ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

果たして大学病院は無用の長物か?(その6)

2012年02月14日 | 医療

 大前研一氏が「大学病院は無用の長物」とおっしゃっている週刊ポスト2月10日号の記事の続きです。

「文科省管轄のままで医師の不足や地域偏在の問題を解決できる代案も2つある。1つは「インターネット診断」を認めることだ。日本の現行の医師法では、医師と患者が同じ部屋にいなければ、治療をしたり、診断書や処方箋と出したりしてはいけないことになっている。

 だが、海外ではインターネット診断を認める国が増えている。日本も医師法を改正し、「医師が余っているが不足している地域」の患者をインターネットで初期の診断を行い、投薬だけで済む場合は処方箋を出して地元の薬局で薬を入手できるようにすればよいのである。

 もう1つは、医師が不足している地域に”医療特区”を作り、その中に限り外国の医師免許保有者が診断・治療することを認める。そうすれば、いま欧米で圧倒的に増えているインド人医師などが来日する可能性が高いので、医師の地域偏在はかなり是正することができるだろう。この2つは厚労省にしかできない政策であり、厚労省がその気になれば、すぐに実現可能な政策である。」

  さて、この節では、医師不足や偏在の解決策として、大前氏はインターネット診断および医療特区での外国人医師の診療認可の2つについて、述べておられます。

 まず、インターネット診断についてです。インターネット診断という言葉は、インターネット以外の通信機器も含めた”遠隔医療”という言葉に言い換えても、おそらく大前氏の趣旨を損なわないと思われますので、以下のブログでは遠隔医療と言い換えることにします。(まったく異なるということであれば、申し訳ありませんが・・・)

 遠隔医療の状況については、日本遠隔医療学会のHPが参考になります。http://jtta.umin.jp/frame/j_14.html

 日本遠隔医療学会は遠隔医療の定義を遠隔医療(Telemedince and Telecare)とは、通信技術を活用した健康増進、医療、介護に資する行為をいう。」としています。

 遠隔医療については日本でも以前から検討されており、僻地や離島の医療を補完する医療として期待されています。北海道の旭川医科大学(国立大学)の遠隔医療センターの取り組みは有名ですね。大前氏が「無用の長物」とおっしゃる大学病院で、遠隔医療がパイオニア的に行われているわけです。

 大前氏は「 日本の現行の医師法では、医師と患者が同じ部屋にいなければ、治療をしたり、診断書や処方箋と出したりしてはいけないことになっている。 」と述べておられますが、この点については説明を追加しておきます。

 これは医師法20条問題と言われてるものです。遠隔医療には、大きく分けて医師対医師(または医師対看護師等)と、医師対患者の場合がありますが、問題になるのは医師対患者の遠隔医療です。

 医師法20条には「医療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面として行われることが基本であり、…」との記載があり、以前は医師対患者の遠隔医療は合法的にはできませんでした。

 しかし、遠隔医療への期待の高まりや技術の進歩から、1997年12月に厚生省健康政策局長が「直接の対面診療による場合と同等でないにしてもこれに代替しうる程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔医療を行うことは直ちに医師法20条に抵触するものでない。」との通知を出し、一部の患者に対しては、医師対患者の遠隔医療が合法的に行えるようになりました。 

 さらに、2011年3月に厚労省がこの通知の制限をさらに緩和する方向で改正しました。この間の経緯について日本遠隔医療学会のHPに以下のような説明があります。

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 厚生労働省 遠隔診療に関する通知

 1997年12月24日に当時の厚生省健政局から発行された医師法20条の解釈および遠隔診療に関する通知が改正され、2011年3月31日に発行されました。

 今回の通知は、2008年の厚労省・総務省の遠隔医療推進方策の懇談会に始まる遠隔医療推進の活動の大きな成果です。

 また、この通知発行には、平成22年度より始まった2年計画の厚労科研(酒巻班)の研究成果が貢献しています。

 この通知により、遠隔診療の法的理解がいっそう明確になり、実施上の障壁が無くなりました。 

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 参考までに、平成23年3月の改正厚生省健康政策局長通知文(一部)を下に記します。

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1 基本的考え方

 診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療は、あくまで直接の対面診療を補完するものとして行うべきものである。

 医師法第20条等における「診察」とは、問診、視診、触診、聴診その他手段の如何を問わないが、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものをいう。したがって、直接の対面診療による場合と同等ではないにしてもこれに代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔診療を行うことは直ちに医師法第20条等に抵触するものではない。

 なお、遠隔診療の適正な実施を期するためには、当面、左記「2」に掲げる事項に留意する必要がある。

2 留意事項

(1) 初診及び急性期の疾患に対しては、原則として直接の対面診療によること。

(2) 直接の対面診療を行うことができる場合や他の医療機関と連携することにより直接の対面診療を行うことができる場合には、これによること。 

(3) (1) 及び (2) にかかわらず、次に掲げる場合において、患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、遠隔診療によっても差し支えないこと。

ア 直接の対面診療を行うことが困難である場合 (例えば、離島、へき地の患者の場合など往診又は来診に相当な長時間を要したり、危険を伴うなどの困難があり、遠隔診療によらなければ当面必要な診療を行うことが困難な者に対して行う場合)

イ 直近まで相当期間にわたって診療を継続してきた慢性期疾患の患者ななどの困難があり、遠隔診療によらなければ当面必要な診療を行うことが困難な者に対して行う場合)

イ 直近まで相当期間にわたって診療を継続してきた慢性期疾患の患者など病状が安定している患者に対し、患者の病状急変時等の連絡・対応体制を確保した上で実施することによって患者の療養環境の向上が認めれる遠隔診療(例えば別表に掲げるもの)を実施する場合

(以下略)

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 このように現時点では、厚労省は、医師法改正ではなく、医師法20条の解釈の弾力化により遠隔医療に対応しています。

 大前氏のおっしゃっている「インターネット診断」が具体的にどのような遠隔医療を指すのか、そして、上記厚生省通知以上の遠隔医療の規制緩和を求めておられるのか、この記事だけではよくわかりません。

 次に、医療特区における外国人医師の診療認可についてコメントしておきましょう。この問題も、大前氏が今回の記事で初めて指摘したアイデアではなく、以前から議論されています。

 2002年の政府の総合規制改革会議が医療特区構想を打ち出した時、いくつかの地域から、外国人医師の診療を認める特区の申請が出ています。この時は、医師不足解消という目的よりも、優秀なアメリカ人医師等を招聘して、わが国の医師の診療レベルや臨床研修のレベルを上げようという主旨が多かったと思います。これに対して日本医師会は猛然と反対しました。

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医療特区構想に関する緊急決議

 日本医師会は、現在、小泉内閣が推進している医療特区構想に断固反対する。

 以上、決議する。

(理 由)

 日本医師会は、日本の医療にアメリカのイデオロギーを導入し、医療特区における株式会社の医療への参入、混合診療の容認、外国人医師の診療許可など日本の医療制度を根幹から崩壊に導くことは絶対に容認できない。

 国民の健康、身体、生命を市場原理の俎上にさらし、医療の中に豊かな者と豊かでない者との差別を持ち込むことは、日本の医療に長年責任を持ってきた学術専門団体である日本医師会として、断じて許すことができない。

 このことを閣議決定によって推進しようとする小泉内閣に対して猛省を促すものである。

平成十五年三月三十日

第108回日本医師会定例代議員会

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 次に地域医療崩壊が問題となった時、医師確保に困っていた複数の地域から、外国人医師の診療行為を認める特区を設けるよう要望が出されました。

 たとえば、2007年に新潟県が、日本への留学経験などがある外国人医師に、へき地などでの医療行為を可能とする特区の創設や規制緩和の実施を求める提案書を、内閣官房構造改革特区推進室に提出しています。http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=13167

 しかし、厚労省は2008年3月に出した回答で、現行の臨床修練制度で可能として、これらの医療特区申請を認めませんでしたね。

 大前氏には、以前から多くの地域が申請を出してきたにも関わらず却下されてきた外国人医師医療特区構想が、医師不足や偏在解決の切り札であるとおっしゃるのなら、それでは、いったいどうすれば厚労省や日本医師会をその気にさせることができるのか、持ち前の鋭い頭脳でアイデアを出していただきたかったですね。

 次回につづく

(このブログは豊田個人の勝手な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)



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