テストが終わり、経営学科の学生達は三々五々教室を後にし始めた。
雪達三人も共に席を立ったところで、太一が思いついたように声を上げる。
「あ!俺今日用事あるんでお先に失礼するッス!」
太一の言葉に雪は頷き、テスト期間中に何の用事だか‥と聡美は怪しげな視線を送る。
雪はその場に佇んだまま、出入口付近に視線を流した。
彼は多くの学生に囲まれながら、教室を後にするところだった。
こちらを一度も振り返らずに。
雪は彼に視線を送りながら、心の中が複雑な感情で絡み合うのを感じた。
彼への不信や凝り固まったわだかまりの上から、先ほどの情景が交じり合う。
背後から強く抱きすくめられた。
耳元に彼の吐息を感じた。
背中に触れた彼の胸から、何かが零れ出ているのを知ったー‥。
雪は彼の姿が見えなくなってからも、胸の中を騒がせる感情が何なのか分からず頭を掻いた。
頭も心も、本当に休まるヒマもない‥。
一方淳は柳達と別れの挨拶を交わした後、一人大学の構内を歩いていた。
固い床に響く自分の足音以外にもう一つ、自分をつけてくる足音を聞く。
ゆっくりと淳が振り返ると、そこには福井太一が立っていた。
太一は幾分緊張した面持ちで、淳の方を真っ直ぐに見つめている。
太一は言葉に詰まりながらも、早速用件を切り出した。
「あ、あの‥ちょっと時間大丈夫スか?話があって‥」
淳が太一からの申し出を了承すると、二人は人目の付かない非常階段へと足を運んだ。
そこで太一は自分の携帯を取り出し、先ほど録った動画を表示する。
横山と雪が相対している動画だった。
嫌がる雪に横山が近づき、髪に触れた場面もしっかりと映っていた。
淳は無言のまま、じっとそれに視線を留めていた。
幾分表情は固くなったが、分かりやすく怒りもしなければオロオロと狼狽もしない。沈黙を続けるのみだ。
太一はそんな彼に、恐る恐る声を掛けた。
「あ‥やっぱ雪さん話してなかったんスね‥。
雪さんっていつもこういうことは一人で解決しようとするから‥。去年もそうだったし‥」
動画を見続ける淳に、太一は更に話を続ける。
「先輩もご存知かも知れないスけど、去年横山先輩が雪さんに対してスゲーしつこかったんス。
それで今年は更にパワーアップしたみたいで、こりゃ大変だって‥」
太一は、雪と淳が喧嘩をしているのは承知しているが、彼氏である淳がこのことを知らないのは問題だと思い、
今日の密告に至ったとその経緯を話した。
しつこく雪の行く手を阻む姿、待ち伏せするその後ろ姿‥。
太一が話を続ける間にも、淳はフォルダに入った証拠写真の数々をスクロールする。
「それで‥」
太一は更に言葉を続けようとしたが、それを遮るように淳は口を開いた。
「うん。ありがとな」
そう口にする淳から太一は携帯を受け取り、
これで良かったんだよな?と密かに自問する。善意からとはいえ、密告には違いないからだ。
「福井」
不意に淳が口を開いた。
太一はその表情を見て、ビクッと身を強張らせる。ピン、と緊張の糸が張るようだった。
「はい?」
淳は太一に質問をした。
雪や太一達が動画や写真を撮っているは一体何の為で、証拠を集めてどうするつもりなのかと。
太一は俯きながら口を開く。
「あ‥雪さんは証拠を集めて、確実なレベルになれば通報するそうです。
けど同じ学科の同期を本気で訴えるには、雪さんはちょっと甘すぎるって言うか‥。
多分これを使って、ちょっと強めに説得するんじゃないでしょうか」
淳は太一の推測を交えた説明を黙って聞いていた。
太一は、去年のことを踏まえて今年は絶対横山を許しちゃいけないと強い口調で話を続ける。
太一は更に言葉を続けようとしたが、再び淳はそれを遮るように口を開いた。
「福井、今見せてもらった動画もそうだけど、これから君達が更に証拠を集めたら、
それらをその都度俺に送ってくれる?」
微笑みながらそう口にする淳の申し出に、太一は二つ返事で了承した。
俺も証拠を持っている必要があるからね、と続ける淳に、太一は一つ質問をする。
「けど、先輩はこれらを集めてどうされるおつもりですか?」
淳は右手で長い前髪を触り、太一からの質問に、
「さぁ‥」と返した。
そして右手を更に左方向に流しながら、淳は呟くようにその答えを口にする。
「まぁ‥ひとまず集めてみたら分かるんじゃないかな」
右手が顔を通り過ぎる合間から、彼の暗い瞳と歪んだ口角が見えた。
それは舞台に引かれていた幕が翻り、その舞台裏が一瞬垣間見えたような、そんな印象を太一に与える。
しかし右手が顔を全て通り過ぎると、再び彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。
幕はもう完全に下りている。舞台は既に、いつも通りの静寂を保っている。
淳は太一に背を向けると、彼に声を掛けた。
「とにかく君達が雪の傍に居てくれて幸いだよ。それじゃ、よろしく頼むな」
太一は先ほど目にした舞台裏と、普段通りの彼に動揺を隠せずにいたが、淳の言葉に頷いて別れの挨拶を述べた。
淳は太一にもう一度微笑みを返すと、そのまま一人で歩いて行った。
太一はその後姿を見つめながら、どこか違和感を感じていた。
変に胸の内が騒ぐ。
あの人‥あんな感じだったっけ‥?
どこか気持ちの悪いモヤモヤを抱えつつ、太一はそのまま彼と逆方向に歩いて行った。
先ほど目にした淳の奇妙な笑みが、脳裏にこびりついていた‥。
秋に色づく美しい木々の間を、淳は一人きりで歩いていた。
赤や黄色に染まる背景を背負いながら、口元を歪めて淳は笑う。
脳裏に、雪が激しい形相で自分に食って掛かる場面が思い起こされた。
そして静かな怒りが込められた表情の彼女も。
素直になれば腹を立て、嘘を吐いたら嫌われる‥
彼女と付き合い始めて初めて喧嘩をした時、雪は自分にこう言った。
これからは何でも口に出し、話し合いましょうと。
そしてレポート紛失事件の時、彼はそれを実践した。
けれど過去のことを認め素直に思うところを口にしたのに、彼女は怒って行ってしまった。
それならばと、先日再び揉めた際に淳は嘘を吐いた。
去年、横山にメールを送る際悪意など無かったと、頑としてその意志を貫いた。
しかしそれも駄目だった。
嘘を吐いたことに彼女は嫌悪を示し、自分の元から去って行ってしまった。
パラドックスだった。
正しいと思った道筋を辿っても、想像もしなかった結論へと辿り着いてしまう。
どの道も行き止まり。文字通りの八方塞がり。
淳は立ち尽くしていたのだ。
彼女に触れることは叶っても、そこへ到達するにはあまりに遠くてー‥。
けれど今日それに一つの結論が出た。
どの道を行っても塞がっているならば、いっそここに立ち止まって彼女から自分の元に来る時を待てばいいと。
淳は満足そうに微笑みながら、一人その結論を口に出した。
「もう、俺の好きなようにさせてもらう」
淳の頭には、着々とイタチを追い詰める算段が画策されていた。
可愛いライオンのたてがみに触れた身の程知らずのイタチを滅ぼす、綿密な計画が。
前門に虎を置き、後門に狡猾な狐が待ち構える。どちらに行っても、結局イタチは食われるだろう。
そしてその計画の果てに、おそらく彼女は自分の元へと戻って来る。
淳は自信の漲る表情で、未来を見通し一人笑みを浮かべる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<密告とパラドックス>でした。
昨日の<波乱を呼ぶグラフィティー>と共に、タイトルに少し横文字続けてみました^^
”よく分からないけど不穏”なイメージが伝われば嬉しいですが‥!
そして太一、素直すぎる‥。
淳の本性を知らない故の、善意の密告でしたね。
けど淳先輩、横山が雪の髪に触れてる映像見て本性ダダ漏れ‥。
横山、どうなる‥(@@)
次回は<目醒めた虎>です。
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雪達三人も共に席を立ったところで、太一が思いついたように声を上げる。
「あ!俺今日用事あるんでお先に失礼するッス!」
太一の言葉に雪は頷き、テスト期間中に何の用事だか‥と聡美は怪しげな視線を送る。
雪はその場に佇んだまま、出入口付近に視線を流した。
彼は多くの学生に囲まれながら、教室を後にするところだった。
こちらを一度も振り返らずに。
雪は彼に視線を送りながら、心の中が複雑な感情で絡み合うのを感じた。
彼への不信や凝り固まったわだかまりの上から、先ほどの情景が交じり合う。
背後から強く抱きすくめられた。
耳元に彼の吐息を感じた。
背中に触れた彼の胸から、何かが零れ出ているのを知ったー‥。
雪は彼の姿が見えなくなってからも、胸の中を騒がせる感情が何なのか分からず頭を掻いた。
頭も心も、本当に休まるヒマもない‥。
一方淳は柳達と別れの挨拶を交わした後、一人大学の構内を歩いていた。
固い床に響く自分の足音以外にもう一つ、自分をつけてくる足音を聞く。
ゆっくりと淳が振り返ると、そこには福井太一が立っていた。
太一は幾分緊張した面持ちで、淳の方を真っ直ぐに見つめている。
太一は言葉に詰まりながらも、早速用件を切り出した。
「あ、あの‥ちょっと時間大丈夫スか?話があって‥」
淳が太一からの申し出を了承すると、二人は人目の付かない非常階段へと足を運んだ。
そこで太一は自分の携帯を取り出し、先ほど録った動画を表示する。
横山と雪が相対している動画だった。
嫌がる雪に横山が近づき、髪に触れた場面もしっかりと映っていた。
淳は無言のまま、じっとそれに視線を留めていた。
幾分表情は固くなったが、分かりやすく怒りもしなければオロオロと狼狽もしない。沈黙を続けるのみだ。
太一はそんな彼に、恐る恐る声を掛けた。
「あ‥やっぱ雪さん話してなかったんスね‥。
雪さんっていつもこういうことは一人で解決しようとするから‥。去年もそうだったし‥」
動画を見続ける淳に、太一は更に話を続ける。
「先輩もご存知かも知れないスけど、去年横山先輩が雪さんに対してスゲーしつこかったんス。
それで今年は更にパワーアップしたみたいで、こりゃ大変だって‥」
太一は、雪と淳が喧嘩をしているのは承知しているが、彼氏である淳がこのことを知らないのは問題だと思い、
今日の密告に至ったとその経緯を話した。
しつこく雪の行く手を阻む姿、待ち伏せするその後ろ姿‥。
太一が話を続ける間にも、淳はフォルダに入った証拠写真の数々をスクロールする。
「それで‥」
太一は更に言葉を続けようとしたが、それを遮るように淳は口を開いた。
「うん。ありがとな」
そう口にする淳から太一は携帯を受け取り、
これで良かったんだよな?と密かに自問する。善意からとはいえ、密告には違いないからだ。
「福井」
不意に淳が口を開いた。
太一はその表情を見て、ビクッと身を強張らせる。ピン、と緊張の糸が張るようだった。
「はい?」
淳は太一に質問をした。
雪や太一達が動画や写真を撮っているは一体何の為で、証拠を集めてどうするつもりなのかと。
太一は俯きながら口を開く。
「あ‥雪さんは証拠を集めて、確実なレベルになれば通報するそうです。
けど同じ学科の同期を本気で訴えるには、雪さんはちょっと甘すぎるって言うか‥。
多分これを使って、ちょっと強めに説得するんじゃないでしょうか」
淳は太一の推測を交えた説明を黙って聞いていた。
太一は、去年のことを踏まえて今年は絶対横山を許しちゃいけないと強い口調で話を続ける。
太一は更に言葉を続けようとしたが、再び淳はそれを遮るように口を開いた。
「福井、今見せてもらった動画もそうだけど、これから君達が更に証拠を集めたら、
それらをその都度俺に送ってくれる?」
微笑みながらそう口にする淳の申し出に、太一は二つ返事で了承した。
俺も証拠を持っている必要があるからね、と続ける淳に、太一は一つ質問をする。
「けど、先輩はこれらを集めてどうされるおつもりですか?」
淳は右手で長い前髪を触り、太一からの質問に、
「さぁ‥」と返した。
そして右手を更に左方向に流しながら、淳は呟くようにその答えを口にする。
「まぁ‥ひとまず集めてみたら分かるんじゃないかな」
右手が顔を通り過ぎる合間から、彼の暗い瞳と歪んだ口角が見えた。
それは舞台に引かれていた幕が翻り、その舞台裏が一瞬垣間見えたような、そんな印象を太一に与える。
しかし右手が顔を全て通り過ぎると、再び彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。
幕はもう完全に下りている。舞台は既に、いつも通りの静寂を保っている。
淳は太一に背を向けると、彼に声を掛けた。
「とにかく君達が雪の傍に居てくれて幸いだよ。それじゃ、よろしく頼むな」
太一は先ほど目にした舞台裏と、普段通りの彼に動揺を隠せずにいたが、淳の言葉に頷いて別れの挨拶を述べた。
淳は太一にもう一度微笑みを返すと、そのまま一人で歩いて行った。
太一はその後姿を見つめながら、どこか違和感を感じていた。
変に胸の内が騒ぐ。
あの人‥あんな感じだったっけ‥?
どこか気持ちの悪いモヤモヤを抱えつつ、太一はそのまま彼と逆方向に歩いて行った。
先ほど目にした淳の奇妙な笑みが、脳裏にこびりついていた‥。
秋に色づく美しい木々の間を、淳は一人きりで歩いていた。
赤や黄色に染まる背景を背負いながら、口元を歪めて淳は笑う。
脳裏に、雪が激しい形相で自分に食って掛かる場面が思い起こされた。
そして静かな怒りが込められた表情の彼女も。
素直になれば腹を立て、嘘を吐いたら嫌われる‥
彼女と付き合い始めて初めて喧嘩をした時、雪は自分にこう言った。
これからは何でも口に出し、話し合いましょうと。
そしてレポート紛失事件の時、彼はそれを実践した。
けれど過去のことを認め素直に思うところを口にしたのに、彼女は怒って行ってしまった。
それならばと、先日再び揉めた際に淳は嘘を吐いた。
去年、横山にメールを送る際悪意など無かったと、頑としてその意志を貫いた。
しかしそれも駄目だった。
嘘を吐いたことに彼女は嫌悪を示し、自分の元から去って行ってしまった。
パラドックスだった。
正しいと思った道筋を辿っても、想像もしなかった結論へと辿り着いてしまう。
どの道も行き止まり。文字通りの八方塞がり。
淳は立ち尽くしていたのだ。
彼女に触れることは叶っても、そこへ到達するにはあまりに遠くてー‥。
けれど今日それに一つの結論が出た。
どの道を行っても塞がっているならば、いっそここに立ち止まって彼女から自分の元に来る時を待てばいいと。
淳は満足そうに微笑みながら、一人その結論を口に出した。
「もう、俺の好きなようにさせてもらう」
淳の頭には、着々とイタチを追い詰める算段が画策されていた。
可愛いライオンのたてがみに触れた身の程知らずのイタチを滅ぼす、綿密な計画が。
前門に虎を置き、後門に狡猾な狐が待ち構える。どちらに行っても、結局イタチは食われるだろう。
そしてその計画の果てに、おそらく彼女は自分の元へと戻って来る。
淳は自信の漲る表情で、未来を見通し一人笑みを浮かべる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<密告とパラドックス>でした。
昨日の<波乱を呼ぶグラフィティー>と共に、タイトルに少し横文字続けてみました^^
”よく分からないけど不穏”なイメージが伝われば嬉しいですが‥!
そして太一、素直すぎる‥。
淳の本性を知らない故の、善意の密告でしたね。
けど淳先輩、横山が雪の髪に触れてる映像見て本性ダダ漏れ‥。
横山、どうなる‥(@@)
次回は<目醒めた虎>です。
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