「日本百名山」という言葉は知っている。
どこかのおじさんが 独断と偏見で、勝手にピックアップした山らしい。
しかし私個人的には 全く興味がない。昔その本を少し読んだけど面白くないのでやめた。
ほかの山岳作家、アウトドア随筆家のような読んでいてわくわくするところがまるでなかった。
私の尊敬する 「開高 健」、「司馬遼太郎」、「野田知佑」、「椎名誠」、「山本素石」先生などが列挙した山々ならイザ知らず、あの程度の文章の人が「この山はいい」と言っても
「ああそうですか」くらいにしか思えない。
自分でじかに歩いてみて、何かを感じて、景色を見て、その山の歴史背景を知り
「ああこの山はいつかまた歩いてみたい」と思える山は 個人でそれぞれ違うと思う。
それを何が何でも「百名山」だといいつつ、わっせわっせと登る人の気が知れない。
さて先日久しぶりに「世界文化遺産の大峰奥駈道」を歩いてきた。
弥山、八経ヶ岳を超えて明星ヶ岳から奥駈を分岐して 頂仙岳(ちょうせんだけ1717m)、そして 狼平を回って歩いた。奥駈道では 紅葉も始まり、とてもきれいだった。
行者環りトンネル西口駐車場から歩き出して、奥駈道へ出て 尾根道を歩いていると、
一人のおじさんが速いペースで追いかけてきた。道を譲ろうとすると、「八経ヶ岳へ行くのはこの道でいいのか」ときくので「そうです」というと、安心したのか私の後を着いて歩き出した。
その方は石川県から来て、昨日は「大台ケ原」を歩き今日は
「八経ヶ岳」まで行くそうだ。そして日本百名山を歩くのを趣味として、暇を見つけてはあちこちへ出かけ、今70いくつかの山を登ったそうだ。
そして歩きながら 自分の登った山々の自慢が始まりまった。
なんか回りにいますよねえ、こんな人。
人の言うことはまるで聞かず、自分の自慢話だけ延々とする人。
あまりうるさいので 「私は百名山には興味がありません。百名山はそれぞれ個人が歩いて決めるものだと考えています。どこかのおっさんが選んだ山々など 全く興味がありません」と言ったら しばらくは静かに歩いてくれた。
しかし しばらくすると再び 自慢話が始まり、離れてくれない。
奥駈道がなぜ世界文化遺産」になったのか説明しても、聞いていない。いわんや山岳修験道や、役行者(えんのぎょうじゃ)など全く知らなくて、説明しようとすると
「あとどこどこの山を何時までに歩く予定」と相変わらず人の言うことに聞く耳持たない。
驚いたことに、弥山小屋で休憩したときも、すぐそこの
弥山山頂には目もくれず、せっかくだから山頂まで行こうと誘っても ひたすら八経ヶ岳山頂しか頭になく、それ以外の山の山頂などまるで興味が無い。
驚いた。この人は何を考えて山歩きをしているのだろう。
八経ヶ岳山頂に着いて、「もう少し行けば明星ヶ岳で、奥駈道も紅葉できれいだから
もう少しだけ歩きませんか」と言ってもまるで興味がない。
山頂で記念撮影をしたら、一目散に下山だ。
まあお互いに 残り少ない人生の日々を どのように有意義に過ごすのか、
全く個人の勝手だが、そのときそのオジサンのことが とてもかわいそうな気がした。
しかし そのおじさんはとても幸せそうに「さああと40だ」とか「39だ」とかにこにこして叫び、幸せそうに下山していった。
アーなると まるで新興宗教「日本百名山教」にのめりこんだ信者だ。
それとも小学生が夏休みの早朝ラジオ体操に出席して 判子を押してもらい
その数が増えるのが楽しみだといわんばかりだ。まあそれもそれぞれの人生か。
紅葉の世界遺産大峰奥駈道の写真を整理しました。また覗いてみてください。
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頂仙岳の向こうに金剛山、大和葛城山
弥山山頂から紅葉の八経が岳
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「ブログ世界遺産大峰奥駈道を歩く」
http://yochanh.blog.ocn.ne.jp/okugake/
どこかのおじさんが 独断と偏見で、勝手にピックアップした山らしい。
しかし私個人的には 全く興味がない。昔その本を少し読んだけど面白くないのでやめた。
ほかの山岳作家、アウトドア随筆家のような読んでいてわくわくするところがまるでなかった。
私の尊敬する 「開高 健」、「司馬遼太郎」、「野田知佑」、「椎名誠」、「山本素石」先生などが列挙した山々ならイザ知らず、あの程度の文章の人が「この山はいい」と言っても
「ああそうですか」くらいにしか思えない。
自分でじかに歩いてみて、何かを感じて、景色を見て、その山の歴史背景を知り
「ああこの山はいつかまた歩いてみたい」と思える山は 個人でそれぞれ違うと思う。
それを何が何でも「百名山」だといいつつ、わっせわっせと登る人の気が知れない。
さて先日久しぶりに「世界文化遺産の大峰奥駈道」を歩いてきた。
弥山、八経ヶ岳を超えて明星ヶ岳から奥駈を分岐して 頂仙岳(ちょうせんだけ1717m)、そして 狼平を回って歩いた。奥駈道では 紅葉も始まり、とてもきれいだった。
行者環りトンネル西口駐車場から歩き出して、奥駈道へ出て 尾根道を歩いていると、
一人のおじさんが速いペースで追いかけてきた。道を譲ろうとすると、「八経ヶ岳へ行くのはこの道でいいのか」ときくので「そうです」というと、安心したのか私の後を着いて歩き出した。
その方は石川県から来て、昨日は「大台ケ原」を歩き今日は
「八経ヶ岳」まで行くそうだ。そして日本百名山を歩くのを趣味として、暇を見つけてはあちこちへ出かけ、今70いくつかの山を登ったそうだ。
そして歩きながら 自分の登った山々の自慢が始まりまった。
なんか回りにいますよねえ、こんな人。
人の言うことはまるで聞かず、自分の自慢話だけ延々とする人。
あまりうるさいので 「私は百名山には興味がありません。百名山はそれぞれ個人が歩いて決めるものだと考えています。どこかのおっさんが選んだ山々など 全く興味がありません」と言ったら しばらくは静かに歩いてくれた。
しかし しばらくすると再び 自慢話が始まり、離れてくれない。
奥駈道がなぜ世界文化遺産」になったのか説明しても、聞いていない。いわんや山岳修験道や、役行者(えんのぎょうじゃ)など全く知らなくて、説明しようとすると
「あとどこどこの山を何時までに歩く予定」と相変わらず人の言うことに聞く耳持たない。
驚いたことに、弥山小屋で休憩したときも、すぐそこの
弥山山頂には目もくれず、せっかくだから山頂まで行こうと誘っても ひたすら八経ヶ岳山頂しか頭になく、それ以外の山の山頂などまるで興味が無い。
驚いた。この人は何を考えて山歩きをしているのだろう。
八経ヶ岳山頂に着いて、「もう少し行けば明星ヶ岳で、奥駈道も紅葉できれいだから
もう少しだけ歩きませんか」と言ってもまるで興味がない。
山頂で記念撮影をしたら、一目散に下山だ。
まあお互いに 残り少ない人生の日々を どのように有意義に過ごすのか、
全く個人の勝手だが、そのときそのオジサンのことが とてもかわいそうな気がした。
しかし そのおじさんはとても幸せそうに「さああと40だ」とか「39だ」とかにこにこして叫び、幸せそうに下山していった。
アーなると まるで新興宗教「日本百名山教」にのめりこんだ信者だ。
それとも小学生が夏休みの早朝ラジオ体操に出席して 判子を押してもらい
その数が増えるのが楽しみだといわんばかりだ。まあそれもそれぞれの人生か。
紅葉の世界遺産大峰奥駈道の写真を整理しました。また覗いてみてください。
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頂仙岳の向こうに金剛山、大和葛城山
弥山山頂から紅葉の八経が岳
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http://yochanh.blog.ocn.ne.jp/okugake/
これはいい!
楽しませていただきました。。。
百名山教の信者さんは、わき目もふらず、登山口と山頂往復、なんか寂しいですね。しかし御本人が満足して幸せなら、周りがとやかく言うことはないのですが。