ぼくらの日記絵・絵心伝心 

日々の出来事や心境を絵日記風に伝えるジャーナリズム。下手な絵を媒介に、落ち着いて、考え、語ることが目的です。

筆柿の郷愁

2015年09月28日 | 日記

                             絵は筆柿

 スーパーの果物売り場には、ぶどう、みかん、梨、柿、リンゴと、秋の味覚が勢ぞろいしてきている。夏が暑かったせいか、果物の出来はいずれも良好のようだ。

 そんな中で、片隅に筆柿がひっそりと置かれているのを発見、すぐさま買い求めた。富有柿や平種柿など、形のよいものと違って、長細く種も多いこの柿は、人気はないものの、ほのかに甘く私は大好きだ。

 というより、この柿、田舎の庭先や路地によく植えられていて、おやつが不足していた時代には子供たちにとっては格好の獲物だったのだ。実も多く付け、私の祖母などは「まんどのようだ」と言っていた。「まんど」というのは聞き慣れない言葉だが、万燈のなまったものだと、推測している。明治生まれの祖母たちの時代には、お祭りなどのお祝い事には提灯をいっぱいに飾り付けていたのではないだろうか。

 そんな郷愁を覚えるのが筆柿である。店頭で売られていたこの柿の産地を確かめると、愛知県の幸田とあった。【彬】

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東京の茅葺屋根の家

2015年09月25日 | 日記

 9月23日の秋分の日、以前(7/1)の僕のブログ、「長い旅路(つづき)」で紹介した野川沿いのランニングコースでの練習に出かけた。調布市内の、ある茅葺屋根の家を折り返しとする往復15kmほどである。むしろこの家を見たいがためのランニングであった。その家は一般の住宅地の中にあるが、広い敷地に屋敷森に囲まれ豊富な庭木を有し、初めて見たときは、今自分が、何処にいるのか分からなくなってしまうほど現実離れした、いわば昔話の中にいるような感覚になりそうだった。門の周辺を掃除している、ご主人と思われる方に声をかけた。「大変立派な家ですね。」答えて曰く「古いものでなかなかです。・・・時々、見せてくださいと来る人もいますが。」僕も見せてくださいと言いたかったが、迷惑だろうと控えた。それにしても、僕の行動範囲の中で実際に住居としている茅葺屋根の家はここだけではないだろうか。

 ところで、

 僕は仕事の関係で、13年間茨城県北西部に住んでいた。当地はまだ茅葺屋根の家残っていたが、古くて懐かしいものが好きなので機会を見ては、スケッチブックをもって訪れていた。この4月に自宅のある小金井市にもどったが、日々忙しく、茨城時代を想い起こすことがなった。だが、今回、茅葺屋根の家をめぐるランニングをすることで、茨城の生活や風景が懐かしく思い出されてくる。それらの多くは、稲穂が黄金色に波打つ田んぼ、稲の天日干し風景、そして、茅葺屋根の家、といった典型的な秋の田園風景ではある。

 第二の故郷と思っていた茨城への意識がだんだん薄くなってきたこの頃、茅葺屋根の家へのランニングが、東京と茨城を繋げてくれた。 日々のくらしの中に、キラリと光る大切なものを見つけた思いである。

 絵は調布市の茅葺屋根の家です。 

             9月24日  岩下賢治

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災害救助隊の創設を

2015年09月13日 | 日記

     

                         絵=毎夜のたしなみ。本物のロゴは白です。

 訳もわからない台風18号と17号の、のろのろとした北上によって、栃木・茨城に人命に関わる重大な災害が起きた。このところ、広島の土砂崩れ、御嶽山の噴火と巨大災害がひっきりなしに続いていて、幸い大きな被害はなかったものの、東京も12日早朝に、大きな地震が襲った。日本だけではない。地球自体が活発に活動を続けている限り、人は自然災害から免れることはできないのである。

 巨大な自然災害に対して、では、どう対処したらいいのか。頑強な堤防やダム、強固な耐震設計で防げるのか。あの3・11の大地震から私たちが学んだのは、強固な設備や消防とかといった体制では、どうにもならないということ。さらに、復旧に際しては、軍隊の強力な重機で道を開き、野営設備で夜露を凌ぐしか方法がなかったというものであった。1日や2日の食事ではない。長期にわたる避難民の宿舎や食事を用意するのには、軍隊の装備以外有効なものはないのである。

 ところが、今、軍隊である自衛隊は厳重なシビリアンコントロールの下に管理されているから、自治体や国家の指示があってからでないと出動できない。当然、その分遅れる。今回の台風下の水害は、自衛隊がもっと早く出動していたなら、ずいぶん違った対応ができたのではないかとも言える。

 で、私は思うのである。

 自衛隊の一部を災害救助隊として切り離し、独立した行政機関として設立すべきだと。軍事ではなく、災害にのみに特化した重装備部隊として、常に災害に対する準備を整えておく機関とするのである。そして危険が差し迫っている状況では、自治体の首長と一体となって、災害に対処するのだ。問題は独立した特殊組織は大大にして自己運動をしはじめ、例えばアメリカのCIAなどのように制御が難しくなってしまうということである。その歯止めとして、銃器や火器の類はいっさい保持しないことを条件にすればよい。

 現在、災害に対しては住民自身の避難訓練、自分で自分を守るなどが推奨されているが、いざとなったら、それどころではない。災害を未然に防ぐためにも、確固たる組織の救助隊を創設すべきだと思うのである。【彬】

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オリンピックは都市が主催するもの

2015年09月11日 | 日記

 ひどい雨だ。台風とはいえ、地域共同体を壊滅するような雨である。こんな雨の中では、何か考えることさえ、憂鬱になる。

 憂鬱なことが輪をかけるようにかぶさってくるのが東京オリンピックの組織委員会の諸処の問題である。招致の発端となった石原元知事の発案では、既存の施設を使える東京は、最も省エネで安価な大会ができるということだった。ところがどうだ。国立競技場の建て替えを始め、総費用は当初の数千億から、2兆円を超えるのではないかと噂されるようになっている。

 大きくなっている理由ははっきりしている。巷間言われているような工事費の高騰に関係しているのではない。大会の規模が大きくなっているのである。一つには競技団体の追加、競技施設の大規模改修、それに大会組織委員会そのものの拡大など。特に大会組織員会の構成がひどい。ネット上で公表されている組織委員界の仕組みは、国家の一行政機関に相当するような大掛かりなものだ。森善朗組織委員長を筆頭に、事務局長をはじめ、ぎっしりとメンバーが揃われている。そのメンバーは当然、利権を背負っている。下から要望を積み上げていけば当然、兆を超える金額になるのだろう。

 あらためて言うが、オリンピックというのは、国家行事ではない。自治体、つまり都市の行事である。だから大会の招致をめぐるイベントでは、当時の知事だった猪瀬知事が先頭に立った。そうし経緯からすれば、組織委員長は当然、都知事が負うべきものである。結果、大会開会式は自治体の長が発するものであって、1964年東京オリンピックの時は東知事が宣言した。

 それなのに、オリンピックは国家行事に成り変わった。大会は国家の威信をかけての行事になったのである。当然、費用が高騰するわけである。

 そんな事情を舛添知事が知らぬわけではあるまい。

 舛添さん、頼みますよ。あなたは自身、政治家であるより、学者であるより、まずもって良質な市民であるのでしょう。都民として、その首長として、その気概において、オリンピックを仕切ってもらいたものだ。【彬】

              

                             入澤光世=南瓜

 

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秋のコンサート

2015年09月08日 | 日記

  

 9月6日(日)の朝、自宅近くの小金井公園でランニングの練習をしていた。

 すると、いつものコースのすぐ脇の広場で何かのステージ会場の準備をしている。今日は何かあるのかなー、と覗いてみると、「セプテンバーコンサートat小金井公園」。その趣旨は、2001.9.11の同時多発テロで傷ついた人達の心を音楽で癒そうというもので世界中に広まり、「宗教、政治、国境を越えて平和を祈る音楽の日。」として小金井公園でも毎年開催されているとのこと。

 折角の機会だからと夕方近くの最後まで聴いてしまった。ジャズ、フォーク、ゴスプレなど、いわゆる洋楽。ほとんどがプロのアーチストで大いに楽しんだ。 

 また、1週間ほどまえの8月29日、友人の企画するコンサートにも出かけた。ほとんどがアマチュアの方ようだが大変楽しめるものであった。音楽のできる人はいいなー。

 今、暑い夏もすぎつつあり、心は「癒し」を求めている。

 秋は、芸術の季節である。ある著名な画家が、「人は全て芸術家なのだ。」と、どこかで言っていた。かくいう僕は、絵を趣味で描いたりしている。実は、友人のコンサート会場に自分の描いた絵を展示してもらったのだが、出演した中に絵に関心ある方がいて親しく語った。絵も音楽も、「芸術」という広い世界の中では共に「癒し」を求めているところがあるようだ。

 絵は、「セプテンバーコンサートat小金井公園」。

               9月7日  岩下賢治

 

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