学院塾へと向かう道すがら、雪はコンビニにて買い物をしていた。
頭の中では、昨日露店にて先輩が欲しがっていた腕時計のことが浮かぶ。
んー‥あの時計六千円くらいだったよな‥
雪は時計収集が趣味だという先輩に、あの腕時計を贈ることに決めた。
値段もプレゼントとしてはちょうど良いし、何より先輩が欲しがっていたし。
雪はその後ドリンク類が置いてある棚を見やって、カフェラテを探した。
棚に乗っているそれは最後の一個だったのだが、雪がそれを手に取ろうと近寄ると、僅差で他の人に取られてしまった。
雪は残念な気持ちでカフェラテを取ったその人の後ろ姿を眺めた。
するとその姿が、記憶の中の彼の姿に重なった。
横山翔‥。
雪は全身に鳥肌が立つのを感じて、思わず棚の後ろに隠れた。
その咄嗟の動きが目の端に映ったのか、横山がパッと後ろを振り向いた。
横山は、壁上方に掛かったミラー越しに蹲った彼女を見た。
しかし気づかぬフリをして、会計を済ませると何食わぬ顔で店を出る。
雪は彼が店を出るまで、その場に蹲ったまま動けずに居た。
なぜ横山がここにいるのだろう、その思いで頭の中はパニックだ。
チリン、とドアが閉まる音を聞いてから、雪はコソコソと棚の後ろから出て窓の外を窺った。
姿が見えないのを確認すると店を出て、辺りを見回しながら小走りする。
なんで横山がここに‥。まさかこの近所の塾に通ってるとか?どの塾?
偶然鉢合わせしたらどうしようと、雪の心はザワザワした。
とりあえず裏道から回ろう、と路地裏に入った時だった。
「赤山?」
彼は雪が人気の無い道に入るのを確認して、声を掛けた。
おそるおそる振り向く彼女に、笑顔を向ける。
「さっき鏡に映ってんの見て、そうじゃないかと思ってたんだよ。あったり~」
固まる雪に、横山はじわりじわりと近寄った。
この辺の塾にでも行ってんのか?と推測を口にしながら。
「マジ?オレもなんだよ。すっげー偶然じゃね?」
変に勘の鋭い横山が、図星な点を突いて来る。
雪は咄嗟の出来事に戸惑うばかりで、何も言えずに固まってしまう。
ニヤニヤと笑いながら近づく横山に、雪が一歩二歩と後ずさりする。
気楽に話せよ、と軽い口調で言う横山に、雪はそっぽを向いて言い捨てた。
「あんたと話すことなんて無いし!」
雪の冷たい態度に、横山は目を丸くした。
しかし「ったく相変わらずお堅い女だな~。ほどほどにしろよな~寂しいだろ~」と言って、
相変わらず雪に近寄ろうとする。
すると横山の後ろを、SKK学院塾の外国人講師ご一行が通りかかった。
講師の一人が雪に気づく。
「Hey,Thomas! Your friend! アナタノトモダチ、アソコ、アナタノトモダチ」
亮が講師の指し示す方向を見ると、赤山雪が男と二人で居るのが見えた。
知らない男だ。
「‥‥‥‥」
後方で講師たちが、亮が雪にフラれたらしいとクスクス笑いながら噂しているのだが、亮の耳には入らなかった。
(耳に入っても何を言っているのか分からなかっただろうが)
なぜなら雪の様子がおかしかったからだ。
明らかに嫌がっているように見える。
亮は心に引っかかるものを感じたが、やがて「知らねー」と言って背を向け、そのまま歩いて行った。
赤山雪のことは、もう自分とは関係ない。
互いに知らんふりをすると、そう決めたからだ‥。
亮が去ってからも、横山は雪に話しかけ続けていた。
「てかお前最近、青田先輩と仲良いらしーじゃん。先学期ずっと一緒にツルんでたんだって?」
もしかして付き合ってんのか、と横山が続ける。
雪はギクッと身を揺らした。彼はやはり変なところで勘が鋭い。
横山は大げさな身振りで雪に近づく。やれやれ、と首を横に振りながら。
「お前のためを思って言うけど、目を覚ませよな~。顔がいいからって何騙されてんだよ」
「オレもお前もあいつに散々やられたじゃんか。今さら何仲良くなんてなっちゃってんの?
あの先輩、マジイッちゃってるってのによぉ」
横山の言葉の真意が、雪にはよく飲み込めなかった。
彼への不信も相まって、先輩の悪口を言われたってとてもじゃないが信じられない。
しかし横山はそんな雪の表情にも怯まず、彼女に向かって手を伸ばした。
「なぁ、どっかカフェにでも入ってゆっくり‥」
スッと差し出された手に、雪は思わず怖気立った。
パシッとその手を振り払うと、彼に向かって声を荒げる。
「あんた頭大丈夫? どうして私に向かってカフェでも行こうなんて言葉が出てくるわけ?!
マジで気が知れない!」
雪の怒気に、横山は虚を突かれたような表情をしていた。
しかしやがて合点がいったのか、ポンと手を叩いて言った。
「ああ!この前のことまだ根に持ってんのか?もうそろそろ忘れろよな~。気の小せーヤツ!」
「大丈夫大丈夫!」そう言って横山はニヤニヤと笑う。
お前のことはもう何とも思ってないからお前も忘れろよ、と続ける。雪は開いた口が塞がらない‥。
横山はもう自分は来期から復学することだし、仲良くしようぜと図々しくも言った。
同情するような目つきで雪のことを見る。
「オレはお前が気の毒でしょーがねーんだよ。だから少しでもオレが力になれればと思ってよぉ」
「お前って奴はどうしてよりによって福井みたいな暴力男や、青田みたいな狐野郎とばっか‥。
男を見る目が無いなんてこの先が思いやられるぜ」
いけしゃあしゃあと言葉を続ける横山に、
雪は「いい加減にして!」と声を荒げた。しかし横山は怯まない。
「お前がマジで青田先輩と付き合ってるとしても、奴が本気だとは到底思えないね」
「去年のオレみたいに、色々そそのかされて煽られて終わりだっつーの。
お前、オレの二の舞いを演じるつもり?」
横山が意地悪く笑いながら、雪ににじり寄る。
「青田に特別扱いされて、まんまと騙されたんだろ?オレが女でも、最高に気分良いだろーな」
「でもあれが本気に見えるか?お前みたいな女のどこが良くて?こんな突然?
変だと思わなかったのか?」
酷い言葉の羅列、気持ちの悪い口調と態度。雪の体に鳥肌が立つ。
しかし咄嗟には言い返せず、あっちへ言ってと感情的に言うしか出来なかった。
なぜなら横山の言った言葉は、雪もまた心の底でいつも疑問に思っていたことだったからだ‥。
雪が鋭い目つきで横山を睨む。
彼への嫌悪感と去年植え付けられた恐怖感が、雪の全身を総毛立たせる。
その目つきに横山は苛立ち、人が忠告してやってるのに、と雪に詰め寄る。
しかし雪も負けていない。
そんなこと誰が頼んだのよ、と横山に食って掛かる。
「あんたの意見なんて聞きたくもなければ、あんたと話したくもない」と大声を出すと、
その勢いに気圧されたのか、横山は周りを気にする素振りを見せた。
「おいおいバカみたいに喚くなよ。誰かに見られたらどーすんだよ」
とにかく落ち着け、と横山は雪をなだめにかかった。
雪は相変わらずの横山の話の聞かなさ加減に辟易していたが、ここでキッパリ終わらせなければまた同じようなことが起こると思った。
「いい加減にして」と大声で言った後、一呼吸置いて言葉を続けた。
「学校始まってからも私の言うことを無視してデタラメ言ったら、録音したやつ全部バラすから!」
その台詞は、雪にとっての切り札だった。横山が口を開けて唖然としている。
しかし暫し二人の間に落ちた沈黙は、横山の高笑いによって吹き飛んだ。
「くははは!マジウケる。録音したやつ?あのふっるい音楽プレイヤーのこと?
オレ実際人に借りて録音してみたけど、何言ってんのか一つも聞き取れなかったぜ?」
ギクッとした。
雪の顔色が変わる。
横山の言っていることは正しかった。去年録音したあの音声は、実はまともに録れていないのだ‥。
「‥てか、お前マジうぜーんだけど。誰に向かって脅迫めいたことしてんの?」
今度は横山が雪を睨み、低い声ですごんできた。
雪が一歩二歩と後ずさりする。
「また福井の野郎でも呼んで殴らせるつもりかよ?やってみろよ。今度はオレだって黙ってねーぞ」
「オレもオレだよな、お前みたいなのに引っかかるなんてよ。大学生活が台無しだっつーの!
お前はツイてていーよなぁ。アイツをどうやってそそのかしたわけ?」
「大学通ってる時は男子とつるむことも出来ねーでダッサい‥」
ニヤつく横山が続けた雪への誹謗中傷は、中途半端なところで途切れた。
なぜなら後方から、彼は思わぬ衝撃を食らったからだった。
長い脚が、横山の背中を蹴った。
その衝撃に、横山が思い切り転ける。
雪が顔を上げると、凄い形相で彼を睨む男が居た。
「あ~‥ムカつく」
「耳が腐るぜ!」
それは雪の元へ舞い戻ってきた、河村亮だった。
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<彼、再び登場>でした。
去年の横山と青田先輩とのやりとりを知って読むのと、知らないで読むのと印象の変わる回ですね。
しかし亮は、結構な距離を引き返して来たんでしょうね~!行こうか行かまいかモンモンとする亮、見たかった(^^)
次回は<彼、再び退場>です。笑
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第3部でストーリーの中心に食い込んでくるオヨンゴンを知る鍵になる、意外と重要な場面です。
長いことどっか行ってた末に明らかになったのは、「コイツ、まったく反省してない…」ということであり、「てゆーか、改心を期待する方が間違ってる」ということですね。あらゆる出来事は自分に都合よく解釈され、うまくいかない原因は全て自分の外にあるという、そこだけ見れば理路整然としたマイワールドの住人。
それだけならただの妄想系引きこもりになってもおかしくないところに、部分的には観察眼鋭く、自己正当化の弁が妙に立つために、マイワールドに人を巻き込む力が備わっていて、シンパを作りながら自分に逆らう人間を踏み潰しにかかる。
そこまで来るともう、従わない人間を従わせることが自己目的化してしまって、行くところまで行かないと自分では止められない。
(あー、そういう実例が一人、思い浮かぶんですが…こういうヤツが知事や市長やったらアカンですわな。)
こういうモンスターと戦うには、ソルちゃん単独では難しいはずで、絶対的な味方に囲まれることが必要でしょう。もちろん、オヨンゴンが最も敵視するウンテクはその一人ですが、彼だけでは足りませんから、ロンタリヒーロー・インホは今後も極めて重要な存在になってくるはずです。
ユジョンがどうなっていくかも気にはなりますが、個人的にはここにインハがどう絡んでくるかに関心があります。インハがソルちゃんをかばう側に回ってくれたら、これは心強いですからねえ(笑)。
調べたけどこんな感じで合ってるかにゃ?
ロング(long)+タリ(足)で「ロンタリ」です。
今までロンパリしか知らなんだ‥。
てか目の焦点が合ってないっていうロンパリって、ロンドンとパリのことだって知ってました?(脱線)
えーと本筋は、そうそうヨンゴンでした!
彼がサンチョル先輩を味方につけてユジョンを陥れようと準備してるとこなんですよね、ここは。
いやも~本当厄介マンですね~。なぜにタヨン先輩と付き合ってんのかもよく分からないし‥。
面食いっぽいので、インハのことを知ったらアタックかけそうな気も‥。
もうスーパーサイア人インホに、地球外まで飛ばされていってしまえ!!
こんばんは~
この回、横山ウザイよ~の回位にしか思っていませんでしたが、青さんのコメ読んでハッとしました。こんな横山の回で、このような解釈をされていることに心底感心いたしました。さすが巨匠です。
私なんかは、講師陣の中にいる興味深い人物に気を取られておりました。
カフェラテとイレブンスターで380円て、今の日本じゃあり得ない安さですよね~。
確かにカフェラテとタバコ(てかイレブンスターってあります?セブンスターのなんちゃって版?)
で380円って‥。韓国はタバコ安いんですかね?