怒りのブログ

憤りを言葉にせずになんとしようか。

大学出の教育実習

2007-02-19 23:12:15 | 教育
誰へのパフォーマンスなのだろう。
現場にはいい迷惑だ。

いくつか「御上のやる気」と評価するむきのblogを見かけたが、そうではないだろう。

たった1年の教壇(?)で何が知りたいのだろう。

こういう命令を下す連中は、どんな見通しをもっているのだろう。
若い連中を出汁にして、年寄りはちゃんとフィードバックして考えるのだろうか?
(望み薄だ。)

ファイティングポーズを評価する人は甘い。
ポーズはそれ自体が目的だ。

文科省は、今までの教育施策を評価したり、これからの見通しを持ったりするときに、現場体験を重視する気があるのならば、現場の声を聞く体制をとるべきだ。
だから今回のことは、自己責任を果たしているようで、果たそうとする意思が感じられない。
つまりは目的が目的化していないし、見通しがあるようでないので自己矛盾している。

ちなみに、この若手官僚をお守りする教諭は悲劇だ。
初任者の指導教諭であれば、現場に役に立つ仕事とも考えられるが、この人は全然役に立たないかもしれない可能性の方が高い。
現場への興味があればラッキーなくらいだろう。
それでもキツイ。

だいたい保護者に説明できるような状況なのだろうか・・・?
(ウチの担任にはお断りだよ。)

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文科省の若手職員を教壇に 公立中学校に1年間派遣(共同通信) - goo ニュース2007年2月19日(月)19:17

 文部科学省は19日、教員免許を持つ入省数年の若手キャリア職員らを全国の公立中学校に1年間派遣し、教員として教壇に立たせる研修制度を07年度から導入することを決めた。教育現場を肌で感じ国の教育行政に生かしてもらうほか、政策の発信役も担わせる。07年度は数人を派遣する予定で、副担任などとして実際に週に数コマの授業も受け持つ。受け入れ先は市立中学校を想定している。

石原の下にも8年

2007-02-19 23:01:10 | 戯言
週刊朝日のpodcastで「編集長登場」というのがある。

そこの記事に「そば」も経費?意外にセコイ、石原都知事の「実像」というのがあった。
音声版の直リンクはここ。

こんな都知事で経済できるのかね。
自分たちの生活がわかってもらえるのかね。
弱い者の気持ちがわかってもらえるのかね。

都民諸氏。

いや、そんなことが目的じゃないって?か?

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おれは嫌だよ。
前から言っているけど。

教育問題も全然だよ。

2コマ作文(作文指導)

2007-02-17 23:26:03 | 教育
ある教育書の実践で「2コマ作文」というのがあったので、ちょいとアレンジして作文指導をした。

目的は「文の要素の意識」。
5W1Hを意識させたかった。

ついでに、話し言葉から書き言葉になるときのハードル「文の切り方」を指摘した。

今まで使ってきた「なたもだ」も総動員でつなぎ言葉があるのだから、それを上手に使い、文を短く切りなさいと指導。
そして、その文に要素があるかを確認させた。

あとは文の順序性が身に付けば、なんとか作文になる。

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あとは本番の「2年生になってできるようになったこと」をテーマにした作文だ。
どこまで自分で推敲してくるかが個別指導のレベルを物理的要因で決めてしまう結果を生む。
来週が勝負だ。

「てにをは」がそろわないこが2人。
これは個別指導だな。

ダンボール箱(ボールを蹴る運動)

2007-02-17 23:17:50 | 教育
キックの初歩として「ダンボール箱を思いっきり蹴る」という入り方がある。
でも、これはダンボール箱を壊してしまい、ゴミが出て後始末が面倒になるばかりか、人数が多いと確保が難しい。
かさばるので教室での保存も難しい。

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で、「走る運動」で使った演芸かごをつかってみた。
数ヶ月前に使ったあと、日が強く当たり、温度差が激しい校舎南側に雨ざらしにしていたせいか、ものの見事に砕け散った。

「走る運動」では、私が踏んでも弾力性に富み、割れなかったのに、今や子どもがちょいと蹴り上げればパラパラと壊れるではないか・・・。

今日の運動は早めに切り上げ、校庭のプラゴミ拾い。
すまん。私のせいだ・・・。
やっぱり面倒でもダンボールを確保しよう・・・。

踏み足(ボールを蹴る運動)

2007-02-16 22:18:17 | 教育
体育の授業でソフトサッカーボールを蹴らしている。

サッカーボールを扱う初歩は、ボールに向かい、軸足をボールの真横に踏み、利き足(蹴り足)でボールをコントロールすること。

蹴る運動の体験の少ない子どもほど、軸足の踏みがあやふや。

インサイドキックでもトーキックでも、軸足の踏み込みの方向と勢いがないとボールはとばない。

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コーンとバーによるゴールを挟んで、蹴り合いをする。
ボールはインサイドキック主体で扱い、バーの下をくぐらせて相手にパスする。
慣れてきたらだんだんに距離を増やす。
(最終的にはインステップでも蹴り込めるようにするが、あくまでもインサイドにすると、ボールを自分の中心で扱う要領が身に付きやすい。)

ボールの止め方を先に指導しておくと、自然にボールを踏んで止めたり、インサイドでトラップしたりするようになる。

低学年では、ここからグリットやゾーンを用いたサッカー型のゲームにしたい。

教育再生会議というハリボテ

2007-02-16 21:39:26 | 戯言
おそろしいのは、教育に関わろうとする並々ならぬ姿勢。
この安倍はおそろしい。

議論なんてなく、教育再生会議の委員に「ヒトラー」といわれたのも納得である。

こんな人の基で教育基本法が改訂され、教育三法案にも踏み込まれるのは嫌だ。

リーダーとしての力ではなく、プレッシャーのみで乗り切ろうとしているのではないか?

周囲が弱い。あまりにも。

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再生会議に規制改革会議異論 教育改革、足並み乱れ(産経新聞) - goo ニュース2007年2月16日(金)03:07
 ■首相「最後は私が判断」
 教育委員会制度の見直しを打ち出した政府の教育再生会議(野依良治座長)第1分科会に対し、同じ政府の有識者会議である規制改革会議(草刈隆郎議長)が地方分権推進の立場から強く異を唱える見解をまとめた。政府内の足並みの乱れを露呈した形で、安倍晋三首相は15日、「最後は私が判断したい」と述べた。ただ、首相が教委改革のための地方教育行政法改正案など教育再生関連3法案を今国会に提出する考えに変わりはなく、再生会議側に立っているのは間違いなさそうだ。
 教育委員会の事務処理に法令違反や不適切な事例が見られた際に、文部科学相が是正指示・勧告をできるようにするなど、国の一定の関与を認める再生会議の方針は、もともと首相自身の考え方でもある。
 「義務教育の構造改革は、まず国が目標を設定し、法律などの基盤を整備する。つぎに市区町村と学校の権限と責任を拡大して、実行可能にし、最後にその成果を検証する仕組みがあってはじめて完了する」
 首相は著書『美しい国へ』の中でこう教育改革の道筋を示しているが、再生会議の結論もおおむねこの首相の考え方と合致している。
 再生会議の教委制度見直し方針をめぐっては、全国知事会や全国都道府県教育委員長協議会など地方団体からも「地方分権の観点から問題」などと批判が出ている。規制改革会議の見解はこうした地方の反発を踏まえ、国の権限強化に懸念を示したものだ。
 しかし、「地方分権は一つの流れだが、すべてを地方に任せていいのか」(政府筋)との見方は少なくない。
 特に、教育問題に関しては「教委が指導に従わなかった場合に、どうするかという権限を(国は)持っていない」(伊吹文明文科相)のが現状だ。山梨県教職員組合の違法な政治活動では、県教委が文科省による処分を要請する指導に従わなかった実例もあり、教育再生を内閣の最重要課題に掲げる首相としては、国の権限確保は「むしろ自然な流れだろう」(周辺)とされる。
 再生会議第1分科会の方針について、塩崎恭久官房長官は15日の記者会見で「まだ総会が開かれていないので、(正式な)議論はこれからなされるのではないか」と決定事項ではないとの見方を示した。ただ、首相は「誰かが最後の責任を持たなければならない。国がその責任を果たすべきだという考え方もある」とも指摘しており、心はすでに定まっているとみられる。

頭がよくなるパズル

2007-02-15 22:10:28 | 教育
別にこんなことで頭がよくなれば苦労はしない。
でも、熱中派を育てたり、時間稼ぎに使ったりするときに使っているパズル。

元は以下。
どこかのパズルの本に載っていた。

とまと
まとま
とまと

縦横で何通り「とまと」と読めるか。
ちなみに「とまと」の一行だけであれば、順に「とまと」と逆に「とまと」の他に、それぞれ真ん中の「ま」でバックして読む読み方があり、全部で4通り。

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で、バリエーションを考えてみた。

しんぶんし
んぶんしん
ぶんしんぶ
んしんぶん
しんぶんし

というのもある。

きつつき
つつきつ
つきつつ
きつつき

というのも難しい。

たけやぶやけた
けやぶやけたけ
やぶやけたけや
ぶやけたけやぶ
やけたけやぶや
けたけやぶやけ
たけやぶやけた

は、ひたすら面倒くさい。

夏の宿題に出すと、8月末に泣く家族が出る。

でも、やってみると解く為の戦略が見えてくる。
ドリル学習的なので一方向のみだが、人によっては思考力を鍛えてくれるものになる(かも)。

ストップ教委改革路線

2007-02-15 01:05:52 | 教育
安倍は内閣の生命線を教育問題にももっているようだ。
徹底して反対しないと教育基本法のように押し切られる。

まずは冷静な議論ができていないのだから反対してストップをかけるべき。

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教委改革の議論スタート=中教審分科会2月14日15時0分配信 時事通信

 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は14日午前、初等中等教育、教育制度両分科会の合同会議を開き、教育関連3法の改正に向けた議論をスタートさせた。
 焦点の教育委員会制度改革をめぐっては、国の権限強化を盛り込んだ政府の教育再生会議の報告案について、石井正弘岡山県知事が「重大な問題をはらんでいる」と発言。一方、片山善博鳥取県知事は、「教委を最終的に支えるのは議会」とし、地方議会の責任などについて議論すべきだとの見解を示した。 

ガイガン対メカゴジラ(教委改革など)

2007-02-15 00:58:23 | 戯言
教育再生会議 全国教育委員長協議会が会議の公開など要望(2月14日9時56分配信 毎日新聞)

教育再生会議:県教育長が苦言「現場の意見聞いてない」/神奈川(2月14日13時2分配信 毎日新聞)

おうおう。
やれやれ。

安倍や文科省、教育(ゾンビ)再生会議の感覚がおかしいのだから。
教委!
とりあえず、がんばれ。

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しもた。
タイトルがアホや!

1たす1

2007-02-14 23:47:35 | 戯言
「2」は当然だがつまらない。

子どもには「それもあるけれど、ちがうのもあるよ。」と言い放つ。

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「田んぼの田」
「古い!」

「41」
「それも古い。どうせ親父にでも聞いたのだろう?」

「無限!」
「テキトーいうな!」

「11」
「なんでやねん。」

で、最終的に、
「答えは「1」だよ。」

「なんで?!」
「そうなるものがあるからだよ。」

あだ名

2007-02-14 23:36:40 | 戯言
たまたまカミさんと話をしていて話題にのぼったので記憶しておく。

教諭のくせに不謹慎かもしれないが、あだ名らしいあだ名ってのは最近聞かない気がする。

昔はそれいっちゃダメだろとまで思わせるあだ名があったものだし、いくつかは実際の呼称として呼び合ってもいた。

ある意味、その人の個性を象徴するようなものでもあったように思う。
少年探偵団なんてドラマにはあだ名がつきものだった。

また、あだ名とはいかなくても、呼称にも地域のクセがあったように思うのだが・・・。
「○○タン」とか、「○○チン」とか、「○○ポン」とか・・・。

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まさか道徳の効用で少なくなったか?
あるいは昨今の「いじめ」ではないが、言葉遣いに気をつける親が増えたのか?

ま、あくまでも世間話だが・・・。

花さき山

2007-02-13 22:13:06 | 教育書
道徳の副読本にも載っている話。
今までに紹介した八郎も三コも出て来る。

「人を思う気持ち」の大切さ。
「滅私奉公」のつらさ。
そして人の優しさとその純粋さ、美しさを「(ひっそりと咲く)花」に集約したわかりやすい話。

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人はだれかのために我慢する。
祈る。

そんなことを、斉藤は当たり前だが尊い行為と誉めたいのだろう。

だれもが自分の姿を救って欲しいと願うだろう。
(ある意味、演歌、浪花節。河島英五、中島みゆきの世界かな?)
いっしょに泣き、密やかに花となる実感を期待する。

斉藤隆介の話は人に優しい。
なぐさめの感情がある。

そしてその対抗として反骨があり、人間らしさが形作られる。
だから信じられる。

しかし、子どもにそこまで望んでいいのだろうか?
昨今の社会に対するアンチでありつつナーバスなだけでは生き抜けない複雑な想いも感じざるを得ない。
それは考え過ぎで、単に一つの道徳的価値観を植える題材となるのか・・・。
悩みはつきない。

教室の悪魔(ポプラ社 )山脇由貴子2006.12

2007-02-12 00:15:01 | 教育書
「いじめ」の話を考えていたら、その説明の難しさを感じた。
なかなかニュアンスが伝わりにくいと感じる。

「いじめ」という名前がよくない。
昔の「いじめ」と今の「いじめ」は違う!とか言ってしまいたいのだが、それだけではわからないだろうな・・・と。

で、この本を思い出した。
よく説明されている方の本だと思う。
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いじめを要件に転校

2007-02-11 23:48:30 | 教育
またニュース引用ネタ。(ま、いっか。気楽にblogしないと・・・。)

さて、今回の件は「教委たたき」に終始するのだろうか?
それはそれでちゃんと主旨が公になってくるといいのだが・・・。
見守りたい。

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いじめで途中転校、市区教委の1割以上が手続き非公表(読売新聞) - goo ニュース2007年2月11日(日)11:17

 子供が小中学校に入学する際、いじめなどを理由に指定された学校を変更できる制度について、全国の市区教育委員会の1割以上が法令で義務づけられている具体的手続きなどを公表していないことが10日、内閣府の実態調査で明らかになった。内閣府規制改革推進室は近く該当する教委名を公表する方針だ。
 調査は同室が昨年10~12月に全国802の市区教委を対象に実施した。回収率は87・4%だった。

 学校教育法施行令では、市区町村教委が入学先を指定した小中学校を保護者の申請で変更できるとし、同施行規則で各教委がその具体的要件や手続きを定めて公表するよう定めている。しかし、103市区(14・7%)は「必要な事項を想定していないし、公表する予定はない」と回答した。

以上とは別に、勝手ながら関連として、「いじめ」と「転校」で思いつくままにメモリーしておく。

「いじめ」は集団活動に内包するストレスの特色性をもった具体的行為による顕現化だから、その集団から脱出しても、同質の集団に転移するだけならば、その内包するストレスが如何に回避ないしは解消されているかが問題であって、根本的な解決にはならない。
(だから転校を繰り返す人もいる。)
もちろん、物理的に回避する行動としては(一時的な)効果があるだろうが、その恐怖から完全に逃れる事はできないだろう。
また、残った集団も問題が解決されたわけではないだろう。

昨今では「いじめ」は「する者」に対する「生きにくさ」のケアも叫ばれ、「される者」だけが転校する場合だけでないかもしれない。
ましてや「見て見ぬふりをする者」「間接的に関わる者」も同時に問題となるだろう。

社会問題として認知されているが、その病理が子どもだけに適応されていると見ている人には見えないものもあるだろう。

それも「テンコウ」では済まされないだろう。

ずれたので話を学校にもどそう。

「いじめられる者」の課題も、「いじめる者」の抱えるものも、「雰囲気を醸成する者」の発達課題も、やはり集団と個人の関係性や社会性の問題として、認識され、解決へむけて努力することは大切な行為として残るだろう。

もしかしたら問題になるのは、学校がそのことをちゃんと認め、どのように受容・許容していくことかもしれない。
そしてその上で学校はそのための物理的なサポートをすることだろう。


最後に、
「いじめ」
この恐怖の課題に相対するとき、
「いじめられている者」は、無条件でそこから避難するべき場を与えておかなければならないように思う。
教室も学校も、そういったことは想定されずに設定された閉じた空間だからだ。
そして、その場所は絶対自殺なんかであってはならない。

食う寝る遊ぶ

2007-02-11 22:15:42 | 戯言
「食う寝る遊ぶ」
生きる基本仕様みたいなもんかなと感じたので、ちょいとメモリー。
なかなか自由にそろわないけどねぇ。

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「飲む打つ買う」ではない。
こちらは人間やめる基本仕様かな?
(それとも煩悩三点セットかな?)

三つセットで決まるのはどちらも同じか・・・。