はちみつと青い花 No.2

飛び去っていく毎日の記録。

お墓参り

2018年03月31日 | 我が家

2018/03/31

私の両親のお墓は静岡県中部の静かな町にあります。
家から行くと、3時間以上かかります。
JR在来線の本数があまり多くなく、駅からお墓に行くにはバスもないことから、いつもタクシーです。

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もう父母の兄弟姉妹たちも多く鬼籍に入ってしまい、尋ねる伯父伯母もいないことから、その不便さと相まって、あまり頻繁には墓参りに行かないのです。

しかし、義姉(実兄の嫁)がひとりでお墓参りに行くというので、私も一緒に行くことにしました。兄嫁にとっては顔も知らない、会ったこともない私の両親の墓なのです。そんな私の両親の墓参りに3時間かけて行ってくれるとは、ありがたいことじゃありませんか!

私の両親はともに40~50代で相次いで病死して、私たち兄妹が結婚する前にはもう亡くなっていました。だから、結婚する時には両親がおらず、兄嫁も、私の夫も、私の両親に会ったことがありません。
ということは、私の両親にとっても、息子、娘がどんな人と結婚し、どんな家庭を築き、どんな子が生まれたのか知らないのです。今、どこに住み、生活をしているのかも、もちろん知らないのです。

若くして亡くなるということは、そのような悲しみや心配も背負って亡くなるということだと思います。
ときどき、今の境遇を知らせてやりたいなあと思うことがあります。
ちゃんとやってるよと。

でも、空から見ていてきっとわかっているよ、なんて言葉は私は信じません。(昔は信じていた時期があったけどね)
声かけ、励ましとしては悪くない言葉だとは思いますが、そして、それを信じる人々は多いと思いますが、私としては、体がなければ、心も頭脳も存在できないと考えてるからです。

それでも、長くお墓参りに行かないと、なんとなく気になるし、そこに心の拠り所のようなものが置き去りにされたままでいる気になります。行けば、やるべきことを果たした気分ですっきりします。祖先に思いを馳せるというか、ルーツ確認のような気持ちでもあります。

お墓の掃除をし、枯れた花を始末して新しい花に替え、お線香をあげて手を合わせてくるのです。
義姉が「お墓の前で自分のお願い事をしたことはない。報告だけ」と言っていましたが、家族の報告だったのかなと思いました。

お寺も世代交代で、前のご住職が亡くなって、他から跡継ぎの住職さんが来たそうで、以前はお寺に一家で住んでいらしたのに、今は別の所に住んでいるとかで、お寺にも鍵がかかっていて本堂でお位牌にお参りすることができませんでした。でも、お寺自体は手入れもよくされていました。

そんなことはありましたが、私も1年ぶりにお墓参りできたことにほっとしました。
3時間かけて行って、30分の墓参りですぐに帰るのももったいないし、掛川花鳥園というところに行くことにしました。

花鳥園はとても楽しくていい所でしたよ。
次の記事で書きますね。



コメント
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