
コピー室にて。
雪は白目のまま、出来上がっていくプリントをただぼんやりと眺めていた。

先程の出来事は、まだすんなりと理解出来ていない。
「オレ、お前んちの麺屋辞めっから」

何だろ‥さっき何かが過ぎ去って行ったような‥嵐のように‥

亮が、店を辞める。
どこかへ行ってしまうかもしれない。
雪の脳裏に、夏の終わりに同じようなシチュエーションに陥った時のことが思い浮かんだ。
辞めちゃうんですか?
どうしたよ?人間は出会いと別れを繰り返す生き物なわけよ!

あの時はどこか自分と亮との感情がシンクロしたような、そんなシンパシーを感じた気がした。
けれど先刻の亮は違った。何を考えているのか全く分からなかった。
「今まであんがとな」

‥本当に同じ人‥?

胸の中がモヤモヤする。
雪は出来上がって行くプリントを揃えながら、そんな心情を持て余した。
するとそんな雪の後ろから、巨体がそっと近付く。
「あっかやま!ヤッホー

「ひいっ!」

突然の背後からの不意打ち攻撃。雪は思わず息を飲む。
しかし健太は一向に気にせず、雪の持っているプリントを覗き込んだ。
「何してんだ?コピー?」

「授業の資料か?」

親しげなムードで近付く健太。どっこい、その攻撃をかわす雪。
両者はお互いの思惑を見抜いて牽制し合った。
「チッ」 「フン!」

しかし健太は引かない。六つも年下の後輩に、今度は泣き落とし攻撃である。
「なんなんですか?!」「俺さっきこれ見たんだ‥Q社の就活準備‥。入社に成功した事例だよな?」
「これ、うちの学会の資料なんですけど!」

‥嫌な予感がする。
こんな時は逃げるが勝ち、と雪は健太に背を向けようとするが、そうは問屋が卸さない。
「そんじゃこれで‥」「あー!待った待った!なぁ、それのコピーもらっちゃダメ?」
「はぁぁ?!健太先輩は財務学会入ってないじゃないですか!」「そこをなんとかさぁ~!」



ゴネる健太。そして泣き落としが通用しないと分かると、彼はいつものように怒り出した。
「おい!どうせその手の情報なんてネット上に溢れてんだろぉ?!」
「それでもこれは学会のメンバーだけが貰える資料なんですから!てかネット上にあるなら自分で探せっ」
「財務学会の先輩だけが先輩か?!俺だって先輩だろうが!」

すると健太の怒りにつられ、雪もだんだんイライラして来た。
頭の片隅に押しやった不満までもが、ひょっこりと顔を出す。
「それに‥」

「あ?」
「私の弟の足踏むの止めてもらえませんか。
最近よく弟を困らせてるでしょ。またやったら‥」

その雪からの抗議に、健太は大袈裟なアクションで反応した。
「うっわ赤山!どーして俺がお前の弟にそんなことを?!一体どうしてだぁ?!」
「だ‥だから恵が‥」「うわ、マジかよ」

そして健太は雪の顔を真っ直ぐに見ながら、こう指摘したのだった。
「赤山、お前ものすごい変わったぞ。分かってっか?」

「!」

思わずぐっと言葉に詰まった。
黙り込んだ雪に向かって、健太はくどくどと小言を炸裂させる。
「逆にな?俺がミスってお前の弟の足を踏んだことがあったとしても、
んな小せえことずっとグチグチグチグチ言うのってどうよ?
ちょっと足を踏んだだけで怒るとか‥。前にも容赦なく除名したよな。
俺そのせいで成績落ちて、更に就職出来なくなったんだぜ。マジでずっとこんな仕打ち続けるのか?」

声も図体もでかい健太が女の後輩に異議を申立てている光景は、人々の関心を誘った。
好奇な視線を感じ、雪は一人アワアワと慌て出す。
「ひどすぎんぞマジで!」
こ‥この無鉄砲野郎‥!

この状況をどう切り抜けるべきか?
雪はプリントの一番最初のページに書いてある諸注意に、速攻で目を通す。
今回の資料は共有禁止ではない
初回資料の為、情報もあまり入ってない

それを読んだ瞬間、肩の力が抜けた。
もうあげてしまおう、そう決めた雪は健太に向き直る。
「とにかく‥弟には絶対謝って下さい」

「今日はこのコピーしたものを渡しますから」
「さっすが赤山!」

プリントを受け取った健太はハートを飛ばしながら、バンザイをして喜んだ。
「なんて広い心の持ち主なんだぁ~!分かった分かった、絶対謝るから!コーヒーおごろっか?」
「いえ結構です」

健太は先程までとはまるで別人のように、親切な先輩となって後輩に接する。
「我らが赤山よ~何か困ったことあったら言えよ?」
「いや特に‥その代わりもう次はないですからね!」「分かってるって~」

そして健太は上機嫌で雪に背を向けた。どこか気になる台詞を言い残して。
「お前はもう変わっちゃったもんだと結構マジで思ってたんだけどなー?
やっぱりお前は優しいやつだった!んじゃなー」

成績が良いわけでもない、尊敬出来る点も少ない、そんな先輩だが、
野生の勘というか第六感が発達しているのが柳瀬健太という人間だ。
そんな人間から、「赤山は変わった」と指摘された‥。

雪はどこか妙な気分になりながら、コピー室を後にした。
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<健太の指摘>でした。
横山の時と同じように、健太が出てくると憂鬱な気分に‥

雪ちゃん、おつかれさまです‥。
次回は<変わった彼女>です。
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