雪はオドロオドロしい形相で、友人の名を口にした。
「も・え・なぁぁぁ?」
その低くドスの利いた声に、通話先の萌菜は狼狽する。
「いやいやいやいや!」
雪は聡美と太一の間で面白がって関係をこじらせた萌菜に、怒っているのである。
「なんでそんな余計なことすんのよ?!」
「だってさぁ‥あの子たちがお互いチラチラ意識し合ってんのが微笑ましくてつい‥」
聡美が撮影現場に見学に来た折、萌菜は太一を意識する聡美を見て、
つい意地悪の虫が騒ぎ出してしまったと言う。
それでも後日太一の幸せを願って涙を流した聡美のことが、気になって仕方が無かったらしい。
「二人共電話掛けても出ないし、よりによって私もその時仕事がトラブっちゃってさぁ。
この件が無くても一回大学行こうと思ってたよ」
萌菜の弁解を聞いた雪は、ふぅっと大きく息を吐いた。
「ま、それでも二人が上手く行くことになって良かったけどさ」「おお、そう?」
「てか太一が軍隊行く話って聞いた?」
「え?マジで?うわー大変。いきなり遠距離恋愛かー」
終わり良ければ全て良し、で雪はこれ以上親友を責めるのは止めにした。
久しぶりの世間話は続き、話題は柳瀬健太の過去問盗難事件についてへと移行する。
雪の口からその顛末を聞いた萌菜は、呆れ返って声を上げた。
「うーわマジか!健太って人リアルにそんな痛い男なんだ?
ところで雪、アンタがそこまでやるとは予想外なんだけど!」
「なんで?私だって怒る時は怒るよ。あの人には相当我慢させられて来たし」
「まさかアンタが学科長の名前まで出して周りの人達まで巻き込むとはね。超意外だよ!」
通話先の萌菜は嬉しそうに、雪のその変化について言葉を続ける。
「女狐のように小狡く生きる、出来てんじゃん雪!お姉様は嬉しいわ」
「何言ってんのよ」
”狐のようにしなやかに、そして時に小狡く”
それは萌菜が度々雪に対して口にするフレーズだった。
彼女は言葉を続ける。
「それでも”熊女”よりは良くない?
高校生の頃のこと、思い出してみなよ」
”熊女”という比喩は、全部飲み込んで溜め込んで、我慢を重ねる鈍臭い女を表しているらしい。
高校時代その”熊女”だったという雪について、萌菜はあの頃の彼女をこう語る。
「見て見ぬフリ、やられてもやられてないフリ、
腹が立ってもただひたすらに我慢して、最後には結局手の平返すみたいにして絶交したじゃん?ヨーコ覚えてる?杉田陽子」
雪の脳裏に杉田陽子という同級生の姿が浮かんだ。
我慢に我慢を重ねて、遂には関係を断った雪的黒歴史のかつての友人‥。
「アンタって忍耐強いけど、人を見切る時は恐いくらいスパッと切るじゃん。
ヨーコが天狗状態だった時、結局アンタあの子をスルーし続けたでしょ?ヨーコにとってはそれが屈辱だったのよ。
普段何も言わなかったくせに突然絶交なんてどうしてって、結局アンタのこと恨んで終わりになったけどさ」
大人しいヤツが実は一番怖い、と言って萌菜は笑った。
愚鈍で不器用なこの親友を、萌菜はずっと気に掛けて来たのである。
「女狐みたいに小狡く生きろって、
私あの時もそう言ってたじゃんか」
高校時代の自分を思い出し、思わず雪は「うぅむ、」と低く唸った。
萌菜はそれ以上ヨーコのことには触れず、代わりにとある話題を口に出す。
「てか私だって無駄に蒸し返してるわけじゃなくて‥。
高校時代の友と言えばさ、最近変な話を聞いたんだけど、アンタ知ってる?」「?」
疑問符を浮かべた雪の耳に入って来たのは、予想外とも言える彼の話題だった。
「アンタが御曹司だか何だかと付き合ってるって聞いて、
皆突然アンタと連絡取りたがって、合コンセッティングして欲しいみたいな流れになってんだけど」
「はぁぁ?なんで私がぁ?」
「いや‥てかどうしてそれを‥」
「ゆりっぺが話広めてるみたいだけど、アンタあの子と何かあった?」
「ゆりがぁ?」
その名前を口に出した時、雪の脳裏に瞬時に記憶が蘇った。
この前皆で集まった時、偶然顔を合わせたゆりの彼氏と、青田淳とのやりとりが。
「あ」
雪は頭を抱えこみながら、ナンテコッタと項垂れる。
「とりあえず私が間に入って流しといたけど、もしかしたら次の集まりはアンタ色々大変かもね」
「覚悟はしとくんだよ。分かった?」「もー集まり行かないもん!」
「そーしなww」「おやすみ!」「おやすみー」
雪は若干やけっぱちになりながら、萌菜におやすみの挨拶をして電話を切った。
信じられない思いを抱えながら、仰向けに寝転がる。
「はぁ?何なの?はぁぁ?」
自分は何もしていなくても、時に理不尽に追い詰められるこの窮屈な現実。
以前似たようなケースに陥った時に聞いた、彼の言葉が鼓膜の裏で再生される。
「生きている以上仕方がないんだよ。自分が賢くなるしかないんだ」
「打ち勝つには、誰より毅然と賢明にね」
まるで狐のようにしなやかに生きて行く彼の語る理想論が、白い天井に淡くぼやける。
今の自身は、高校時代の「我慢を重ねて全部飲み込む熊女」から脱却出来ているんだろうか‥?
先ほど聞いた萌菜の言葉が、いやに胸を刺す気がした。
雪は一人、その言葉を口に出す。
「見て見ぬフリ、やられても、」
「やられてないフリ‥」
結局それが、しっくりくる気がした。
雪は重たい胸の内を持て余しながら、白い天井をいつまでも見上げていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<女狐と熊>でした。
今回は動物が沢山出て来ましたね。
狐は「小狡い、卑怯、人を化かす」といったイメージ、反対に熊は「愚鈍、不器用」なイメージで語られてます。
一気に熊から狐へ変化するのは難しいでしょうね。人は簡単には変わらない生き物ですものね‥。
次回は<一件落着>です〜。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
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「も・え・なぁぁぁ?」
その低くドスの利いた声に、通話先の萌菜は狼狽する。
「いやいやいやいや!」
雪は聡美と太一の間で面白がって関係をこじらせた萌菜に、怒っているのである。
「なんでそんな余計なことすんのよ?!」
「だってさぁ‥あの子たちがお互いチラチラ意識し合ってんのが微笑ましくてつい‥」
聡美が撮影現場に見学に来た折、萌菜は太一を意識する聡美を見て、
つい意地悪の虫が騒ぎ出してしまったと言う。
それでも後日太一の幸せを願って涙を流した聡美のことが、気になって仕方が無かったらしい。
「二人共電話掛けても出ないし、よりによって私もその時仕事がトラブっちゃってさぁ。
この件が無くても一回大学行こうと思ってたよ」
萌菜の弁解を聞いた雪は、ふぅっと大きく息を吐いた。
「ま、それでも二人が上手く行くことになって良かったけどさ」「おお、そう?」
「てか太一が軍隊行く話って聞いた?」
「え?マジで?うわー大変。いきなり遠距離恋愛かー」
終わり良ければ全て良し、で雪はこれ以上親友を責めるのは止めにした。
久しぶりの世間話は続き、話題は柳瀬健太の過去問盗難事件についてへと移行する。
雪の口からその顛末を聞いた萌菜は、呆れ返って声を上げた。
「うーわマジか!健太って人リアルにそんな痛い男なんだ?
ところで雪、アンタがそこまでやるとは予想外なんだけど!」
「なんで?私だって怒る時は怒るよ。あの人には相当我慢させられて来たし」
「まさかアンタが学科長の名前まで出して周りの人達まで巻き込むとはね。超意外だよ!」
通話先の萌菜は嬉しそうに、雪のその変化について言葉を続ける。
「女狐のように小狡く生きる、出来てんじゃん雪!お姉様は嬉しいわ」
「何言ってんのよ」
”狐のようにしなやかに、そして時に小狡く”
それは萌菜が度々雪に対して口にするフレーズだった。
彼女は言葉を続ける。
「それでも”熊女”よりは良くない?
高校生の頃のこと、思い出してみなよ」
”熊女”という比喩は、全部飲み込んで溜め込んで、我慢を重ねる鈍臭い女を表しているらしい。
高校時代その”熊女”だったという雪について、萌菜はあの頃の彼女をこう語る。
「見て見ぬフリ、やられてもやられてないフリ、
腹が立ってもただひたすらに我慢して、最後には結局手の平返すみたいにして絶交したじゃん?ヨーコ覚えてる?杉田陽子」
雪の脳裏に杉田陽子という同級生の姿が浮かんだ。
我慢に我慢を重ねて、遂には関係を断った雪的黒歴史のかつての友人‥。
「アンタって忍耐強いけど、人を見切る時は恐いくらいスパッと切るじゃん。
ヨーコが天狗状態だった時、結局アンタあの子をスルーし続けたでしょ?ヨーコにとってはそれが屈辱だったのよ。
普段何も言わなかったくせに突然絶交なんてどうしてって、結局アンタのこと恨んで終わりになったけどさ」
大人しいヤツが実は一番怖い、と言って萌菜は笑った。
愚鈍で不器用なこの親友を、萌菜はずっと気に掛けて来たのである。
「女狐みたいに小狡く生きろって、
私あの時もそう言ってたじゃんか」
高校時代の自分を思い出し、思わず雪は「うぅむ、」と低く唸った。
萌菜はそれ以上ヨーコのことには触れず、代わりにとある話題を口に出す。
「てか私だって無駄に蒸し返してるわけじゃなくて‥。
高校時代の友と言えばさ、最近変な話を聞いたんだけど、アンタ知ってる?」「?」
疑問符を浮かべた雪の耳に入って来たのは、予想外とも言える彼の話題だった。
「アンタが御曹司だか何だかと付き合ってるって聞いて、
皆突然アンタと連絡取りたがって、合コンセッティングして欲しいみたいな流れになってんだけど」
「はぁぁ?なんで私がぁ?」
「いや‥てかどうしてそれを‥」
「ゆりっぺが話広めてるみたいだけど、アンタあの子と何かあった?」
「ゆりがぁ?」
その名前を口に出した時、雪の脳裏に瞬時に記憶が蘇った。
この前皆で集まった時、偶然顔を合わせたゆりの彼氏と、青田淳とのやりとりが。
「あ」
雪は頭を抱えこみながら、ナンテコッタと項垂れる。
「とりあえず私が間に入って流しといたけど、もしかしたら次の集まりはアンタ色々大変かもね」
「覚悟はしとくんだよ。分かった?」「もー集まり行かないもん!」
「そーしなww」「おやすみ!」「おやすみー」
雪は若干やけっぱちになりながら、萌菜におやすみの挨拶をして電話を切った。
信じられない思いを抱えながら、仰向けに寝転がる。
「はぁ?何なの?はぁぁ?」
自分は何もしていなくても、時に理不尽に追い詰められるこの窮屈な現実。
以前似たようなケースに陥った時に聞いた、彼の言葉が鼓膜の裏で再生される。
「生きている以上仕方がないんだよ。自分が賢くなるしかないんだ」
「打ち勝つには、誰より毅然と賢明にね」
まるで狐のようにしなやかに生きて行く彼の語る理想論が、白い天井に淡くぼやける。
今の自身は、高校時代の「我慢を重ねて全部飲み込む熊女」から脱却出来ているんだろうか‥?
先ほど聞いた萌菜の言葉が、いやに胸を刺す気がした。
雪は一人、その言葉を口に出す。
「見て見ぬフリ、やられても、」
「やられてないフリ‥」
結局それが、しっくりくる気がした。
雪は重たい胸の内を持て余しながら、白い天井をいつまでも見上げていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<女狐と熊>でした。
今回は動物が沢山出て来ましたね。
狐は「小狡い、卑怯、人を化かす」といったイメージ、反対に熊は「愚鈍、不器用」なイメージで語られてます。
一気に熊から狐へ変化するのは難しいでしょうね。人は簡単には変わらない生き物ですものね‥。
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