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Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

解けない不信

2014-02-01 01:00:00 | 雪3年2部(大家の孫~了)
「あ?」



細い路地を覗き込んだ亮が目にしたのは、そこから出てこようとしている淳だった。

男の襟首を掴んで、まるでゴミ袋を持つような姿勢で男をズルズルと引き摺っている。



亮の存在に気付いた淳は、キョロっとした目で彼を真っ直ぐに見た。

何も言わない。



亮は淳が引き摺っている男の状況を見て口を噤んだ。

ゴミにまみれ、至る所に傷があり血が滲んでいる。

亮はそのまま二、三歩後ずさりして淳に進路を譲った。



淳は通りまで出ると壁際に投げ捨てるように男を放り、身体を打ち付けられた男は小さく呻いた。

しかし淳は構わず亮に声を掛ける。

「警察は?」「来てっけど‥」



淳はそのまま振り返らずに歩いた。雪が居る方向へ。

「雪ちゃん、何でここにいるの?」「先輩‥」



タッ、タッ、と彼の足音が近づいてくる。

雪は動揺を隠せないまま、幾分口ごもりながら彼の問いに答えた。

「そ、その‥まずは病院へ行こうと思って‥」



だんだんと近づいてくる淳を前に、雪は心臓が早鐘を打った。

それは嬉しくて鳴っているのではなかった。

「夜中だけど‥病院に‥」



雪の意識は笑顔を作ることに集中していた。その分彼の問いに対する答えは冗長になった。

雪の目の前に来た淳は、足を引き摺っている彼女に向かって手を伸ばした。彼女を気遣う言葉を掛けながら。

「何でこんなところに‥危ないよ」



差し出された手に対して、雪の本能的な部分が反応した。

意識的な笑顔とは裏腹に、ビクッと身体を固める。



それは一秒に満たない、一瞬の反応だった。

しかし淳はその敏感な神経で、雪の心に芽生えた恐怖を汲み取る。

淳の瞳に感情が浮かんだ。

それも、一瞬のことだったのだが。



淳は少しためらったが、雪の身体を支えるように彼女の肩に触れた。

二人のチグハグな会話が重なる。

「‥危ないから」「だ、だから‥」



二人の物理的な距離は近かった。それは身体が触れ合うほどだった。

淳と雪は互いの顔を正面から見つめた。二人の視線が交錯する。




意識ではコントロール出来ない本能が顔を出して、二人の心とこの場の空気を鈍く軋ませる。

しかし二人は元来会得してきた性分で、その本能を抑えこみ対外的な態度で互いに接した。

「あの‥先輩は大丈夫ですか?あの人すごい怪我して‥先輩もどこか怪我してるんじゃ‥」



雪が傷だらけの男を指さしながら淳を心配すると、淳は「大丈夫」と言って彼女に視線を落とした。

「別に何とも無いよ」



淳は雪の背中に腕を回し、抱きしめるような格好で彼女を支えた。

雪は彼の腕に抱え込まれながら、その感情が読み取れない瞳を覗き込む‥。




「ゆきぃぃぃ!どこにいたのぉぉ?!」



ダダダダ、と足音を響かせながら聡美と太一が雪に駆け寄った。聡美は涙目になっている。

「もー!心臓止まるかと思ったじゃん!

あの変態野郎に誘拐でもされたのかと思っ‥ぎゃっ?!




雪と淳の後ろに、すっかり伸びきった変態男の姿が目に入り、聡美が目を剥いた。

聡美と太一は、変態男とその前に座る亮を見て声を上げる。

「変態野郎!!」「お~!捕まえたんすネ!」



聡美は、亮が予め言っていたようにギッタギタになった男を見て顔を顰めた。

聡美も太一も、男をここまで傷めつけたのは亮だと思っているのだ。

二人の反応を見て、淳が意味深な表情をした。



亮が犯人を捕まえたことを否定したので、聡美と太一は仰天して淳の方を見た。

うっそだーと言って首を横に振りさえもした。

そんな中、警察が無線で連絡を取りながらこちらへ駆けつけるのが見える。



淳は会話の流れを切るように雪の名を呼び、彼女の手を掴んだ。

そのまま彼女をおぶる姿勢を取る。

「雪ちゃん乗って。まずは病院へ行こう」「え?あ‥はい」



雪は促されるまま頷き、彼の背に乗った。

淳が座っている亮に向かって声を掛ける。

「警察には後から行く。あの男を警察に引き渡しておいてくれ」



へいへい、と亮がいつもの調子で返答する。

雪をおぶって病院へ向かう淳の後ろ姿を見て、聡美と太一が「頼りになるぅ~」と言ってはしゃいだ。亮が顔を顰める。



顔を庇いながら痛みに喘ぐ男を見下ろし、亮は複雑な胸中だった。

雪を背負う淳の後ろ姿が、妙に疎ましく感じられる。

  

自分が雪を助けられなかったこと、淳の残忍な一面、今の状況‥。

様々な要素が亮の心を波立たせた。

何一つ、自分が納得いく結果が残せなかった‥。



亮は天を仰いで息を吐いた。空には煌々と光る満月が浮かんでいる。

亮の溜息が、晩夏の空気の中にぽっかりと浮かぶ‥。



一方淳は雪をおぶりながら病院へと向かっていた。背中越しに二人は会話をする。

「すごく痛む?」

「う‥何だかもうよく分からないです‥痛いことはすごく痛いですけど‥」



早く病院へ、と言って淳は歩調を速めた。サンダル履きの雪の足首に視線を落とす。

「すごい腫れてるもんね」「折れてなければいいんですが‥」



それでも階段から落ちてその怪我なら幸いだよ、と淳は言った。

雪はもうすぐ新学期なのに治らなかったらどうしよう、と心配する。



「それなら俺が送るから」と彼が言うと、「本当ですか?」と彼女が返して少し笑った。

二人を包む空気が、幾分柔らかく和む。



会話が止むと、二人の間には沈黙が落ちた。

通りは先程の騒ぎから切り離されたようにしんとしていて、空には月の光が淡く灯っている。

「怖かったよね」



ポツリと彼が発した、一つの問い。

何に対して? どんなところが? 一体誰が‥?

その問いに詳細な説明は無かった。たった一言だった。



それでも雪はその真意を汲み取り、口を噤んで暫し思案した。

目を瞑ると、先ほど目にした光景が瞼の裏に暗く浮かぶ。

  

正直に言えば、恐ろしかった。

血だらけの男を目にするのも、彼が何を考えてあんなことをしたのかも分からなくて。

けど先輩は私のために‥



しかし”私のため”というところが、雪を揺らした。

否、揺れる自分の心をその言葉で抑え込んだ。



解けない不信が心の中にあることを、誤魔化すように雪は彼にぎゅっとしがみついた。

そうすることで、膨らみかけた彼への疑いを押し殺したかったのかもしれなかった。




脳裏に、亮がかつて口にした言葉が蘇る‥。

これ、淳のせいなんだ





雪は自分の心に浮かんだ彼への疑惑を、自らに言い聞かせるように否定した。

ことの善悪や懐疑心よりも、雪は既に自分の一部となった彼との関係を優先したのだ。

私のために先輩はああいった行動に出たんだ‥。

あの時心に浮かんだ感情は、一瞬のものに過ぎない‥。大丈夫、何でもない事だ‥。






問いに答えず、それきり黙って顔をうずめた彼女を、淳は横目で窺った。

けれどもう一度聞くような真似はしない。なぜならその答えが分かっていたからだった。

あの目を見開いた表情と、瞬時に身を固めた反応が、全てを物語っていた‥。




彼女が意識的に封じ込めた感情が、淳の背中に落ちて彼に伝わる。

淳は視線を落とした。二人の会話は無い。

どこかが歪んで、おそらく誤っている。

けれど彼にはその綻びがどこなのか、分からないのだ‥。





それきり二人は黙り込んだまま病院へと向かった。

互いの体温は溶け合っているのに、彼女の心には彼に対して解けない不信が、いつまでも残っていた‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<解けない不信>でした。

今回はセリフが無い所に登場人物達が意味有りげな表情をしているコマが多く、難しかったです。

記事は個人の解釈で書いてますので、ここはこうなんじゃないかな~?という感想がありましたら教えて頂けると嬉しいです^^

あと記事には入れられなかったんですがここの太一‥↓



近所の人に泥棒と勘違いされてポカポカ殴られたらしく、タンコブが‥

どこまでも不憫な太一‥^^;

次回は<収束>です。

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無慈悲

2014-01-31 01:00:00 | 雪3年2部(大家の孫~了)
男はゴミにまみれた身体を震わせ、地面にうつ伏していた。

はぁはぁと荒い息遣いに合わせて、ポタポタと血液が地面に垂れる。

 

男はその場に立っている淳の足元に這いつくばるような格好で、切れ切れに息を吐きながら口を開いた。

「な‥なぁ‥もう止めてくれよ‥。全身が痛くて堪んないよ‥」



俺が悪かった、と言いながら男は媚びへつらうような笑みを淳に向けた。

「一度だけ見逃してくれよ‥」



そうして俯いた男の口元はニヤリと歪んでいた。気づかれないように、爪で地面をえぐり砂を掴む。

しかし淳は、男の憐憫の情を誘うような言葉を耳にしても眉一つ動かさなかった。男に視線すら落とさない。



真面目に生きるから‥と男が言葉を続けながら、砂を掴んだ手を動かした。

そのまま淳の瞳を目掛けて砂をかけようとした矢先、淳の右足が男の左手を思い切り踏みつけた。

「うわぁぁああ!!」



男の悲痛な叫びが辺りにこだましても、淳は足をどけない。

むしろ右足に体重をかけ続けた。男が右手で淳の足を叩きながら叫び声を上げる。

「うわぁぁあ!やめろぉぉやめてくれ!どけてくれぇ!!」



そんな男を見下ろしながら、淳は冷静に口を開いた。さも当然の報いであると言うように。

「なぜ止める必要がある?どうせ下着を盗むような穢れた手だろう?」



何の感情も読み取れない表情で男を見下ろしながら、淳は無慈悲に言い捨てた。

「折っちまうか‥」



そう言って、淳は自身の右足により一層力を込めた。

ギシギシと男の骨が軋む。

「やめてくれ!!頼む!やめてくれぇぇ!」



涙も汗も唾液も、全てを垂れ流しながら男は惨めにも絶叫しながら慈悲を乞うた。

そして男の手の骨が折れる前に、ようやく淳は男の左手から足を外した。



しかしそれは、淳が男を許したから足をどけたのではなかった。彼の心に憐憫の情が湧いたわけでもない。

地面に落ちていた白い封筒に目を留めたからだった。舌打ちをしながら身をかがめてそれに手を伸ばす。



淳は汚れてよれた封筒を見て溜息を吐いた。

台無しだよ、と言って神経質そうに眉を寄せる。



男は感覚の無くなった手を庇いながら、息も絶え絶えに淳に向かって口を開いた。

「あんた‥正当防衛も行き過ぎると‥罪になるってこと知らねーのか‥?

自分がやってることがどういうことか‥知っててやってんのかよ‥?」




「あんたも俺と一緒に‥臭い飯を食うことになるんだ‥」

痛みに身体を震わせる男の言葉に、淳は冷静に返した。恐ろしいほどの無表情で。

「言ったよな。無駄な足掻きはよせって」



淳は地面にうつ伏せた男にゆっくりと近づいた。声のトーンを落とし、その耳に届くように言葉を紡ぐ。

「お前が心配すべきことはそこじゃない。心配すべきことは、

ただではお前を警察に引き渡しはしないということと、」




低く響く、警告のトーン。

淳の無慈悲な通告が、冷たく男に下された。

「出所しても平和になんか生きられないということだ」




そこまで言ったところでふとした気配を感じて、淳は顔を上げた。

細い路地の中から、通りの方向を臨む。





そこには誰も居なかった。

‥いや、いないふりをしていた。

淳の無慈悲で残忍なその姿を前に、雪は必死で息を殺すしかなかったのだ。




信じられないものを前にして、心臓が早鐘を打ち息遣いは荒くなる。

暫し両手で口元を塞いでいた雪だが、やがてゆっくりと事態の把握と状況の整理が出来てくると、その手を下ろした。

血だらけの男、ゴミが散乱した細い路地、無慈悲な彼の姿‥。





"これ、淳のせいなんだ"







雪は突如、以前亮が口にした言葉を思い出した。



あれはまだ亮と出会って間もない頃、二人でお昼を食べた時のことだ。

あの時彼は言った。

元は左利きだったが故障してしまったんだと。そしてそれは‥


これ、淳のせいなんだ






雪の脳裏に、先ほど覗いた時目にした場面がフラッシュバックする。

何を言っているのか聞き取れなかったが、男に近づいて言葉を掛ける彼、「折っちまうか」という呟き、

悲痛な叫びを上げる男にも構わず、踏みつけ続けた右足‥。

  




「先‥」



雪は彼に声を掛けようと、もう一度路地の方へ顔を出した。

しかし雪の目に入ってきたのは、地面に落ちた血痕、手を押さえてうつ伏せる変態男の姿‥。



雪は咄嗟に身を翻した。



あまりの恐ろしさに、心臓が口から飛び出そうだった。

震える両手で口を塞ぐ。









満月にかかっていた薄雲が、風で流れて月は煌々と辺りを照らした。

その明かりを頼りに、雪は後ろ手に壁に手をつきながら必死で立ち上がる。



彼に声を掛けることは出来なかった。すぐにここを立ち去ろうと足を踏み出そうとした瞬間、

不意に声を掛けられた。

「ダメージヘアー!何やってんだ?!」



通りの向こうからそう言って掛けて来たのは亮だった。雪に近付き、その腕を取る。

「お前のダチがお前のことスゲェ探してるぞ!ここで何してんだよ?!」



雪は亮の顔を見て、ホッとしたように息を吐いた。ここで何してるんだという亮の問いに、

私も聡美を探しに行ったんだけど道に迷った、と嘘を吐いた。

「ここに何かあんのか?」



背中で庇うようにして路地を塞いでいた仕草と、言葉を濁した雪に疑問を持って亮がその中を覗き込む。

咄嗟に雪は止めようとするが、間に合わなかった。



通りを覗き込んだ亮が目にしたのは、予想外のものだった。

慈悲のある男と無慈悲な男。対照的な二人の男が、視線を合わせる‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<無慈悲>でした。

「出所しても平和になんか生きられないということだ」って‥。

社会的地位の高い先輩が言うから尚の事怖いですね‥^^;執拗に男の情報を追って社会的に抹殺しそうです。。ひー

次回は<解けない不信>です。


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呪い

2014-01-30 01:00:00 | 雪3年2部(大家の孫~了)
「‥‥‥‥」



男は予想外の淳のリアクションに、暫し二の句を継げなかった。

ナイト気取りで暴力を振るう彼に対して、その残忍性を気づかせようと思ったのに。



もう一度男は淳に向かって拳を振るおうとしたが、頭部に思い切り彼の蹴りを食らった。

頭を抱えて蹲る。目の前の景色がグラグラと歪んでいく。



しかしそんな最中にも、男は先ほど淳の言った言葉の意味をずっと考えていた。

雪は全部知ってるよ。あの子は俺と同類だから



そしてようやくその意味と、彼の犯している間違いに男は気付いた。

ゴミにまみれながら頭を抱えながら、男は口角をニヤリと上げる。

「クックックッ‥何が”俺と同類”だよ?寝ぼけたこと言いやがって」



淳は光を宿さぬ瞳のまま、男をじっと見下ろしていた。

男は小狡い嗤い声と共に、愉快そうにニヤニヤと嗤って言った。

「俺はハッキリこの目で見たよ?あんたらがこそばゆいやり取りしてたあの日‥」



男はあの日のことを言及した。

雪が叫び声を上げ、その後散らばった書類を淳と共に拾った時の話だった。



勿論男は、雪と淳の間にあった数々の出来事の事など知る由もない。

しかし男の印象に残ったのは、厳しい視線で彼女を見る淳と、その視線を受けた雪の表情だった。

「あの怯えた顔が思い出せない?」



男は言葉を続けた。淳の顔を真っ直ぐに見上げながら。

「”同類”なんかじゃないことは勿論、あの子はお前を理解すら出来ないだろ?

人々が俺のことを理解出来ないように、あんたも」




「あんたも俺と同じなんだよ」



淳は瞬きもせぬまま男の話を聞いていた。

気味の悪い男の瞳と、淳の大きな瞳が真っ直ぐに向かい合う。

「あの子がお前を見つめる視線が、他の女達が俺を見る時の目つきと同じだから」



自分とは異質なものを見る時の、怯えたようなあの視線。

男は何度も女達からそんな視線を送られた。あの時雪が淳に送った視線を見て、男はシンパシーを感じたのだ。



淳は勿論男の話など信じなかった。

自分と男が同族なぞ、およそ考えも及ばないところだ。

しかし男が言及した雪の視線‥。無意識下で、淳の心の扉がギシリと軋む。



淳は再び男を蹴った。

痛みにあえぐ男の悲鳴がその場に轟く。



淳は腹を抱えてのたうち回る男を見下ろしながら、幾分苛立った声のトーンで口を開いた。

「よく喋る‥。腹を立てさせようと思って言ったのなら、お前の作戦は成功だな」



男は喘鳴を上げながら、壁に手を突いて上半身を起こした。もう一度口を開く。

「へへ‥へ‥もっと言ってやろうか?」



男の口角が上がるのを、その横顔に知ることが出来た。

男は肩を小さく上下に揺らす。震えているのではない、嗤っているのだ。

「なぜこんなことが言えるのかって?俺はお前の未来が見えるからさ。

これから先の将来に、周りに誰もいないあんたの姿が見えるからさ」






そうして男は淳に呪いをかける。

独りぼっちで暗闇に座る淳に、その将来を予言するように。







「いつかあの子はあんたに背を向ける。絶対に」




クックック、と不気味な嗤いが路地裏に響く。


言い渡された暗い未来に、淳の瞳が吸い込まれて行く‥。













その頃雪は、刑事におぶられて車へ向かっているところだった。

聡美が心配そうな顔で雪の背中を擦る。

「道路工事してるので、車まで少し歩かなければなりませんね」



すいません、と雪が謝る。刑事は首を横に振った。

病院に着いたらまず応急処置を‥と言いかけた刑事の耳に、通りの向こうから悲鳴が聞こえた。



続けて何かを叩く様な音がし、雪も聡美も身を縮めた。

刑事がおぶっていた雪を下ろし、彼女らに指示を出す。

「悲鳴が‥!少しの間ここに座っていて下さい。二人とも身動きしないように!」



刑事はそう言ってから、現場へ急行した。聡美と雪が身を寄せ合う。

「なになに?!マジで犯人捕まったの?!」



そう言って見つめる先には、太一の姿があった。亮の姿もだ。

しかしよく見てみると、ご近所さん達は太一を犯人と勘違いしてポカポカ殴っているのだ。亮も右往左往している。



聡美は居てもたってもいられなくなり、雪をその場に座らせ、自分は立ち上がった。

「ちょっとあたし行って来てもいい?!雪大丈夫?!」



雪が頷くと、聡美は五分以内に戻るからと行って駆け出した。

なんだか一気に力が抜ける。

「どーなってんの一体‥」



息を吐くと、足首の鈍痛に意識が行く。そこはパンパンに腫れ、ズクズクと鼓動に合わせて痛みを刻んだ。

ヒビは入ってないようだが‥。

雪は、はぁ‥と溜息を吐いて膝を抱えた。なぜこんな目に合わなければいけないんだろう‥。



雪の心はどんよりと重く沈む。

そしてふと、今自分がどこに居るのかを意識した。見覚えのある細い路地‥。



雪はあの路地の隙間で人間の手を見たことを思い出した。

そしてその後味わった、あの居心地悪い彼との時間も。



雪の脳裏に”まさか”が浮かぶ。

「‥‥‥‥」



雪は痛む足を引きずりながら、その細い路地へとゆっくり歩いて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<呪い>でした。

方向性は違いますが、変態男と淳の”周囲から理解されない者”という同一点が問題になってましたね。

そして不吉な呪い‥。この先を予言するような言葉でした。

太一と亮はまだワチャワチャしてますね 笑 



次回は<無慈悲>です。

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加害者

2014-01-29 01:00:00 | 雪3年2部(大家の孫~了)
夏の終わりの空に浮かぶ、丸い満月が薄雲に隠れた。

全ての物事を白くぼかすように、その光は徐々に霞がかかっていく。



その静かな路地で起こっている出来事は、”正しいこと”だとはとてもじゃないが言えなかった。

しかし正当性など構わぬくらいの、仄暗く激しい感情が淳を突き動かしていた。



淳の左手が、渾身の力で細かく震えている。

その先にある男の頭を、筋の浮かんだその手は掴んでいた。



男の口から痛みにあえぐ声が漏れる。

淳はそんな男の後頭部に視線を注ぎながら、しばらくその姿勢で力を入れ続けた。



淳の丸い瞳も、薄雲がかかったように光が消えていく。

激しい感情に突き動かされるまま、掴んでいる男の後頭部を地面に叩きつけた。

「うあっ!」



男は頭を押さえたまま、地面をのたうち回った。痛みに喘ぐその声が、路地裏に響き渡る。

淳は男の後頭部を押さえた自分の左手を、まるで汚物を見るような目つきで眺めていた。神経質な顔つきで眉をひそめる。



そして左手を自分のズボンで拭きながら男に声を掛けた。淳がここに現れた理由を話し始める。

「やっぱり‥あの日雪が見間違えたわけじゃ無かったんだ」



淳はあの日のことを言っていた。夏休みが始まった頃のことだ。

雪を家まで送り届けた時、路地裏を振り返った彼女が急に叫び声を上げたことがあった‥。

「過剰なくらい敏感になっていたから、まさかとは思ったけどね‥」



路地裏に人間の手が見えた、と雪が言ったので淳はそこを覗きこんだのだ。

そこに人間の姿は見えなかったが、目を凝らしてみると地面に男の足あとが残っていた‥。



神経過敏な彼女を心配させないように、淳はその時は何も言わなかった。

その代わり出来る限り彼女を家まで送り届け、そしてこの近辺からの早めの退去を勧めた。



あの足跡を見て以来、淳はどこかこの男の存在を常に感じていた‥。





「クソッ‥!」



淳がそれきり黙って男を見下ろしているので、男は痛む頭と顔面も構わず起き上がった。

すると淳は左脚で、男の腹に一発入れる。



ボグッ、と鈍い音が響き、男は暫し腹を抱えて蹲ったが、

痛みが和らぐと再び淳に向って行った。

「この野郎‥!」



再び鈍い音と衝撃が男の腹に放たれた。

淳は息も乱さず、男に向かって口を開く。

「理解出来ない。何でこんな奴が社会に出てのうのうと暮らしてるのか」



淳はそう言いながら何度も男を蹴った。

腹を、顔を、その身体を。



蹴られる度、男は地面を転がりながら薄汚れていった。

その路地裏はゴミが置かれた雑然とした空間で、見る間に男はぶち撒けられたゴミにまみれていく。



男が息を切らしながら淳を見上げると、彼は無表情で男を見下ろしていた。

逆光で暗いはずなのに、淳の瞳に燃えた炎がそれを浮き上がらせる。



淳は地面に仰向けに倒れた男を見て、一言口にした。

その眼は汚物を見るようだった。



「お似合いだよ、ゴミ溜めが」



次々と投げつけられる侮蔑に、とうとう男が切れて淳に殴りかかった。

右で拳を固め、絶叫しながら全力で向かって来る。



しかし淳はその拳を掌で掴むように受け止めた。グッとそれを握りながら、男の耳元に警告する。

「無駄な足掻きはよせ」



そしてそのまま膝を固め、男の腹めがけて突き上げた。

みぞおち辺りに一発入った男は、腹を抱えて悶絶する。

「ああ‥あああああ!」



小刻みに震える男に、淳は「痛いか?」と声を掛けた。

「さっきお前が雪にしたことだろう」



淳の中の報復の理論がそこにあった。自分が受けた分だけ相手に返す。

彼にとって雪は、自分と並ぶ唯一の存在だった。

「クッ‥クックックックック‥」



男は淳の言葉を聞き、その意味を理解すると不気味な声で嗤い始めた。そんな男を淳は無表情で眺めている。

「クク‥あんたがこんなことするの、あの女の子は嫌がるんじゃないの?」



男がそう口にすると、淳は目を見開いた。男は気違いじみた目つきで言葉を続ける。

「あんたは狂ってる。あの子もきっと気づいてるよ」



男が再び嗤い声を上げる前に、淳は表情を変えぬまま頷いた。

「ああ」



そして淳は、それが当然のことであるかのようにサラリと言った。

自分の中にある彼女と、自分の影が重なっていることを。

「雪は全部知ってるよ。あの子は俺と同類だから」










同じ闇に残されていると気付いたあの日から、淳は彼女と同族だと思っていた。


彼の中にある一本の線の、こちら側かあちら側か。


それが彼の全てだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<加害者>でした。

なんというか‥こうして記事を書いてみると、淳の世界観ってマルかバツかの世界なんだなと思いました。

自分と同じか、違うか。正しいか、正しくないか、というような。

記事は前回のタイトルが<被害者>、今回のタイトルが<加害者>となっていますが、

これは暴行を加える淳が<加害者>にも成り得るというところを表現したくてこうしました。

ただ彼はそんな意識は微塵もない。

今回の事件は雪が被害者、ならば雪と同族の淳も被害者、だから自分が加害者には成り得ない。

きっとこんな理論が彼の中にあるんじゃないかな、と。。

しっかし先輩強いですね。マントルにめり込みそう‥。


次回は<呪い>です。

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被害者

2014-01-28 01:00:00 | 雪3年2部(大家の孫~了)
カシャッ、カシャッ、と現場検証にてフラッシュが焚かれる。

到着した警察と部屋に上がって雪達が目にしたものは、無残にも荒らされた酷い室内だった。



思っていたよりも滅茶苦茶にやられている。

雪、聡美、蓮の三人は、その雑然とした室内を見てショックを受けた。



泥棒被害にあった雪の部屋を、刑事は忙しく調べ回っていた。何枚も写真を撮る。

ノートPCは隣の部屋にあったと刑事は言った。しかし封筒に入ったお金は見つからなかった。

「あの男‥捕まったらぶちコロス‥



蓮はグチャグチャになった室内を呆然と眺めながらポツリと呟いた。

この破壊された荷物を一からまとめて掃除して‥考えただけでも気が遠くなる。

隣で蓮の呟きを聞いていた刑事は顔を顰め、先ほど雪から聞いた淳の行動を咎めた。

「一般市民の方が犯人を捕まえに行ったということですよね?

すぐに呼び戻して下さい、二次被害の危険がありますから。ったく無謀な‥」




刑事からそう言われた蓮は雪の方に向き直り、

自分は淳の連絡先を知らないから姉ちゃん電話して、と声を掛けた。



雪は頷き、ポケットから携帯を取り出そうとしたのだが、不意に手首に痛みが走った。思わず目を閉じる。

騒ぎの中で後回しにされていたが、雪は傷だらけだった。手首に無数の擦り傷が痛々しい。



そして刑事は雪の足についても言及した。

じっくりと見てみると、足首がパンパンに腫れている。ヒビが入っているのかもしれなかった。



先輩刑事が後輩刑事に、雪を病院へ連れて行くよう促した。

後輩刑事は頷き、雪と聡美は外へ出る準備をする。



しかしまだ室内は現場検証が必要なため、蓮はここに残ると言った。

痛そうに足を引きずる姉を見て、蓮の心が鈍く疼く‥。

 







「あの野郎ぉぉ!」



同じ頃、犯人を探して亮は走り回っていた。

砂をかけられた目も回復し、その瞳は怒りに燃えている。

「どこにいやがんでぇ?!見つけたらブッコロス!!」



誰も居ない細い道に、亮の雄叫びが響き渡った。

亮が黙り込むと、道もしんと静まり返る。



亮は路地の真ん中に佇みながら、周りをキョロキョロと見回してみた。

誰もいない、物音もない。亮は苛立っていた。

畜生‥警察が来てからじゃおせーし‥



目に砂をかけられたのは勿論、亮は人道的にあの男が許せなかった。

雪があんな目に合わされたのも黙っていられなかった。警察が来る前に捕まえてギッタギタにしてやると、

亮は憎しみに燃えていた。

すると路地の先を、誰かが走って行く音が聞こえる。



振り返ると男の半身を捉えることが出来た。

亮は全力で男を追い、手を伸ばして思い切りそのシャツの後ろ襟首を掴んだ。

「そこかぁ!!!」



グイッと引っ張ってみると、それは予想外の人物であった。

「うわあああああ?!」



その叫びにつられて、思わず亮も同じような声を上げる。

「うおおおおおお?!」



「テメー何なんだよ一体?!」 「それはこっちのセリフっすよ!」

同じく男を追いかけていた太一と亮は、顔を見合わせて二人して慌てた。

彼らの騒々しい声が、閑静な町に響き渡る‥。












ひっそりと静まり返った路地裏に、男は膝を抱えた姿勢のまま身を潜めていた。

その静かな息づかいですら漏れぬよう、マスクの中で息を殺す。



男は暫くの間外を窺っていたが、そこはしんと静まり返ったままだった。

警察はおろか、通行人ですら一人も通らなかった。



男は息を吐きながら立ち上がると、先ほど亮に殴られた頬を擦りながら独りごちる。

「ふぅ‥あの女と弟が遅く帰ってきたせいで台無しだ‥」



男は、本来ならば汚れの根源であるあの女子大生‥雪と、ゲイ疑惑のあるその弟も、

あの無残に壊された段ボールのように打ちのめすつもりだった‥。

男はマスクを外し、ポケットからキャップを出して被った。紫のパーカーもその場で脱ぎ捨てる。

「とにかくもうこことはおさらばだ」



男はそのまま細い路地を出て大通りに向かおうとしたが、ふと思いついて踵を返した。

「あ、これは取っておかなくちゃ」



雪の家にあった、現金の入った白い封筒だった。

忌々しいものを思い出すように、男は舌打ちをして呟いた。

「乞食みたいな女。非常用の金これっぽっちかよ‥」




男はその封筒に気を取られ、背後に忍び寄る影に完全に気が付かなかった。

音もなくそこに立つ影は恐ろしいほど静かな声で、その後方から声を掛けた。


「やっぱりここだったか」




男が振り返るより早く、淳は男の頭を掴んで壁に押し付けた。

頭蓋骨が壁に衝突する鈍い音だけが、その静かな路地に響いて、消えた。






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<被害者>でした。

亮と太一が面白い‥。あのW「うわあああ」はまるでコントですね(^^;)


そしてお化け先輩の本領発揮!今まで気配もなく忍び寄るのが不評だった先輩ですが、

今回は役に立ちましたね!←好き勝手言い過ぎ‥。


さー先輩の報復の始まりです。

次回は<加害者>です。

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