吉本ばななの本を読むのはこれが初めて。
というか、女流作家の小説をまともに読んだことがなかったかもしれない。
吉本ばなな(現在の名は、よしもとばなな)は1964年7月に東京都文京区で生まれているから、1964年8月に東京都北区で生まれた私ととても近いところで人生を出発している人であることを知った。完全に同世代の作家である。よしもとばななの作品は海外でも評価が高く、とくにイタリアでいくつも受賞している。その初期のもっとも有名な作品が「キッチン」のようだ。
「キッチン」は「キッチン」「満月―キッチン2」「ムーンライト・シャドウ」という3つの短編から構成される。「満月」は「キッチン」の続編として、続けて一つの物語になっている。「ムーンライト・シャドウ」は別の物語である。どの物語も、身近でとても大切な人が亡くなったあと、残された自分が悲しみや淋しさの中でどうやって生きていくのかが主題になっていると思う。
「キッチン」は、「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」というフレーズで始まり、台所は舞台設定としてたびたび出てくる。そして、もう一つの舞台設定は、祖母が亡くなったあと、仮住まいをさせてもらうことになった知り合いの家庭である。祖母が亡くなって天涯孤独になった主人公・桜井みかげは、悲しみの中にいても、仮住まいの家の雄一とその母(元父)えり子との交流の中で人の温かさを感じていく。その交流は、むしろヌクヌクとさえしていて、感情の流れとかはほんとうにリアルに描かれていてすごいんだけど、それだけの作品なのかなと思っていると、どんでん返しがある。
続編の「満月」で、えり子が殺されるのである。ここで、この作家、本気だな、と思った。気の狂った男につけまわされて刺されたのである。その後、雄一との心の触れ合いがあり、最後に離れ離れになった雄一に会いに行く山場(みかげが来ていた伊豆からの距離感と、豆腐料理の名所ということから雄一がいたのは大山と思われる)があって、未来を予感させて終わっている。
「ムーンライト・シャドウ」は亡くなった恋人の等を思いながら、苦しみを懸命に乗り越えていこうとするさつきが主人公である。ここでは、いつも待ち合わせをしていた川の橋で、亡くなった等に再会するという神秘現象がクライマックスになっている。物語の途中で、「橋を渡り、追いかけていって行ってはだめだと連れ戻す夢も何度も、何度も見た。夢の中で等は、君が止めてくれたから死なずにすんだよ、と笑った。」という記述がある。こういうことは実際に同じような体験をした人でなければ書けないんじゃないかと思う。全体に、日々の出来事や心の動きが、あたかも正確に記録された日記のように進んでいく。創作と思えないほど自然なのだ。
3編とも短編だからなのか、物語がとても自然だからなのかわからないが、読後の余韻はなぜか少なかった。しかし、読んでいる間はいい話だなあと思う、そんな小説だ。
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