日々、土器実測(仮)

発掘された遺物の図化作業メインのお仕事ブログのはずが、日々の徒然・スピ話ばっかりになっちゃってる日記。

ご縁

2011年09月30日 | Weblog
身近な人であっても、幾ら会いたいと願っても会えない人はいるものです。
何とか約束をとりつけても土壇場でダメになったり、半径何メートルの中に一緒にいるのに気付きもしない、私は結構そう云う事が多い気がします。
その代り、自分が会いたくないと思う人とは矢鱈会ったりするもので。
しかも、なんでここで?と云うような遠方やとんでもない場所でもね。

自分がどれだけ願ってもそうならないと云う事は、縁のあるなしなのかなと思ったりします。
本来は縁のある事に気持ちが行くと云う事のようですが、そんな事はないですよ。
幾ら好きでも上手く行かない事もあるし、叶わない事もある。
人との関わりが大事なんて云われても、会いたい人には会えず、人から求められると云う事もないなら、1人で強くいるしか策はなしです。
何処からか協力者が降って来る事なんてないのでしょ、そう云う星の下にいる人でなければ。

人生、諦めが肝心です。
往生際悪く未だこうしていますが……。


サインがあると云われても、それにどうしても気付かないのはどう云う訳でしょう。
直接的でなくても自分へのメッセージなら分かりそうなものですが、そう云う気配が全く感じられないし、だから何?としか思わない事を、果たしてメッセージと受け取れるものか。
なんて云っても、受取れない方が悪いと云う事になるのですが、しょーがないですね、分からんもんは。

気付く力に蓋をしていると云われた事がありますが、その蓋はどうやったら取れるかは答えてくれませんでした。
蓋がある事までは分かっても、取る方法は分からなかったんでしょうね。
これ、凄くもどかしいです。
蓋がある事は分かっているのに、取り方が分からない。
取ったら上手く行くかも、そう思えば思うほど、取り方を知りたくなります。
が、知る術はないようですね。
こう云うの、中途半端な能力の人に云われるのが1番辛いです。
最後までとは云わずとも、ある程度のところまで持って行けるように引っ張って貰えないと、宙ぶらりんで、上手く行かない原因の一つに思えて来る。
蓋の事、聞かない方が良かったのではと思う事もあります。
終わった事はどうにもなりませんが、心に一つ引っかかりが増えるとね……。

いよいよ明日から10月ですね。
寂しい秋本番。
嫌だな、色んな事が……。
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