
セバヨ
田植えの準備が始まる頃の事と記憶しているが、水の温み始めた我が家の傍の小川に、
産卵期を迎え婚姻色で緋色に染まった、鮠が産卵のために登って来た。
それを私達は「セバヨ」と呼んだ。ヤスを片手に、水眼鏡を着け、夢中で捕まえた。
雑木で出来たシガラミの堰や、同じく雑木で出来た土留めの陰の深み、
田の配水のために作った木製の大きな水門の下などに隠れていた。産卵場所の確保に懸命なのだ。
着物が濡れるのも気が付かないほど夢中になって、しゃがみ込み、水眼鏡で覗くと、
緋色の身体と、これも婚姻期の特徴の、白い粒々が浮かび出た頭が見え一気に胸が高鳴る。
慎重に構え、ヤスを突き出す。突いた鮠を逃がさないよう左手を添え引き上げる。
小さな川でも、尺余の大物も登り家人が遠くから見て錦鯉と間違えたほどの鮠も居た。
その後、魚野川からその川まで間が河川改修され大型の堰や水門が出来、
又小さな川さえ自然を考えない風情のかけらも無い、三面コンクリート張となり、
鮠はもとより、蛍さえいなくなってしまった。
コンクリート張りの水路は、泥上げも草刈りも必要とはしない、便利な姿に変わったが、
みんなが夢中になった、懐かしい遊びや、風情のあるホタルの飛び交う姿などは、
今では語る人もいない昔の事になってしまった。