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僕の読書ノート「言ってはいけない 残酷すぎる真実(橘玲)」

2020-01-12 14:19:52 | 書評(進化学とその展開)
 
人の性格や能力、行動などがいかに遺伝子によって制御されているかについての研究の最前線をわかりやすく紹介したとても素晴らしい本があった。「遺伝子があなたをそうさせる(ディーン・ヘイマー、ピーター・コープランド)」で、英語版は1998年、日本語訳版は2002年に出ている。日本語訳版が出てからでも18年も経つので、この分野の研究は相当進んでいるだろう。最新の研究成果をまとめてくれた本を読んでみたいのだが、探してもなかなかいいのが見つからない。そこで少し視点を変えて、日本でとても売れた新書である本書を読んでみることにした。
 
著者は文系出身なのだが、むしろ理系の学問である進化学にもとづいて論考を進めているところが素晴らしく、応援したい。しかし、書かれている内容は、遺伝子決定論的なエビデンスが社会でどのように受け入れられてきたか、または受け入れられてこなかったかという、社会との軋轢の歴史が中心であるので、進化生物学的な興味で読むと面白くないかもしれない。また、論調が、環境決定論より遺伝子決定論に偏っているので、読んでいて気分は良くない(著者は不愉快な本だと自ら断言している)。夢や希望が得られない。どうすればよりよく生きていけるかの指針にはならない。しかし、遺伝子でここまで決まってしまうのだという事実を認識させるための啓蒙書的な役割はあるのかもしれない。そして、いくら努力しても変えられないこともあるのだという事実は、ある意味気持ちを楽にさせてくれる面もあるだろう。
 
主に取り上げられているテーマは、IQ、反社会性、美醜、男女の違い、における遺伝の影響とその社会との関係である。本書を読んで、目に留まった点を挙げてみた。
 
・精神病の遺伝率は高く、統合失調症が82%、双極性障害が83%である。発達障害の遺伝率は、自閉症が82-87%、ADHDが80%としている。
 
・アメリカの経済格差は知能の格差から来ている。知能の高い人たちの集団ともいえる、アメリカ社会に新しく登場した新上流階級の趣味やライフスタイルは似ている。ファストフート店には近づかず、アルコールはワインかクラフトビールでタバコは吸わない。ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルに毎朝目を通し、ニューヨーカーなどの雑誌を定期購読している。テレビはあまり観ず、休暇はバックパックを背負ってカナダや中米の大自然のなかで過ごす。
 
・心拍数の低さと反社会性、攻撃的な行動は相関する。犯罪者を予測できる近未来社会が想定されていて、例えば犯罪者早期発見システム「ロンブローゾ・プログラム」が提案されている。このプログラムでは、18歳以上の男性は全員、病院で脳スキャンとDNAテストを受けなくてはならない。「基本5機能」は①構造的スキャンによる脳の構造の検査、②機能的スキャンによる安静時の脳の活動の検査、③拡散テンソルスキャンによる白質の統合度と脳の接続性の検査、④MRスペクトロスコピーによる脳の神経化学の検査、⑤細胞機能の精査による細胞レベルでの2万3000の遺伝子における発現状態の検査、からなる。
 
・遺伝と環境で子供の性格や能力が決まってくるが、環境はさらに「共有環境=家庭環境」、「非共有環境=友人関係、学校生活などの家庭外環境」に分けられる。安藤寿康やジュディス・リッチ・ハリスらによる論考が取り上げられていて、子供の成長への共有環境の影響の弱さ、友だち関係からの影響の強さを強調している。例えば次のように記載されている。「家庭が子どもの性格や社会的態度、性役割に与える影響は皆無で、認知能力や才能ではかろうじて言語(親の母語)を教えることができるだけ。それ以外に親の影響が見られるのはアルコール依存症と喫煙のみだ」
 
近年、IQなどの「認知スキル」とは違う、やり抜く力や自制心といった「非認知スキル」が大人になってからの成功に重要で、これは主に親(共有環境)が介入して高めるものだと考えられ注目されているが、それについての言及は皆無であった。その辺りのことを考察していない点については、本書の偏りを感じた。