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Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<雪と淳>指先

2015-09-06 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)



目を開けた先に見えたのは、見慣れない天井。

雨の音が聞こえていた。



淳はゆっくりと辺りを見回し、耳を澄ませた。

外で降っている雨音とは別に、規則正しい呼吸の音が聞こえてくる。



テーブルを挟んだ向かいのソファに、誰か寝ていた。

オレンジがかったその豊かな髪は、赤山雪に違いなかった。



思わずガバッと起き上がる淳。



改めて、彼女の方を振り返る。






赤山雪はソファの背凭れの方を向きながら眠っていた。

淳は彼女の後ろ姿を見て、思わず目を丸くする。



一体いつから眠り込んでしまったのだろう?そして、なぜ隣で赤山雪が眠っているのだろう?

突然の出来事に面を食らい、暫し淳はその場で考えを巡らせた。

「‥‥‥‥」







テーブルの上に、薬と水の入ったコップが置いてあった。

淳は店内をぐるりと見回す。

 

カウンターに置いてあった細々とした物も、最後にまとめようと思っていたゴミもきちんと片付けてあった。

自分が眠り込んでいた間に、全て彼女がやったというのだろうかー‥。




淳はその場から立ち上がり、雨が激しく降る外へと出た。

赤山雪が帰った後で行くはずだった場所へと、歩を進める。

 

大学から店へと続く道路に貼るステッカーも、周辺の壁に貼るポスターも、全ての仕事は既に完了していた。

ザァザァと降る雨の中、淳は一人立ち尽くす。



身体が、豪雨を受けて濡れて行く。

じわじわ、じわじわと。

ゆっくりと彼女が、自分を侵害して行くような気がする。



淳が自分でやるはずだった仕事をやり終えた彼女は、一体どんな顔で淳と相対するだろうか。

見下すか、あるいは嘲笑するか、

それとも淳を出し抜けたと、勝ち誇った表情を浮かべるか‥。











静謐な室内とは裏腹に、淳の心の中はえも言われぬ感情が渦巻いていた。

淳は虚ろな表情をしたまま彼女の前に立ち、じっと静かに彼女を見下ろす。








規則正しく、しかし少し早いリズムで繰り返す呼吸。

淳は、彼女の後ろ姿から横顔に掛けてを凝視していた。



髪の毛の間から、耳から頬に掛けての肌が見えている。

‥気のせいだろうか、彼女が熱っぽく見えるのは‥?






淳が僅かに首を傾げると、同時に雪が頭の位置を少しだけ動かした。

彼女の横顔が見える。



耳元に、たらりと水滴がその曲線を走って行った。







その雫に吸い寄せられるかように、淳は手を伸ばした。

何も考えず、何も隔てずに。



静かだった寝息はいつの間にか、ふぅ、ふぅ、と苦しげな吐息に変わっていた。

暗い室内でも分かるくらい、頬が赤い。



淳は手の平を上に向けて、手の甲側の指で彼女の頬に触れた。

その体温を確かめるように、何度か場所を変えてその熱を計る。



明らかに熱がある。高熱だ。

淳は微かに眉をひそめ、苦しそうな彼女を俯瞰する。



すると熱に喘ぐ雪が、淳の指の方へと顔を動かした。

手の甲側の指が、雪の頬に押されて少し前に倒れる。



淳はそのまま、もう一度指先で雪の頬に触れた。

今度は手の平側の、柔らかな指の腹で。

「ん‥」



すると雪の口から、声が漏れた。

小さな声だったが、淳の意識を引き戻すには十分だった。



はっ、と我に返る淳。

思わずその手を引っ込めた。



無意識の中で、彼女に触れた指先。

どうしてその手を伸ばしたのか、淳は自分が理解出来ずにじっと指先を眺めている。

「‥‥‥‥」



こんなのは自分らしくない。

淳は自身を戒めながら、くるりと彼女に背を向けた。




その時。



ぐっ、と微かに袖を引っ張られ、淳は立ち止まった。

目を丸くして、彼女の方を見る。



彼女の瞼は閉じたままだったが、口元が小さく動いていた。

うわ言のように何かを呟いている。

 

淳は疑問符を浮かべながら、そのうわ言に耳を澄ませた。

すると彼女は小さな声で、こう言ったのだった。

「わざと‥じゃ‥な‥」



「こわ‥くて‥」



雪の口から漏れ出てくる、弱々しく泣きそうな声。

彼女は未だ口元を動かしながら、小さくその身体を捩っている。

「ごめ‥なさ‥」



指先で掴まれた袖口を伝って、

彼女の手は服越しに、淳の手首に縋りつく。



目が覚めていないとは思えないくらいの強い力が、彼女の指先に込められていた。

「手‥」




雨が、ザァザァと降っていた。

風が、ごうごうと鳴っていた。

しかし室内は、そのノイズから隔絶されたかのように静かだった。

暗い孤独の縁。

その場所に今、淳と雪だけが取り残されている。

そしてなぜか、懐かしいような気持ちがした。

ずっと昔、まだ幼い時分から、この指先はずっと繋がれていたのではないか——・・・。








荒かった寝息はやがて落ち着き、スースーと穏やかなものへと変わっていった。

それでも雪の指先は未だ強い力で、淳の手をとらえて離さない。

 

とらえられているのは、果たして手だけであろうか。

淳は初めて見る彼女の姿を、じっと凝視し続ける。






柔らかな彼女の指と彼の手の平が、僅かな接点であれど、離れることなく触れていた。

淳の瞳は彼女の指先の軌跡を辿り、ゆっくりと動いていく。






指が一つ、また一つと触れて行き、二人を繋いだ。

熱っぽい顔をして、眠る彼女。



淳は彼女のその中に、小さな少女を見た気がした。

何かに怯え、そして縋りつく、自分と同じような子供の姿をー‥。








彼女の手が滑り落ちて行くその前に、淳は指先でその接点を繋いだ。

伸ばしてきたその手を、振り払ってはいけない気がして‥。

「‥‥‥」



とらえているのは指先か、それとも心のどこかだろうか。

未だ降り続ける雨の中で、その孤独の縁で、淳は彼女と手を繋ぎ続けた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>指先 でした。

今回は画像多めの記事となりました。読み込み多くてすいません^^;

そして今回台詞が少なくて‥ 地の文だらけで失礼しました。


しかし3部も終盤で、こんな大事な場面の回想シーンが来るとは、本当予想外でしたね~。

そして雪ちゃん‥一体何年おばあちゃんの手を振り払っちゃった罪悪感にうなされてるの‥(涙)


この頃から、淳は雪の心の闇というかトラウマに触れていたんですね。

散々繰り返された「泣いてる?」攻撃は、彼女の心を軽くしたいという淳の本心なんだろうなと、

今回の回想を経て思いました‥。


さて次回から現在に戻ります。<牙を潜める虎>です。

ちなみに本家3部105話の冒頭、淳のシーンは当ブログでは<変わらない彼>の後半部分に記載しています。

あしからず‥。




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<雪と淳>共鳴

2015-09-04 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)

赤い顔、荒い息遣い。

青田淳はソファに寝そべったまま、咳を繰り返していた。






それを見ている雪は、動揺のあまり思わず固まった。

続けてキョロキョロと辺りを見回す。

えっ‥さっきからおかしいと思ってたけど‥本当に具合悪かったの?






いつもなら笑顔でカバーする場面でも、不機嫌が隠しきれていなかった先程の彼。

おかしいとは思っていたものの、まさかここまで体調を崩していたとは‥。




学祭を明日に控えて、万全に準備された店内。

設営チームは皆散り散りに帰って行った。

ここまで仕上げたのは、おそらく大部分が青田淳の仕事のはずだ。



遠くで雨の音がする。

そしてそれに混じって、彼の熱っぽい吐息と喘鳴も。



ソファの背凭れの方を向いて寝ていた彼は、いつの間にか寝返りを打ち、今雪の方を向いて眠っていた。

その顔は熱っぽく赤らみ、息苦しさに僅かに歪む。



気付かなかった。

こんなにも具合が悪かったなんて。おそらく、誰も気がついてない。

雪は彼を見つめながら、心のどこかが震えるのを感じた。



その時、

初めて青田淳に対して、瞬間的に感じたものがある。

気の毒だという思いと、

今この瞬間だけは、この人は私と変わらないんじゃないかという感情と。




頭の中に、彼の声が響く。

やったからって誰も見てないって



あの時はただ見下されているのだと、ただバカにされているのだと、憤りばかりを覚えた。

けれど今、無防備な彼を前にして、その感情がだんだんと揺らいでいく。



雨の音が聞こえる。

先ほど雨に打たれて絶望を覚えていた自分と、一人暗い店内で熱に震える彼は、同じものなんじゃないか。

もしかしたら、この人もー‥



”誰も見てない”そう感じた時の感情の波紋が、

今目の前で息苦しそうに眠るこの人と、共鳴する。

雪は濡れた髪を触りながら、息を吐いた。







雪は濡れたレインコートを羽織ると、もう一度土砂降りの外に出た。

フードを両手で押さえながら、飛沫を上げて道路を走る。

病院は閉まってたから、薬局かコンビニ‥



雪は薬を買った後、足早にバーへと戻った。

裏口から入り、店内へ帰る前に倉庫に寄る。

確かこの箱にブランケットが‥



昨日整理した時の箱の中身を覚えていた。

雪は看病に必要なものを揃えると、小走りで店内へと戻る。



シンクでタオルを濡らし、ギュッと絞った。

箱から見つけ出したブランケットを、バサッと広げる。



彼を起こさないように、雪はそっとそれを掛けた。

スースーと規則正しい寝息は乱れること無く、青田淳は眠り続けている。



そしてここからが問題だった。

雪は恐る恐る、彼に向かって手を伸ばす。

「う‥」



聞こえないとは分かっていながらも、遠慮がちに声を掛け、雪は彼の身体に触れた。

「あ‥あのぉ‥はいすいません~‥靴は脱いで‥脚畳みましょうね~‥

顔は真っ直ぐに‥もうちょっと‥タオル乗せなきゃだから‥」


 

ソロリソロリと身体の向きを変え、なんとかミッションコンプリート。

雪は自分の手を改めてマジマジと見る‥。

触っちゃったよ‥あの青田淳に‥



‥一回触るも二回触るも、もう同じようなものだ。

雪はもう一度、額に乗せたタオルに手を伸ばした。

「ついでに‥」



そう言いながら、顔を伝う汗を拭う。

固く絞ったタオルは、その汗の水分で随分と湿った。

すごい汗‥



早いリズムで繰り返す呼吸。

これだけ身体を動かしたのに、全く気づきもせず眠り続けている。



前髪の先端から、雨粒が伝った。

雪は彼のことを見つめながら、深く一つ息を吐く。



窓の外では、未だ豪雨が降り続いていた。

誰もいない孤独の縁に今、彼と彼女だけが取り残されている‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>共鳴 でした。

世界で一番遠いと思っていた存在を、一番身近に感じる瞬間。

先ほど、淳→雪にその瞬間が訪れ、今回雪→淳に訪れたんですねー。

お互いがその瞬間を同時に迎えないところが、読者としてはもどかしい‥!


次回は<雪と淳>指先 です。

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<雪と淳>幻

2015-09-02 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)



ポタッ、と水滴の落ちる音が聞こえるくらい、そこは静まり返っていた。

雪は雫の落ちるレインコートを手に持ちながら、びっしょりと濡れた身体でそこに佇む。






窓の外では未だ豪雨が降り続いていたが、店へと続く廊下は驚くほど静謐だった。

電気のスイッチを点ける気にもならず、雪はその暗い廊下をトボトボ進む。



一歩進む度、濡れたスニーカーから水気の多い生地を踏む音がした。

レインコートからは依然として水が滴り落ち、雪が通った後に幾粒もの水滴がその後を残す。






まるで鉛を背負っているかのような疲労感と、心へ侵食してくる孤独感が、雪の英気を奪っていた。

虚ろな表情で暗い廊下を渡り切り、雪は店への入り口に佇む。



ガラスのドアの取っ手を掴み、押す。

何の音もしない。



耳の奥まで薄い膜で覆われているような、奇妙な感覚。

まるで夢の中にいるみたいに、現実感が無い。

そのまま暗い店内へと歩を進める。









そこに佇んでいた彼は、何の表情も浮かべていなかった。

その瞳の中にあるのはただ、暗い闇だけ。






まるでブラックホールのように、何もかも吸い込んでしまいそうな二つの穴が、雪を見ている。

薄い膜で覆われたような感覚の中で、雨音だけが聞こえていた。



痛いくらい、心臓が大きく脈を打つ。

ドクン 

ドクン

ドクン



ドクン 

ドクン

ドクン

「だから 言っただろ」



ドクン

ドクン

ドクン



ドクン

ドクン

ドクン

「お前の そんな姿」



ドクン

ドクン

ドクン






「誰も見ちゃいないって」





外では雨が降っていた。

薄い膜で覆われたようにくぐもっていたその音が、

急にスピーカーの音量を上げたかのように大きくなったー‥。






はっ‥



ビクッ、と身体が大きく強張り、ぼんやりとしていた意識が急にクリアになった。

雪はバッと顔を上げる。



ガラスのドアの向こうに、暗い店内がうっすら見えた。

そこには誰の姿も無い。






キョロキョロと周りを見回してみるも、やはり誰も居ない。

辿って来た廊下は、しんと静まり返っていた。



雪は信じられない思いで、その場に佇んだ。

確かに目の前にあの男が居たはずなのに‥。



髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きながら、自分を戒める。

バカじゃないの!なんでこんな‥



結局先程の彼‥青田淳は、幻だったのだ。

雪は火照る顔を叩きながら、自分に活を入れた。

しっかりしろ!








キイ、とドアを開け、中に入った。

学祭を明日に控えた、華やかな内装の店内。出て行く時と変わっていないように見える。



ほの暗いそこはとても静かだった。

青田淳が作業している気配は、どこにも感じない。



雪はキョロキョロと店内を見回した。

帰った?ドアに鍵も掛けないで?



変な気分だ。

引き続き雪が店内を見回していると、

やがて自分が店を出て行く時とは異なる箇所が目に入るようになった。

「お」



皆で作ったメニューが、案内しやすいカウンターに置いてあった。

雪が後でやっておこうと思っていたことだ。

「お?」



先ほど雪が道路に貼り付けて行った、足跡のステッカーが店内にも貼ってあった。

机の上のセットアップも十分にしてある。

「おぉ‥」



重たいビン類も、きちんとまとめてあった。

そのマメな仕事ぶりに、雪は思わず目を丸くする。

それなりに整理してあるじゃん‥



そしてソファの辺りに差し掛かった時、雪は目当ての物を見つけて声を出した。

「あっ!私の鞄ー‥」

 

それを拾い上げようとした、その時だった。


ヒッ!



思わず目玉が飛び出し、雪はその場にフリーズした。

身体が硬直状態である。



そして少し遅れて、ようやく心臓がバクバクと音を立てた。

雪はくるりと彼に背を向け、心臓を押さえてうずくまる。

ちょっ‥びっくり‥いなっ‥居ないと思っ‥



なんて心臓に悪い男なんだろう‥。

雪は暫し息を潜めた後、こっそりと彼の方を窺ってみる。



すると微かに、スゥスゥ、と静かな息遣いが聞こえた。

くぅ、と小さな声も聞こえる。



雪はその場に立ち上がると、信じられない思いで彼の方へ身を乗り出した。

‥寝てんの?



どうしてこんなところで寝ているのか‥?

そう思った時、寝息に混じってズッという音が聞こえた。おそらくそれは、鼻をすする音。



そして青田淳は目を閉じたまま、小さく咳をした。

ゴホッ‥ゴホッ‥



見るからに熱がありそうな、赤い顔。

幾筋も、頬に伝う汗。

予想だにしなかったそんな彼の姿を見て、思わず雪の頬にも汗が一粒‥。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>幻 でした。

ホ‥ホラーーーーー



更新時、夜中に一人で読んでいたので、思わず背筋が凍りましたよ‥。

この時の雪ちゃんの淳に対するイメージって、こんななんですね‥

よく恋愛に発展したもんですよね‥

一年後はこれだもんなぁ‥



すごい変化‥。


次回は<雪と淳>共鳴 です。


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<雪と淳>豪雨

2015-08-31 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)

雪は未だモヤモヤした不快を抱えながら、黙々と広報の仕事をこなし続けていた。

大学から店へ続く道に、一定の間隔でステッカーを貼って行く。



踏まれても汚れないように、雨が降っても濡れないように、

紙のそれを貼ってから、ビニールテープを上から貼りつける。



地味で地道な作業を、雪は黙って繰り返した。

同じ作業を続ける内、段々と気持ちは落ち着き、頭の中はクリアになる。



そして考えないようにしていたあの言葉が、再び脳裏に響いた。

やったからって誰も見てないって



そしてその言葉に引き摺られるかのように、様々な記憶が溢れ出す。


「掃除したのか?この際蓮の部屋もやりなさい。

プレゼントも送っておいてやれ」




胃の痛みを我慢して、両親の為に掃除した。

けれど父は自分を見ること無く、弟のことばかり気にかけた。


「逃げるよ!」

「アンタってホント気に食わない子ね」



ホームレスに食って掛かる平井和美を連れて逃げた結果、そう言い返された。

挙句和美から自分の劣等感さえも指摘され、その行動を後悔した。


「元気出せよ!」 「お前ってマジムカツク女だな」

 

皆から総スカンされた横山を哀れに思い、声を掛けたのが災難の始まりだった。

結局散々な目に合って、付けられた傷は未だに癒えない。


「い‥意見あります」

「派手なだけな企画なら、やらないほうがマシじゃないか?」



この学祭のプランを提案した時もそうだった。

要らぬお節介を焼いた結果、衆人環視の中でバッサリ否定されて。


気にかけるのは、首を突っ込むのはもう止めようと思うのに、いつも気がついたら渦の真ん中だ。

今はもう違うと思っても、事あるごとに同じことを繰り返している。



青田淳に仕返しするつもりで、仕事を完璧にこなしてやろうと思った。

重たくて引き摺って、クタクタになりながら大量の段ボールを運んだ。

けれど何一つ‥

何一つ、伝わっていないじゃないか。



ステッカーを貼る、その手が震える。

アイツ‥



顔が熱い。

汗が幾筋も頬を伝って行く。

アイツは‥



脳裏に浮かぶ彼の顔。

いつも皆に囲まれて、常に人当たりの良い笑顔を浮かべている。



けれど不意に視線がぶつかった時、彼はいつもこんな目で雪を見る。

人を観察するような、

心の奥底を見透かすような、

まるですべてを知っているかのようなー‥。









気がつけば、息が荒くなっていた。

全身が火照り、頭の回転が徐々に鈍くなる。



するとポツリ、と雨の気配を感じた。

手の平を上に向けると水滴がニ三粒、手の平を打つ。



「雨‥?」



するとポツ、ポツ、と降って来た雨は、見る間にその音を大きくして行った。

まばらだった水滴が、勢いを持って線のように降ってくる。



そしてあっという間に、土砂降りになった。

目を丸くする雪の頭上から、滝のように雨が降る。

ザーーーーーーーッ



一瞬何が起きているのか分からなくなった。

えーっと今は‥確かポスターを貼っている最中‥




「うわあああああ!」



雪はソッコーでコンビニに走り、100円でレインコートを買って被った。

未だ頭はパニックだが、とにかく早くこの仕事を終わらせなければならない。

「うわあああ!うわああああーーー!」

 

皆が土砂降りを避けて駆けて行く中、雪だけはそこに留まりステッカーを貼り続けた。

雨粒が跳ねる音に紛れて、雪の自虐的な叫びが響く。

「なにこれ?!なにこれぇ?!」



「しんっじらんない‥!」



なんという不運。なんというバッドタイミング。

雪は波立つ感情を放出するように、叫びながら手を動かし続けた。



そしてかなり大雑把ではあるが、なんとかその仕事を終わらせた。

「終わったー!」



雨はどんどん強くなる。

帰りの電車にも影響が出るかもしれない。

「早く帰んなきゃ‥!」



しかしそこであることに気がついた。

なぜか手ぶらであるということに‥。

あーーッ!鞄!!



雪は駅に向かおうとしていた足を、店の方向へと踏み出す。

「なんでバーに置いてきたの~!!」



レインコートのフードを手で掴みながら、雪は走った。

すると空から、低い雷鳴が聞こえてくる。

ゴロゴロ‥ピカッ!



ぎゃあっと叫びながら、雪はがむしゃらに雨の中を駆けた。

「もうっ!これじゃ今更傘買ったって無駄か‥。ビショ濡れじゃん!」



被っているレインコートの間から雨が入り、髪も体も濡れてしまっている。

雪はその豪雨の中を、バシャバシャと水しぶきを上げながら一人走った。

「うう‥なんなの‥」



道路の上に薄く張る水たまりを踏みながら走ると、

スニーカーのつま先が水に浸り、中の靴下が湿って行く感覚を覚えた。

雨に濡れて行く自身のように、心には絶望が侵食して行く。



響く雷鳴。降り続く豪雨。

雪はその中で一人、小さな声で呟いた。

「なんなの‥ホント‥」



ふと地面を見下ろすと、自分が貼ったステッカーが一定の間隔で店へと続いている。

こんな仕事、やったからって誰も気づいてくれないし、誰も見てはいないのに‥。




誰もいない孤独の縁。

今雪は一人きりでそこに、取り残されている。




豪雨の中で、雪は全身ずぶ濡れになりながらそれを見ていた。

そしてもう一度それを辿りながら、雪は店へと走って行った‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>豪雨 でした。

雪ちゃん‥可哀想すぎる‥

私も雨女&運が悪い方なので気持ち分かります‥。

それでも最後まで仕事をやり切るところが雪ちゃんですよね。偉いな‥。


次回は<雪と淳>幻 です。


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<雪と淳>不快

2015-08-29 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)



雪は思わずグッと唇を噛んだ。

先程青田淳から言われた言葉が脳裏に蘇る。

「やったからって誰も見てないって」



その言葉を聞いた途端感情が波立ち、気がつけば小さく震えていた。

いつもなら飲み込むその怒りが、今はおさまってはくれなかった。



ギッ、と雪は鋭い眼差しで淳を睨むと、彼に向かって口を開いた。

胸の中は荒天だが、口調は恐ろしい程静かだ。

「‥誰かが、」



「見てようが見てなかろうが、私が言い出したことです。

とにかくちゃんとやればそれで良いでしょう?」




淳は瞼を開け、視線だけを動かして彼女の方を窺った。

雪は彼に背中を向け、外に出るためにジャケットを羽織る。

「‥確かに、その通りですよ。」



「皆が気づかないなら、ホントに‥ピエロになった様な気分ですよ‥」



ぐっと握りしめた、その手と声が震えていた。

淳は思わず目を見開き、視線は彼女の表情を窺う。



しかし雪はくるりと彼に背を向け、その表情を彼に見せはしなかった。

そしてまだ震えの残る低い声で、こう続けたのだった。

「全部‥良く見せようとしてやってるわけじゃないです」



「一人でやってしまった方が気楽ってだけ‥」








淳は思わず反応した。

その言葉に、既視感を覚えて。



雪は横顔だけを彼に向け、静かな口調でこう問い掛ける。

「それはアンタ‥いえ、先輩も同じじゃないんですか?」



淳は思わず目を見開いた。

世界一遠いと思っていた人間から、”同じ”という言葉が出て来たことに。


雪は苛立つ感情を抑えきれずに、とうとう彼に向けて皮肉を吐いた。

「一人で残ってやったからって、誰かが賞でもくれるんですか?」「な‥」



その嫌味を含んだ言い方にカチンと来て、思わず身体を起こす淳。

しかし視線の先に居る雪の表情を見た途端、すぐに言葉は引っ込んだ。




「それじゃ」



そのまま雪は去って行った。

この場に不快な空気を残したまま。



そして淳は彼女が居なくなるのを、ただ目を丸くして見つめていた。

先ほどの衝撃で、感情のどこかが麻痺している。



頭の中で、彼女の言葉がグルグル回る。

「一人でやってしまったほうが気楽だ」と、「それは先輩も同じじゃないんですか」と‥。



心のどこかが、共鳴している。

けれどそれがどこでどういう類の感情なのかは、まだよく分からない‥。



考えれば考える程、突き詰めれば突き詰める程、分からなくなっていく。

淳は髪の毛を掴みながら、鈍く痛む頭を何度も横に振った。



ただ、不快だった。

彼女の寄越した嫌味が、チクチクと心を刺す。

ムシャクシャした気持ちで、淳は再び身体をソファに投げ出した。



波立つ感情を持て余して、淳は顔を顰めたまま拗ねるように寝転がった。

彼女と関わり合うといつも、物事は自分の想定を大きく外れて行く‥。








ダンッ!



大きな足音を立てながら、雪はポスター片手に大学へ続く道を歩く。

ハイハイ、明日からまた私をネチネチ追い詰めるんでしょ?!



心の中に、不快の雲がモクモクと膨らむ。

雪は怒りにまかせ、ポスターをバンバン壁に貼って行った。

私がいつ?!誰も見てないって?!



ふざけんじゃないわよ!



誰の話を‥



してんだっつーの!!



キーッと声を出しながら、雪は思い切り彼の無礼に腹を立てた。

青田淳、許すまじ。

そう決意を固めながら、雪は大量のポスターを持って通りを歩く‥。

「フン!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>不快 でした。

二人共似ている面を持っていることが、今回の話で顕著になりますね‥。

雪ちゃんがここまで憤るのも、先輩が雪の存在や言動にムッとしてしまうのも、

同族嫌悪に近いものがあるような‥そんな感じですよね。


次回は<雪と淳>豪雨 です。


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