靴」とは、

韓国独特の「コムシン」という靴らしいです。



お年寄りは大体これを履くのかな?気になりますね‥。


あとここで出てきた雪の叔父さん(雪のお父さんの弟)は↓



今はカフェをやってるこの人なんですね。



若い頃、結構イケイケですね 笑



次回は<雪・幼少時>冷たい手 です。


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影響ー与えるー

2015-06-18 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)
彼らと私の人生の間にある狭間は、あまりに広いー‥。



雪がそんなことを考えている頃、河村亮は一人段ボールの中を漁っていた。

「非常用の金が‥」



確かにこの辺りに仕舞ったはずだが、見当たらない。

逃げるにしてもあの社長の元に出向くにしても、まずは金が無いと始まらないのにー‥。

しかし金は見当たらず、代わりに段ボールの奥から、見覚えのある楽譜が出てきた。



「Maybe」

雪が好きだと言った曲。

久しぶりにピアノの前に向き合って、彼女の為に練習した‥。



暫し楽譜に目を留めていた亮だが、

ふと、床に落ちた一冊の本が目に入った。



手に取り、パラパラと中を眺めてみる。



高卒認定試験のテキストだった。

短い間だったが、雪に勉強を見てもらった。

何も分からない自分に、根気強く勉強を教えてくれた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。



雪がマークしてくれた箇所、付箋を貼ってくれたページ‥。

いたる所に、彼女の親切が散りばめられている。



亮はテキストを床に置くと、再び楽譜を手に取った。

じっと表紙を眺めながら、雪の笑顔を思い出す‥。



知らない内に、自分の生活の中に彼女が溶け込んでいる。

自分が思っているよりもずっと、彼女から影響を受けていることに気付かされる。



決めた覚悟は、雪が絡むとこんなにも簡単に揺らいだ。

亮は再び一歩も動くことが出来ないまま、この場所にただ留まっている‥。





ちょっとはマシになった?



青田淳は先輩社員と並んで歩きながら、雪にメールを打っていた。

どこか疲れて見える彼に、先輩社員はこう声を掛ける。

「インターン疲れるでしょ。でも大学から脱出して、一歩前進成功なわけだから」



淳は曖昧に頷きながら、雪にメールを打っていた。

寝てるの?なんで返事がないの?



「でしょ?」と先輩社員は淳に返事を促した。

淳は携帯から顔を上げ、心ここにあらずといった体で同意する。

「あぁ‥そうですね」



胸中がざわざわと騒いでいた。

頭の中に、昨夜の自分の姿が浮かぶ。

「雪ちゃん、君もそうだったろ。初めから俺のことおかしいと思ってたろ」



いつもなら隠していた胸の内が、無数についた傷口のせいか、零れ出ていた。

もしかしたら、昨夜のせいで彼女は自分から背を向けたのではないかー‥。



自分のデスクに戻ってからも、仕事など手につかなかった。

携帯の画像フォルダをスクロールしては、その中で笑う彼女の写真を見てばかりだ。



こちらを向いて笑顔を見せる雪が持っているもの。

それは彼女に似たライオンの人形と、自分に似た犬の人形‥。



雪は自分を大切に思ってくれている。

そう言い聞かせてみるが、返信の無い今の状況を前にすると、心が騒いで仕方がなかった。



すると携帯電話が震え、メールが一通表示される。

ねーちゃんは大丈夫っすよ!

薬飲んで寝てるだけでNo problem!




雪からの返信が無いことに居てもたっても居られず、淳は蓮に雪の今の状況を聞いていたのだった。

蓮のメールに目を通した後、心の靄が一気に晴れたような気になった。

「今日は残業ナシらしいぞ!チーム長は外勤ー」「よっしゃ!」



社員の一人が口にしたグッドニュースで、オフィスも明るいムードに包まれた。

淳も思わず笑顔を浮かべ、先輩社員に相槌を打つ。

「良かった!なぁ?」「はい」「何かいいことあったかー?」



今まで自分一人でバランスを保持していた心が、雪が絡むとこんなにも簡単に揺らいだ。

そして迎えた就業時間の終わりに、淳は皆と別れの会釈を交わす。



淳は皆に背を向けると、足早に病院へと向かった。

早く彼女に会いたい、その一心で。







そして亮は、決着をつけに外へ出るところだった。

昨夜淳からもらった連絡先に話をつけ、待ち合わせ場所へと向かう。



雪から影響を与えられた二人の男は、それぞれに急いだ。

すべて雪が原因なのだ。こんなにも心が揺れるのはー‥。






その頃雪の意識は、眠りの淵を歩いていた。

影響を受けてばかりなのは孤独だ



耳から聞こえる病院内の音や、消毒液の匂いが、昔の記憶を辿らせる。

だけど影響を与えるのは怖い



笑っている祖母。その前に居るのは、涙を流せていた頃の幼き自分。

何やってるんだろ、私‥



そして雪は、ゆっくりと眠りに落ちて行った。

目の前にある裂け目の向こうで、淳と亮と静香が、楽しそうに笑い合っている‥。

どうせ私が二人の為に出来ることなんてないのに‥





病院内の湿った空気は、今まで閉じ込めて来た暗い記憶を引き摺り出す。

鼓膜の奥で、小さな自分の泣き声が聞こえる‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<影響ー与えるー>でした。

<影響ー受けるー>では、様々な人や色々な出来事から影響を受ける雪ちゃんの話が中心でしたが、

今回の話では、雪から影響を受けた淳と亮の心情が中心でしたね。

記事中の淳の心情の描写は私の想像が主ですので、「Yukkanenはこう思ってるのか」程度に留めて置いてくださいね^^;


次回からは雪の幼少時の記憶を辿ります。

本家では<影響ー受けるー><影響ー与えるー>(ブログ記事)=<特別編 洞窟の中>(本家3部94話)

が雪幼少時の回(本家3部93話)の後に来ますが、ブログでは時系列で並べ替えた順にしてあります。あしからず‥。


次回<雪・幼少時>祖母の記憶 です。


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影響ー受けるー

2015-06-16 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)


秋空の裾野が、橙色に染まる時刻。

雪は病院のベッドに横たわりながら、ぼんやりと天井を眺めていた。



白い壁と白い天井の境目が曖昧にぼやけ、意識まで曖昧になってしまいそうだ。

何やってんだろ私‥



雪は窓から見える夕焼け空を眺めながら、今の自分の状況を思った。

かなり退屈だわ‥。真っ昼間から寝たから、これ以上寝るのも疲れるし‥

携帯見るのも飽きたし‥


  

はぁ、と大きな息を吐く。もう何度目の溜息だろう。

時間がなかなか過ぎて行かない‥



普段忙しい毎日を送っている雪には、今の状況がこの上なく退屈に感じられた。

しかし頭の中とは裏腹に、身体は正直に反応する。

ううっ‥。それでもさっきよりはマシか‥

 

ストレス性胃腸炎。

雪は両指をお腹の上で組みながら、同じ痛みを味わった去年のことに思いを馳せた。

去年もそうだった。ストレスの絶頂‥とはまさにこのこと‥



そして脳裏には、今年に入ってから体験したあらゆることが浮かんでは消えて行く。



一難去ってまた一難‥まさにそんな言葉が相応しい一年だった。

そして昨年の初め頃、占い師に掛けられた言葉が脳裏をよぎる。

「男に気をつけなさい!この悪運は年を越すよ!」



五百円で占ってもらった運勢だったが、それは確かに当たっていた。

だから二年連続で倒れたのか‥



一体誰のせいなのか?

雪は思い当たる男性陣の顔を脳裏に浮かべ始めた。

‥先輩?河村氏?健太先輩?横山?蓮‥

隣のおじさん?遠藤さん?下着泥棒?




彼氏の顔から以前隣に住んでいた秀紀の顔まで、思い当たる人物は次々と浮かんだ。

途中「何やってるんだろう‥」と我にかえりつつ、溜息を吐いて結論をまとめる。

とにかく私が巻き込まれてるって意味でしょ‥迷信のせいじゃなく‥



様々な人を介して、あらゆる災難に巻き込まれ続けた一年だった。

そして雪の脳裏には、先程新たな災難の匂いを嗅ぎ取った出来事が浮かぶ。

そういえば倒れる前‥

明らかに河村氏が誰かを避けてるみたいだったけど‥あれ何だったんだろ?




誰かを見て血相を変えた亮に引き摺られ陰に隠れ、大きな手の平で口を塞がれた。

あれはどういうことだったのだろう。雪は一人思案に耽る。

どう考えても誰かに追われてたみたいだけど‥あの人、一体何やらかしたの?

いつも蓮と二人でコソコソしてるから私が知る由もないし‥。

大学に通ってるってことはピアノは弾いてるみたいだけど‥高卒認定試験の勉強は?ちゃんとしてるの?

てかあんな風に追われててすぐに病院を飛び出すって‥。あの人のプライベートってどういう感じなんだろ‥謎‥




モヤモヤと色々な考えが頭に浮かぶけれど、真実はまだ何一つ分からない。

雪は傍らに置いてあった携帯電話に手を伸ばす。



画面を見ていると、ふと先輩の声が聞きたくなった。

発信ボタンに指が伸びかけるが、彼の今の状況を思い出してそれを止める。

先輩は今会社で仕事してるよね‥すごく忙しいよね‥



そして彼の顔を思い浮かべると、今は傷だらけということも思い出した。

てかあの顔はどうするつもりなのか‥あれで出勤したんかい



高校時代からの因縁が元で、幼馴染と喧嘩した彼。けれど会社で正直にそれを言う訳にはいかないだろう。

インターンだから周りに調子合わせなきゃいけないだろうし‥お父さんの会社だから大丈夫なのか?



頭の中で、”会社の中の彼”を想像してみる。

けれどどんな風に働いているのか、どんな気持ちで日々を送っているのか、

どんな表情を浮かべているのかは、想像できなかった。浮かんで来るのは後ろ姿ばかりだ。



どんな仕事をしているんだろう。どんな人の下で働いているんだろう。

彼より優秀な人は居るのだろうか?そして彼の周りに、綺麗な人はいるのだろうか‥?



そう考えた時、先輩の近くに居るとびきりの美人のことが思い浮かんだ。

そういえば河村氏のお姉さん‥静香さんだっけか

あの人は資格の勉強するだけであの会社に入れるんだっけ。そして先輩と一緒に‥




いつか見た、先輩と静香が腕を組んでいる写メを思い出す。

自由奔放なあの調子で、静香は淳に接近中‥?



あああああああああ だっから何考えてんの私はーーーーっ!!



親密な二人を想像すると、予想以上にダメージが大きかった。

雪はくしゃくしゃと頭を掻きながら、以前静香から言われた言葉を思い起こす。

アンタ、あたしの弟とあたしの幼馴染み、

あの二人と上手くいってると思ってるみたいだけど、いつまでそうしていられると思ってるワケ?




てかアンタ達付き合ってどのくらいなのよ。長くて半年ってとこ?

それじゃああたしとはどのくらいの付き合いだと思う?




ハスキーな静香の声が、鼓膜の裏で再生される。

雪は夕焼け空を眺めながら、あの美しく獰猛な彼女の顔を思い出す。



身体の中がチクチクと痛み出す。

静香の言葉は、雪の身体にじわじわと痛みを広げていく。



雪は寝返りを打つと、お腹を抱えるような格好で寝転んだ。

頭の中に、去年静香に電話をしていた先輩の声が蘇る。「風邪引くなよ」と、まるで彼女に囁くような声で言っていた。

そりゃそうよ。私より遥かに長い付き合いでしょうよ。

知ってるって。河村氏と長い付き合いなのは言うまでもないし‥お姉さんだもん




静香は淳と亮、二人の歴史を知っている。

いや知っているだけではなく、彼らは三人で一緒に長い時間を共有して来たのだ。

アンタは、互いの何をどのくらい分かってるっていうの?

人と人との関係ってさぁ、浮き沈みはあるとしても、

長続きするのはマジ並大抵なことじゃないじゃん




アンタは、それを始めることすらしなかったじゃない



雪は携帯電話を置いて、ぼんやりと窓の外を眺めてみる。

長い間点滴を打っているお陰かよく眠れたお陰か、頭の中はいつもよりクリアだ。



夕暮れに輝く金色の陽が、紅葉の葉を橙に染める。

なんか‥ううん、



いつも‥すごく距離があるように感じてた



私はいつも彼らを遠巻きに眺めて‥それ以上の行動が出来なくて



結果的に‥どこへ動くことも出来ずに、ただ影響だけを受けている



陽の光を受けて染まる紅葉のように、雪は常に周りに影響されて来た。

だけどそれに抗う術はなく、それがどうしようもないことだということを知っている。

悔しいけど、河村氏のお姉さんの言う通りだ。私が彼らと同じ日々を過ごして来たわけじゃないし、

分かったような顔をして溶けこむことも出来ない。無理矢理割り込むなんて冗談じゃないし‥




私達は互いに経験して来たことが違う



脳裏に浮かぶのは、高校時代の自分。

そして、同じ時間を過ごして来たであろう三人の姿‥。



目を閉じると、目の前に深い溝があった。

その亀裂の向こうで、彼ら三人が笑い合っている。

彼らと私の人生の間にある狭間は、あまりに広い‥



彼らはこちらを振り向かずに、楽しそうに遠くへと歩いて行く。

そんな三人の背中を見つめながら、だんだんと意識が薄れて行く‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<影響ー受けるー>でした。

今回の話は、本家版では「特別編」になってます。

進行するストーリーとは別に、登場人物の心情がそれぞれ描かれていますね。


自身が曖昧で、常に周りに影響され様々な災難に巻き込まれ‥。

2部35話のモノローグで、「曖昧な私」と自身を省みる雪ちゃんを思い出します。



この「自身が曖昧」という点は淳にも当てはまりますよね。

そして今まで自分の生き方を持っていた亮も、雪に出会って揺らいで来ている。

しかし静香はブレないので、曖昧な彼らはもれなく彼女に振り回されます^^;





次回は<影響ー与えるー>です。


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賑やかな病室

2015-06-14 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)


目を覚ますと、雪は大学病院のベッドに寝かされていた。

手の甲に付けられた点滴の針が痛々しいが、気分はいくらかマシになったようだ。



ベッドの周りには、赤山家全員が勢揃いしている。

「ストレス性胃炎ですってよ。大した病気じゃなくて良かったわ。薬飲んで寝てなさい!」

「へ~ここが姉ちゃんの大学の大学病院か~」



ワイワイと自分を囲む家族の中で、雪はどこか変な気分だった。

覚えてはいないが、何か怖い夢を見ていたような気がしてならない。

「亮君から電話もらった時、どれほど驚いたか!

事故にでもあったんじゃないかって思ったわよ」




母の口から出たその名を聞いて、雪はギクリとした。

「あ‥河村氏が‥」



蓮は、先程の状況をこう振り返る。

「亮さんがあんなにテンパってんの初めて見たよ。もう口から魂抜けんじゃないかと思っちゃった。

でもお医者さんの話聞いたらすぐに出てっちゃったんだよね。なんでだろ?」


 

亮が自分の為に必死になっていたのだと思うと、苦い気分が胸に広がった。

返す言葉が見つからないが、それ以上は蓮も突っ込んでこなかった。

「もう大丈夫なの?」「うん、さっきよりは‥ちょっと休んだら良くなると思う」



そう言ってすぐにでも起き上がりそうな雪に向かって、母は怖い顔をして諭し始める。

「まったくもう!奨学金のことはもういいわよ。そのせいで倒れたようなもんでしょう?当分店で働くのも止めときなさい」

「そうだぞ。もうすぐ四年生だし、就活のことだけ考えなさい」

「姉ちゃんのガッコ変なやつ多すぎだからさー、そのせいで倒れたんじゃね?」



家族は三人三様に、それぞれが雪を心から心配していた。中でも母親はとびきり、雪の抱えたそれを強調する。

「雪は変に頑張っちゃうからねぇ‥。とにかくストレスのせいよ、ス・ト・レ・ス!」



性分のせいだと思っていても、ストレスは知らず知らずのうちに自分を追い込んでいた。

雪は返す言葉もないまま、しばしの休息を余儀なくされたのだった。






しばらくしてから父が退室し、続いて蓮が席を立った。

「そんじゃお先ー」「勉強しに行くんでしょうね?」「そうだってば!」



雪は今の状況を、携帯メールに書いて送る。

TO 聡美と太一「お腹痛くなって病院で寝てる。今日は授業出れないやTT」

TO 河村氏「河村氏、もう目が覚めました。助けてくれてありがとうございました」



すぐに返信があった。

From 聡美「へっ?!大丈夫なの?!ゆっくり休みなよTT

深刻な症状じゃないよね?そーだよね??」


From 太一「去年も倒れてるし、虚弱体質になっちゃってるんじゃないでスカ?

運動しましょうネ!」




亮からの返信は無かった。

続けて雪は、淳へのメールを書く。

TO 先輩「先輩、私今大学病院で寝てます。お腹痛くなっちゃって‥TT 

一日だけ入院するかもです」


From 先輩「え?大丈夫なの?」



雪が引き続き携帯を眺めていると、母親が時計を見ながら立ち上がった。もう昼食の時間なのだ。

「病院のご飯食べたくないでしょ?お粥でも買ってくるわ」「うん」

「とりあえず今日は入院して、明日退院だわね」「ん」



母はそう言うと、財布を片手に病室を出て行った。

雪は寝たままで母を送り出す。








カーテンが閉じられると、先程まで賑やかだったそこは急に静かに感じられた。

雪はぼんやりと天井を見つめる。



カーテンで仕切られただけの個人スペースからは、あちらこちらで面会の人の声やテレビの音が漏れていた。

回診で訪れる医者や看護師の声、運ばれるベッドのキャスターが転がる音、病院には色々な音が溢れている。





「‥‥‥‥」



雪はだんだんと落ち着かない気分になった。

慣れない今の状況もそうだし、気掛かりなことが多すぎるのもその要因だった。

あ‥財務学会始まったんだっけ‥。しかもすぐ期末テストだ‥

奨学金も‥本気で諦められるわけないし‥どうしよ‥




うーん‥



重ね合わせた手は、点滴のせいか冷たかった。

いつの間にか目を閉じていた雪は、母が帰ってくるまで暫し微睡む‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<賑やかな病室>でした。

赤山家、ほんといい感じになりましたよね。

皆が雪のこと心配して顔を揃えている様子を見てると、胸がじーんとなりますね‥。


次回は<影響ー受けるー>です


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臆病の虫

2015-06-12 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)


雪はゆっくりとその場に倒れて行った。

その顔は真っ青で、口からは荒い喘鳴が聞こえる。



亮は恐る恐る、彼女の愛称を呼んだ。

「ダ‥ダメージ‥?」

 

しかし雪はそれに応える余裕もなく、

お腹を押さえながらガクガクと震え出した。

「おなか‥おなか‥いた‥おなかが‥」



「ほ‥ほんとに‥いた‥死ぬほ‥ど‥」



痛い、と言い終える前に、雪の瞼は閉じた。

雪は縮こまった体勢のまま、それきり意識を失くしてしまった。





「ダメージ!!」



「おいっ!しっかりしろっ!おいっ!!」



どんなに呼びかけても、身体を揺すっても、反応が無かった。

このままじゃまずい。全身から汗が噴き出る‥。










閉じた瞼越しに、光が舞っていた。

そのうち身体がふわりと持ち上がり、聞き覚えのある声が耳に届く。

「119番!119!」



亮は敷地内にある大学病院へと走った。傷だらけの顔で、必死の形相で。

雪はぼんやりとした意識の中で、あることを考えていた。

思い出した



私のお腹の中には臆病の虫が居て‥

普段虫は縮こまって、

逃げて、

身体の中に身を潜めている




普段の私は何食わぬ顔で、

何気なく日々を過ごしているけれど、

虫は時折こんな風に、身体の中で暴れまわる。

そのことを、忘れていた‥




亮は必死になって走った。人々の間を掻き分けて。

薄目を開けた雪の目に、緑の十字が見える。



病院‥



身体の中で暴れまわる、臆病の虫。

それは暗い過去を引っ張り出して、昔の記憶を雪に見せる。

病院は‥



怖い‥。それに‥



長椅子に座った、小さな足が揺れていた。隣には、まだ幼い弟の蓮が居る。

小さな雪は大人から言われたとおりに、大人しくそこに座っていた。



するとそこに、親戚のお姉さんがやって来た。

「雪」



お姉さんは雪に向かって、優しくこう提案する。

「おばあちゃんに会いに行こっか」



「うん!」



お姉さんは雪を抱え上げると、駆け足で病室へと向かった。

すれ違った看護師が、子連れの彼女を見て注意する。

「あら!子供は入室禁止ですよ!」



しかしお姉さんは止まらなかった。

彼女は雪を抱っこしたまま、祖母の居る病室に入室する。



その部屋は、何の音もしなかった。

幼い雪は初めて見るその光景に、なんとも言えない空気を感じ、目を見開く。



雪はお姉さんの首に回した手に、ぎゅっと力を入れた。

彼女は静かに寝台の波間を歩きながら、祖母のそれを見つけて雪に知らせる。

「あそこよ」



「おばあちゃん、雪が来ましたよ」



お姉さんは立ち止まり、寝台に寝ている祖母に声を掛けた。

雪はキャッとはしゃぎながら、おばあちゃんの方に身を乗り出す。

「雪のこと可愛がってたでしょう?」



雪は嬉しかった。

長い間会えていなかった、大好きなおばあちゃんにようやく会えるのだからー‥。




そこで雪の、暗い夢は終わった。

薄れていく意識の中で、もう一度繰り返す。


私のお腹の中には臆病の虫が居て‥

普段それは‥

縮こまって‥





臆病の虫が暴れている。

胸が苦しい。

心が痛い‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<臆病の虫>でした。

今回の雪のモノローグは、記事の中で流れに合うように少し意訳にしています。

直訳を知りたい方も勿論いらっしゃると思うので、以下直訳です↓

私は実は臆病で、縮こまって、逃げて、中に隠れて‥

いつも当たり前のような顔して、何気なく日々を過ごす中で、

それが時折こんな風に、中で破裂するってこと、

忘れてた‥




という感じです。


雪ちゃんの抱えた傷の話が、だんだんと紐解かれて行きますね‥。


次回は<賑やかな病室>です。


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