暗闇の中で、声が聞こえていた。
あれはまだ涙を流すことが出来ていた頃の、幼き自分の泣き声ー‥。
「うぁああん!うぁあああん!」
小さな雪は、声を上げて泣いていた。
しかし泣いているのは雪だけでなく、隣で更に小さな蓮が泣いている。
「雪!あんたがちゃんと見てないから、蓮が怪我しちまったじゃないか!」
膝を擦りむいた蓮を庇いながら、祖母は雪を責め立てた。
雪は嗚咽を漏らしながら、シクシクと涙を流している。
「雪お腹が痛かったの‥お腹痛いんだもん‥」
そう言ってメソメソと言い訳する雪に、祖母からきつい喝が飛ぶ。
「泣くんじゃない!悪い子め!何を偉そうに泣いてるんだい!」
その大きな声に、雪はビクッと身を竦める。
「ご‥ごめんなさい‥」「お義母さん、もう止めて下さいな」「まったくもう‥」
この頃の祖母は、雪に対して厳しかった。
けれどその厳しさを差し引いても、雪はこの祖母が大好きなのであった。
「あたしゃ老人会へ行ってくるよ」
「雪も行く!」
雪は、出て行こうとする祖母の後を追いかけて靴を履く。
「子供が来る所じゃないよ。老人会に行くんだよ。スーパーに行くんじゃないんだ」
「雪も行く!行くの!行くったら!」
迷惑そうにする祖母を押し切って、雪は祖母に付いて行った。
母はそんな娘を見て、不思議そうに一人呟く。
「あの子ったら‥さっきあれだけ叱られたのに、
どうしてあんなに付いて行きたがるのかしら?」
ゆっくりと歩く祖母の後ろを、雪は心底嬉しそうにしながら付いて行った。
ニコニコと自分を見上げる雪を見て、祖母は若干居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
「まったく‥どうしてわざわざ老人会なんかについてくるのかね」
そう呟く祖母の隣を、雪はワクワクしながら歩くのだった。
おばあちゃんステキな靴履いてる。かっこいいなぁ!
叱られても、蓮の方が優遇されても、それでも雪はおばあちゃんのことが大好きだった。
あの頃は、夜寝る前に読む絵本だって、強いおばあちゃんが活躍する絵本だった。
それは絵本の中のスーパーおばあちゃんが、怖い虎から子供達を守るお話で、
最後、子供達を抱き締めるおばあちゃんの絵を見るたびに、雪も同じように抱っこされているような気になった。
絵本の中のおばあちゃんを眺めながら、雪は大好きな自分のおばあちゃんを思い出す。
どのおばあちゃんもみんな優しいなぁ。でもうちのおばあちゃんは、ゴムの靴なんて履かないんだよ。
ステキな靴を履いてるの。おしゃれなんだから!
雪は祖母のことが誇らしく、大好きだった。まるで自身の一部のように、祖母を大切に思っていた。
だから祖母と離れる時が、この世のどんなことより嫌だったのだ。
「それじゃそろそろアンタの兄さんのとこに行こうかね」
「あぁ、そうしようか」
祖母のことは、雪の父の家と雪の父の兄‥つまり雪の伯父の家で、代わる代わる面倒を見ていた。
そして今日は、雪の家から雪の伯父の家へと移動する日なのである。
祖母と父の会話を聞いてしまった雪は血相を変え、祖母の元に駆け寄る。
「行っちゃうの?!」
目を見開いてそう聞いてくる雪に、大人達は何も言えずに押し黙った。
しん‥。
雪は青い顔をしながら、強い力で祖母の手を握る。
「おばあちゃん行っちゃうの?!ねぇ!」
今にも泣きそうな雪。すると横に居た雪の母は穏やかな口調で、娘に優しい嘘を吐いた。
「ううん~おばあちゃんはスーパーに行くだけよ~」
「おばあちゃん、伯父ちゃんのところに行っちゃうんでしょ?」「違うぞ、ほら‥」
しかし大人達の言葉では雪を欺くことは出来ず、雪は祖母が居なくなることが嫌で、涙を溜めて歯を食い縛った。
そしてある作戦を思いついた雪は、玄関まで行くと祖母の靴を手に取ったのだった。
そしてそれを持って部屋に戻ると、ガチャンと音を立てて鍵を締める。
「うわあああああああ!!」
溜めに溜めた、雪の絶叫が響き渡った‥。
「おばあちゃん行かないでー!行っちゃダメー!うわあああ!」
父は「もう行かないと」と言って退室し、祖母は溜息を吐いた。
母は雪の部屋をノックしながら、優しい嘘を続ける。
「雪~おばあちゃんはスーパーでお菓子を買ってくるだけよ~。
靴隠したら行けなくなっちゃうでしょ~?」
その嘘に祖母も乗る。
「そうだよ。おばあちゃんとスーパーに行ってお菓子を買おうか」
母が言っても聞かなかった雪だが、祖母から直接そう言われると心が揺らいだ。
結果、部屋のドアは開き、そこから涙を流しながら靴を抱えた雪が出て来た。
「ほんと?」
母は笑顔で頷くと、雪の手から靴を取り上げる。
「うん、ほんとほんと」
見上げると、そこで祖母が笑っていた。
まったく‥と言いながら息を吐く祖母は、いつものおばあちゃんだ。雪の顔にパッと笑顔が浮かぶ。
「それじゃあみんなでスーパーに行こっか!」
「ねぇなんでおばあちゃん大きな鞄持ってるの?」
「お菓子をいっぱい買うためだよ」
祖母は雪達と共に、大きな鞄を持って外へ出た。
そして外で待っていた伯父の車に乗ると、笑顔で手を振ったのだった。
「うわあああん!おばーちゃーん!!」
雪は地面にひっくり返って泣いた。雪の父が手を焼き、母は笑ってそれを見ている。
祖母が伯父の家に行くときは、毎回一苦労だった‥。
季節が一つ流れ、再び祖母が雪の家にやって来た。
祖母はお菓子を食べる雪の頭を撫でてやっている。それに蓮が文句を言った。
「おばあちゃん!俺のお菓子は?!」
「お姉ちゃんが先に食べる日があってもいいじゃないか」
その光景を見ながら、雪の叔父に雪の母がこう説明する。
「あの靴の一件があってから、おばあちゃんてば雪に甘くなっちゃって‥」
「わはは!そりゃー面白いとこ見逃したなぁ」
家父長的な祖母が変わったことに、皆不思議な思いを抱きながらも、微笑ましく見守っていた。
雪は心から笑顔を浮かべ、甘い甘いお菓子を頬張る。
雪の胸の中にある、甘く温かな祖母との思い出。
しかしその記憶を辿れば辿るほど、だんだんと暗い影が落ちて行く‥。
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<雪・幼少時>祖母の記憶 でした。
小さな雪ちゃんかわいい‥
本当におばあちゃんのことが大好きだったんですね。
そして絵本の中のおばあちゃんの辺りで出てきた「ゴム靴」とは、
韓国独特の「コムシン」という靴らしいです。
お年寄りは大体これを履くのかな?気になりますね‥。
あとここで出てきた雪の叔父さん(雪のお父さんの弟)は↓
今はカフェをやってるこの人なんですね。
若い頃、結構イケイケですね 笑
次回は<雪・幼少時>冷たい手 です。
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