Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

密告とパラドックス

2014-06-25 01:00:00 | 雪3年3部(偽物への警告~疎いライオン)
テストが終わり、経営学科の学生達は三々五々教室を後にし始めた。

雪達三人も共に席を立ったところで、太一が思いついたように声を上げる。

「あ!俺今日用事あるんでお先に失礼するッス!」



太一の言葉に雪は頷き、テスト期間中に何の用事だか‥と聡美は怪しげな視線を送る。

雪はその場に佇んだまま、出入口付近に視線を流した。



彼は多くの学生に囲まれながら、教室を後にするところだった。

こちらを一度も振り返らずに。



雪は彼に視線を送りながら、心の中が複雑な感情で絡み合うのを感じた。

彼への不信や凝り固まったわだかまりの上から、先ほどの情景が交じり合う。



背後から強く抱きすくめられた。

耳元に彼の吐息を感じた。

背中に触れた彼の胸から、何かが零れ出ているのを知ったー‥。



雪は彼の姿が見えなくなってからも、胸の中を騒がせる感情が何なのか分からず頭を掻いた。

頭も心も、本当に休まるヒマもない‥。










一方淳は柳達と別れの挨拶を交わした後、一人大学の構内を歩いていた。

固い床に響く自分の足音以外にもう一つ、自分をつけてくる足音を聞く。



ゆっくりと淳が振り返ると、そこには福井太一が立っていた。

太一は幾分緊張した面持ちで、淳の方を真っ直ぐに見つめている。



太一は言葉に詰まりながらも、早速用件を切り出した。

「あ、あの‥ちょっと時間大丈夫スか?話があって‥」



淳が太一からの申し出を了承すると、二人は人目の付かない非常階段へと足を運んだ。

そこで太一は自分の携帯を取り出し、先ほど録った動画を表示する。



横山と雪が相対している動画だった。

嫌がる雪に横山が近づき、髪に触れた場面もしっかりと映っていた。



淳は無言のまま、じっとそれに視線を留めていた。

幾分表情は固くなったが、分かりやすく怒りもしなければオロオロと狼狽もしない。沈黙を続けるのみだ。



太一はそんな彼に、恐る恐る声を掛けた。

「あ‥やっぱ雪さん話してなかったんスね‥。

雪さんっていつもこういうことは一人で解決しようとするから‥。去年もそうだったし‥」




動画を見続ける淳に、太一は更に話を続ける。

「先輩もご存知かも知れないスけど、去年横山先輩が雪さんに対してスゲーしつこかったんス。

それで今年は更にパワーアップしたみたいで、こりゃ大変だって‥」




太一は、雪と淳が喧嘩をしているのは承知しているが、彼氏である淳がこのことを知らないのは問題だと思い、

今日の密告に至ったとその経緯を話した。



しつこく雪の行く手を阻む姿、待ち伏せするその後ろ姿‥。

太一が話を続ける間にも、淳はフォルダに入った証拠写真の数々をスクロールする。

「それで‥」



太一は更に言葉を続けようとしたが、それを遮るように淳は口を開いた。

「うん。ありがとな」



そう口にする淳から太一は携帯を受け取り、

これで良かったんだよな?と密かに自問する。善意からとはいえ、密告には違いないからだ。




「福井」



不意に淳が口を開いた。

太一はその表情を見て、ビクッと身を強張らせる。ピン、と緊張の糸が張るようだった。

「はい?」



淳は太一に質問をした。

雪や太一達が動画や写真を撮っているは一体何の為で、証拠を集めてどうするつもりなのかと。

太一は俯きながら口を開く。

「あ‥雪さんは証拠を集めて、確実なレベルになれば通報するそうです。

けど同じ学科の同期を本気で訴えるには、雪さんはちょっと甘すぎるって言うか‥。

多分これを使って、ちょっと強めに説得するんじゃないでしょうか」




淳は太一の推測を交えた説明を黙って聞いていた。

太一は、去年のことを踏まえて今年は絶対横山を許しちゃいけないと強い口調で話を続ける。



太一は更に言葉を続けようとしたが、再び淳はそれを遮るように口を開いた。

「福井、今見せてもらった動画もそうだけど、これから君達が更に証拠を集めたら、

それらをその都度俺に送ってくれる?」




微笑みながらそう口にする淳の申し出に、太一は二つ返事で了承した。

俺も証拠を持っている必要があるからね、と続ける淳に、太一は一つ質問をする。

「けど、先輩はこれらを集めてどうされるおつもりですか?」



淳は右手で長い前髪を触り、太一からの質問に、

「さぁ‥」と返した。



そして右手を更に左方向に流しながら、淳は呟くようにその答えを口にする。

「まぁ‥ひとまず集めてみたら分かるんじゃないかな」



右手が顔を通り過ぎる合間から、彼の暗い瞳と歪んだ口角が見えた。

それは舞台に引かれていた幕が翻り、その舞台裏が一瞬垣間見えたような、そんな印象を太一に与える。



しかし右手が顔を全て通り過ぎると、再び彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。

幕はもう完全に下りている。舞台は既に、いつも通りの静寂を保っている。



淳は太一に背を向けると、彼に声を掛けた。

「とにかく君達が雪の傍に居てくれて幸いだよ。それじゃ、よろしく頼むな」



太一は先ほど目にした舞台裏と、普段通りの彼に動揺を隠せずにいたが、淳の言葉に頷いて別れの挨拶を述べた。

淳は太一にもう一度微笑みを返すと、そのまま一人で歩いて行った。



太一はその後姿を見つめながら、どこか違和感を感じていた。

変に胸の内が騒ぐ。

あの人‥あんな感じだったっけ‥?



どこか気持ちの悪いモヤモヤを抱えつつ、太一はそのまま彼と逆方向に歩いて行った。

先ほど目にした淳の奇妙な笑みが、脳裏にこびりついていた‥。








秋に色づく美しい木々の間を、淳は一人きりで歩いていた。

赤や黄色に染まる背景を背負いながら、口元を歪めて淳は笑う。



脳裏に、雪が激しい形相で自分に食って掛かる場面が思い起こされた。

そして静かな怒りが込められた表情の彼女も。

素直になれば腹を立て、嘘を吐いたら嫌われる‥




彼女と付き合い始めて初めて喧嘩をした時、雪は自分にこう言った。

これからは何でも口に出し、話し合いましょうと。



そしてレポート紛失事件の時、彼はそれを実践した。

けれど過去のことを認め素直に思うところを口にしたのに、彼女は怒って行ってしまった。



それならばと、先日再び揉めた際に淳は嘘を吐いた。

去年、横山にメールを送る際悪意など無かったと、頑としてその意志を貫いた。



しかしそれも駄目だった。

嘘を吐いたことに彼女は嫌悪を示し、自分の元から去って行ってしまった。




パラドックスだった。

正しいと思った道筋を辿っても、想像もしなかった結論へと辿り着いてしまう。


どの道も行き止まり。文字通りの八方塞がり。

淳は立ち尽くしていたのだ。

彼女に触れることは叶っても、そこへ到達するにはあまりに遠くてー‥。





けれど今日それに一つの結論が出た。

どの道を行っても塞がっているならば、いっそここに立ち止まって彼女から自分の元に来る時を待てばいいと。


淳は満足そうに微笑みながら、一人その結論を口に出した。


「もう、俺の好きなようにさせてもらう」





淳の頭には、着々とイタチを追い詰める算段が画策されていた。

可愛いライオンのたてがみに触れた身の程知らずのイタチを滅ぼす、綿密な計画が。

前門に虎を置き、後門に狡猾な狐が待ち構える。どちらに行っても、結局イタチは食われるだろう。


そしてその計画の果てに、おそらく彼女は自分の元へと戻って来る。

淳は自信の漲る表情で、未来を見通し一人笑みを浮かべる‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<密告とパラドックス>でした。

昨日の<波乱を呼ぶグラフィティー>と共に、タイトルに少し横文字続けてみました^^

”よく分からないけど不穏”なイメージが伝われば嬉しいですが‥!


そして太一、素直すぎる‥。

淳の本性を知らない故の、善意の密告でしたね。

けど淳先輩、横山が雪の髪に触れてる映像見て本性ダダ漏れ‥。

横山、どうなる‥(@@)



次回は<目醒めた虎>です。



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波乱を呼ぶグラフィティー

2014-06-24 01:00:00 | 雪3年3部(偽物への警告~疎いライオン)
A大学は試験期間。同じく美術科も試験である。

小西恵はカフェにて、真面目に勉強に取り組んでいた。



そんな恵の姿を、向かいに座る赤山蓮は頬杖をついて眺めていた。

ニヤニヤと、目の前の彼女(仮)を見て目を細める。



蓮は鼻歌を歌いながら、暫し恵の前で時間を持て余していたが、

退屈しているわけではなさそうだった。至極満足そうに、蓮は彼女の前で時を過ごしている。






暫し勉強に集中していた恵だったが、ふと目線を上げて蓮の方をチラと見た。

彼は携帯を片手に、何やらゲームをしているようだ。



恵はゲームに集中する蓮を、そのままじっと眺めてみた。

こうして見ると、大きくなったなぁ‥。なんか男らしくもなったし‥。

 

恵は蓮の切れ長の瞳や、広くなった肩幅に目を留める。

幼い頃から傍に居た蓮の端々に”男”を感じて、どこかむず痒く恥ずかしい。



恵は一旦ペンを置き頬杖をつくと、蓮に話し掛けた。

「蓮‥留学生活はどうだったの?またすぐ戻んなきゃいけないんでしょ?」



恵からの質問に、蓮は気乗りしない返事を返す。

「‥つまんない」 「つまんないの?」 「うん。アメリカって思ってたよりマジでつまんないの」



蓮の答えに、恵は意外な思いを乗せて言葉を返した。

「どうして?留学に行くって、あんなに楽しそうに‥」



蓮は、恵が全てを言い終わる前に口を開く。

「それは海外に出て行けば、

お前みたいに何か好きなことが見つかるとばかり思ってたんだよね」




蓮は何かを誤魔化すように、ヘラッと笑いながら言葉を続けた。

「けどそういうことを探すことはおろか、授業はともかく日常会話すらもヤバくてさ。

少し経ってからある程度話せるようにはなったけど、結局言葉が通じる者同士でツルンじゃって。なんかこれはねーな、って」




蓮は一つ息を吐くと、恵のことをじっと見つめて最後にこう言った。

「ずっと、故郷に残してきた人達のことばっか考えてたよ」



蓮はそう言った後、恵の方を見てフッと笑った。

自分の弱さを晒した彼は少し、気恥ずかしそうだった。



恵はじっと蓮を見つめた。

蓮のその瞳の中に、自分に対する彼の思いを仄かに感じる。



実は、恵の中でずっと引っかかっていることがあった。

恵は彼の瞳を見つめていた視線を下に落とし、ポツリと小さな声で彼に問う。

「‥じゃあ何で‥留学のこと、話してくれなかったの?」




恵がそう口に出したことで、二人は互いに高校生の時の記憶を辿った。

蓮の留学が決まったあの日、実は彼は恵にそれを報告するつもりだった。

なぁキンカン!俺今度‥!



頬を上気させて彼女の元に走って来た蓮を見上げて、恵は微笑んだ。

いつものように無邪気な笑顔で。



その顔を見た途端、蓮は何も言えなくなってしまったのだ。

この天使のような笑顔が、曇るところなど見たくはなくて。



そして結局出発当日まで言い出せなかった。

空港に向かう車に乗り込む時にようやく、恵は蓮が留学することを知った。

えっ?!聞いてなかったの?



驚いている雪の前で、恵は目を丸くし、蓮は戸惑った。

しかしフライトの時間は待ってはくれず、二人の関係はそれきりになったのだ‥。

 



「なんか‥お前の顔見たら言葉が出てこなかったのよ」



蓮は気まずそうにそう言ったが、やがて笑顔になって恵にだけわざとそうしたわけではないことを話した。

留学に行くことは本当に親しい友人にしか言ってなかった、サプライズ留学だったんだと、おどけながら。




二人は暫し会話を重ね、やがて恵がトイレに席を立った。

一人残された蓮は暫く携帯ゲームに興じていたが、やがてそれにも飽きて欠伸する。






ふと、机の上に置いてある恵のスケッチブックが目に留まった。

退屈を持て余した蓮はゆっくりと、一人それに手を伸ばす‥。





トイレにて恵は、鏡を見ながら身だしなみを整えた。

ずっと引っ掛かっていた疑問も解け、心が軽かった。恵は自然と笑顔になって、一人彼との未来を考える。

とにかく試験が終わったら、一緒に色々な所に遊びに行こっと。

身体は大きくなっても中身は全然子供‥




先ほど蓮の言った留学が言い出せなかった経緯を思い出して、恵はくすりと笑う。

自分だけに内緒にしていたわけではないことを知って、ほっと安心する。



また新たな気持ちで、恵は蓮と向き合えそうだった。


しかしトイレから帰って来た恵を待っていたのは、驚愕の表情を浮かべる蓮であった。



疑問に思った恵が、蓮の見ているものを覗き込んだ。

そしてそれが何であるか分かった瞬間、恵はさっと青ざめた。



趣味で書き溜めていた、青田淳の絵であった。恵はその姿勢のまま、暫し固まってしまっている。

蓮はしどろもどろになりながら、必死に弁解を始めた。

「い、いや俺はただ‥そこにノートがあったから‥お前の絵をちょっと見てみようと‥」



見るからに動揺している蓮を前に、恵も狼狽した。両の手の平を見せながら、彼女もまた必死に弁解する。

「ちょ、ちょ、誤解しないで!そ、それはただ顔がいいから好きなだけで‥」

「”顔がいい”‥”好き”‥」 「違うってば!



誤解を生むワードだけを抜き取って口にする蓮に、恵は声を荒げて否定を続けた。

しかし蓮のショックは隠し切れない。顔を青くして、視線を彷徨わせてしまっている。



蓮は身支度を整えると、恵に背を向けヨロヨロと歩き出した。

「あ‥ちょっと急な用事を思い出して‥試験勉強ガンバレよ‥俺、先行くわ‥」



ちょっと、と恵は蓮を引き留めようと呼びかけるが、蓮は振り向かなかった。

「姉ちゃんには内緒にしとくからさ‥」



蓮はそう小さく口にすると、後ろ手に手を振ってそのまま行ってしまった。

小さくなる彼の背中に、恵はつぶやくように弁解する。

「ち、違うんだってば‥」



一つ誤解が解けたと思ったら、また一つ生じてしまった。

恵は偶然の悪戯に戸惑いながら、その場で一人立ち尽くす。


スケッチブックに描かれたその男は、何も知らずに笑っていた。




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<波乱を呼ぶグラフィティー>でした。

恵ちゃん‥これは気まずい‥

蓮が誤解するのもしょうがないですな‥。


そして今回手書き文字が全然読めなくて‥。

記事に折り込めず申し訳ありません


次回は<密告とパラドックス>です。


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無言のSOS

2014-06-23 01:00:00 | 雪3年3部(偽物への警告~疎いライオン)
「はぁ‥」



聡美と太一の元を離れトイレに向かった雪は、頭を抱えながら一人廊下を歩いていた。

先ほど彼から向けられた視線が頭を離れない‥。



こんなことをしていては試験に差し障る。

一人で振り回されてバカを見て‥こんな状態でどうやって彼に勝つと言うんだろう‥。



そう思いながら雪がふと顔を上げると、前方から彼が歩いて来るのが見えた。

ロングコートを羽織り、セーターにジーンズという出で立ちの長身の彼。



伏目がちに歩く彼の頬に、長い睫毛の影が落ちる。

彼は雪の方へは視線を流さぬまま、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。



雪は何も考えられぬまま、その場で足を止め一人狼狽した。

自分に何か用があるのだろうか。用があるならば、なぜ自分の方を見ないのか‥。



だんだんと彼との距離が近くなる。

雪は彼の顔がそれ以上見れず、動揺の最中に視線を下に逸らした。嫌な汗が頬を伝う。



地面を見ている雪の視線の先に、彼の高級そうな靴がある。

大きな歩幅で、スピードを緩めずその靴はこちらに向かって来る。



雪はたじろいだ。視線をキョロキョロと彷徨わせながら、一人心の中で考える。

な、何を話せば‥まだほんの数日しか経ってないのに‥



胸の中のわだかまりはまだ随分固く、心の整理も依然として出来ていなかった。

当惑する雪だったが、次の瞬間目線の先の靴が、突然くるっと方向を変えた。



雪が呆気に取られて目線で追ったその背中は、自販機の前にあった。

彼は雪の方を向くことなく、何か飲み物を買っている。






雪はあんぐりと口を開けた。

そしてだんだんと怒りが湧いてきて、そのまま彼に構わずトイレへと歩いて行った。


何でいつも墓穴を掘るのは私の方かなぁ?!

あっちから先に話し掛けるまで黙ってるぞ私は!非があるのはあっちなんだし‥!




用を済ませて手を洗う間も、雪の心は荒れていた。

いつも振り回されるのは自分だという思いと、飄々とした態度の彼に腹が立つ。



しかしひとしきり感情が高ぶり終わると、急に疲労感が襲って来た。

馬鹿みたい‥と雪は一人呟きながら、溜息を吐いてトイレから出る。






そして出入口から出た雪が目にしたものは、予想外の光景だった。

壁の前に彼がいる。彼はじっと、彼女を待っていたのだ。



雪は複雑な思いを抱えながら、その場に立ち尽くした。

彼は彼女に向かって歩いて来る。

そして目の前に彼が来た時、雪はビクッと身を竦めた。



淳はポケットから手を出すと、手のひらに握っていた缶コーヒーを差し出した。

雪はその場で身動ぎも出来ぬまま、差し出された缶コーヒーに視線を落とす。



彼は何も言わなかった。

ただ無言のまま、缶コーヒーを差し出している。



突然の彼との遭遇とその行動に、雪は小さく溜息を吐いた。

紡ぐ言葉など、何も見つからない。



雪は彼から目を逸らすと、

「今コーヒー飲んだとこで‥」と口にして、彼から少し身体を離した。




突然、目の前から彼が消えた。

淳は彼女に向かって手を伸ばすと、背後から雪のことを抱き締める。


「!!」



一瞬、何が起きたのか分からなかった。

気がつけば自身が、彼の中に埋まっていた。



そして状況を理解出来るようになるまでの間、淳は強く雪のことを抱き締め続けていた。

頭を前に倒し、彼女の髪に顔を埋める。

ようやく状況の把握が出来て来た雪の身体は硬直し、次第に顔が赤くなって行く。

「あ‥」



掠れた声が口をついて出る。雪は小さく抵抗しながら、

「ちょっ‥ちょっと待って‥」と言うのが精一杯だった。



雪はアセアセと周りを見回した。人が来るんじゃないかとハラハラする。

すると、不意に凭れ掛かるように彼女を抱き締めていた彼が、そっと彼女の肩にその手を置いた。



少し彼女の服を掴むように指を折り、彼女の髪に埋めていた顔を上げる。



ゆっくりとした動作だった。

雪はそのままの姿勢で、目線だけ上に上げて彼の顔を見る。

彼の瞳が、超至近距離で彼女の瞳を見つめている。



その距離、僅か数センチ。

彼女の色素の薄い瞳と、彼の深く蒼がかった瞳が、無言で相対する。



淳は再び身を屈め、より深く雪に寄りかかった。

雪は目を見開いたまま、じっと彼の行動に身を任せている。








背を向けた彼女に追い縋るような、真っ直ぐ立っている彼女を引き留めるような、

そんな姿勢は二人の象徴だった。


彼は久々に出向いた大学で、いつも通りのノイズと見せかけの笑顔で溢れたその世界で、

唯一の理解者さえも背を向けるその現実を感じているのだ。





深い孤独。

誰も居ない暗い闇に取り残された彼の、無言のSOS‥。





抱き締める腕の強さに、甘えるように凭れ掛かるその仕草に、雪は言葉にならない彼の闇を知る。



 

淳は雪の手に自分の手を這わせると、ゆっくりとその手を上に向けた。

そしてその彼女の手に、そっと缶コーヒーを握らせる。



やがて淳は雪の肩に手を置くと、彼女を立たせてスッと身を離した。

先ほどの時間など、まるで無かったかのように。



そしてそのまま雪に背を向け、振り返ることなく彼は行ってしまった。

雪は缶コーヒーを手にしたまま、無言でその背中をじっと見つめている。



全身から、未だ彼の香りがする。

彼の手に握られていた缶コーヒーは、すっかりぬるくなってしまっている。



雪は今の状況と自分の気持ちを持て余しながら、ただその場で立ち尽くしていた。

心の中がざわざわと騒ぎ始めるのを、もう止められそうには無かった‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<無言のSOS>でした。

先輩が買った缶コーヒーはこれかな?



以前3部1話でも先輩飲んでましたね。




差し出された缶コーヒーは、彼の雪に対する気持ちの象徴でしょうね。

要らないといわれても押し付けるように手渡し、去って行く先輩の後ろ姿に哀愁が漂います‥。


次回は<波乱を呼ぶグラフィティー>です。



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逸らせぬ視線

2014-06-22 01:00:00 | 雪3年3部(偽物への警告~疎いライオン)
A大学の皆さん、こんにちは。

もう試験も二日目ですね。皆さんが努力した分、良い結果が出ることを願っております。




構内に、そんな内容の校内放送が流れた。

先ほどまで外に居た雪、聡美、太一はバタバタと教室へと移動する。

「!」



しかし教室へと一歩足を踏み入れた途端、雪は立ち止まった。

視線の先に、彼の姿が見えたのだ。



久しぶり、と彼は色々な人から声を掛けられていた。

向こう側に座る四年の先輩と、一番こちら側の柳に挟まれて、青田淳は座っていた。



インターンのことについて聞かれている。彼が大学に来るのは、随分久しぶりだからだ。

あちらを向いているのでその表情は窺えないが、雪は複雑な気持ちになる。



彼とは、あの言い合いの日以来顔を合わせていなかった。

あれからまだほんの数日、心の中にあるわだかまりはまだ随分固い‥。



雪は彼の方を見ることなく、少し離れた席へと向かった。

雪から少し事情を聞いている聡美と太一は、目配せをして沈黙を守る。



雪が席に就いてノートを広げる間にも、彼の席の周りでは幾度も声が上がっていた。

「久しぶり」「先輩おはようございます」「私のことご存知ですか?一年生なんです」‥etc



忘れていたが、これが通常の”青田先輩”の周りの風景だ。彼は皆に取り囲まれもてはやされる、中心人物なのだ。

すると淳の隣に居た柳がふと雪に気づき、大きな声で挨拶をして来た。

「赤山ちゃーん!ハロー?」



突然声を掛けられ、雪はビクッと身を強張らせた。

視線を地面で泳がせながら、「あ‥ハ‥ハイ‥」とたどたどしい挨拶を返す。



柳はこちらを見ようともしない雪に疑問を抱き、隣に座る淳に向き直り質問をする。

「てか何でお前ら離れて座ってんの?ケンカ?」



柳からの質問に、淳は「試験期間中は各自集中することにしたんだ」と淡々と答えた。

さすが首席カップル、とはやし立てる柳の笑い声が教室中に響く。



雪が頭を抱えていると、前の方の席に座った横山が目に入った。

雪の方を見てニヤニヤしている。先ほどのやり取りを見て、そのぎこちなさを察知したのだろう。



「あの二人別れたんじゃね?w」

「まさか



そんな横山とその仲間の会話が聞こえる位置に清水香織は座っていたものの、彼等の会話は一切耳に入ってこなかった。

先ほど彼からされた”警告”が、脳内を何度もリフレインする。

それすらも分からないほど間抜けじゃないだろうに



チラチラと彼の方を盗み見ながら、香織はガリガリと爪を噛んだ。

話してみたって誰も信じないわ‥さっきのこと‥。あ、青田先輩だもの‥

  

香織は彼から視線を逸らせなかった。皆に囲まれ談笑する彼は、いつもと変わらないように見える。

香織はいびつな爪を更に齧りながら、俯いて一人悶々としていた。


集中集中、勉強でもしよ‥



雪はそう自分に言い聞かせながら、食い入るようにノートを見つめた。

しかし一向にその内容は頭に入って来ない。





 

雪はこっそりと、視線を彼の方へと流してみた。

両手で顔を覆い、その指の隙間から密かに彼を盗み見る。

見ちゃダメだ‥ダメだったら‥目を逸らせ、私!



脳は自らの視線が彼に向くのを制止するのに、それに抗うように雪は彼に眼差しを送り続けた。

彼の周りは依然として沢山の人が集っていて、時折大きな笑い声が上がる。

 

こちら側に座る柳の背中に阻まれて、彼の顔は見えなかった。

雪は顔を覆っていた手もそのままに、気がつけば彼の姿をじっと見ていた。



すると人波の間から、遂に彼の顔が見えた。

片目だけしか見えなかったが、その視線は雪に注がれていた。



その瞳と目が合うやいなや、雪は弾かれるように立ち上がった。

その突然の雪の行動に、隣に座る聡美と太一がビックリして目を丸くする。



雪はそのまま彼に背を向けると、味趣連二人に離席を促す。

「い、行こ‥!なんか眠くって!コーヒーでも飲みながら復習しよ!」



聡美と太一は大人しく雪に従い、そのまま共に教室を後にした。





暫し彼等は自販機の前で談笑していたが、雪の心は依然としてざわついていた。

本を開いているものの、内容は全然頭に入って来なかった。

 

雪は息を一つ吐くと、トイレに行ってくると言って席を立った。

聡美と太一が頷いて、雪は一人廊下を歩き出す‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<逸らせぬ視線>でした。

試験期間中にこんなアナウンスが流れるんですね~。

そして学生総数の多そうなA大、全学科が一斉に試験期間となると図書館は満席だろうしコピー機はフル稼働だろうし‥。

学生にとっても大学側にとっても、試験期間というのがいかに大きなものであるかが分かりますねぇ。


では最後に、意味なく無邪気な柳楓を貼って終わります(笑)



(↑隣の頭は先輩ですね。柳の無造作ヘアとは違って天使の輪的な光が‥。サラサラヘアー健在ですね~)


次回は<無言のSOS>です。



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狂った見解

2014-06-21 01:00:00 | 雪3年3部(偽物への警告~疎いライオン)
「おいっ!赤山!ちょ、待てって!」



図書館を出た横山は、前方を早足で歩く雪にようやく追いついた。

彼女の名前を何度も呼ぶが、雪は一向に振り向こうとはしない。

「待てって言ってんだよ!」



横山は雪の腕を掴むと、話があるんだと言って食い下がった。

こんなことをするのは止めて、俺の話を聞いてもう一度考えてくれ、と。

「これ以上何を聞けっての?!困らすのはもう止めて!!」



雪はそんな横山の手を振り払い、携帯が入れてあるポケットに手を突っ込んだ。

するとその仕草を見逃さなかった横山が、彼女の手から携帯を奪う。



雪は横山に手を伸ばして激高したが、横山は「話を聞いてくれたら返す」と言って携帯を自分のポケットに仕舞った。

そして横山は雪をじっと見つめると、確認するようにこう口にした。

「お前、俺に全然興味ナシってワケでもねーんだろ?」



突然突拍子もないことを言い出した横山に、雪は開いた口が塞がらない。

「はぁ??!!」



横山は雪が自分の方を向いて足を止めているのをいいことに、ニヤリと笑みを浮かべて話し始めた。

「誰も俺のことなんて気にも留めなかったのに、お前だけ俺に話し掛けて、慰めてくれたじゃんか。

お前が俺の真心を誤解してちょっとこじれた時期もあったけど‥最近じゃ青田の本当の姿を教えてやったろう?

お前のこと、大切に思ってるんだよ」




横山は物憂げな表情で雪に相対し、まるで愛を語るように甘い口調で話を続けた。

「お前ってちょっとひねくれてるから、いつも悪く考え過ぎる癖あるよな。それってマジ哀しくね?」

「何の話よ?!あんたマジでおかしいんじゃないの?!」



雪は横山が何を言っているのか、まるで理解出来なかった。しかし彼は何も疑うことなく、更に話を続けてくる。

「俺、スゲェ変わったよ。今や友達も沢山いるし、一人の女とだけ付き合って‥。

俺もA大生だし、実家結構裕福よ?青田だけが金持ちなワケじゃねーって。

この程度なら、彼氏としてはかなり良いスペックじゃね?」


 

まるで見当違いな話を続ける横山。雪は本当に意味が分からなかった。

「青田はもうすぐ卒業だし、したら自分とつり合う女選ぶっしょ。

お前とずっと付き合うワケねーじゃん?現実的に考えろよ」




そして横山は話を続けつつ、ジリジリと雪に近寄り始めた。

「聞けよ。直美さんとは間もなく別れる。

お前も俺のことがずっと気になってるから、俺を追ってここまでするんだろ?

俺に関心無いなら、こんなことしないもんな?」




息がかかるほど近づいた横山に、雪はパンチを繰り出した。

しかし横山はそれをヒラリとかわす。

「黙れっ!てか近寄んな!」



雪は激怒していた。横山に向かって、青筋を立ててがなり立てる。

「慰めたって?それくらいの慰めなんて、誰にでもするっつの!

あんたなんてねぇ、私にとっちゃどうでもいい存在なんだよ!」




そして雪はポケットの中に手を突っ込むと、そこに入っている物を手当たり次第に投げつけた。

「あの日アンタにお菓子をあげたのなんて、鳩に餌やったようなもんだから!

ほら食え!思う存分食えっ!!」




アメやらチョコやらを投げつけられ、横山は顔を歪めた。

しかし雪の口は止まらない。横山に向かって、怒りに震えながら言葉を続ける。

「だから変なことで気を引こうとしないで!それが”気がある”って勘違いするのも止めて。

もう私もおとなしくしてるばかりじゃないわよー‥」




雪は警告を込めてそう言った。一瞬二人の間には沈黙が流れたが、横山はせせら笑うような態度を見せたかと思うと、

再び雪に向かって口元を歪めながら話し出す。

「は?”おとなしく”しなかったらどうなるっての?お前にビクビクしなきゃいけねーの?

ずっとこんな風に追いかけるってか?てかそれ俺にとっては却って好都合だから!」




しかし雪は怯まない。強い眼光で横山を射ると、彼に向かって警告を続ける。

「私がそんな間抜けに見える?」



「今日のことは、アンタのせいで私がどんな気持ちになったか、同じことをして味わってもらう為だった。

それでもアンタは目を覚ませないみたいね。それじゃもう一度警告するわ。

マジでこんなこと、もう止めてよ!」




怒りを込めた雪からの警告。しかし横山はふざけた態度で、彼女に対してこう言った。

「は~?ヤ~ダね~」



そして横山はニヤニヤした笑みを浮かべると、再び雪に近づいてこう口にし始めた。

「俺ってば今日お前に可能性を見出しちゃったから、更に頑張っちゃうもんね~!

”十回叩いて倒れない木は無い”って言葉もあんだろ?」




去年から変わらない、懲りない横山。

言葉の通じないモンスターを前にしているような、この絶望感。

「‥ずっとそのつもりってわけね‥」



静かにそう呟いた雪に、横山は先ほど雪から驚かされたことについて軽く文句を口にし、息を吐いた。

プライドを傷つけられたと言って。

雪は俯いたまま、鋭い眼差しを横山に向けると、滾る怒りを言葉に乗せて口を開いた。

「バカにしないで。アンタはどうかしてる。アンタの相手をして時間を無駄にする私も大馬鹿者だけど。

だけどアンタと私、どっちがバカでどっちがそうじゃないか、今後様子を見ようじゃないの」




強いプレッシャーを掛けた雪からの警告であったが、横山は雪の携帯を持ち上げながら軽い調子でそれを流した。

「ハイハイ。どっちが勝つかね~。

またこの間みたいに録音するのしないだのってバカな真似はしねーよな?」




雪は怒りながら、早く返せと言って横山の持つ携帯に手を伸ばした。

すると雪から近づいて来たことを良いことに、横山は雪の顔に自分の顔を近づけ、彼女の髪に触れて言った。

「まぁまぁ。そうツレないのは止めて、俺の気持ちも少しは分かってくれよ‥」



甘い囁きのような横山の台詞に、雪は全身に鳥肌が立った。

横山の手から携帯を奪い返すと、力任せにそれを横山の顔に向かって振るう。

「こんのクソッタレがっ!」



その攻撃で横山は口から血を流したが、フッと微笑むとそのまま雪に背を向けた。

「ふ‥じゃあな」 

「消えてなくなれ!」



雪は去って行く横山の後ろ姿を暫くの間睨めつけていたが、

彼が見えなくなると、植え込みのある方向を振り返った。



そして雪からの視線を確認した彼等は、植え込みの中からガサリと姿を現した。

伊吹聡美と福井太一。携帯を手にした二人は、雪の方を見て固い表情で頷いた。




二人は横山が居なくなったことを確認すると、雪と合流し先ほど録った映像を見せ合った。

そこには雪と横山の相対場面がハッキリと録画されている。



しつこい横山の姿を見て聡美は、「怖気が立つ」と言って身体を擦る。

暫し沈黙を守っていた太一も、額に青筋を立てて怒りに震えていた。

「さっきからマジで殴りたかったッス‥。けど今は理性を守らねば‥」

「マジでダメだっつーの!」



ブルブルする太一をなだめつつ、聡美は携帯を掲げて雪に提案する。

「とにかく音はちょっと聞きづらいけど、

このレベルなら初めにしては結構強い証拠になるんじゃないの?太一も写真超撮ったし」




しかし雪は冷静な表情でかぶりを振る。

「これだけじゃダメ。もっと集めないと」



残念ながら、聡美もそれに同意せざるを得なかった。会話もいまいち聞こえないし、

”ホコリを叩いてあげていただけ”などと横山が主張すれば、このシチュエーションはそう見えなくも無い。

雪は厳しい表情で、自分の見解を冷静に口に出す。

「去年と同じじゃダメ。しっかり確実に追い詰めなきゃ」



横山の持つ狂った見解を、誰が見ても否定出来るだけの証拠を集めなければならない。

静かなる雪の決意に、聡美が「勝つのは自分達だ」と言って燃えている。



その隣で太一は、腕組みの姿勢で一人考えていた。

雪の言うように確実な証拠が必要だが、言い逃れが出来得るような動画や録音ではおそらく不十分だ。



太一は横山が去って行った方向を睨みながら、更なる考えに耽っていた。

雪だけではなく自分にとっても忌々しい存在の横山を、何とか追い詰める方法は無いものか‥。


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<狂った見解>でした。

雪から携帯電話で殴られ、口から血を流す横山が‥



↓これに見える‥(笑)




てか雪ちゃんのポケットにはアメとかチョコが入ってるんですね^^ちょっと意外w


次回は<逸らせぬ視線>です。



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