存在としての建築 隈研吾
二段落 ⑦~⑪
⑦ しかし、場所を選ばないということは、逆に言えば、あらゆる場所をコンクリートという一つの技術、その技術の裏に潜む単一の哲学によって、〈 同一化してしまう 〉ということである。そして、場所とは自然の別名にほかならない。多様な場所、多様な自然が、コンクリートという単一の技術の力で、破壊されてしまうのである。また、多様な表面のお化粧の後ろ側には、コンクリートという単一の揺るぎない本質が潜んでいるということにほかならない。そのようにして、自然の多様性が失われただけではなく、建築の多様性も失われたのである。二十世紀とは、そのようなさびしい時代であった。
⑧ さらにコンクリートの「強さ」についても、その〈 「強さ」の質についても、我々は注意深く、見きわめなければならない 〉。コンクリートは突然固まるのである。それまではドロドロとしていた不定形の液体であったものが、ある瞬間、突然に信じられないほど硬く、強い物質へと変身を遂げる。その瞬間から、もう後戻りがきかなくなる。コンクリートの時間というのは、そのような非連続的な時間である。木造建築の時間は、〈 それ 〉とは対照的である。木造建築には、コンクリートの時間のような〈 「特別なポイント」 〉は存在しない。生活の変化に従って、あるいは部材の劣化に従って、少しずつ手直しし、少しずつ取り替え、少しずつ変化していく。
⑨ この「強い」はずのコンクリートは、実のところ、きわめてもろい。強いはずのコンクリートは、永遠であるかに感じられても、数十年後には、最も処理のしにくい、頑強な産業廃棄物と化す。その劣化の度合いが表面から見えにくいところが、さらに問題である。内部の鉄筋が腐食していても、あるいはコンクリート自体の強度が失われていても、表面からはうかがい知れない。木にしろ紙にしろ、時間がたてば傷む。しかし傷みが、はっきり目に見える。だからその部分を取り替えることで、建築を長持ちさせることができる。木造の時間は、そのようにして連続的に、持続させていくことが可能である。ちょっとした観察力と傷んだ部分だけをこまめに取り替えるまめささえあれば、〈 木造の時間 〉はしぶとく、終わりなく流れてくれる。逆にコンクリートの不気味さは、その中身が見えないことである。見えないがゆえに、人々はそこに実際以上の圧倒的強度を仮想し、不安定を固定化する超越的な力を期待する。
⑩ 中身が見えないことに、コンクリートの本質があったのである。それゆえ、その上に化粧の上塗りが平然と行われる。そもそも中身が見えていないのだから、その上に何かを重ねて、さらに不透明にしたとしても、その不透明な本質に変化はない。感覚はマヒし、上塗りは日常化する。
⑪ いわば、コンクリートは、〈 表象と存在の分裂を許容する 〉のである。お化粧次第で、その中身とは関係なく、あらゆるものを表象することが可能だからである。石を貼ることで、権力と財力を表象することもできるし、アルミやガラスを貼って、テクノロジーや軽やかな未来を表象することも可能である。木材や珪藻土を貼って、「自然」を表象することすら、十分可能である。〈 それ 〉ゆえ表象が重視され、表象と存在との分裂が進行した二十世紀という時代に最も適した素材が、コンクリートであった。
Q10「同一化してしまう」ことの問題点は何か。「こと」につながるように40字以内で抜き出せ。
A10 多様な場所、多様な自然が、コンクリートという単一の技術の力で、破壊されてしまう(こと)
Q11「「強さ」の質についても、我々は注意深く、見きわめなければならない」のは、コンクリートにどのような問題点があるからか。20字以内で抜き出して答えよ。
A11 劣化の度合いが表面から見えにくいところ
Q12 「それ」とは何か。20字以内で記せ。
A12 コンクリートの持つ非連続的な時間
Q13 「特別なポイント」とは何のことか。30字以内で記せ。
A13 コンクリートの、不定形の液体から、硬く強い物質に変わる瞬間。
Q14 「木造の時間」とは、どのようなことを表した言葉か。70字以内で説明せよ。
A14 時間の経過に伴う劣化が目に見えてわかり、
注意深く観察し修繕していくことで、
長く連続的に使用することが可能な、木造建築のもつ性質のこと。
「表象と存在の分裂」について
Q15「表象」とは具体的には何か。25字以内で記せ。
A15 コンクリートの表面に施された様々なデザインのこと。25
Q16「存在」を言い換えた語を二字で抜き出せ。
A16 中身
Q17「表象と存在の分裂を許容する」とは、この場合どういうことか。90字以内で記せ。
A17 コンクリート建築は、その本質は同じであるにもかかわらず、
表面だけを様々に取り繕うことによって、
中身とはかけ離れたイメージを人々に受け入れさせることさえ可能にするということ。
Q18 「それゆえ」の「それ」の指す内容を60字以内で説明せよ。
A18 コンクリートは、その中身の状態とは関係なく、あらゆるものを表面に施すことが可能で、
自然に見える外観まで作り出せること。
⑦場所を選ばない a1
↓ コンクリートの技術・哲学
あらゆる場所の同一化
∥
多様な場所・多様な自然
↓ コンクリート技術
破壊されてしまう
∥
自然・建築の多様性
↓ コンクリートの本質
失われる
⑧⑨「強さ」a2
コンクリート
突然固まる
後戻りがきかない
コンクリートの時間……非連続的な時間
↑
↓
木造建築の時間……連続的な時間
少しずつ変化
木・紙の傷み……はっきり目に見える
↓
修復によって長持ち可能
木造の時間……しぶとく、終わりなく流れてくれる
↑
↓
コンクリートの劣化……表面から見えにくい・不気味
↓
人々……強度に対する幻想
⑩⑪
中身が見えない……コンクリートの本質 a3
↓
化粧の上塗り
↓
感覚マヒ・上塗りの日常化
∥
表象と存在の分裂の許容
∥
A(a1・a2・a3)コンクリート……マイナス面
二段落 ⑦~⑪
⑦ しかし、場所を選ばないということは、逆に言えば、あらゆる場所をコンクリートという一つの技術、その技術の裏に潜む単一の哲学によって、〈 同一化してしまう 〉ということである。そして、場所とは自然の別名にほかならない。多様な場所、多様な自然が、コンクリートという単一の技術の力で、破壊されてしまうのである。また、多様な表面のお化粧の後ろ側には、コンクリートという単一の揺るぎない本質が潜んでいるということにほかならない。そのようにして、自然の多様性が失われただけではなく、建築の多様性も失われたのである。二十世紀とは、そのようなさびしい時代であった。
⑧ さらにコンクリートの「強さ」についても、その〈 「強さ」の質についても、我々は注意深く、見きわめなければならない 〉。コンクリートは突然固まるのである。それまではドロドロとしていた不定形の液体であったものが、ある瞬間、突然に信じられないほど硬く、強い物質へと変身を遂げる。その瞬間から、もう後戻りがきかなくなる。コンクリートの時間というのは、そのような非連続的な時間である。木造建築の時間は、〈 それ 〉とは対照的である。木造建築には、コンクリートの時間のような〈 「特別なポイント」 〉は存在しない。生活の変化に従って、あるいは部材の劣化に従って、少しずつ手直しし、少しずつ取り替え、少しずつ変化していく。
⑨ この「強い」はずのコンクリートは、実のところ、きわめてもろい。強いはずのコンクリートは、永遠であるかに感じられても、数十年後には、最も処理のしにくい、頑強な産業廃棄物と化す。その劣化の度合いが表面から見えにくいところが、さらに問題である。内部の鉄筋が腐食していても、あるいはコンクリート自体の強度が失われていても、表面からはうかがい知れない。木にしろ紙にしろ、時間がたてば傷む。しかし傷みが、はっきり目に見える。だからその部分を取り替えることで、建築を長持ちさせることができる。木造の時間は、そのようにして連続的に、持続させていくことが可能である。ちょっとした観察力と傷んだ部分だけをこまめに取り替えるまめささえあれば、〈 木造の時間 〉はしぶとく、終わりなく流れてくれる。逆にコンクリートの不気味さは、その中身が見えないことである。見えないがゆえに、人々はそこに実際以上の圧倒的強度を仮想し、不安定を固定化する超越的な力を期待する。
⑩ 中身が見えないことに、コンクリートの本質があったのである。それゆえ、その上に化粧の上塗りが平然と行われる。そもそも中身が見えていないのだから、その上に何かを重ねて、さらに不透明にしたとしても、その不透明な本質に変化はない。感覚はマヒし、上塗りは日常化する。
⑪ いわば、コンクリートは、〈 表象と存在の分裂を許容する 〉のである。お化粧次第で、その中身とは関係なく、あらゆるものを表象することが可能だからである。石を貼ることで、権力と財力を表象することもできるし、アルミやガラスを貼って、テクノロジーや軽やかな未来を表象することも可能である。木材や珪藻土を貼って、「自然」を表象することすら、十分可能である。〈 それ 〉ゆえ表象が重視され、表象と存在との分裂が進行した二十世紀という時代に最も適した素材が、コンクリートであった。
Q10「同一化してしまう」ことの問題点は何か。「こと」につながるように40字以内で抜き出せ。
A10 多様な場所、多様な自然が、コンクリートという単一の技術の力で、破壊されてしまう(こと)
Q11「「強さ」の質についても、我々は注意深く、見きわめなければならない」のは、コンクリートにどのような問題点があるからか。20字以内で抜き出して答えよ。
A11 劣化の度合いが表面から見えにくいところ
Q12 「それ」とは何か。20字以内で記せ。
A12 コンクリートの持つ非連続的な時間
Q13 「特別なポイント」とは何のことか。30字以内で記せ。
A13 コンクリートの、不定形の液体から、硬く強い物質に変わる瞬間。
Q14 「木造の時間」とは、どのようなことを表した言葉か。70字以内で説明せよ。
A14 時間の経過に伴う劣化が目に見えてわかり、
注意深く観察し修繕していくことで、
長く連続的に使用することが可能な、木造建築のもつ性質のこと。
「表象と存在の分裂」について
Q15「表象」とは具体的には何か。25字以内で記せ。
A15 コンクリートの表面に施された様々なデザインのこと。25
Q16「存在」を言い換えた語を二字で抜き出せ。
A16 中身
Q17「表象と存在の分裂を許容する」とは、この場合どういうことか。90字以内で記せ。
A17 コンクリート建築は、その本質は同じであるにもかかわらず、
表面だけを様々に取り繕うことによって、
中身とはかけ離れたイメージを人々に受け入れさせることさえ可能にするということ。
Q18 「それゆえ」の「それ」の指す内容を60字以内で説明せよ。
A18 コンクリートは、その中身の状態とは関係なく、あらゆるものを表面に施すことが可能で、
自然に見える外観まで作り出せること。
⑦場所を選ばない a1
↓ コンクリートの技術・哲学
あらゆる場所の同一化
∥
多様な場所・多様な自然
↓ コンクリート技術
破壊されてしまう
∥
自然・建築の多様性
↓ コンクリートの本質
失われる
⑧⑨「強さ」a2
コンクリート
突然固まる
後戻りがきかない
コンクリートの時間……非連続的な時間
↑
↓
木造建築の時間……連続的な時間
少しずつ変化
木・紙の傷み……はっきり目に見える
↓
修復によって長持ち可能
木造の時間……しぶとく、終わりなく流れてくれる
↑
↓
コンクリートの劣化……表面から見えにくい・不気味
↓
人々……強度に対する幻想
⑩⑪
中身が見えない……コンクリートの本質 a3
↓
化粧の上塗り
↓
感覚マヒ・上塗りの日常化
∥
表象と存在の分裂の許容
∥
A(a1・a2・a3)コンクリート……マイナス面