いわゆる進学校出身の者が、多々、
残虐な事件を起こしている。
加藤智大、小泉毅・・・など、よくあることだ。
ところがウラでは、
家庭内暴力や登校拒否や精神異常など、
もっと深刻な事態が起きている。
ヒット大地も、高校時代、進学校に通ったが、
自殺者、自殺未遂者、精神病院入院・・・など、
いろいろな生徒の出来事を経験している。
その高校は、カトリック教育をベースに、
「倫理」の時間も、設けていたが、
ヒット大地、彼らから、「真の愛情」を感じることは、
ほとんど皆無だった。
ただし、これは組織として感じなかったのであり、
個人的には、すばらしい教員もいた。
だから余計、「教育とは愛だ」と思うのだ。
教員が愛をもって、生徒を教えると、
生徒たちは、確実に伸びる!
たとえば、京都市立伏見工、ラグビー部監督(現在総監督)の山口 良治。
涙もろいことで有名なこの熱血教員は、
まるっきりダメだった伏見工を全国大会出場16回、優勝4回に導いている。
(選抜大会でも1回優勝している)
生徒は、教員の心がわかるものだ。
「この教員は一生懸命やってるな」
「この教員は生徒が好きだな」
そういうことがわかる!
逆に・・・ダメなタイプは?
生徒が以下のように思う教員だ。
「金だけで満足しているサラリーマン教員だな」
「校長や教育長の目を気にしているヒラメ教員だな」
「知識の切り売りをやっているだけの教員だな」
・・・生徒には、そういう教員の器がわかる。
また教員の精神レベルもわかる。
「この教員は、生徒のことを思って、叱ってくれているな」
「この教員は、単に、カッとして怒っているだけだな」
・・・そういう違いもわかる。
じゃあ、いい教員とは?
「生徒のいいところを引き出せる人間」・・・これだ。
また、生徒を植物にたとえると、土壌が肥えて、心の広い教員だ。
教員が、小さな鉢植えだと、小さな植物にしか育たない。
教員が、大きな鉢植えだと、大きな木になることができる。
精神レベルとは、鉢植えの大きさに等しい。
最近、教員を判断する方法が間違っている。
組合に属しているか・・・とか、
学歴がどうの・・・とか、
学問への知識・・・とか、
弁舌がうまい・・・とか、
指導力があるか・・・とか、
・・・そういうことで判断している。
そうじゃない!
生徒への愛情が一番なのだ!
熱情が一番なのだ!
日教組に入っていようがいまいが、そんなことはどうでもいいじゃないか!
(尾木ママによると、日教組自体、全国で、その形態はさまざまだ。
一概にどうのこうのとは言えない)
弁舌が下手でもいいじゃないか!
愛情が一番だ。
知識が多少劣っていてもいいじゃないか。
熱情が一番だ。
最近は、ウツなど精神疾患の教員が急増している。
文科省のサイトによると・・・
2009年度,精神疾患で休職した公立学校
(小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校)の教員は5,458人だ。
2009年の公立学校の本務教員数は916,929人。
休職率は,前者を後者で除して,6.0‰。167人に1人だ。
10年で2.4倍に増え、年々増加している。
他方、名古屋市では、民間人を教員に取り入れ、成功している。
ヒット大地は、思う。
教員免許は、最終的に関係ない。
愛情のある、また、信頼できる民間人を、どんどん教員にせよ。
ヒット大地の尊敬する二宮金次郎は教員免許などなかった。
しかし、すばらしい指導者だった。
逆にダメな教員は、どんどんクビにすべきだ。
ダメな教師の見分け方はどうするかって?
生徒にアンケート調査すれば、一発でわかるで!
ただし、もちろん、教師にも、弁明の機会は与えることだ。
しかるのちに、クビだ。
このブログを読んで、厳しいと言う人もいるだろう。
しかし、そうじゃない!
子供というのは、教員のちょっとした言動が、
一生のトラウマとなることもある。
だから、教師という仕事は、
生半可な気持ちではできない聖職なのだ。
「親が教師だから、自分も教師になろう!」
それは甘いで!
「公務員だから、年金も高い!」
これも甘いで!
子供への愛情に自信のある者だけが、
教員をめざしてほしい!
心から、そう思う。