はちみつと青い花 No.2

飛び去っていく毎日の記録。

坂本龍一著『音楽は自由にする』

2022年03月03日 | 

2022/03/03

 

坂本龍一著の『音楽は自由にする』。
 
 
 
坂本龍一は…と
呼び捨てで書いて
失礼かなと思いながら
知り合いでもないのに「さんづけ」も
変かなと思うので、敬称略にします。
 
YMO全盛の頃は、私はあまり音楽も聴かず
テレビも見なかった時期でした。
 
それでもYMOの世界的ヒットのことは
伝わってきたし
今でもライディーンや
テクノポリスを聴くと
懐かしくて、胸がキュンとします。
 

新しかった。
3人ともすごくかっこよかった。
ビート感、電子音の新鮮さ。
 
今、You Tubeを見ても
視覚的にもアート感が漂い
洗練されてますね。
 
一度だけ坂本龍一の
コンサートに行ったことがあります。
 
2009年3月に東京国際ファーラムで
「Ryuichi Sakamoto Playing The Piano 2009」
というコンサートがあり
見に行きました。
 
『out of noise』という新アルバムの
発売に合わせたコンサートでした。
 
当時の日記を見ると
こんなことが書いてありました。
 
とにかく会場がすごく暗いんです。
非常口の灯りも消して
ステージのピアノのところだけ、ほの明るい。
 
そんな会場で
北極圏で氷山の浮かぶ水中に
マイクを入れて録音した水の音が
聴こえてきて
よくあるコンサートのように
曲が演奏されるのかと
思っていたら
そうではなかったので
最初は何か拍子抜けしたような
気分でした。
 
そのうちに演奏が始まって
癒しを感じさせる和音の配列が
ゆっくり続いていきました。

曲を聴きながら
これは映画音楽か環境音楽みたいだと思い
この曲に合う場面は何だろう?
などと考えてました。
 
暗い会場で沈静化していくような曲調なので
私は時間の感覚を忘れていました。
 
1時間くらいたったかと思ったら
もう2時間が過ぎていて
コンサートはお開きでした。
 
時が止まっていたかのような
不思議な感覚を味わいました。
 
撮影OKタイムがあったんです。
 
 
とまあ、思い出ばかり書いて
本の感想をまだ書いてないのですが
最初のほうから少しだけ
抜き書き、引用させていただきます。
 
・・・・・・・・・
 
 
音楽の限界、音楽の力
 
ある青年が妹を失った悲しみを音楽にすると、
音楽にしている時点で妹の死からは遠ざかっていく。
音楽という世界の問題に入っていく。
 
その人の記憶がなくなってしまえば
歴史の闇に葬られて
消えてしまいかねないけれど
歌になることで民族や世代の共有物として
残っていく可能性がある。
 
個的な体験から剥離することで
音楽という世界の実存を得ることで
時間や場所の枠を超えて共有されていく
そういう力を持ちうる。
 
表現というのは他者が理解できる形
他者と共有できるような形でないと成立しない。
だからどうしても抽象化というか
共同化という過程が必要になる。
 
個的な体験、意見や痛みは抜け落ちていくが
別の世界の人が一緒に同じように
理解できる通路ができる。
言語も、音楽も、文化も、
そういうものなんじゃないかと思う。
(P.17~P.18)
 
なるほどなあと思います。
 
 続きはまたいつか書こうと思います。
 
 
 
 
 
 
 
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