Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

不条理

2013-11-28 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


その不条理に倒れた男を、月だけが見ていた。

遠藤は暫くそのまま横たわっていたが、やがてゆっくりと体を動かし、ポケットに入れてあった携帯電話を探った。



どくどく、と脈拍に合わせて血が流れていくのが分かる。

その血液は今や後頭部から、額を伝って地面に染みを作っていく。



朦朧とする意識の中で、震えながらリダイヤルのボタンを押した。

しかし耳に入って来たのは、またしても”ただいま電話に出ることが出来ません”という無機質な音声だった。

遠藤は携帯を置くと、再び力無く地面に横たわった。



空を見上げると、満月が浮かんでいた。

高いところから、手を差し伸べることなく、それがこの世の常であるというように、

何も語ることなく、ただそこにぽっかりと浮かんでいた。



汚れた地べたに横たわりながら、遠藤は先ほど男から言い捨てられた言葉を、ぼんやりと反芻した。

虫唾が走る、反吐が出る、汚らわしいと、無遠慮に投げつけられた心ない言葉の数々。

遠藤は、どうしても分からなかった。

悪いことをしているわけでも、犯罪を犯したわけでもないのに、なぜ度々人々から後ろ指を刺されて非難されるのか‥。

俺が秀紀と一緒にいて、何が悪い?



世の中には、自分より”悪い奴”が沢山居る。

それは遠いどこかの話ではなく、すぐ隣にあるリアルな話だ。

金持ちだからって人を見下す人間もいる、道行く人をこうして襲う人間もいる‥。

  





ニュースを見れば、自己中心的な人間が罪の無い人を踏みにじったりする事件が毎日起こっている。

事の真偽などお構いなしに、ただ気に食わないからと言って他人を傷つける人間もいる。

そんな人間たちに比べたら、自分は遥かにマシな人間じゃないか‥。

俺の何がそんなに間違ってるってんだ‥



意識が少し遠のいて、遠藤は母親から罵倒された記憶を思い返していた。

母は遠藤が同性愛者だと知ると、号泣しながら遠藤の足元に縋り付き、彼を責めた。



このままでは病気になって死んでしまう、と言って泣き叫ぶ母親の顔が、脳裏にありありと浮かんだ。


そして秀紀とまだ知り合って間もない頃の記憶も、浮かび上がって来た。

いつも遠藤の行く先行く先を、秀紀はついてきた。隠れることが下手な彼は、すぐに見つかってしまう。



遠藤は彼に向かって、よく声を荒げたものだった。

「ったく!俺はそちらさんが気に食わねーんだよ!不細工だし!金の自慢ばっかりしやがって!」



そう言った後は決まって、秀紀は涙を浮かべて俯いた。



気に食わなかったはずなのに、なぜだかその姿を見ると放っておけなかった。



それから二人は何度も食事を共にし、長い時間を共有していった。

秀紀の天真爛漫なところや、根が温かいところ、そして何より自分を想ってくれるところに、だんだんと遠藤は惹かれていった。



頭に思い浮かぶのは、いつだって嬉しそうに笑う秀紀の笑顔だった。

ただ彼と一緒に居たい、そんなささやかな願いを持ち続けることが、どうしてこんなにも難しいのだろう‥?



そうして遠藤は目を閉じた。

薄れゆく意識の中で、その瞼の裏側で、秀紀が幸せそうに微笑んでいる‥。












遠藤が意識を失ったその頃、

雪、淳、秀紀の三人は、テーブルを囲んで談話している最中だった。

とはいっても、秀紀はもうノックダウン寸前で机に突っ伏し、ウダウダとくだを巻いている。

「あれ?」



不意に雪が、床に落ちた携帯電話に気がついた。秀紀が落とした物のようだ。

雪はそれを拾い秀紀に手渡そうとするが、彼はそれに気を留めず嘆きを続けていた。

「あたしだって分かってるわよ、情けないってこと‥」



「馬鹿みたいでしょう? あんなに偉そうにしておいて‥」



秀紀はそう淳に向かって言った。

幼い頃から兄貴分として、彼に上手に世の中を渡っていくための処世術を教えこんだこともあった。



しかし今やこの姿だ‥。

淳の、彼を見る視線は冷ややかだった。



尚も嘆き続ける秀紀の隣で、雪は先ほど拾った携帯を見る。

どうやらもう充電が無いようだった。



雪はそのままそっと携帯を秀樹の隣に置いた。

彼の感情の吐露を邪魔せぬように、その嘆きを静かに受け入れるように。

「もうとっくに落ちぶれちゃって、このまま実家に帰ろうかって何百回、何千回思ったわ。

ずっとずっと、考えてたの」




だけど、と秀紀は言った。

閉じた瞼のその裏には、彼の笑顔が浮かんでいた。

「だけど、どんなにずっと考えてみても‥」



心の中にある幸せな記憶が、いつも秀紀を押しとどめた。

直面している現実から酒を煽って逃げる度、その記憶が枷となって動けなかった‥。




それきり秀紀はテーブルに突っ伏したまま眠り込んでしまった。

雪と淳は顔を見合わせて、彼をどうすべきかと思案する‥。










同じ頃、雪の家もとい秀紀の家の近辺を、河村亮はぐるぐると回っていた。

「ったく!どこも似たような道ばっかじゃねーか!迷路か?!迷路なのか、ああ?!

おりゃ一体何回まわってんだ?!また回って~!回って!!」


  

大声で騒ぎ立てる亮に、通行人は目を留めるがすぐに足早に去って行く。

そうしてまた静かになったところで、ようやく亮は雪の家へ続く細い道を見つけた。

「あっ!みーっけ!」



そこで亮の目に飛び込んで来たのは、

倒れている一人の男の姿だった。亮の心臓がドクンと脈打つ。



亮は恐る恐る近づくが、男は地面にうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。

まずい、と亮は思った。

「お、おい!しっかりしろ!」



慌てて駆け寄った亮が見たのは、ベッタリと頭部に張り付いた血痕だった。

依然として男の意識は無い。



普段見慣れない血を見たせいか、亮は気分が悪くなって口元を押さえた。

そんな亮を見た通行人の女性が、誤解をして叫び声を上げる。

「キャアアア!」



亮は顔を上げると、その女性に向かって「早く119番しろ!」と言い、

着ていたシャツを脱いだ。女性はパニックのあまり泣き出している。



バサッと、亮は脱いだシャツを男の頭に掛けてやった。



怪我の箇所が見えなくなると、幾らか冷静に亮は物事を見れるような気がしたが、

依然として女性は当惑しながら、なかなか電話を掛けられないでいる。

「おい!電話は?!早くしろよ!!」



ふと亮が男の方を見ると、先ほど掛けたシャツに血が滲んでいた。

必死なんですと言って震える女性と実は同じくらい、亮も身が竦んでいた。



早くしろ、とがなる亮の大声が、暗くひっそりとした路地に響く。

空ではやはり満月が、その騒動を密やかにただ照らしていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<不条理>でした。

亮が雪の家の界隈で「また回って~!回って!」と言っているのは、歌の歌詞だそうです。

チョンイングォン 「回って回って回って」 (1988年)



日本ではここでの曲はこれでしょう!

♪ 夢想花 / 円 広志


飛んではないですが、回って回って回って回りますからね‥(^^;)


次回は<義理堅い彼女の提案>です。

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19 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (りんご)
2013-11-28 23:46:47
で、では…
青さんよりお先におじゃまします…!

と言っても、このシーン重たくって…。心苦しい。何を書いていいのやら。
…やっぱ私には無理みたいです。笑

遠藤さんを見下ろしてる預言者(犯人)と同じような青田淳のカット、別のシーンのですよね。さすがYukkanen師匠です。
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キョロo(゜д゜o≡o゜д゜)oキョロ (さかな)
2013-11-29 00:04:46
あれ~?来てませんね…あのかた。
いたしかたない。。。コメント(0)をなくそう運動、発動!ぷしゅーーー
…と思ったらりんごさんが先にいたぁ!!(゜ロ゜屮)屮 

そうそう、韓国って日本と同じで救急車が119番、ケーサツが110番なんですよね!(ソコ?)

雪ちゃんの窮地だけでなく、遠藤さんの窮地をも救っちゃう亮さん…。前回のラストで見せたあの膝高角度ダッシュはやはりヒーローの証でした。
ん、そういやバンソウコはいずこへ?ここぞって時にホータイをぐるぐるっと脱ぎ捨てて走り出す傷だらけのヒーローのように、亮さんも剥がしてきたのでしょうか。

遠藤さんの人生も気になりますね~。
裕福とはいえない家庭に育ち、両親の期待を裏切らないようひたすら努力し続けて今の地位を得たんでしょう…ゲイである自分に後ろめたさと孤独感を常に感じながら。
まだ両親に愛されている秀兄と違って親御さんとは断絶してるっぽいし、不幸のミルフィーユみたいな方ですよね…。
以前青さんがおっしゃっていたように、秀兄&遠藤のサイドストーリーが知りたいなぁ~。
インハとうあはんのユジョン取り合い物語はもういいですから、ぜひそっちの方お願いします青さん。
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Unknown (りんご)
2013-11-29 00:32:31
お姉さんコンバンハ。ノーコメゼロに参加しました~^ ^
さすがおさかな姉さん、立派なコメ&名言
不幸のミルフィーユ…
少し遠藤さんの不幸が軽減されるような響きですね。
遠藤さんと兄さんのサイドストーリーもいいですが、うあはん×ユジョンのそれも聞きたい。←興味津々。笑
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今週は抜け殻につき ()
2013-11-29 00:38:27
KARAロスのため、動きだしが鈍っております。orz

まあこの場面、ホントに不憫過ぎて口出しのしょうがないのですが、回想シーンで断片的にしか出て来ない二人の関係を、サイドストーリー的にスンキさんにしっかり描いてもらえたらなー、とずっと思っています。ただ、そこに韓国読者の支持が集まるかどうかは微妙な気も…。
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いたしかたない(笑) (ちょびこ)
2013-11-29 00:48:55
うあはんユジョンのカップリングにまさかの食い付きで、あおはん今頃きっと大慌てですよ。

私が亮えらいなと思ったのは、救急車を呼ぶように指示する時、きとんとその人を指差して会話をしてるトコロです。救急での基本。
まぁ、あの女の他に誰もいないけどw、「え?アタしに言ったの?誰に言ったか分からなかったから電話してなーい。誰かがしてくれると思ってぇ~」とならぬよう。
彼は救急訓練でも受けていたのだろうか。
てか、亮のくせに、今更血(か傷口)を見たくらいでゲッてなるのか、と思った。
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あっ! (ちょびこ)
2013-11-29 00:51:21
あおはん!いらっしゃったのですね!
抜け殻状態で。笑

ついでに、前のコメで「キチンと」が「きとんと」になってたのを自ら指摘します。
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みなさま‥ (Yukkanen)
2013-11-29 11:39:00
このままノーコメ回か?!と思われた矢先、皆様怒涛のコメント!ありがとうございます~!
濃ゆいメンバーになってまいりましたね、ここも‥。
あ、でもかにさんが足りないですね。お待ちしてますよ!←勝手に呼び込み

>遠藤さんを見下ろしてる預言者(犯人)と同じような青田淳のカット、別のシーンのですよね。

そうですそうです。引っ張ってきたらちょうど同じようなアングルでした。見下し淳、ゾクゾクしますね!

さかなさんの”不幸のミルフィーユ”、斬新!
遠藤さんの不幸度もチートラ内でベスト3には入るんじゃないでしょうか‥。
そして絆創膏の行方‥笑 細かい倶楽部発動ですね!

青さん
以前作者さんのインタビューで「本編が終わったら脇役のサイドストーリーを描きたい」とおっしゃっていたような気がするので、ユンソプ×ジュヨン編はアリだと思います!さすがにユジョン×うあはんは無いでしょうが‥(というかそもそも妄想の件)

ちょびこ姉さま
きとんと!きとんと!
すいませんただ言ってみたかっただけです。
なるほど人を指定して救助を任命するのは救急の基本なのですね。亮さん‥救急隊員としても生きていけるかも!
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お呼ばれ。 (かに)
2013-11-29 12:58:17
遠藤さん、不運!不幸!!薄幸!!!
(すいません、決して軽口ではありません)

いや、ほんと何処に救いどころを求めればいいのか…
まあでも、先輩恨むのはちょっと違う気してたんですけど。
どんな理由であれ盗みは犯罪なので、警察沙汰になって職失うよりよっぽどマシだと思うんですよね。
性癖についても、理解の無い人が多いことは事実だし、預言者のような輩は悪でしかないのですが…
世間からの評価を気にし過ぎて大切なこと見失ってるところが、なんかもどかしいというかなんというか。
自分を愛してあげてーっといつも叫びたくなります。
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かにちゃん! (ちょびこ)
2013-11-29 16:52:18
河村祭りでなくてもアンテナに届くのね!

よくわかんないけど、マトモなフリするから疲れるんじゃないのかなぁ。
簡単なコトではないけど、周知させて開き直ってしまえば案外敵ばかりじゃなかったり、道が開けたりしないかなぁ。
韓国はどうか知らないけど、今の時代だし。私の同級生にも何人かいるし、だからって遠ざかろうとは思わないし、いや、逆によくぞ思い切った!と学生時代より親密度UPだし。
当事者じゃなきゃ分からないコトえらそーに言ってすみません。でも、やさぐれて先輩や雪ちゃんを逆恨みするのは違うでしょー。日陰の道を選ぶのなら人を妬まない覚悟もしなきゃ。
ん~、ミルフィーユにブルーマウンテンも付けてくれたまえ。
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Unknown (りんご)
2013-11-29 19:18:56
あ、あの…
例の下着って兄さんが盗ったんですか?!
かにさん、そういうことじゃなくって?
え、えぇ~ チンプンカンプン…
みなさんはわかってる…?

ミルフィーユにブルマン付けるんでどうか見捨てないでいただきたい…(/x_x)/
ここのYukkanenさんの記事、シッカリシッカリよみます
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