ブログすっかりごぶさたしてしまいました。
何かと忙しくて疎かになってしまっておりました。
5月21日土曜日に闘病していた義母が亡くなりました。77才でありました。
大腸がんが見つかり大腸を切りつめる手術を受けましたが、腹膜への転移がみつかりました。これは腹膜播種というもので切除が出来ない部位なのだそうです。
医師からは抗がん剤治療を進められましたが、そもそも体があまり丈夫ではない義母は癌治療を謝絶する選択をしたのでした。
これが2014年11月。この時僕は椅子から落っこちるくらい驚いたものでした。自ら治療を受けないという選択をする勇気なんて自分には無理。と思った訳ですが、義母としてはこれ以上苦しむのは嫌だという訳で、重く苦しい選択に深く考えさせられるものがありました。
2016年2月に腹痛が起き、予め決めていた痛みの緩和治療を専門にする病院に入院。義父は泊まり込みでの付き添いが始まりました。
カミさんも極力仙台に滞在し、浦安の生活は僕と子供たちが協力して回すような状況でした。
ちょうど3か月となった土曜日。義母は眠るように亡くなったということです。
僕らももちろん駆けつけた訳ですが、何やら気配というものが何もない。普段ならなにがしらの気配というものがあるのだけど、不思議なくらい何もない。
結果的には、期待していたよりはやや短かったとはいえ!治療を断ったおかげで、旅行や趣味に時間を使うことができたし、ひどく苦しむこともなかったことで、とてもよい選択であったし、本人の希望に沿った最期であったことから何も思い残すものなく、すーっと天に昇って行ったのだろうね。というような話を皆でしておりました。
出棺の際、外に出るとそこに美しい蝶が飛んできて、僕らが棺を囲むその円の真ん中に降りたのでありました。
僕が撮った写真には義父、娘、孫たちが見下ろして瞠目している顔とその目線の先にとまる蝶が映りこんでいたのでした。
これは義母がお礼に気持ちを伝えるために遣わした使者であると思う。最後の最後に鳥肌の出る思いを致しましたが、義父もカミさんも晴れやかな気持ちになったのでありました。