国鉄フライヤーズ

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(必読!)西木正明のウエルカム・トゥ・パールハーバーがやたら面白い

2012-01-18 21:26:00 | 備忘録



今年初の読書ははっちゃんが貸してくれたこの本。
ノンフィクション風のフィクション、と言うよりフィクション風のドキュメンタリーだろうか。
1000ページを超える力作だ。

西木さんこの本の、取材、執筆に4年の年月をかけた。
思いつきのブログとは重みが違うなあ。
すまん。

第二次世界大戦について、もやもやっとしていた事が一気に晴れたような気がする。
複雑怪奇な大戦直前の政治情勢が頭の中で大分整理できた。
小説タッチで頭にすっと入ったわけだ。

最近フーバー元大統領がルーズベルト(FDR)を、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」
と批判していたことが紹介された(ジョージ・ナッシュ著「FREEDOM BETRAYED(私は読んでいない)」。
証言者が米大統領経験者というこの発言が事実なら、一級品の資料ということか。

一方、事実上の対日最後通牒であるハル・ノートはハルのスタッフでソ連のスパイだったホワイトが書いた、という話は聞いていた。
「日清、日露、第一次の結果獲得した領土と権益を全て放棄しない限り米・英・仏は一切の物資供給を停止」というやつだ。
これを受けていたら世論の反対で日本の政権は転覆していただろう。

本書は日本に先制の一撃を打たせるために最初から決裂が予定されている日米交渉を行った陰謀についての話だ。
ヒトラーを助ける為の対ソ戦もやらず、国力で圧倒的に勝る米国との開戦はもってのほかだが、中国での利権は手放したくない日本。
そんな日本に自滅的な戦争を始めさせる為の囮の日米交渉。

これを民間主導の妥協的な交渉から始めさせるという奇策だ。
つまり背後にいるFDRや国務相は交渉の課程でどんどんハードルを上げ日本をフラストラートさせようというわけだ。

アメリカの密使は西欧文明が神の加護を受けていると信じるメリメール教会親父ドラウト。
宗教家の彼は後に良心の呵責に苛まれることになる。
日本側はアメリカ側から指名されたの民間人の井川忠雄、そしてお目付け役の「謀略の」岩畔大佐。
この二人は宗教家のドラウト神父を信じ込み「犯罪的なほどの」ナイーブさを発揮する。

そしてこのシナリオに賭けたのがチャーチル。
ドイツの圧力で滅亡寸前の大英帝国。
対ソ戦を目論むヒトラーに嘘の英独条約を提案し、ソ連に準備期間を与えると共にアメリカをそそのかして参戦させる。
戦争に反対の米国世論を参戦に導く為には日本の一撃が不可欠だった。

つまりは覇権の話だ。
英米覇権に挑戦した日独伊三国同盟。
この新勢力を壊滅させるために欧州戦争を第二次世界大戦まで持っていった。

結果は英米覇権主義が延命したということだ。
同時に進行していたのがソ連によるスニューク作戦。
さっき書いた例のソ連スパイがハルノートの起案者だったという話。
MI6ワイズマンの工作と同期する日本挑発作戦。

こんがらがった糸のような当時の世界情勢。
それが各国の情報部員にって解き明かされていく。

存在感が一番あるのが英国、元MI6アメリカ支部長のウィリアム・ワイズマン。
チャーチルの刺客だがアメリカのクーン・レープ商会の共同経営者。
英独条約でドイツを釣り、日米交渉を決裂させ日本を戦争に駆り立て、アメリカを参戦させた。
後に数々の叙勲を得た英雄だ。
力を失った大英帝国は英米覇権としてアメリカに入り込み戦後もアメリカの鼻ずらを引きずり回すことになる。

このクーン・レープは後にリーマン・ブラザーズに吸収される。
それがどうなったかは言わずもがなだ。

ソ連の諜報も凄腕だ。
突然始まった日米交渉。
この落としどころが分らないスターリン(蒋介石もだ)はやきもきする。
コミンテルンにシンパシーを感じるものは米国中枢にもいる。
ハルノートを書いた財務省のホワイトもそんな中の一人。

NKVDアメリカ支部長、ゾルビン駐日ソ連大使館員も本書の重要人物だ。
最後の手段としての暗殺部隊も登場する。
スメルシュ(スパイに死を)。
例の毒(化学生物兵器)を傘の先に仕掛けてチクリと刺すやつだ。

これに張り合うのが日本の大物外交官「エコノミスト」。
ソ連側資料に名を残すダブル(二重スパイ)だ。
愛国者として描かれているがソ連のハニートラップにひっかかってもいる。
西木さんの推測では太平洋戦争開戦直前の外務次官で元イタリア大使天羽(あもう)英二だが実名は出て来ない。
うん、微妙だ。

二重スパイは諜報員の宿命。
公文書からの地味な調査が基本としても、政策の根幹に係わる所はインサイダーにしか分からない。
こちらの情報を餌に相手の諜報員から重要情報を聞き出す。
情報収集者であると同時に情報提供者でもある。
この辺の駆け引きはスリリングだし評価は分かれる。

複雑怪奇な世界情勢。
日独伊三国同盟が英米覇権に挑戦した折、連合国側のソ連はドイツと不可侵条約を結ぶ。
何のことはない。
ヒトラーの快進撃で餌場となったポーランドの割の為の野合だ。
盗人同士のその場限りの合意。

ドイツは次は独ソ条約を反故にし、ソ連を狙う。
ソ連がドイツに負ければドイツの圧力をまともに受ける瀕死の大英帝国。
アメリカの対ソ武器援助を勝ち取るまでの間、英独条約交渉で時間稼ぎをする。

三国同盟で新興勢力に乗ったもののノモンハンで惨敗しソ連の圧力を受ける日本の松岡外相は三国同盟にソ連を誘い込もうとする。
ソ連がこれに乗らないと見るや日ソ中立条約を締結、一時的とは言え北西の脅威を緩和する。

予想通り、ドイツは独ソ条約を破りソ連侵攻。
こうなるとソ連にとっての脅威は日本の参戦だ。
ドイツは対英、対ソの二正面。
それでもソ連は苦戦だ。

日本が対ソ戦を始めれば今度はソ連が二正面。
日本の動向を見極めるため情報部員が対日諜報を必死でやる。
ドイツの記者ゾルゲ、尾崎秀実らソ連スパイが活躍する。

日本は太平洋を隔てたアメリカの脅威に曝されている。
国力の差は歴然。
対ソ戦などして二正面になればあっという間に破滅だ。

こんな中、日本の陸軍情報部員がアメリカに派遣され怪しげな日米交渉の本質に迫ろうとする。
天城大佐と江崎中尉だ。
もてるんだなあ、この人たち。
ハニートラップを物ともせず相手の女性エージェントから情報を取りまくる。

現役の陸軍軍人でカラダはいい、諜報なのでアタマは切れる、その上機密費をたんまり持っている。
もてて当たり前のヒーローだ。
痛快。

日本の諜報機関、外交官たちは日米交渉の真相に少しずつ迫る。
しかし近衛首相や野村大使はナイーブに日米交渉にのめりこむ。

意外なのは頑迷な右翼との印象もある松岡外相だ。
「近衛と対極にある性格だ、強固な理念に凝り固まった国粋主義者と思われがちだが、アメリカで高等教育を受けたことで、徹底した現実主義者になった。日和見主義者と言ってもいい。場合によってはスターリンとも妥協する、マルキストと手を結ぶ」。

松岡は滞米生活の経験上、国力で圧倒するアメリカにも言うべきことをきちんと言うべきと考える国際人だ。
交渉で激しくぶつかっても戦火は避ける、という現実主義者でもある。

松岡は直感的に日米交渉の謀略を見抜く。
そして独自の動きをしようとする。
それを察知した米側は松岡が交渉に関わることを忌避し、第二次近衛内閣の総辞職でついに松岡は更迭されてしまう。

長くなるのでこのくらいにするが開戦前1年の出来事が各国諜報部員たちを狂言廻しに、テンポ良く展開する。
殆どの人達が実名だ。
天城と江崎は空想の人物なのだろうか。
モデルがいるのか。
天城はエコノミスト天羽英二の分身なのかも知れない。

西木は謝辞で「あえて名は記さないが、アメリカやヨーロッパ、ロシアの友人の協力」と書いている。
その筋からの情報ももらっているのだろう。
何の目的で誰が書かせた、とか考え出すと眠れなくなりそうだ。

本のタイトルは攻撃を受けたアメリカが「リメンバー・パール・ハーバー!」と日本への復讐を誓うとき(911と同じ風景だ)、
MI6のワイズマンが「リメンバーじゃない、ウエルカムだ」と呟くシーンからきている。
同じ頃チャーチルは日本の攻撃を知りアメリカの参戦を確信「今次の戦争勃発以来、はじめて枕を高くして眠れる。神よ、我に力とご加護を」
と日記に記した。

日本はナチス・ドイツという新興勢力に「バスに乗り遅れるな」と肩入れし結果的に負け馬に乗ってしまった。
連合国は英米覇権を守るために日本の妥協の道を閉ざし完膚なきまでに叩き骨を抜いた。

対米従属になって65年。
エコノミストや天城、江崎を始めとするインテリジェンスのノウハウは無くなってしまったのだろうか。
英米派遣がついに終わる今、歴史を学び教訓を得ることが生き残りの手がかりになるのだろうな。
その気概が無いなら対米従属でゆっくり堕ちていくのも案外悪くないかもしれない。

ノモンハンで多くの犠牲者を出した辻政信が責任を問われることもなく、戦後国会議員に。
日米開戦の宣戦布告をわざと遅らせ(西木説)「騙し討ち」という汚名を着せられる原因となった井口貞夫、奥村勝蔵の大使館員。
責任を問う声もあったが結局有耶無耶にされた。

最後通告文をタイプで清書する奥村に井口が
「奥村さん、結局われわれは戦争阻止に失敗したけど、このままおめおめと開戦したら、命がけで謀略をあばいた天城さんの御霊に申し開きがたたない。せめてアメリカ側の反撃を最小限に抑えるため、この通告を手渡すのは、攻撃がはじまってからにしようじゃないか。

騙し討ちは、当時の慣習から言ってアメリカ側の都合のいい解釈だとしてもこの二人が何の咎も受けないばかりか
揃いも揃って外務次官にまで登りつめた、という日本社会の潔いばかりの寛容さ(笑)。
済んだ事は考えてもしょうがない的な発想は考え直したほうがよさそうだ。

お薦め、少しでも多くの日本人に読んでもらいたい佳作だ。
















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2 コメント

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ハードルがどんどん高くならないよう「TPP交渉」でも気を付けよう! (本の貸主)
2012-01-21 13:07:53
この解説はさすが!

英米覇権、独、ソ、日のパワー・ゲーム。
「知の英国」と「力の米国」の連携はやはり強い。ワイズマンは「賢い男」。
ソ連の懐は深く、コミンテルンの浸透力は凄い。天城がエコノミストの「分身」という見立ては鋭い!
戦前の日本のインテリジェンスのレベルは「世界標準」、今はどうなっておるのか!?
松岡は、自分が独ソの仲介役になって「四国同盟」を狙っていたらしいが、彼の歴史観は一体どうなっておるのか?
日本の「最後通告文」、事実は、当日暢気に大使館員の送別会をやっていて「タイプが間に合わなかった」らしい。「手書き」でいいじゃん!この件はMOFA内でもタブーとか。

興味のある方には是非一読を勧めます。ただ、読むのも「この解説」同様フクザツで(笑)ケッコー大変ですが・・・面白い!
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TPPか (taku)
2012-01-21 14:03:56
実は野田さん、TPP交渉に乗ったと見せて、世論をバックに日本側のハードルを段々上げ、アメリカ側から交渉打ち切らせる。ついでに沖縄からの自発的海兵隊撤退まで考えているのです(笑)。

この本が終わったら、はっちゃんから他の1000ページモノが来た。那須さんからも500ページ。新春昭和史勉強中。
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