空には満月が浮かんでいた。
その頃赤山家では、普段より一組多い布団が敷かれようとしているところであった。
少し丈の短い蓮の服を着た淳が、気まずそうに頭を掻いている。
「明日の朝は七時頃起きるかしら?」「はい。すみません、お世話になります」
「ううん、土曜だしゆっくりするわ」「そう?」「うん」
「それじゃ、ゆっくり休んでね」「は‥はい、おやすみなさい」
にこやかにそう言う雪の母の後ろで、ゴオオという音と共に雪の父が佇んでいた。
父は淳が雪の部屋で寝ることに、未だ納得いかないのであった。
「おいあれで大丈夫なのか?蓮の部屋でもいいだろう」
「いや〜二人喧嘩したみたいだし、話出来るようにそっとしといてやろーよ。
家族皆居るし何も無いって〜俺一人で寝たいし」
そんな蓮の優しさと共に、家族は二人を温かく見守ることにして雪の部屋を後にした。
ドアが静かに閉まる。
タン
途端にしん、と部屋の中が静まり返った。
淳は何も言わずに、疲れたように幾分俯いている。
雪は彼の様子をそっと覗いながら、彼を布団へと促した。
二人はそれぞれ横になり、部屋の電気を消す。
暗闇にぼんやりとほのかな明かりが灯っていた。
雪は彼の気配を感じながら、ゆっくりと口を開く。
「明日が土曜日で良かったですね。きっと明日は瞼がパンパンでしょうから」
淳は決まり悪そうに、布団の中でゴソゴソと動いていた。
そして何か言いたそうな顔で、雪のことをじっと見ている。
「‥上がって来ます?」
その視線の意味を察した雪がそう言うと、
淳は無言でコクリと頷いた。
淳がベッドに上がって来ると、雪は彼の膝を枕にしてコロリと横になった。
その体温を感じながら、ふわぁと欠伸をする。
まるでようやく懐いた兎を愛でるように、淳は雪の髪の毛を優しく撫でてやった。
その柔らかな手つきを感じながら、雪がポツリとこう口にする。
「別れたりしないですよね?」
「それはこっちの台詞だよ」
淳のその言葉を聞いて、雪はゆっくりと目を閉じた。
ありのままの自分の気持ちを、慎重に言葉にする。
「まだ‥先輩の考え方が理解出来ない時があります。私の価値観とは違うって感じる時も。
それでも一緒に居たかったから、ずっと先輩の考え方に合わせて来ました」
その雪の告白を聞きながら、淳は去年のことを思い出していた。
今まで見ないフリをして忘れようとして来たそれを、そっと取り出して眺めてみる。
「今考えてみると、最初雪ちゃんが俺を嘲笑ったことは、悪いことじゃなかったんだ」
「あのことが無かったら、君は俺にとってただの大学の後輩ってだけだった」
必死に土を被せて埋めようとして来たその過去は、今の二人に繋がる契機だった。
淳は雪の髪を撫でながら、そのかけがえの無い存在を愛おしむ。
「俺に近付いて来る人達は皆、俺の上辺に興味があっただけで、
誰も俺自身のことを知ろうとはしなかった。君だけが俺のことを見てくれたんだ」
かつて世界で一番遠い存在だった彼女は、いつしか一番近しい存在になっていた。
彼等はまるで合わせ鏡の様に、互いに影響を及ぼし合い、変わって行く。
淳は柔らかに微笑みながら、彼女に一つ問いかけた。
「知ってたかな」
「だんだんお互いに似てくるのが嬉しかったし、
そうすれば雪ちゃんは俺から離れて行かないって思えて安心してたけど‥」
「結局それが幸せとは全く思えなかった。違ってるその部分さえ、好きだったんだよ」
あの日彼女は「今は先輩のことが前よりもっと理解出来る」と言った。
望んでいたはずのその言葉が淳の心を締め付けたのは、自分に似た彼女より、
本来の彼女そのものが好きだったから‥。
かつて全ての者を遠ざける為に張った境界が、今は他者を尊重する為に引いた細い線となる。
淳は彼女を囲い込んでいたその手を離して、優しく彼女を撫でた。
「自分がこの先、どう生きて行くかは分からないけど」
「こんな風にただ一緒に居たいと思う」
「それだけで充分なんだ」
もう全部大丈夫だ。
彼も、彼女も。
今二人は開け放たれた扉の中で、穏やかな表情で寄り添い合う。
いつしか訪れた眠りの中で、優しい夢を分かち合いながら‥。
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<エピローグ(2)ー扉の中でー>でした。
いや〜〜良かった‥良かったですね‥
最後寄り添い合う二人を見た時、本当にこれでチートラは終わりなんだなぁと思えて‥
淳の「それだけで充分なんだ」という台詞は、
<互いを知るということ>の台詞と一緒ですが、
この時は、先輩扉を越えないでこう言ってるんですよね〜。
(懐かしい「おいとま」使用のジジ淳‥)
心の扉を開けて、本心から言ってる今の淳と以前の淳の対比が、彼の成長を表してますよね。
後日の回想シーンで、結局その台詞に繋がる彼の本心は「それだけじゃ嫌だ」だったし‥。
(同じコマのはずが絵柄変わりすぎ‥)
ようやく淳は「雪のトラウマを利用して傍に居てもらう」罪悪感から解き放たれ、
二人は一人の人間同士として寄り添い合えたんですよね。
淳号泣祭りの結末がこんなに温かなものとは‥うう‥涙が‥
ようやく去年の出来事にも「あれは悪いことじゃなかった」と受け入れることが出来て本当に良かった。
最終回の静香が言った「あの時はそうするしか出来なかった。それしか方法は無かった」という台詞は、
今の淳と雪にも当てはまるし、登場人物皆にも当てはまる。
辛いことや苦しいこと、消したいこと埋めたいこと沢山あるけれど、全部その先に繋がる道の為に必要なこと。
それがこのチーズインザトラップという物語が伝えたかったことなのかな、と思いました。
うう‥感無亮‥
さて、エピローグも次回が最後です。
<エピローグ(3)ープロローグー>です。
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