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書評「ブッダの真理のことば・感興のことば(中村元訳) 」

2017-10-01 16:36:29 | 書評(仏教)


原始仏教の経典、中村元訳による「真理のことば(ダンマパダ) 感興のことば(ウダーナヴァルガ)」である。平易な日本語の詩集のような形になっており、われわれのイメージする難解な言葉が連なる一般的なお経とは異なっている。いきなり本文から読み始めるより、あとがきを先によんで、これらの経典の出自や翻訳の方法などを知ってから本文を読んだほうが、内容が頭に入りやすいだろう。そして詳細な訳注が付いているが、翻訳する上で参考にした様々な原典や資料のこと、翻訳者の考えなどが書き留められているノートなので、本文を読みながら訳注をいちいち見ていくと、読むリズムが出なくなる。だから、訳注を見るのは後回しにすることをお勧めしたい。

では、あとがきから。まず「ダンマパダ」とは、パーリ語で書かれた短い詩集で、423の詩句が26章にまとめられており、主として出家修行僧のために説かれていて、仏教の実践を教えたおそらく最も著名で影響力のある詩集だという。これの成立年次はかなり古いが議論のあるところだとして、具体的には示されていない。漢訳の「法句経」に相当する。「ウダーナヴァルガ」は、「ダンマパダ」や他のいくつかの経典の詩句を集めたものである。カニシカ王(2~3世紀?)よりあとで作られたのであろうと述べられている。これのサンスクリット原本にもとづいて邦訳している。

『ダンマパダ』
・釈迦は、死んだらどうなるか述べなかったと言われているが、この経典では「あの世」や「死後」が頻繁に出てくる。例えば、「168 奮い起てよ。怠けてはならぬ。善い行いのことわりを実行せよ。ことわりに従って行なう人は、この世でも、あの世でも、安楽に臥す。」「224 真実を語れ。怒るな。請われたならば、乏しいなかから与えよ。これらの三つの事によって(死後には天の)神々のもとに至り得るであろう。」
・悩みを持たないで楽しく生きることを勧めている。「198 悩める人々のあいだにあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。悩める人々のあいだにあって、悩み無く暮そう。」
・「第20章 道」には、「八正道」「四諦」「諸行無常」「一切皆苦」「諸法無我」といった仏教の根本思想が出てくる。
・2種類の意識のはたらかせ方(瞑想法)が言及される。「384 バラモンが二つのことがら(=止と観)について彼岸に達した(=完全になった)ならば、かれはよく知る人であるので、かれの束縛はすべて消え失せるであろう。」ここで、心を練って一切の外境や乱想に動かされず、心を特定の対象にそそいで心のはたらきを静めるのを「止」(サマタ)といい、それによって正しい智慧を起こし、対象を如実に観るのを「観」(ヴィパッサナー)という。
・「417 人間の絆を捨て、天界の絆を越え、すべての絆をはなれた人、―かれをわれは〈バラモン〉と呼ぶ。」ここで出てくる「天界の絆」とは、天の世界に住む神々といえども束縛の絆を受けていることをいう。神々といっても、人間よりはすぐれた存在であるというだけで、やはり変化や苦悩を受ける生存者であり、まだ解脱していない。初期仏教では、神々よりも、解脱した人間のほうがすぐれた存在なのである。

『ウダーナヴァルガ』
・「第16章の1 未来になすべきことをあらかじめ心がけておるべきである。―なすべき時に、わがなすべき仕事をそこなうことのないように。準備してなすべきことをつねに準備している人を、なすべき時になすべき仕事が害うことはない。」将来なすべきことがあるのなら、しっかり準備しておくべし。
・「第27章の41 (無明に)覆われて凡夫は、諸のつくり出されたものを苦しみであるとは見ないのであるが、その(無明が)あるが故に、すがたをさらに吟味して見るということが起こるのである。この(無明が)消失したときには、すがたをさらに吟味して見るということも消滅するのである。」訳注で、多分に大乗仏教の空観、例えば「般若心経」を思わせる思想である。後代に挿入されたものであろうと述べている。大乗仏教の思想も一部含まれているのである。
・「ダンマパダ」では、ブッダは複数形で示されていたから、幾人もいて差し支えなかった。ところが「ウダーナヴァルガ」ではブッダは単数で示されており、初期の仏教から思想が変遷しつつあることがうかがえる。

ダンマパダにもウダーナヴァルガにも、安心の境地という意味のニルヴァーナという言葉が頻出する。ニルヴァーナという名のバンドがいたが、そんな境地からは遠かった。きっと憧れていたんだろうけれど。YouTubeには、ビートルズのアクロス・ザ・ユニバースをニルヴァーナのボーカリスト、カート・コバーンがカバーしたという音源が出ているが、これの真贋ははっきりしない。ここでは、本家本物のビートルズのアクロス・ザ・ユニバースをどうぞ。仏教観を感じる曲だ。
Beatles - Across the universe (Best version)