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アウトドアライフの記録

四季それぞれに あちこちの山に登ったり、桜や紅葉の写真、および南の島の記録を写真とともに整理して、ブログにまとめました。

第3回紅葉の道を歩く その2大門から町石道で奥の院弘法大師御廟へ 2014年11月4日

2014-11-23 21:33:49 | 世界遺産高野山町石道を歩く
第3回紅葉の道を歩く その2大門から町石道で奥の院弘法大師御廟へ
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その2 大門から奥の院へ

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大門から奥の院へは 女人道と別れて街中の「町石道」を歩く。

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更に紅葉と鳥居の中を降りて行く。

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鳥居と紅葉は続く。

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右下を走っている車道に出た。大門だ。

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大門到着。つい先日ここは足場に覆われていたけど、今は足場が取れていた。

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女人道はこの鳥居のところから降りてきてまだ続くが、ここで女人道と分かれて、ここからは「町石道」の続きを歩く。

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この「あと六町」の町石をスタートして 世界遺産高野町石道を歩く。

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「あと四町」を過ぎる。観光客が多い。

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紅葉が見ごろの季節なのに、まだ睡蓮か゛咲いている。びっくりだ。

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「あと三町」を過ぎる。紅葉がとてもきれいだ。

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町石道ゴールの「一番石」だ。フェンスの中は壇上伽藍だ。

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町石道ゴールの根本大塔だ。ちょうど異国のお坊さんたちがたくさん歩いていた。

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沢山の観光客に混じって奥の院へ歩いていたら、なんと偶然に、左の植え込みの中に町石を発見した。

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「三町」と書いてあるので、根本大塔を離れるに従い数が増えるのだ。

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続いて四町も発見した。

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五町は街角にあった。

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六町は大きな寺院の門前だった。

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信号機の陰に隠れている町石を発見したが、石が古びていて 九町か十町か読めない。

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こちらははっきりと読める「十一町」だ。

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鳥居の陰に「十三町」があった。

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久しぶりにこういう服装の人を見た。これが正しい高野山スタイルだ。
四国霊場八十八箇所を お遍路さんした人は 弘法大師に報告に訪れるのだ。

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トイレ休憩したら なんと目の前に「十七町」があった。

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奥の院へ入ったが、町石はなかなか見つからない。

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苔むしたお墓の中に ぽつんと「三十一町」を発見した。なんとここまで壇上伽藍から3キロ以上歩いたのだ。

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異国のお坊さんたちには この時期の高野山はとても寒いのだろう。毛糸の帽子やタイツ、厚手の靴下などで歩いているのがほほえましい。

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弘法大師御廟から出てくる沢山の巡礼者たち。ありふれた高野山の光景だ。ここが最終ゴールだ。

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実際に歩いた記録だ。

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高度と距離の記録だ。

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第3回「紅葉の京大坂道、高野七口女人道、世界遺産高野山町石道」 終わり

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「修験道の道、世界遺産の参詣道」のトップページはここから戻れます。
http://www17.ocn.ne.jp/~hase-you/okugake/index.html
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「紅葉を訪ねて2014年」はここから入れます。
http://blog.goo.ne.jp/yochanh-koyo2014
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世界遺産高野町石道を歩く 第3回紅葉の道を歩く その1極楽橋から大門へ 2014年11月4日

2014-11-21 23:36:47 | 世界遺産高野山町石道を歩く
紅葉にもえる高野山を歩いた。今回は極楽橋から大門へ歩き、その後町石道で壇上伽藍根本大塔のゴールへ。更に町石道を辿り、空海の眠る弘法大師御廟まで歩く。

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その1 極楽橋から京大坂道で女人堂へ、更に高野七口女人道で大門へ

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極楽橋から女人堂までが「京大坂道」で、女人堂から大門までが「高野七口女人道」である。
江戸時代までは高野山山上域と表参道の「町石道」は女人禁制だったので、その他の参詣道は七つあったそうである。
それぞれの参詣道を登り詰めた所には それぞれ「女人堂」があり、女性はそこで祈りをささげたという。

現在女人堂が残っているのは、京大坂道の終点の女人堂だけである。

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今回は九度山町役場に駐車して 電車で極楽橋へ。

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南海電車は満員で、半分くらいは外人観光客だ。
みなさん、極楽橋駅で電車を降りてそのままケーブルカーへ移動するが、私は改札を出て山道へ。

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駅を出てここをユーターンして渡り廊下の下を潜る。

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しばらく歩くと「極楽橋」が見えてきた。

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お坊さんにご挨拶してから 橋を渡る。

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振り返ると回り野山は紅葉が始まっている。この先が楽しみだ。

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山道は歩道ブロックが敷き詰めてあり、歩きやすい。この県道は大正期に整備されたそうだ。

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山道は所々に眺めの良い場所があり、山の紅葉が楽しめる。

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明るい道を紅葉を楽しみながら歩く。

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左分岐の道が昔の「不動坂道」らしいが、「熊が出ます」と繰り返し警告してあるので、
山道はを歩くのは気味が悪いので あわてて熊よけの鈴とベルを付ける。

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橋を渡るとお堂が見える。「清不動堂」だ。

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熊に注意の標識は繰り返し出てくる。

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昔の京大坂道を 少し歩いてみた。
いかにも熊が出そうな自然樹林帯の笹薮地帯だ。

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ここで山道は右からの舗装道と合流する。

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このあたりは、花折坂というらしい。古めかしい石仏があった。祈りの道だ。

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周りの山は自然の森で紅葉がきれいだ。

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紅葉を見ながらどんどん登っていく。

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やがてバス道に出た。南海バス専用道路だ。
右は駅だが一般車両や人は入れないので左へ進む。

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すぐに女人堂に到着した。中では沢山の女性がお祈りしていた。

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女人堂の前の大きな仏像に 山道の安全をお祈りした。

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ここからは左の山道の「高野七口女人道」を登る。
昔あった七つの参詣道の終点の各女人堂を結ぶ道だ。

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女人道にも「熊に注意」の看板が繰り返し出てくる。

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すぐに弁天岳到着だ。

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右の休憩所でお弁当を頂いた。

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再び歩き出すと、女人道から大きな塔が見える。
あれが壇上伽藍の根本大塔で町石道のゴールなのだろう。

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女人道には所々に眺めの良いポイントがある。これは西側の山並みだ。

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この道は高野山に入れなかった 信心深い女性たちの祈りの道らしく、みちのあちこちに 石仏や祠がある。

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昔ここで休憩した「お弁当広場」も健在だった。

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鳥居の続く道をどんどん降りていく。

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下から沢山の人たちが登ってきた。道が狭いので脇に寄ってやり過ごす。

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外国人(もちろんヨーロッパ人である)の団体ツアーで口々に「アリガトウ、コンニチワ、」と声をかけられた。
マナーの悪い朝鮮人は絶対にお礼を言わないし、支那人は こんな山に来ない。

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その2へ続く。

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秋の花咲く大和葛城山  その2 ダイトレを下山 そしてこの日出合った花々 2014年10月16日

2014-11-13 21:37:41 | 世界遺産高野山町石道を歩く
その2 ダイトレを下山 そしてこの日出合った花々

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山頂からはダイトレで下山する。正面に大日岳を見ながら下る。

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ツツジ園のツツジはまだ少ししか紅葉していない。

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自然探索路にも入ってみたけど、紅葉はまだ早かった。

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パラセーリンググランドからも 奥駆、台高の山々は霞んでいてよく見えない。

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水越峠から金剛山へ向かうダイトレが見えている。

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大日岳を正面にしたところから石畳が始まる。

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石畳が始まると 水越峠はもうすぐだ。

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道の両側には白嫁菜別名ヤマ白菊が咲いている。

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水越峠に出た。ここからは旧国道309号線を下る。

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金剛山へ向かうダイトレと分かれてそのまま国道を下る。

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バス停「水越峠」からは遊歩道へ入る。

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左手の「水越川公共無料駐車場」を過ぎると遊歩道は終わりに近づく。

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実際に歩いた記録                   ガーミンGPS記録

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歩いた標高差は約600メートル、距離は約9キロだった。

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今日出合ったその他の花々

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山頂付近には「釣鐘にんじん」が沢山咲いていた。

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花の形が釣鐘に似ていて、根が朝鮮人参に似ているという。花は蕎麦菜と区別がつきにくいが、蕎麦菜は花の径が下ほど広く広がる。

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吾亦紅(われもこう)がまだまだ咲いていた。

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季節はずれの河原撫子が一輪だけ咲いていた。

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タムラ草の花は薊と区別が出来ない。

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しかし葉っぱは 薊のようにとげが無いと、山頂付近で写真を撮っていた詳しい方に教えていただいた。

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これもその方に教えていただいた「水弟切(みずおとぎり)」の実。深紅の実が特長だとか。

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アカ詰め草の花。「詰め草」とは江戸時代に オランダからガラス製品などを箱に詰めて、
この植物をクッションに「詰めて」運んだというのが語源らしい。

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秋の麒麟草 には虫たちが群がっていた。

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竜脳菊と吾亦紅の群生地。中央に一輪だけ竜胆が見えている。

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竜脳菊は比較的高地に自生し、竜脳と呼ばれる香料に この植物の油成分の香りが似ているのでつけられた名前らしい。山頂に一面に咲いていた。

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登山道のあちこちで咲いていた小さな花「狐の孫」

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山道で見つけた「ホトトギス」は良く見る「山路のホトトギス」より少し大きい。

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これも山道のいたるところで見かけた「秋のタムラ草」は、夏ごろから咲いている紫蘇科の植物だ。

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ダイヤモンドトレイルを歩き紀見峠から行者杉往復 2014年10月4日

2014-11-01 21:49:19 | 世界遺産高野山町石道を歩く
ダイヤモンドトレイルは 通称ダイトレと呼ばれ、大阪府奈良県和歌山県の県境尾根筋の
ハイキングコースで、奈良県香芝の「屯鶴峰(どんづるぼう)」という岩山を起点に 
大阪府和泉市槇尾山施福寺までの44キロの起伏あるコースです。
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久しぶりに紀見峠からダイトレを東へ歩いた。ダイトレを歩いて行者杉や神福山、
金剛山へは いつも天見の文田谷を登るのだが 今日は久しぶりに紀見峠から山の神を通り、
通称「千階段」を上ってみることにした。

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予定では紀見峠から神福山を往復するつもりで歩き出した。

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ダイトレの紀見峠には新しいトイレが出来ている。ここにバイクを止めて、10時半にスタートした。

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しばらく林道を歩く。

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釣り舟草の群落があった。

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しかし花はもう元気が無い。終わりかけている。夏の終わりの花だからなあ。

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「山ノ神」から山道が始まる。

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山ノ神を過ぎてしばらくすると 「千階段」が始まる。

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ここまでが600段あった。更に40段続き、その後350段続いて尾根に出た。
やはり千階段は本物だった。

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「千階段」を登り切った尾根道を少し歩くといつも通る文田谷との合流地点だ。

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紅葉の始まった桜の木の向こうに見えるのは岩湧山だ。周りの植林杉が毎年伸びて 来年にはもう 見えなくなるだろう。

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紀ノ川の向こうに見える九度山町の奥の山並みは 先日歩いた「世界遺産高野山町石道」なのだろうか。

この付近のダイトレで唯一のビューポイントで写真を撮っていたら、カメラを持った男性が来られて 
お話をしているうちに、話が合い夢中でお話をしているうちに11時半から12時半近くまで 1時間近くお話してしまった。

時間に気づいて あわてて出発した。

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西の行者堂に到着。

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役行者に 道中安全と家内安全を祈る。

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ダイトレのすぐ際を 大阪府森林破壊組合か 河内長野市森林破壊組合の破壊活動で崩れた山肌が見えてきた。

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このポイントは ダイトレから分岐して「十字峠」へ行く道があった。私が取り付けた標識が 
寂しそうに取り残されていて、森林破壊組合の無残な破壊工事により、山道は見るも無残に姿を消して 今は道が分からない。

人が払った税金を好き勝手に使い 大阪府と河内長野市の森林破壊組合はやりたい放題だ。

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杉尾峠を通過。おしゃべりに時間をとられ過ぎたので先を急ぐ。

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おしゃべりを終えてから40分で行者杉に到着。午後1時10分になったのでこの小屋で昼食とする。
かなり飛ばしてあるいたものだ。

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午後2時に出発。神福山を回れば紀見峠に午後5時過ぎに帰着するので、今日は諦めて、神福山は中止して紀見峠へ向かう。

山の神で ダイトレと分かれて紀見峠宿場町方面へ向かう。

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山ノ神に無事に山歩きが出来たことを感謝してから通る。

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しばらく歩くと畑に出た。

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やがて集落に出た。

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ここに出た。民家の庭先だ。

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いつもながらののんびりとした宿場町集落跡を散策しながら峠へ下る。

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岡潔先生生誕の地石標を通る。京都大学時代には岡の講義を 湯川秀樹、朝永振一郎なども 受講して感銘を受けたという。

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高野女人堂へ六里の石柱を過ぎれば もう「ダイトレ紀見峠」だ。帰りは2時間で到着したので、午後4時だった。

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この日ダイトレで見た花や実

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白嫁菜 別名山白菊はダイトレのあちこちで咲いていた。

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こちらは 紺色の野紺菊。

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紫式部のきれいな紫色の実があちこちで成っていた。

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こちらもあちこちで見た 「蔓樒(つるしきみ)」の赤い実。

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世界遺産高野山町石道を歩く 慈尊院から丹生都姫神社へ その3 

2014-10-30 23:39:16 | 世界遺産高野山町石道を歩く
その3 丹生都比売神社から二つ岩を経て上古沢駅へ

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この鳥居を潜ると正面に大きな橋が見える。

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「輪橋」という名前の橋らしい。

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輪橋を超えて それに続く「禊橋(みそぎばし)」をわたると建物が見えてくる。

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本殿は修理中で素屋根とシートがかかっていて見えないが、第一殿から第四殿まで四棟あるらしい。

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第一殿 だけが修理が終わり 姿を現していた。熊野をはじめ 物部関係の神社の千木は横削ぎだが、ここの千木は立て削ぎで出雲式だ。

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この世界遺産の神社の縁起を読んで びっくりした。

第一殿に祀られている丹生都比売は稚日女尊(わかひるめのみこと)ともいい その昔紀の国に降臨されて農耕などを広められた神様と書いてある。

稚日女尊とは稚日女貴(わかひるめむち)とも呼ばれた ヒミコの娘のトヨのことである。徐福子孫の九州物部家のイニエ王は大和への第二次東征をすべく筑後から薩摩へ南下して地元の阿多津姫との間にイクメ御子をもうける。その後日向へ回り、宇佐の豊王国の豊玉姫(いわゆるヒミコ)を后にし、豊彦と豊姫をもうけて物部豊連合王国をつくる。

日向の地で若くして世を去ったイニエ王の意思を継ぎトヨタマヒメはイクメ王を先頭に第二次東征を決行するが 安芸の宮島で病に倒れて亡くなる。イクメ王は河内に上陸して生駒山を越えようとするが 物部第一次東征で大和に誕生した磯城王朝の反撃で足止めを食う。

トヨタマヒメの喪を終えてトヨタマヒメの息子と娘の豊彦と豊姫は生駒のイクメに合流して大和入りし物部王朝を打ち立てる。豊彦と豊姫は豊王国から来たので豊来入彦、豊来入姫といわれた。この紀の国の地を通ったであろう 稚日女貴とよばれた豊来入姫はその後桜井市の桧原神社で月読みの神を奉じて人気を得る。

丹生都比売はその稚日女貴、豊来入姫なのである。

後の三柱は後の世の権力者が勧請したものらしい。徐福(ニギハヤヒと和名を名乗る)のお后の宇佐宗像三姉妹の末姫、市杵島姫(いちきしまひめ)もあった。

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鏡池の向こうには先ほどの輪橋が見える。

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世界遺産を売りにしているので 大きな看板が出ている。この後この神社の向かい側の地元天野の地元産品販売所の休憩コーナーでお弁当を食べて再び歩き出す。

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しばらく田んぼ道を進むと やがて分岐が出てくる。ここから八町坂が始まり高野山町石道へ再び登るのだ。

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八町坂と呼ばれる 急な登り道が続く。

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やがて「二つ鳥居」に到着する・ここで町石道に再び戻ったのだ。
この二つ鳥居は もともと空海が木造で作ったものだが 鎌倉時代に今の石造に作り変えられたのだという。

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町石道を九度山のほうに戻るとすぐ休憩所がある。

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休憩所から眺めると 先ほどの丹生都比売神社のある、天野地区が見える。

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町石道をしばらく引き返すと「古峠」に出た。ここが分岐点だ。

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古峠分岐表示を確かめてから、上古沢駅へ向けて山道を下り始めた。

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植林帯の中をジグザグに急降下する。

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やがて上古沢集落が見えてきた。

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またしても柿畑の中を通る。このあたりは柿の名産地なのだ。

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やがて足元から車の騒音が聞こえてきた。見下ろすと「カジカドライブイン」だ。
橋本市から高野山へ高野山道路を通ると途中に昔からある みやげ物やさんだ。ここに出てくるのだ。

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はるか谷の向こう側に 上古沢の駅舎が見えてきた。ここと駅舎の間には深い谷があり、川の水音がしている。

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急降下で谷底へ降りて、橋を渡る。ここから再び登り返すのだ。

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急坂を登り返す。すごく急な坂道だ。しかも狭くて車が通れない。
付近の家に住むお年寄りはどうしてらっしゃるのだろう。

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駅のホームから上古沢集落と 町石道の尾根を振り返る。あの奥の山の向こう側に「丹生都比売神社」があるのだ。
あの山の向こう側から 山を越えて谷底へ降りてまた這い上がってきたのだ。こうしてみると なかなかタフなコースだったなあ。

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南海電車で九度山駅へ向かう。高野山から降りてきたので外人が多い。

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九度山駅に到着した。満開の花と、真田幸村の看板に出迎えられた。

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今日歩いたコースの実際の記録。

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高度と距離の記録。類型の高度差は700mで歩いた距離は約15kmだった。

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先日歩いた熊の鼓動中辺路の採集熊野灘コースの山中でひっそりと咲いていた蔓穂(つるぼ)は
町石道の日当たりのよいあちこちで 満開だった。いろんな環境下で生きるやつだ。

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九度山から登り始めた山道の両側に 韮(にら)の花が群生して道の両側が真っ白になるほどだった。

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宮城野萩(みやぎのはぎ)が丹生都比売神社近くの山道にたくさん咲いていた。 三枚の細い葉が特徴で、普段丸葉萩を見慣れているから 新鮮だった。花も大きい。

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丹生都比売神社近く道の両側に ガガイモの花が咲き乱れていた。
こんなにたくさん咲いているのを見たのは初めてだ。

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世界遺産高野山町石道を歩く 慈尊院から丹生都姫神社へ その2

2014-10-28 23:46:05 | 世界遺産高野山町石道を歩く
第1回 空海御母堂の眠る慈尊院から丹生都比売神社へ その2 2014年9月11日


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その2 展望台から丹生都比売神社へ

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新しくて広い道路を横断する。向側に町石が「おいでおいで」をするように立っている。

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なんとこの町石道に熊が出るらしい。わざわざ九度山町が張り紙をするくらいだから、目撃情報があるのだろう。

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きれいな竹薮の中の道を進む。

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やがて展望台に出た。足元の九度山の向こうの街は橋本市だ。紀ノ川は少しにごっている。

※和歌山県では紀ノ川だが、上流の奈良県では吉野川だ。

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二十五町くらい歩いたあたりから山道になる。

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「萱撒き石」と看板があった。昔空海がこのあたりを通りかかった時に、このあたりの集落のあまりの貧しさに 
哀れんでこの石の上から萱の種を撒いたそうだ。

萱の実は油が取れて、現金収入になるし、萱の木は非常に硬く 大きくなれば建材や碁盤として高く売れるらしい。

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道は植林帯の中を進み、緩やかに登っている。相変わらずきれいな道だが標高は500メートルくらいまで登ってきている。

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石仏に沢山のお賽銭や供え物がしてある。さすがに祈りの道だ。

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崩れた道の補修も気を使っている。石材を小割するのにも 中辺路のように削岩機で穴を開けた跡は全く無い。歩いていても 気持がいい。

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石段が現れた。正面が明るくなってきた。峠は近そうだ。

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峠に着いた。「六本杉峠」だ。

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ここの分岐もややこしい。標識をいくつか読んでよく考える。

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丹生都比売神社への山道をどんどん下ると、田んぼに出た。

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田んぼの中の道をしばらく歩くと 鳥居が現れた。世界遺産の「丹生都比売神社」だ。

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その3 「丹生都比売神社から上古沢駅」へ続く

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世界遺産高野山町石道を歩く 慈尊院から丹生都姫神社へ その1 2014年9月11日

2014-10-25 22:19:18 | 世界遺産高野山町石道を歩く
第1回 空海御母堂の眠る慈尊院から丹生都比売神社へ その1 2014年9月11日

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「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界文化遺産に登録されてから 今年で10年になる。
それを機に 今年は 「熊野参詣道小辺路」と「熊野参詣道中辺路」を歩いた。

今度は約10年ぶりに同じく世界遺産の「高野山町石道」を再び歩いてみようと思った。

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その1 慈尊院から町石道展望台へ

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ピンクのラインが予定のコース。九度山町内の町営無料駐車場から歩き出した。
なお近くには道の駅九度山もあり、そこでも駐車できる。

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川沿いのきれいな駐車場。南海電鉄九度山駅から歩いて5分くらいだ。

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歩き出してしばらくすると古い町並みに入る。この街は真田幸村ゆかりの街で町中に「真田六文銭」の旗が立っている。

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レトロなお面を飾った不思議な家もある。

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この橋は「慈尊院橋」でこの向こうが世界遺産慈尊院だ。

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山門には大きく「世界遺産」とかかげてある。

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ここは空海の御母堂が、住んでいた場所だそうだ。
空海が開いた高野山は女人禁制とした為、御母堂は息子空海に会いにいけず、ここで空海が山から下りてくるのを待ち続けたという。

あるときあまりの会いたさに 高野山への山道を歩いて会いに行こうとして途中で連れ戻されたという。
空海はそれを聞いて「そんなに私に会いたいのなら、私は必ず月に九度、山から降りてきてお会いします」と言ったのが「九度山」の地名の始まりだとか。

御母堂は今もここに眠る。

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有吉佐和子の小説「紀ノ川」で有名になった「乳型」の奉納。

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沢山の「おっぱい」が奉納されている。

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慈尊院の境内奥に石段があり、ここを上ると丹生官省符神社がある。
石段途中の右に見えている石柱が町石だ。

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「百八十町」と読める。これはここから高野山壇上伽藍までの距離だ。180町ある事を示す。約18キロの道のりだ。

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古く大きな神門のような 拝殿のような建物だ。賽銭箱が正面に置いてあるから通り抜けは出来ない。

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拝殿から本殿を望む。神社の看板で主祭神 を見ると 四柱ありこれから行こうとしている 丹生都比売神社と全く同じだ。

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神社の横手から町石道へ出たら、「百七十九町」の町石がある。

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柿畑の中を登っていく。勾配はかなり急だ。

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ややこしい分岐があった。左の道に町石があるので そちらへ進むと少し登ったら行き止まりだった。
10年前に歩いたときの記憶は無くなっていた。
よく見ると右手に看板があり、右の道へ進むように書いてあった。

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その2 「展望台から丹生都比売神社」へ続く

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