蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

詩 眼がさよならと言った

2008年10月26日 | 小説
詩:眼がさよならと言った

弟は二歳で死にました。
家族だけのひっそりとした葬式に
見知らぬ青年が入ってきました。
背は父よりも少し高く
大学生のようでした。
服装が棺入りしている弟と同じ、
紺のブレザーにカーキのコットンパンツ
真っ赤なネクタイまでそっくりでした。
家族だけのお葬式と言ったのに、
誰も呼ばないって言ったのに。
この人だれと聞こうとしても
お母さんもお父さんも
ただ天井を見上げているだけ、聞けなかった。

青年は棺の中の弟をしばらく見ていた
そのあと私の横にしゃがみ込んで
やはり天井を見上げていた。
私はちらりと横目でその人の顔をみて
横顔が弟そっくりなのに驚いた。
弟入れて家族四人と青年の五人
誰も喋らない誰も祈らない
沈黙の葬儀が進んだ。そして
外に車が止まって警笛がポーンと
小さく一回だけ合図として鳴った。

青年は沈黙のまま立ち上がり部屋を出た。父母に深々と三度お辞儀して出て行った。私は外に出て青年が黒塗りの車に乗るのを見届けた。車には黒服の運転手、黒服のお年寄りが待っていた。白髪に白髭のお年寄りは車から出て青年の肩を抱くように車に乗せた。静かに音も聞こえず車は去った。沼の方向にそして消えた。


死者が自身の葬儀に参列することはある。
音も立てずに祈りも捧げず
死を悲しまず、再会のない旅立ちを苦しまず
沈黙のまま祭礼をとり仕切れば霊は参列できる。
弟の葬儀に現れた青年は弟の霊だ
産土様に三十分だけのお許しを得て
お迎え車をおりて参列したのだ。
なぜそれが分かったかというと
車に乗り込む瞬間に振り向いた青年の
私に振り返った眼が
お姉ちゃんさよならと言った。(了)

部族民通信のHPに投稿してくれる蕃神(ハカミ)さんの作品です。個人的体験がベースです。眼が語るについては「約束」(藤田敏雄氏の作品)にヒントを得て、産土神(ウブスナ)が迎えに来る事は「勝五郎生まれ変わり」で平田篤胤の説明に納得し採用したと説明がありました。
HPには他3編の詩が掲載中、ブックマークをクリックしてください。


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