<また季節が過ぎ去って>
<そしていつの間にか、また新しい春が訪れていた>
長く寒い冬を越え、いつしか植物も新しい芽を芽吹かせていた。
柔らかなその芽からは、やがて綺麗な花が咲く。
春の霞が青空を淡い色に変え、日の光を柔らかに照らしていた。
その空の下で佐藤広隆は、河村静香から一通のメールを受信する。
ごはんおごって
<皆、それぞれの人生を生きている>
まだまだ、彼の受難は続きそうだ。
佐藤はたった二文字のその身勝手なお願いに身悶えている。
「なんで俺ばっかり!もう我慢出来ないぞ!」
するともう一通メールを受信した。
だってアンタもう社会人じゃん
まるで悶絶している彼を見透かすかのようなその内容‥。
「確かに今日ごちそうするつもりだったけど‥」
ご飯を奢ったり、一緒に勉強をしたり、そういう付き合いも良いだろう。
けれど佐藤は、もう一歩踏み出したいのだ。
手に持っているのは美術の展覧会のチケットだった。
佐藤はそれを手に持ちながら、ぐっと覚悟を決める。
<無事就職した佐藤先輩は、
常に告白するタイミングを窺っているみたいだ(バレバレだけど)>
鞄には真っ赤なバラが忍ばせてあった。
握り締めたそのチケットが、きっと二人を新しい未来へ導いてくれるー‥。
その頃静香は、佐藤から送られて来た展覧会へのお誘いメールを見て笑みを浮かべていた。
「ふん」
そんな静香に向かって、彼女の前に座る女性が声を掛ける。
「メール続けてもらっても構いませんよ」
「ううん、それだとブルブル鳴っちゃうし」
<静香さんは定期的にカウンセリングを受けているらしい>
静香は「どこまで話したっけ」と言って記憶を辿り、そして話し出した。
「一度だけね、そいつが心から笑ってくれたことがあったの」
高校時代に三人で花火をした、あの時のことを。
今でも鮮明に思い出すことが出来る、あの高揚感を蘇らせながら‥。
「幸せだった。あの日は‥」
刹那に咲いて消えて行く、まるで花火のようだったあの日。
瞼の裏に、こちらを向いて微笑む淳が焼き付いている。
「本当に、振り返ってもあたしの人生の中で一番‥」
「亮も、あたしも」
響く笑い声、白い花火の煙、ようやく手に入れた小さな幸福感。
瞼の裏に焼き付いた眩いまでのその光が、残像となっていつまでもこびりついた。
「結局それが忘れられなくて、こんなザマになっちゃったのよね。
あいつは絶対あたし達のものになんてならなかったのに」
いつか本当の家族になれると、ずっと三人一緒に生きていけると、
そう思っていた過去を遂に静香は精算する準備を始めた。
人の気持ちを自分の意のままに出来ると思いこんでいた子供時代が、ようやく終わる。
しかしそこには不思議と後悔は無かった。
「けどあたしも亮も、バカみたいな生き方したなんて思ってないわ。
あの時はそうするしかなかったんだもの」
「きっとそれしか方法は無かったの」
辛い過去も、無駄に思えたあの生活も、全ては通るべき道だったと静香は語った。
ゆっくりと自己と向き合って行く彼女に、カウンセラーは一つ質問をする。
「この週末はどこに行くんでしたっけ?静香さん」
「あ、一度叔母さんに会いに行こうと思って」
「まぁ、もう弱っちゃって認知症か何かのリハビリ施設にいるらしいけど。
行けば絶対頭に血が上ってブチギレちゃうかもしんないけどさ、
皆会ってみろって言うし、あたしもちょっと思い出す時もあって‥」
静香は、彼女の精神を歪ませたその当事者にも、会いに行こうとしているのだった。
淡々と語る彼女からは、怨恨や後悔の念は感じられない。
「まぁ行ったらスッキリするだろうし、さくっと全部忘れて‥。そのくらい何でもないわよ」
「よく決断されましたね。辛かったでしょう?」
‥多分
「一発殴れば捕まるかしら?あ、冗談よ、冗談!」
<何度か会ったけれど、前よりは落ち着いた気がする。本当にほんの少しだけ‥
どうやら前向きな変化と見て良さそうだ>
霞がかった春の空に、白い花弁が舞っている。
春はそれぞれの人生に訪れて、また新しい出会いと関係を作って行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<最終章(4)ーそれぞれの春(1)ー>でした。
花を抱えて展覧会に誘う佐藤先輩!素敵ー!(でもリュックなのが佐藤先輩らしい)
静香もようやく蓋をして来た自分の過去に向き合えるようになったんですね。
そしてその先にはきっと、人を思いやれる彼女になっている未来があると思います。
佐藤先輩と静香に訪れたそれぞれの春が、やがて二人の春になるよう願ってます‥
ああ〜着々と終わりに近付いて行く‥
次回は<最終章(5)ーそれぞれの春(2)ー>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
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<そしていつの間にか、また新しい春が訪れていた>
長く寒い冬を越え、いつしか植物も新しい芽を芽吹かせていた。
柔らかなその芽からは、やがて綺麗な花が咲く。
春の霞が青空を淡い色に変え、日の光を柔らかに照らしていた。
その空の下で佐藤広隆は、河村静香から一通のメールを受信する。
ごはんおごって
<皆、それぞれの人生を生きている>
まだまだ、彼の受難は続きそうだ。
佐藤はたった二文字のその身勝手なお願いに身悶えている。
「なんで俺ばっかり!もう我慢出来ないぞ!」
するともう一通メールを受信した。
だってアンタもう社会人じゃん
まるで悶絶している彼を見透かすかのようなその内容‥。
「確かに今日ごちそうするつもりだったけど‥」
ご飯を奢ったり、一緒に勉強をしたり、そういう付き合いも良いだろう。
けれど佐藤は、もう一歩踏み出したいのだ。
手に持っているのは美術の展覧会のチケットだった。
佐藤はそれを手に持ちながら、ぐっと覚悟を決める。
<無事就職した佐藤先輩は、
常に告白するタイミングを窺っているみたいだ(バレバレだけど)>
鞄には真っ赤なバラが忍ばせてあった。
握り締めたそのチケットが、きっと二人を新しい未来へ導いてくれるー‥。
その頃静香は、佐藤から送られて来た展覧会へのお誘いメールを見て笑みを浮かべていた。
「ふん」
そんな静香に向かって、彼女の前に座る女性が声を掛ける。
「メール続けてもらっても構いませんよ」
「ううん、それだとブルブル鳴っちゃうし」
<静香さんは定期的にカウンセリングを受けているらしい>
静香は「どこまで話したっけ」と言って記憶を辿り、そして話し出した。
「一度だけね、そいつが心から笑ってくれたことがあったの」
高校時代に三人で花火をした、あの時のことを。
今でも鮮明に思い出すことが出来る、あの高揚感を蘇らせながら‥。
「幸せだった。あの日は‥」
刹那に咲いて消えて行く、まるで花火のようだったあの日。
瞼の裏に、こちらを向いて微笑む淳が焼き付いている。
「本当に、振り返ってもあたしの人生の中で一番‥」
「亮も、あたしも」
響く笑い声、白い花火の煙、ようやく手に入れた小さな幸福感。
瞼の裏に焼き付いた眩いまでのその光が、残像となっていつまでもこびりついた。
「結局それが忘れられなくて、こんなザマになっちゃったのよね。
あいつは絶対あたし達のものになんてならなかったのに」
いつか本当の家族になれると、ずっと三人一緒に生きていけると、
そう思っていた過去を遂に静香は精算する準備を始めた。
人の気持ちを自分の意のままに出来ると思いこんでいた子供時代が、ようやく終わる。
しかしそこには不思議と後悔は無かった。
「けどあたしも亮も、バカみたいな生き方したなんて思ってないわ。
あの時はそうするしかなかったんだもの」
「きっとそれしか方法は無かったの」
辛い過去も、無駄に思えたあの生活も、全ては通るべき道だったと静香は語った。
ゆっくりと自己と向き合って行く彼女に、カウンセラーは一つ質問をする。
「この週末はどこに行くんでしたっけ?静香さん」
「あ、一度叔母さんに会いに行こうと思って」
「まぁ、もう弱っちゃって認知症か何かのリハビリ施設にいるらしいけど。
行けば絶対頭に血が上ってブチギレちゃうかもしんないけどさ、
皆会ってみろって言うし、あたしもちょっと思い出す時もあって‥」
静香は、彼女の精神を歪ませたその当事者にも、会いに行こうとしているのだった。
淡々と語る彼女からは、怨恨や後悔の念は感じられない。
「まぁ行ったらスッキリするだろうし、さくっと全部忘れて‥。そのくらい何でもないわよ」
「よく決断されましたね。辛かったでしょう?」
‥多分
「一発殴れば捕まるかしら?あ、冗談よ、冗談!」
<何度か会ったけれど、前よりは落ち着いた気がする。本当にほんの少しだけ‥
どうやら前向きな変化と見て良さそうだ>
霞がかった春の空に、白い花弁が舞っている。
春はそれぞれの人生に訪れて、また新しい出会いと関係を作って行く‥。
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<最終章(4)ーそれぞれの春(1)ー>でした。
花を抱えて展覧会に誘う佐藤先輩!素敵ー!(でもリュックなのが佐藤先輩らしい)
静香もようやく蓋をして来た自分の過去に向き合えるようになったんですね。
そしてその先にはきっと、人を思いやれる彼女になっている未来があると思います。
佐藤先輩と静香に訪れたそれぞれの春が、やがて二人の春になるよう願ってます‥
ああ〜着々と終わりに近付いて行く‥
次回は<最終章(5)ーそれぞれの春(2)ー>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
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