蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

小さい友 2

2012年09月06日 | 小説


(写真は43年前の夏は8月末、明治神宮で。渡来部とルミ子嬢。渡来部22歳)

すっかり忘れていたパトリック、彼が来日して渡来部にあわせろと大騒ぎしていると。聞いて気が重くなった、しかし友人にこれ以上迷惑をかけられないので、会うことにした。同時に名案を思いついた。
二人で会うのだ。二人とはもう一人の誰かを連れて、彼と会わせて三人。それなら何とか場が持てるし、それ以上の作戦が打てる。
写真に写る女性はルミ子さん(=仮名)です。その夏の旅行先で知り合いました。電話番号をもらっていたので早速連絡、彼女も学生、暇だったので電話口でオーケーを頂きました。
新宿駅で待ち合わせしました。久しぶりmon vieux=古い友に会う、パリで二年をともに過ごして、楽しい思い出もある。若い年代で出会った人には何年たっても心が許せますね。懐かしい気持ちで、一旦は心和みました。

ルミ子嬢を紹介したときに、私が使った言葉がマプティトアミ(=ma petite amie=私の小さい友)でした。しかも最後の音節のミを思いっきり嫌らしくミーーと伸ばした。
会話学校で教えるか知らないが、話し言葉では私の友=モナミは男性形も女性形も同じ、しかしミーと伸ばすと女性形の-eを意識しているので、これは女友達、こうパリの誰かから教わったので、この時ちゃんと応用したのだ。
アミー効果はてきめんだった。パトリックはルミ子さんを、品定めするかの疑いの目で、上から下までじっくりと見回しました。
そして一息ついて、ma petite amieは彼には信じられない、いや信じたくないの風情があからさまに見えた。

なぜパトリックが信じなかったかは、頭を回せばすぐに分かる。

欧米の人は、旅行などで一人旅するとき、家族や親しい友人の写真を持ち歩く。旅先で知り合うと、これが私の家族と自慢をこめて家族写真を見せてくれる。その時「ふーん良かったね」では会話が続かないから、名前は、趣味は、学校何年生とかいろいろ聞くのがコツで、そこで話しがより進む。じゃあ私の家族を見てと日本人は切り出せませんね。奥さんや恋人の写真もって旅行する方少ないから。

アメリカ人はほぼ全員がその慣習をもつし、フランス人も同様です。聞いた話ではジンバブエ、ウガンダの御仁も同じ慣習だそうです。
ルミ子嬢は先週知り合ったばかり、パリでの二年間に写真を持っていった筈がないし、もちろんパトリックにはそういう(petite amie)友がいるなどとは一言も話していない。それどころか仲間内で小粋なパリジェンヌ(パリに住む女性)を見つけては、こまめに声を掛けていたのはバレてもいる。一人も成果があがらなかったけれど。

だから突然湧いて出た「小さい友」を疑ったのだ。パトリックは私に向き直って「小さい」とはどんな意味だと質問してきた。

ここが出任せの勝負、ルミ子嬢が私の小さい友であると証明しなければ、またまたつきまとわれる。額の汗を拭きながら、
「ルミ子とは気心知れているし(onsecomprendbien)、会うと心が落ち着く好い友(onsemetenaise)、幾年か前からのつきあいで(onseconnaitdepuisdesannes)…」しかし怪訝なパトリックの顔つきが一向にゆるまない。そこで私は最後のとって置きを出した。
「彼女はほとんど婚約者だ(elleestquasimentfiancee!)」この語でやっと納得してくれた。
パトリックは私とルミ子嬢の距離を見ていたのだ。友達になったばかり、恋人でもまして婚約者でもない、私とルミ子嬢はやはりそれなりに遠い距離でよそよそしく話をしている。フランスではそんな距離の男女は小さい友では絶対にない。そこを見て取って、正しく疑ったのだ。

しかしquasimentfianceeとまできたら、その疑いを消去せざるを得ない。
「日本人の独特の表現の仕方、たとえ婚約者でも、小さい友の関係でも外で手を取り合うとかの表現をとらないかもしれぬ。日本人って奥ゆかしい(reserve)と聞いた。渡来部も日本人だったのだ」
パトリックの顔が寂しくなったのを今でも思い出す。

しかし思わぬ方向に話がこじれた。(続く)
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