よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

日本のガラパゴス化、孤立していくニッポン

2014年02月01日 | ビジネス横丁こぼれ話
嘗て日本企業が飛ぶ鳥を落とす勢いで世界を席巻した頃、日本的経営が注目の的であった。Ezra Vogelの「Japan As No.1」が飛ぶように売れ、自信を深めた日本企業は80年代、挙って海外進出を加速させた。日本企業を表現する特徴は何かというと、品質を重視し、じっくり物を考える(即ち中期的計画を重視し、短期でじたばたしない)事にあった。しかし、その後の世界経済のグローバル化に伴う韓中台の積極攻勢の前に日本企業の多くが敗れ去り、その傾向は市場のグローバル化が拡大すればするほど顕著になったと思われる。

昔は品質差縮少に時間が掛かったが、技術(特にITとその関連)の進歩で、その時間は驚くほど短縮された。その結果、日本企業の退潮が目立ち始めた。象徴的な例は携帯電話機器だろう。米国市場で当初圧倒的な強さを誇っていた日本ブランドはいつの間にか韓国ブランドに取って代わられた。日本の品質偏重とも言える「品質重視の重厚長大」手法が、目先の変化に即応出来る「スピード重視の軽薄短小」手法に負けたと言えなくもない。
かくして日本の携帯電話はガラケー(ガラパゴス携帯)として日本国内で独自の進化を遂げていく。内向きにこじんまりとやる事に満足出来る産業ならそれでもいいだろうが、グローバルな土俵で勝負をしようとするならば、何かを変えねばならないだろう。

不幸なことに、日本人はグローバルな土俵に上がるのに適した民族ではないかもしれない。だから「重厚長大」手法が身についたとも言えるのだが。徳川300年の栄華は、島国の優位性を最大限に利用し、周りの世界との接触を絶ち、独自の文化を築いた。まさにガラパゴス化の典型で、その精神は今も脈々と日本人の中に流れているのではないだろうか。

しかし、世界経済の中にあって、貿易立国が国是とも言える日本がガラパゴス化で内に篭り続けるわけにもいかない。“引きこもり”では国の発展はない。日本が発展する為には、外の血を入れ続けるしかないだろう。その意味では、裾野の広い、トヨタ、ホンダ等の自動車産業がアメリカで勝負し続ける事には極めて大きな意味がある。ひとつの例は、短期計画への注目度と感度が高まったことだろう。昔は年間計画の中で見直しは半期毎。当時は、四半期ごとに、赤字だ、黒字だ、やれ社長交代だ、と目まぐるしく動くアメリカ企業を冷ややかな目で見ていた日本だったが、目まぐるしい変化への対応には四半期毎の決算が不可欠となった。

品質による差別化戦略は必要だが、それを重視するあまりガラパゴス化に繋がってしまうのでは元も子もなくなる。今の日本はそれが気がかりである。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。