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記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

衣笠祥雄が2000試合連続出場を達成 をした日

2006-06-07 | 歴史
1986(昭和61)年の今日(6月7日)は、 広島カープの衣笠祥雄選手が日本プロ野球史上初の2000試合連続出場を達成した日。
プロ野球広島東洋カープの衣笠祥雄内野手(39歳)は、1986(昭和61)年6月7日夜、甲子園球場での対阪神8回戦に出場し、2000回連続試合出場のプロ野球記録を達成した。連続出場は入団6年目の1970(昭和45)年10月19日に始まり、翌年から1985(昭和60)年までの15年間は1年130試合に皆勤していた。
先月・5月11日(日本時間12日)、米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜選手が、ニューヨークでのレッドソックス戦で左手首を骨折し、巨人時代から続いていた連続試合出場記録が1768試合でストップした。本塁打を追い求めていた松井選手の、もう一つ大切にしていたのが連続出場の記録だった。その松井選手のまさかの負傷退場は本当に残念なことであった。左手首の骨折で連続試合出場記録が「1768」で途切れたヤンキース・松井秀が16日、記者会見に臨んだとき、日米70人近い報道陣が注目する中で、松井は「けがでプレーできなくなる日が来るんじゃないかと、どこかでおびえている自分がいた」と意外な本音を口にした。
連続試合出場のプロ野球記録(2215試合)を持つ、元広島の衣笠祥雄さんは「長年、彼が一番大事にしていた記録。私の記録を超える可能性があるのは彼しかいなかったので、非常に残念だ」と悔しそうに語ったそうだが、危険の伴う野球のようなスポーツで連続出場記録の更新というのは、本当に難しいことなのだろうね~。しかし、負傷し骨折していながらも落としたボールを拾って投げたあのプロ根性は見上げたものであった。
兎に角、野球で、連続試合出場という記録にスポットライトを当てさせたのは、いうまでもなく、昭和50年代のカープの黄金時代を支えた衣笠祥雄(現・野球解説者)であった。
1965(昭和40)年、京都・平安高校より、広島カープに入団。白石勝巳監督の方針で高校時代のキャッチャーより内野手に転向、1968(昭和43)年からは、ファーストとして一軍レギュラーに定着した。1975(昭和50)年、サードにコンバートされ、この年、5番打者として4番の山本浩二と共にクリーンナップの一翼を担い、球団初のセ・リーグ制覇に大きく貢献した。その後も赤ヘルの主砲として、1976(昭和51)年には盗塁王、1984(昭和59)年には打点王を獲得、同年のチームのリーグ優勝・日本シリーズ制覇に伴ってMVPにも輝いた。70年代後半~80年代の広島黄金時代を築き上げる原動力となった選手の一人である。そして、忘れてはならないのが、1970(昭和45)年10月19日の対巨人戦から始まった連続試合出場記録である。1986(昭和61)年の今日(6月7日)、日本プロ野球史上初の2000試合連続出場達成 、そして、1987(昭和62)年6月13日の対中日戦では、メジャーリーグのルー・ゲーリッグ(ヤンキース)がそれまで保持していた世界記録を更新し、2131試合連続出場を達成し、以降2215試合まで記録を伸ばしてその年10月22日に現役を引退した。同年国民栄誉賞を授与され、その功績を讃えて、衣笠のつけていた背番号「3」はカープの永久欠番ともなっている。
彼は、現役時代、常にフルスイングで打席に臨んでいたため、ホームランや打点が多い反面三振や凡打も多く、シーズンを通して打率が3割を超えたことはたった1度しかない。 又、衣笠の連続試合出場の世界記録更新の前後には、「記録作りのために出場しているだけ」、「監督・コーチの温情」と批判する野球ファンも少なからず存在した。事実、1986(昭和61)年以降は思うように成績が振るわなかったし、1979(昭和54)年、当時三宅秀史が持っていた700試合連続フルイニング出場の記録にあと22試合まで迫りながら、極度のスランプのためスタメンから外されたことがあるなど記録作りのためのに出場させてもらっていたと思われる前例がある。因みに、2006年05月11日現在の「日米の主な連続試合出場記録」は、1位、2632試合連続出場のカル・リプケン(オリオールズ・1982年5月~1,998年9月)。2位、2215連続出場の衣笠祥雄(広島・1970年10月~1987年10月)、3位、2130試合連続出場のルー・ゲーリッグ(ヤンキース、1925年6月~1939年4月)、そして、4位が、1768年5月11日負傷し、出場できなくなった松井秀喜(1993年8月~2006年5月、巨人での1250試合連続出場、ヤンキースでの518試合連続出場)である。いずれにしても、現役時代「鉄人」と呼ばれた強靭な肉体の持ち主である衣笠の連続試合出場の記録は、常人の達成できないすばらしい記録であることには間違いがない。
(画像は、2000連続試合出場を果たし、贈られた花束を手にファンにこたえる衣笠選手。6月7日夜甲子園球場にて。アサヒクロニクル・週刊20世紀より)
参考:
広島東洋カープ公式ページ
http://www.carp.co.jp/
連続試合出場という勲章。
http://number.goo.ne.jp/others/column/20060420.html
衣笠祥雄 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A3%E7%AC%A0%E7%A5%A5%E9%9B%84
松井秀喜、連続試合出場の価値とは
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/04season/players/matsui/column/200404/at00000299.html

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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衣笠選手 (Linda)
2006-06-07 09:38:54
よーさん、お早うさんです。

衣笠選手はハーフだったので若い頃は随分辛い思いをされたようですね。
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ハーフ (よーさん)
2006-06-08 06:11:42
Lindaさん、衣笠選手が生まれた時代の人などはハーフの人は辛い目にあったでしょうね。

今では、芸能界など逆にハーフは売りものにさえなっていますけれどもね。
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