ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

大学改革の行方(その7)

2012年09月24日 | 高等教育

 「法人化の原点に返る・・・・マネジメント改革について」の講演の続きです。

 前回は、ミッション・目標・計画の起案者と学長が一致することが、ポイントであることをお話しました。今回は、三重大学のミッションや教育目標をどのように決めたかというお話です。

 三重大学では、法人化前夜に設けられた評価プロジェクトグループ(僕が委員長)で起案をしたことはお話をしましたね。実は、三重大学の理念・目的というものが、僕の前の学長先生の時にすでに決められていたのです。それはたいへん立派なものだったのですが、5つくらいの文章からなっており、空で覚えることは困難に感じました。

 僕は、マネジメントの基本は、まず、理念・目的やあるいはミッションというものを、飾り物にしないこと、つまり、構成員に周知徹底することが最重要なことであると思っていました。そのためには、誰でも覚えられるような短い文章にする必要がある。

 それで、三重大学の「理念・目的」とは別に「ミッション」という言葉を使って、構成員に覚えて頂きやすい形に創りなおしたのです。

 もう一つ、ミッションを創る上で重要なことは、単に精神訓話的な表現ではダメで、ミッションが実現できたかどうかが判断できる表現にしないといけない、ということです。そのためには、測定可能でな明確な表現にしないといけない。

 また、三重大学が今後生き残るためには「地域」を重視する姿勢を反映したい。そして、旧帝大と量的に戦うことは最初から無理なので、「オンリーワンで世界を目指す」姿勢を反映したい。SMAPが歌っていたマッキーの歌そのものですね。

 また、「成果」つまり「アウトプット」や「アウトカム」を重視する姿勢を表現することも大切で、もう一つおまけに、豊かな自然と近代産業が同居し、四日市公害を克服した三重の地域の特性を表現したい。

 このような思いをもって創られたのが、下の三重大学のミッションです。

 読者の皆さんの中には、あまり変わり映えのしないミッションのようにお感じになる人もいらっしゃるかもしれませんが、何気ないミッションの中に、これだけの意図を込めたんです。

 次のステップは起案したミッションの案について、全学の皆さんから合意をいただくことです。しかし、これは並大抵のことではありませんでした。

 最も議論になった点は、冒頭の「地域に根ざし」のところです。「地域」という言葉を入れるべきか入れるべきでないかで、激論が起こりました。

 「地域」を目指していてはレベルが低くなるとか、「私の研究は世界的な基礎研究をしており、地域を目指す研究はしていない」とか、いろいろな反論をいただきました。

 それに対しては、ミッションに込めた意図を一つ一つていねいに説明させていただき、最終的には、原案どおりにお認めをいただきました。(本心では反対していた構成員も多かったかもしれませんが・・・)

 このように、ミッション・目標・計画を策定する時には、たとえ時間がかかったとしても、学内で十分な議論をすることが必須のプロセスだと思います。このような議論を通じて、ミッション・目標・計画が構成員に共有化されることになり、共有化されることで、その実現や達成の確率が高くなると思います。急がば回れですね。

 ただし、組織のミッション・目標・計画は、基本的にはトップが起案して、最終的にトップが決めるものであると考えます。当時は僕は学長補佐という役職で、トップの命を受けてミッション・目標・計画案を起案し、学内合意に走り回り、そして、トップである学長が最終的に決めたということです。

 さて、ここで、もう一つ付け加えさせていただきますと、三重大学のミッションの「地域に根ざし」にはもう一つの意味があるのです。

 法人化の前夜に、鹿児島大学長を中心とした地方大学の何人かの学長先生方が、法人化に反対の意見を表明されました。法人化されると、地方大学の存続が危うくなるかもしれないという危機感をお感じになったのだと思います。

 実は僕もまったく同じ危機感を持っていたので、学長選考の提出書類の中に、次のような内容を書き込んだんです。

 

 三重大学のような地方国立大学の存続が問題になった時に、地域住民から三重大学の存続を求める声が上がってくれないようでは、救いようがなくなる。そのためにも、地域貢献を第一に掲げなければならない、と考えたのです。

 そして、また後でお話しますが、この懸念は3年後の平成19年に現実のものになりかけることになります。

 ミッションの次は、教育目標を策定にとりかかりました。ただし、教育目標については、前任の学長さんの時に、すでに「感じる力」「考える力」「生きる力」という3つの力が、教育目標に制定されていました。何か、小学校の教育目標を思い出してしまいますね。

 評価・プロジェクトグループとしては、この3つの力を生かす形で、しかし、特に今後の教育で最も重要視されるであろうと思われた「コミュニケーション力」を加えて4つの力とし、それを法人化後の教育目標としました。

 

 僕は、学長に就任するとすぐさま、評価・プロジェクトグループの委員だった教育心理学がご専門の廣岡秀一先生(故人)に、4つの力の測定方法の開発を依頼しました。目標が数値化できないと、それが達成できたかどうかわからず、来るべき大学評価に耐えることができませんからね。

 実は、廣岡先生はクリティカル・シンキングの研究者で、その測定方法ではすでに研究成果をあげつつあられたのです。それで、「考える力」についてはすでに、なんとかなるめどがついていました。残り3つの力の測定方法についは、新たな研究課題として彼にお願いしたわけです。

 4つの力というとっても抽象的な教育目標の指標は、いろいろとさがしても見つからず、三重大学が独自に開発をしたことになります。(ひょっとして、僕たちの探し方が不十分で世界のどこかにはあるかもしれませんが・・・)

 この、独自の研究開発までして目標の数値化にこだわったことは、僕は、大学マネジメントの観点で、三重大学は大いに自慢してもいいと思っているのです。

 さて、明確で覚えやすいミッションの策定と教育目標の数値化の次にしなければならないことは、その周知徹底です。ミッションや目標を棚の上の飾り物にしないために、せっかく明確な表現でもって短い文章にしたわけですからね。これを、構成員に空で覚えたもらわなければ、まったく意味が無くなってしまいます。

 でも、周知徹底と言うのは、言うややさしく、これを実行することは、実はたいへんなことなのです。単にホームページ上や、パンフレット等に掲示するだけでは、覚えていただけません。

 三重大学の学長時代のブログにも書いたのですが、入学式の式辞で、新入生に対して僕が三重大学のミッションをスライドを使って視覚にも訴えてつつ長々と説明し、おまけにミッションと教育目標を書いた紙を一人一人に配ったのですが、その数か月後に、いくつかの運動クラブの新入部員歓迎コンパに顔を出して、20人ほどの新入生に聞いてみたのですが、誰一人として三重大学のミッションを答えることができませんでした。

 それで、とりあえず全教室にべたべたとミッションと教育目標を書いたポスターを張ることにしました。

 さらに、教員に対して、シラバスに自分の授業で、この4つの力をいったい何パーセントずつ教えようとしているのか、ということを書いてもらうことにしました。これは、なかなか難しい要求なのですが、でも、こうすることによって、否が応でも先生方には4つの力が教育目標であるということが徹底され、また、それを見た学生にも、伝わることになります。

 次に、教育目標が果たして社会の求めているものかどうか、ということも、たいへん重要なポイントになりますね。ちょうどそのころ経団連が大学の教育の方向性を公開しましたので、三重大学の教育目標と突き合わせてみました。そうすると、表現は違うのですが、本質的には、両者はほとんど同じことであることがわかりました。そして、当時、経団連がアンケート調査をした結果では、企業が採用の時に学生に求めている能力の第一が「コミュニケーション力」でした。

 そんなことで、僕は三重大学が「顧客第一主義」の教育を目指しているということに、大いに自信を持ちました。

 

 

 ちなみに大学の顧客、あるいはステークホルダーはどういう方々でしょうか?学生さんが最大の顧客であることは間違いのないことですが、他にも利害が関係している人々はたくさんいらして、けっこう多様ですね。

 国立大学が顧客第一主義を掲げるなんて、法人化前までは考えられなかったことですね。このようなことは、法人化という制度改革が国立大学にもたらした良い変化の一つだと思います。

(このブログは豊田の個人的な感想を書いたものである、豊田が所属する機関の見解ではない。)




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