Schubert Liszt Erlkoenig for Piano SD
亮は荒れ狂う心情にまかせ、がむしゃらにピアノを弾いた。
亮の敬愛するシューベルト作曲の「魔王」だ。
たまに狂うリズムなど、どうでも良かった。
脳裏には数々の情景が浮かんでくる。
振り払いたくても振り払えない。しっかりと焼き付いているのだ。
亮は修羅のような表情で、ひたすらにピアノを弾いた。いや、叩いたという表現の方が良いのかもしれない。
オクターブを跨って、メロディーと伴奏が並走する。
頭の中に、あの喧嘩の後無邪気に笑った淳の顔が浮かんで来た。
あの時燃えて散った花火のように、その笑顔は刹那に輝いていた。
そしてそれに代わるように、今の淳の顔が浮かんで来た。
自分の方を冷淡な瞳で見つめ、機会がある度自分をどこか遠くへ追いやろうとする今の淳が。
どちらも「青田淳」に違いなかった。
それはオクターブ違うドとドの様に、同じ音でも印象が違うのと同じ様に。
「魔王」は少年を手に入れるために、駆ける馬を追いかけ疾走する。
胸の中には白い霧が広がり、空間は混沌として行く。
低音から唸るように広がって行く音に合わせ、脳裏に彼女の姿が浮かんで来る。
赤山雪は淳の前で嬉しそうに笑っていた。
同じ大学に通い、首席争いをする二人の間には、どこか自分には入れない空気を感じた。
頭脳明晰、品行方正、眉目秀麗。自分が持ち得ないスペックで、淳は世の中を上手く渡って行く。
自分には向けられない、雪の母からの期待、笑顔。
あの時は理由が分からなかった。
どうしてこんなに苛つくのか、どうしてこんなに胸が疼くのか。
髪の毛についていたゴミを取っただけなのに、なぜ彼女はあんなに身を固くしたのか。
彼女の手首を取った時、胸に過ったあの感情は一体何なのか。
胸に浮かんでは消える数々の「Why」が、迫り来る音階に乗って空間に溶けて行く。
左手の音階音型は、「魔王」が忍び寄る不気味さが演出されていると言う。
その音階に乗って、脳裏に不敵な笑みを湛える静香の横顔が蘇った。
リハビリを始めた今でも、左手はまだ思い通りに動かない。
迫り来る邪悪な運命を奏でる左手が、思うように動かないのだ。
彼女を守りきれないんじゃないかという思いが、亮の心を震わせた。
なぜここまで自分は焦れているのか。
彼女を巡る運命から、一体何を守りたいのか‥?
最後に浮かんだのは、こちらを向いて笑う彼女の顔だった。
言葉なんて無かった。
胸に迫り来る音楽のように、亮は自ずとそれを悟る。
何よりも自分が守りたいもの。
それは、赤山雪の笑顔なのだとー‥。
ダンッと両手を鍵盤に打ち付けて、亮はピアノを弾き終えた。
心の中に煙っていた靄が晴れて、瞼の裏には彼女の笑顔だけが浮かぶ‥。
「ぐわっ!」
すると亮は、突然後頭部を思い切り叩かれた。
頭を押さえながら振り返った亮に、志村教授はカンカンに怒って彼を叱りつける。
「このバカモン!何をやっとる!ピアノが壊れたらお前が新しく買ってくれるのか?!
しかもリハビリもまともに終わってない奴が、リストだと~?!」
亮は教授の言葉に、「シューベルトっすよ!」と言い返すが、
教授は「リストじゃないか」と尚も言い返した。
先ほど亮が弾いていたのはシューベルト作曲の「魔王」だが、このピアノ編曲はリストがしたものだったからだ。
しかし教授に殴られるのは一体何度目だろうか。亮は痛む頭を押さえながら不平を鳴らす。
「殴んのも大概にして下さいよ!只でさえ頭悪ぃのに、本気でバカにする気っすか?!」
ちょっとくらい好きな曲を弾かせてくれてもいいだろう、と続ける亮に、教授は仁王立ちで反論する。
「お前はすでにバカモンだ!私はお前に大層なことを望んで連れて来た訳じゃない。
ちょっとは楽しみなさい!」
亮は、そう口にする志村教授を見上げて口を噤んだ。
”ちょっとは楽しめ”という言葉が、鼓膜の裏に反響する‥。
亮のレッスンが終わった後、志村教授は他の学生を指導しながら一人考えていた。
教授は、先程亮が弾いていた粗削りのリストを思い出している。
教授はフフンと笑うと、小さくこう口に出した。
「思ったより回復が早いようだな‥」
予想していたよりも早く、亮の左手はリハビリの成果が出て来たようだ。
志村教授は彼の行く先を思い描いて、一人微かに微笑んでいた‥。
教授がそんなことを思っているとは知らない亮は、レッスンの時間が終わると、ぶすっとしながら廊下を歩いた。
先ほど志村教授が続けた言葉が、もう一度亮の鼓膜の裏で流れる。
君がどうして私に連絡して来たのか。もう一度よく考えてみなさい
亮は教授の言葉の意味が、いまいち分からないで居た。
特に気に掛かっているのは、”ちょっとは楽しめ”という部分だ。
楽しむ‥? 楽しい気持ちなんて、初めの頃に弾いた時から暫く..
亮にとって、ピアノを弾くことは生きることであり、その末にあったピアニストという夢は、食べていく為の職業だった。
”楽しむ”なんて気持ちでピアノに向き合ったことなんて、実は数度しか無かったのだ‥。
「あの!河村亮さん‥ですよね?」
すると前から、女学生二人組が声を掛けて来た。
亮は目を丸くして彼女らを見る。
そして実に久しぶりに、亮は女性からお昼を奢られることになったのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<守りたいものは>でした。
今回は記事冒頭に貼りましたリスト編曲の「魔王」と共にお楽しみ下さい~。
亮さんの葛藤がこの曲に合わせて盛り上がり、そして雪に対する思いに一つの結論が出たような‥。
次回<その答え>に続きます。
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亮は荒れ狂う心情にまかせ、がむしゃらにピアノを弾いた。
亮の敬愛するシューベルト作曲の「魔王」だ。
たまに狂うリズムなど、どうでも良かった。
脳裏には数々の情景が浮かんでくる。
振り払いたくても振り払えない。しっかりと焼き付いているのだ。
亮は修羅のような表情で、ひたすらにピアノを弾いた。いや、叩いたという表現の方が良いのかもしれない。
オクターブを跨って、メロディーと伴奏が並走する。
頭の中に、あの喧嘩の後無邪気に笑った淳の顔が浮かんで来た。
あの時燃えて散った花火のように、その笑顔は刹那に輝いていた。
そしてそれに代わるように、今の淳の顔が浮かんで来た。
自分の方を冷淡な瞳で見つめ、機会がある度自分をどこか遠くへ追いやろうとする今の淳が。
どちらも「青田淳」に違いなかった。
それはオクターブ違うドとドの様に、同じ音でも印象が違うのと同じ様に。
「魔王」は少年を手に入れるために、駆ける馬を追いかけ疾走する。
胸の中には白い霧が広がり、空間は混沌として行く。
低音から唸るように広がって行く音に合わせ、脳裏に彼女の姿が浮かんで来る。
赤山雪は淳の前で嬉しそうに笑っていた。
同じ大学に通い、首席争いをする二人の間には、どこか自分には入れない空気を感じた。
頭脳明晰、品行方正、眉目秀麗。自分が持ち得ないスペックで、淳は世の中を上手く渡って行く。
自分には向けられない、雪の母からの期待、笑顔。
あの時は理由が分からなかった。
どうしてこんなに苛つくのか、どうしてこんなに胸が疼くのか。
髪の毛についていたゴミを取っただけなのに、なぜ彼女はあんなに身を固くしたのか。
彼女の手首を取った時、胸に過ったあの感情は一体何なのか。
胸に浮かんでは消える数々の「Why」が、迫り来る音階に乗って空間に溶けて行く。
左手の音階音型は、「魔王」が忍び寄る不気味さが演出されていると言う。
その音階に乗って、脳裏に不敵な笑みを湛える静香の横顔が蘇った。
リハビリを始めた今でも、左手はまだ思い通りに動かない。
迫り来る邪悪な運命を奏でる左手が、思うように動かないのだ。
彼女を守りきれないんじゃないかという思いが、亮の心を震わせた。
なぜここまで自分は焦れているのか。
彼女を巡る運命から、一体何を守りたいのか‥?
最後に浮かんだのは、こちらを向いて笑う彼女の顔だった。
言葉なんて無かった。
胸に迫り来る音楽のように、亮は自ずとそれを悟る。
何よりも自分が守りたいもの。
それは、赤山雪の笑顔なのだとー‥。
ダンッと両手を鍵盤に打ち付けて、亮はピアノを弾き終えた。
心の中に煙っていた靄が晴れて、瞼の裏には彼女の笑顔だけが浮かぶ‥。
「ぐわっ!」
すると亮は、突然後頭部を思い切り叩かれた。
頭を押さえながら振り返った亮に、志村教授はカンカンに怒って彼を叱りつける。
「このバカモン!何をやっとる!ピアノが壊れたらお前が新しく買ってくれるのか?!
しかもリハビリもまともに終わってない奴が、リストだと~?!」
亮は教授の言葉に、「シューベルトっすよ!」と言い返すが、
教授は「リストじゃないか」と尚も言い返した。
先ほど亮が弾いていたのはシューベルト作曲の「魔王」だが、このピアノ編曲はリストがしたものだったからだ。
しかし教授に殴られるのは一体何度目だろうか。亮は痛む頭を押さえながら不平を鳴らす。
「殴んのも大概にして下さいよ!只でさえ頭悪ぃのに、本気でバカにする気っすか?!」
ちょっとくらい好きな曲を弾かせてくれてもいいだろう、と続ける亮に、教授は仁王立ちで反論する。
「お前はすでにバカモンだ!私はお前に大層なことを望んで連れて来た訳じゃない。
ちょっとは楽しみなさい!」
亮は、そう口にする志村教授を見上げて口を噤んだ。
”ちょっとは楽しめ”という言葉が、鼓膜の裏に反響する‥。
亮のレッスンが終わった後、志村教授は他の学生を指導しながら一人考えていた。
教授は、先程亮が弾いていた粗削りのリストを思い出している。
教授はフフンと笑うと、小さくこう口に出した。
「思ったより回復が早いようだな‥」
予想していたよりも早く、亮の左手はリハビリの成果が出て来たようだ。
志村教授は彼の行く先を思い描いて、一人微かに微笑んでいた‥。
教授がそんなことを思っているとは知らない亮は、レッスンの時間が終わると、ぶすっとしながら廊下を歩いた。
先ほど志村教授が続けた言葉が、もう一度亮の鼓膜の裏で流れる。
君がどうして私に連絡して来たのか。もう一度よく考えてみなさい
亮は教授の言葉の意味が、いまいち分からないで居た。
特に気に掛かっているのは、”ちょっとは楽しめ”という部分だ。
楽しむ‥? 楽しい気持ちなんて、初めの頃に弾いた時から暫く..
亮にとって、ピアノを弾くことは生きることであり、その末にあったピアニストという夢は、食べていく為の職業だった。
”楽しむ”なんて気持ちでピアノに向き合ったことなんて、実は数度しか無かったのだ‥。
「あの!河村亮さん‥ですよね?」
すると前から、女学生二人組が声を掛けて来た。
亮は目を丸くして彼女らを見る。
そして実に久しぶりに、亮は女性からお昼を奢られることになったのだった。
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<守りたいものは>でした。
今回は記事冒頭に貼りましたリスト編曲の「魔王」と共にお楽しみ下さい~。
亮さんの葛藤がこの曲に合わせて盛り上がり、そして雪に対する思いに一つの結論が出たような‥。
次回<その答え>に続きます。
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