天気予報では曇りのち雨。
空を見上げると灰色の雲が広がっていた。
淳は大学の事務室前で街灯にもたれながら、携帯電話を開いていた。
画面にはあの画像が、再び表示されている。
西条和夫のTwitterに上げられた、”河村亮とその女”の写真。
自分が贈った髪飾りをつけた彼女を、自分の物のように連れ去ろうとするその後ろ姿に苛立ちを覚え、
この写真を見るたびに感じる不愉快が、焦燥感となって淳を駆り立てる。
俺と付き合わない?
淳は昨夜、雪に交際を申し込んだのだ。胸の奥で燻るものに急かされて。
急かされた原因は幾つかあった。
書類を落とした彼女が見せた、怯えたようなその表情。
そして予想外に彼女に近付いていた亮への焦り。
嫉妬‥。
胸の中の炎が燻って、その煙が今日の灰色の空のように心を曇らせる。
淳は漠然とした焦燥と不安を拭うように、そっと携帯電話をポケットに仕舞った。
ふと声がしたので振り向くと、少し離れた所で目を丸くしている彼女が居た。
淳は波立つ心を悟られぬよう、笑顔を浮かべて見せた。
街灯から背を離し、彼女に向き直る。
淳が彼女の名前を呼ぶと、彼女は少し戸惑った。
今日も来てくれたんですかと言いながら、幾分慌てながら駆け寄ってくる。
淳は微笑み、彼女を真っ直ぐに見つめた。
彼女もつられて微笑んだが、ボサボサの髪の毛が気になったのか急いで手櫛で髪を直した。
そして少し照れたように、はにかみながら笑った。
先輩と共に事務室へ続く廊下を歩きながら、雪は彼に話しかけた。
「‥朝からずっと待っててくれたんですか?」 「うん」
雪はそんな彼の行動を嬉しく思うも、少し冷静に考えてみるとなんだか申し訳なくなってきた。
「あの、先輩‥事務所の仕事に時間取られて大丈夫なんですか?」
朝から雪に付き合ってくれる先輩に恐縮して雪がそう言うと、
先輩は「やるべきことはやって、暇が出来た上でのことだから」とさらりと答えた。
そう言われては雪も返す言葉がなく、そのまま黙り込んだ。淳はそんな雪を見て、彼女の気持ちを推し量る。
「にしても毎日タダ働きしてるようなもんだもんな?」
先輩の言葉に雪は恐縮しながら、彼の立場を考えて気を遣った。
「は、はい‥!先輩だって色々忙しいだろうに、事務所の仕事大変じゃないですか?
夏期講習だってあるのに‥」
そんな雪に、淳は笑って答えた。
「はは!大丈夫だって。夏期講習なんてとっくに終わってるしな」
その返事を聞いて、雪は目を丸くして固まった。
「俺が何しに事務所へ通ってると思ってるの」
「そ、それは‥」
答えを躊躇った雪に、先輩は笑みを浮かべた。
その答えをその笑顔に含みながら。
雪は心の中がこそばゆくて、恥ずかしくて、思わず下を向いた。
頬がみるみる染まっていく。
未だ付き合っているという事実が信じられないのと、こういう状況に慣れていないのとで、雪は赤面した。
その後無言で先輩と並んで廊下を歩き、ともに事務所に入った。
事務所に着くと、品川さんが二人を見て言った。
「あら?二人一緒に来たの?淳君、今日は定時出勤じゃない!」
先輩は「これからもそうするつもりです」と堂々と言ってみせた。
雪はなんだか嫌な予感がして、ソロ~っと席につこうとしたのだが、尚も品川さんと先輩の話は続く。
「まぁ~ ボランティアしてくれるの?」 「はい」
「雪ちゃんが居る間はずっと来ますので」
い、意味深‥。
品川さんと木口さんが、目を見開いて二人を窺った。先輩はニッコリと雪の方を見て笑っている。
雪は顔面蒼白になって遠藤の方を窺うと、彼はじっとりした目つきで雪を睨んでいた。
この目障り野郎共め ここをどこだと思ってやがんだ??
神聖なる事務所だぜ‥?ウゼーんだよ‥
もう針のむしろである。
雪は先輩と並んで座りながらも、なんでこうなるのと顔を引き攣らせたまま固まった。
しばし下を向いていた雪だが、
隣に座っている先輩が気になって、チラリとその表情を窺った。
先輩はすぐに彼女の視線に気づき、
ニコッと微笑んだ。
何か用があるのかと思った淳だったが、雪は誤魔化すように笑うだけだった。
淳の頭の上に「?」が浮かんだまま、雪はぎこちなく独り言のように言葉を続ける。
「あ~今日は暇だな~。帰りまで何しよっかな~? ははは!」
その不自然な雪の態度に、淳はようやく彼女の心情を悟った。
彼のイタズラ心が、不意に顔を出す。
淳は「ふぅん‥」と含みある表情を浮かべてから、
彼女の名前を呼んだ。
「雪ちゃん」
緊張の面持ちでこちらを向く雪に、憂いを含んだ表情で言葉を続ける。
「それじゃあ一緒に‥」
「い‥」
一緒に? 何をするというんだろう‥。
雪は幾分緊張してその続きを待った。
すると先輩はノートを持ちながら、ニッコリと雪の方を見て言った。
「勉強しよっか」 「!!」
先輩はノートを開きながら、塾で習ったことを予習復習しようと言い出した。
これからは厳しくチェックもすると言う先輩に、雪の目は飛び出るほどである。
「言っただろう、雪ちゃんの勉強の邪魔にならないようにするって」
雪は彼のいつも通り‥いやそれ以上にストイックな態度に、冷や汗が止まらない。
先輩は当然とばかりに「先輩」として彼女の横で、頼もしい笑みを湛えた。
「協力するよ」
呆気にとられている雪に構わず、淳は彼女の教材を開いて勉強を始めた。
そしてこの日は一日中、勉強に費やされたのだった‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<恋人一日目>でした。
この話の表面上は、ドギマギしている雪と、余裕で彼女をからかう先輩、という構図ですが、
心情面では、まだ何も始まっていない雪と、焦燥感に駆られる先輩、という感じがしました。
しかし先輩、亮と雪の写真、保存してるのかな‥。
次回は<仲直り攻撃>です。
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空を見上げると灰色の雲が広がっていた。
淳は大学の事務室前で街灯にもたれながら、携帯電話を開いていた。
画面にはあの画像が、再び表示されている。
西条和夫のTwitterに上げられた、”河村亮とその女”の写真。
自分が贈った髪飾りをつけた彼女を、自分の物のように連れ去ろうとするその後ろ姿に苛立ちを覚え、
この写真を見るたびに感じる不愉快が、焦燥感となって淳を駆り立てる。
俺と付き合わない?
淳は昨夜、雪に交際を申し込んだのだ。胸の奥で燻るものに急かされて。
急かされた原因は幾つかあった。
書類を落とした彼女が見せた、怯えたようなその表情。
そして予想外に彼女に近付いていた亮への焦り。
嫉妬‥。
胸の中の炎が燻って、その煙が今日の灰色の空のように心を曇らせる。
淳は漠然とした焦燥と不安を拭うように、そっと携帯電話をポケットに仕舞った。
ふと声がしたので振り向くと、少し離れた所で目を丸くしている彼女が居た。
淳は波立つ心を悟られぬよう、笑顔を浮かべて見せた。
街灯から背を離し、彼女に向き直る。
淳が彼女の名前を呼ぶと、彼女は少し戸惑った。
今日も来てくれたんですかと言いながら、幾分慌てながら駆け寄ってくる。
淳は微笑み、彼女を真っ直ぐに見つめた。
彼女もつられて微笑んだが、ボサボサの髪の毛が気になったのか急いで手櫛で髪を直した。
そして少し照れたように、はにかみながら笑った。
先輩と共に事務室へ続く廊下を歩きながら、雪は彼に話しかけた。
「‥朝からずっと待っててくれたんですか?」 「うん」
雪はそんな彼の行動を嬉しく思うも、少し冷静に考えてみるとなんだか申し訳なくなってきた。
「あの、先輩‥事務所の仕事に時間取られて大丈夫なんですか?」
朝から雪に付き合ってくれる先輩に恐縮して雪がそう言うと、
先輩は「やるべきことはやって、暇が出来た上でのことだから」とさらりと答えた。
そう言われては雪も返す言葉がなく、そのまま黙り込んだ。淳はそんな雪を見て、彼女の気持ちを推し量る。
「にしても毎日タダ働きしてるようなもんだもんな?」
先輩の言葉に雪は恐縮しながら、彼の立場を考えて気を遣った。
「は、はい‥!先輩だって色々忙しいだろうに、事務所の仕事大変じゃないですか?
夏期講習だってあるのに‥」
そんな雪に、淳は笑って答えた。
「はは!大丈夫だって。夏期講習なんてとっくに終わってるしな」
その返事を聞いて、雪は目を丸くして固まった。
「俺が何しに事務所へ通ってると思ってるの」
「そ、それは‥」
答えを躊躇った雪に、先輩は笑みを浮かべた。
その答えをその笑顔に含みながら。
雪は心の中がこそばゆくて、恥ずかしくて、思わず下を向いた。
頬がみるみる染まっていく。
未だ付き合っているという事実が信じられないのと、こういう状況に慣れていないのとで、雪は赤面した。
その後無言で先輩と並んで廊下を歩き、ともに事務所に入った。
事務所に着くと、品川さんが二人を見て言った。
「あら?二人一緒に来たの?淳君、今日は定時出勤じゃない!」
先輩は「これからもそうするつもりです」と堂々と言ってみせた。
雪はなんだか嫌な予感がして、ソロ~っと席につこうとしたのだが、尚も品川さんと先輩の話は続く。
「まぁ~ ボランティアしてくれるの?」 「はい」
「雪ちゃんが居る間はずっと来ますので」
い、意味深‥。
品川さんと木口さんが、目を見開いて二人を窺った。先輩はニッコリと雪の方を見て笑っている。
雪は顔面蒼白になって遠藤の方を窺うと、彼はじっとりした目つきで雪を睨んでいた。
この目障り野郎共め ここをどこだと思ってやがんだ??
神聖なる事務所だぜ‥?ウゼーんだよ‥
もう針のむしろである。
雪は先輩と並んで座りながらも、なんでこうなるのと顔を引き攣らせたまま固まった。
しばし下を向いていた雪だが、
隣に座っている先輩が気になって、チラリとその表情を窺った。
先輩はすぐに彼女の視線に気づき、
ニコッと微笑んだ。
何か用があるのかと思った淳だったが、雪は誤魔化すように笑うだけだった。
淳の頭の上に「?」が浮かんだまま、雪はぎこちなく独り言のように言葉を続ける。
「あ~今日は暇だな~。帰りまで何しよっかな~? ははは!」
その不自然な雪の態度に、淳はようやく彼女の心情を悟った。
彼のイタズラ心が、不意に顔を出す。
淳は「ふぅん‥」と含みある表情を浮かべてから、
彼女の名前を呼んだ。
「雪ちゃん」
緊張の面持ちでこちらを向く雪に、憂いを含んだ表情で言葉を続ける。
「それじゃあ一緒に‥」
「い‥」
一緒に? 何をするというんだろう‥。
雪は幾分緊張してその続きを待った。
すると先輩はノートを持ちながら、ニッコリと雪の方を見て言った。
「勉強しよっか」 「!!」
先輩はノートを開きながら、塾で習ったことを予習復習しようと言い出した。
これからは厳しくチェックもすると言う先輩に、雪の目は飛び出るほどである。
「言っただろう、雪ちゃんの勉強の邪魔にならないようにするって」
雪は彼のいつも通り‥いやそれ以上にストイックな態度に、冷や汗が止まらない。
先輩は当然とばかりに「先輩」として彼女の横で、頼もしい笑みを湛えた。
「協力するよ」
呆気にとられている雪に構わず、淳は彼女の教材を開いて勉強を始めた。
そしてこの日は一日中、勉強に費やされたのだった‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<恋人一日目>でした。
この話の表面上は、ドギマギしている雪と、余裕で彼女をからかう先輩、という構図ですが、
心情面では、まだ何も始まっていない雪と、焦燥感に駆られる先輩、という感じがしました。
しかし先輩、亮と雪の写真、保存してるのかな‥。
次回は<仲直り攻撃>です。
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今日中には完成かなー。むはは。
そして萌えを共有出来て嬉しいです!
やっぱりストレートに限りますよね!惜しみなく愛を伝えて(笑)!!
私は動画作成したことないので、その大変さが忍ばれます!無理されないで下さいね、といいつつ楽しみにしているという‥(^^;)
ファイティンです~
ストレートに言われたいー!惜しみなく愛を伝えてー!
日本語版(「じゃなきゃ云々」)の方だと、私みたいに鈍感な女にゃ、夏期講習終わったから、としかとれませーん。
あー、私の方で記事にしたいくらい。こんな萌え台詞が隠されていたとはっ!
あー、でも今動画作成でアップアップだったんだ。何しろw集めた画像だけで100枚軽く超えてるから(笑)
あ~ん!萌えが戻ってきた~ん♪(←品川さんふう)
他にもピックアップしたいトコいっぱいあったけど、今はとりあえずこの辺でおいとま!
そうです!
「俺が何しに事務所へ通ってると思ってるの」が、原文に寄り添ってます。その後雪ちゃんが「それは‥」と言ってるのを見ても、こっちのが忠実かな?と思ってセリフ入れました。
こっちのがストレートですよね。
先輩、雪をからかって反応を見てるんですかね~。
きっとドギマギする雪を見たいんでしょう!(ということにしておきたい‥)
「チーズインザトラップ」は、特定の誰かに対してつけられたものではなく、その怪しい雰囲気が作品全体を表しているらしいですよ。
でも八割方先輩にかかってる気もしますが‥。
先輩の画像フォルダか‥雪との写メの隣に亮と雪の画像が並んでたりして‥(^^;)キツイですね~
「俺が何しに事務所へ通ってると思ってるの」こっちが原文に寄り添ってるのですね?こっちの方がシックリクル~というか、わかりやすいですね!
わたしは、こうストレートな言動に萌えてしまうんですが…これも策略…?引っかかってる~(勝手に)
チーズインザトラップて、青田淳が仕掛けるトラップの事なのです?もしかして。
例の画像、確かに~。先輩の画像フォルダすごいことになってそうですねぇ